完結確約【女神回収プログラム ～三回転生したその先に～】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

『A』

【Ａ－６】

　恭良ユキヅキには、宝物ができた。

　一枚の写真だ。
　憧れの人とふたりだけが映ったそれは、護衛が変わった日の就任式に撮影されたものだ。
　恭良ユキヅキは当時、十二歳。

　翌年まで恭良ユキヅキには、侍女たちがいた。

　──私は、『お人形』だったなぁ……。
　写真を両手で持ちながら、宙を見上げる。

　みんな、恭良ユキヅキを大切にしてくれていた。それは伝わっていたし、ずっと感謝をしている。
　でも、恭良ユキヅキは決心したのだ。

『私のまま生きてみよう』と。

　そして、侍女たちに告げた。
　明日から自身で洋服を選んだり、身支度を整えたりすると。

　教養は、大臣から学びたいと大臣に言った。続けて、凪裟ナギサともっと一緒にいたいとも。また、凪裟ナギサと仲良くしたいと思っていたから。

　大臣は驚いていた。
　多分、うしろで聞いていた沙稀イサキもだ。

　けれど、恭良ユキヅキが全部を言い終わり振り返ると、沙稀イサキはうれしそうに見えた。



　それからの恭良ユキヅキは、好き放題し過ぎた部分もあったのかもしれない。
　十四歳になった恭良ユキヅキに、沙稀イサキがこんなことを言った。
「恭ユキ姫は頑なな方ですから」

　それを聞いた恭良ユキヅキは、頬を膨らませて聞く。

「酷い。私って『頑固』ってこと？」

　沙稀イサキはおだやかに微笑んで答える。

「いいえ。良いことと思っております」



　恭良ユキヅキの鼓動は時折、止まりそうになる。
　このときも、そうだ。


　沙稀イサキがやさしいのは知っている。
『恭良ユキヅキ』を気づいてくれた人だ。
　きれいと憧れ、そばにいたいと望み、いてほしいと望んでいた。

　でも、沙稀イサキはやさしすぎると恭良ユキヅキが疑うほどでもある。
　恭良ユキヅキは沙稀イサキを壊してしまうと恐れてもいた。

　だから、手離さなければいけない。

　また、壊してしまう前に。



　凪裟ナギサが沙稀イサキを想っていると知ったのは、そんな決意をしたときだった。

　凪裟ナギサは、初めての友達だ。会ったときから鴻嫗トキウ城にいるが、今後もずっと鴻嫗トキウ城にいてくれるとは限らないと、ふと考えた。
　多分、どこかへ嫁いで行ってしまうはずだ。
　でも、もしかしたら──。

　──沙稀イサキが凪裟ナギサと結婚したら、ふたりと変わらずに一緒にいられるかもしれない。

　大切な沙稀イサキと、初めて友達になった凪裟ナギサ。ふたりとずっと鴻嫗トキウ城で過ごせるとしたら。
　大切な沙稀イサキを壊さずに、近くでずっとその笑顔を見れる──それは、とてもいい方法だと恭良ユキヅキは本気で思った。

　だから恭良ユキヅキは『応援する』と凪裟ナギサに言った。凪裟ナギサが沙稀イサキと、うまくいくといいと心底望んだ。
　ウキウキとして、楽しみに変わるほどだった。


　けれど、一年経っても凪裟ナギサからはいい話は聞けなかった。

　それなのに、恭良ユキヅキの婚約話が浮上する。
　恭良ユキヅキにとっては青天の霹靂だった。

「婚約相手に不足はないと思うのですが……いいでしょうか」
　恭良ユキヅキの部屋に姿を見せた大臣は、淡々と恭良ユキヅキに話し、訊ねた。

　恭良ユキヅキの頭は真っ白だ。
　別に、誰でもよかった。
　誰かと結婚をして、鴻嫗コノ城を継がなくてはいけないと理解している。

　恭良ユキヅキが鴻嫗城ココにいるのに変わらない。変わらない、のに。
　不安になった。
　沙稀イサキがどこかに行ってしまわないかと。

　急激に沙稀イサキと何か同じものがほしくなり、
「沙稀イサキと同じ日になら結婚してもいい」
　と、大臣に言った。

　そうしたら、恭良ユキヅキにとっては予想外なことが起こった。


　大臣から恭良ユキヅキの言葉を聞いた沙稀イサキはすぐにやって来て、切羽詰まるように口を開く。
「俺と同じ日になら、とは……どういう意味ですか？」

　沙稀イサキの様子に恭良ユキヅキは驚き、目を丸くする。
　怒っているように見えて、怒ってはいない。ただ、ちょっと怖い声だと感じた。
　──悲しそうに感じるのは、どうしてだろう。

　戸惑う恭良ユキヅキは叶わなかった望みを口にする。離れたくないと。そばにいたいと。ただ、それだけを思って。
「凪裟ナギサのことを、ちゃんと考えてほしいの」

　恭良ユキヅキにはわからなかったのだ。

　凪裟ナギサは以前、沙稀イサキに気持ちを伝えると言っていた。うまくいくと思っていた。ただ、もし、うまくいかないことがあるなら、恭良ユキヅキ自身のせいだとも思っていた。
　沙稀イサキは立場を必要以上にわきまえているところがある。もしかしたら沙稀イサキは、『姫』である恭良ユキヅキの護衛だからと身を削るような思いを抱えていて、結婚を選択しないかもしれない、と。
　ただ、それは恭良ユキヅキが勧める相手であれば、護衛を理由にせず結婚を選べると思っていた。

　だけど、恭良ユキヅキの想定はまったく異なっていた。
　結果、恭良ユキヅキは原因がわからないまま、思いは叶わなかった。


　恭良ユキヅキは、とてもつもなく不安になる。
　沙稀イサキは、いつかどこかに行ってしまうのかなと。

　──そのときは、私も同じところに行きたいな。
　鴻嫗城ココに恭良ユキヅキはいなくてはいけないと、理解しているのに。

　──沙稀イサキがどこかへ行ってしまったら。
　その不安だけが大きくなっていく。

　──私も同じところにいたい。
　その気持ちが大きくなる。

　恭良ユキヅキは無意識でフラフラと歩いていた。
　いつの間にか大臣を訪ねていて、ポツリと呟く。
「私、まだ結婚したくない」
　無理なことだしても、まだ望みを捨てたくなかった。



　恭良ユキヅキの婚約の話は流れ、変わらぬ日々が流れた。

　大臣がいて、凪裟ナギサもいて、沙稀イサキもいる。
　大好きな人に囲まれ、恭良ユキヅキは幸せだった。



　恭良ユキヅキは、本来の『私』を忘れていった。

　白いものに囲まれ、包まれ、いつの間にかきれいな存在になったと感じるようになっていた。
　きれいだと憧れ、好きな人がいてくれることが当たり前になった。
　手離したくないと強く思うようになっていた。

　その視線を、独占したいと思うようになっていた。

　──沙稀イサキは、どういう人が好きなんだろう。
　どういう子が好きなんだろう。

　──ううん。もう、いるのかな。
　だから、私が『同じ日に結婚』と言ったとき、あんな表情や声だったのかもしれない。

　──私を見ては……くれないのかな。
　沙稀イサキにとって私は『姫』なのだろうから。

　寂しいとも悲しいとも違う。『立場』という見えない壁を感じて、どこか虚しい。


　沙稀イサキが招待状を運んで来た。克主ナリス研究所からだ。
　受け取った恭良ユキヅキは、沙稀イサキに言う。
「また、三人で出かけるのね。懐かしい」
「そうですね」
　沙稀イサキはおだやかに笑う。

　──私は、この人のことが……。

　恭良ユキヅキは朝食の席を立つ。招待状を抱え、沙稀イサキの右腕をつかむ。
　だが、沙稀イサキの表情が変わることはない。もう、以前のように沙稀イサキが戸惑うことはないのだ。
　見えない『立場』の壁を恭良ユキヅキは見上げ、沙稀イサキに微笑む。

　──離したくないの……もう。



　恭良ユキヅキはたくさんの人を羨んだ。
　妬んだ。
　そして、憧れた。

　汚く醜い姿を隠すように白いものに囲まれ、包まれ、『私はきれいになれた？』と自問自答する。

　──私は両手を広げてみても、黒いのか、白いのかは、わからない。

　恭良ユキヅキは笑う。幸せを感じて。


　──この先に絶望しかなくても。闇しかなくても……たとえ、大切な人を滅茶苦茶に壊すことになったとしても。

　もう、離せない。

　壊すか、壊れるかになっても、もう、戻れない。

　──私は、手を伸ばしてしまったから。



　恭良ユキヅキは今日も笑う。
　すこしでもきれいな存在でいられるようにと願って。