完結確約【女神回収プログラム ～三回転生したその先に～】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

呈出と堅忍

【２３】誕生日

　瑠既リュウキはマントを身につける。微かな重みは、『貴族』の重圧のよう。
　──こんな重さに、少し慣れたな。
　誄ルイとの関係がうまく動き出してから、『貴族』が嫌だという感覚はなくなった。いや、『当然の感覚を取り戻しつつある』と表現した方が近いのだろう。
　鴻嫗トキウ城と比べれば短い廊下を悠然と歩く。誄ルイとの婚約を確定させて鐙鷃トウアン城に来たときは、広いと感じたものだ。
「おめでとう」
　突如、背後からかかった声に振り返れば、沙稀イサキだ。瑠既リュウキの口角がキュッと上がる。
「さんきゅ」
　沙稀イサキが鐙鷃トウアン城に来るのは珍しい。だから、余計にうれししさが込み上げ、瑠既リュウキは照れたような笑みになる。
　大臣に聞いたのかと訊ねると、沙稀イサキはうなづいた。だが、どこかスッキリしない。
「何か、言いたそうだな」
「別に」
　言葉と裏腹に、機嫌の悪そうな声。瑠既リュウキは首を傾げ、沙稀イサキからすれば唐突な話題を振る。
「沙稀イサキは……気にしてるんだ」
「何を？」
「俺たちが『男』で産まれたこと」
「俺は『女』に産まれたかったと思ったことは、一度もない」
「俺もだ」
　瑠既リュウキはうれしそうに笑う。
「心配してくれてるんだ？」
　鐙鷃トウアン城にとっては、産まれてくる子の性別は関係ない。男系でも女系でもなく、尚且つ、長子が継ぐとも決まっていない。誄ルイも誄ルイの母も偶然ひとりっ子だった。だから、継いだ。それだけのことだ。
　ただし、鴻嫗トキウ城には謂イワれがある。真に愛し合う者たちが最初に授かる子が娘だと──瑠既リュウキは鴻嫗トキウ城の出身だ。婿入りした先の後継者に性別が無関係であっても、息子が産まれれば否応なしに謂イワれを知る者たちは思い浮かべるだろう。
　それで、誄ルイのお腹の子の性別を気にしてくれるのかと、瑠既リュウキは聞いていた。
　瑠既リュウキは気がかりではないが、沙稀イサキは気にするだろうと思いながら。
　予想は当たったのか。
　沙稀イサキの視線は落ち、言い難そうに口を開く。
「万が一があっても……誄ルイ姫が気にしないといいと思っただけだ」
　息子として産まれた当人同士。祖母も母も、かわいがって愛してくれたと分かち合ってきた仲だ。誄ルイを心配している気持ちが染みわたる。
「沙稀イサキに心配されると、俺はうれしいよ」
「やめろ、気色悪い！」
　喜びのあまりに抱きついた瑠既リュウキを、沙稀イサキは咄嗟に振り払う。
　瑠既リュウキは体勢を直し、何もなかったかのように両腕を組む。
「恭良ユキヅキが懐妊したって、そんな心配しないだろ？」
「当然だ」
　言い捨てるように沙稀イサキは背を向け、歩き出す。小走りで瑠既リュウキは追いかけ、満足そうに並んで歩く。
「どこ行くんだ？」
「帰る」
　瑠既リュウキは覗き込んだが、沙稀イサキは見ようとしない。
「もう少しくらい、ゆっくりしていればいいのに。すぐに帰るなんて、さびしいじゃん？」
「恭良ユキヅキは一緒に来ていないから」
「じゃあ、一緒に来ればよかった」
　二言目にはその名を口にすると、瑠既リュウキは不満を込める。
「それだと……お前に言うだけで帰るなんて、できないだろ」
　変わらず沙稀イサキは、瑠既リュウキを見ることもなく淡々と歩いているが、何とも居心地が悪そうだ。
　その態度に瑠既リュウキは『ふ～ん』と言い、
「そっか。わ・ざ・わ・ざ・、来てくれたわけか」
　と、笑みが戻る。
　ふと、沙稀イサキの足が止まった。
「うるさい。それと俺について来るな」
　ピタリと瑠既リュウキの足も止まったが、早口で顔を歪める沙稀イサキを見、楽し気に笑う。
「はいはい、まったね～」
　何とも軽い口調で瑠既リュウキは受け流す。
　沙稀イサキも瑠既リュウキの反応を流すように、一歩を踏み出す。次第に足早になり、沙稀イサキの姿はどんどん遠くなっていく。

　瑠既リュウキは見えなくなるまで、その場に留まる。祝いの言葉を伝えに来てくれたことに感謝を込め、見送った。



　慌ただしい日々は駆け足で過ぎていき、およそ一ヶ月が経った。新しい年を迎え、祝いの行事が続く中、新年の祝いとはどこか雰囲気が異なる一日。

　鴻嫗トキウ城の門は固く閉ざされ、静けさが漂う。だが、ふしぎと懐かしさが混じっていた。そう、こうして門を固く閉ざすのは、実に十数年振りのこと。

　閉ざされた城内では、内々の祝い事が始まる。──のだが、祝いの場に足を踏み入れた沙稀イサキは、すでに座っていた瑠既リュウキを見るなり、踵を返す。
「どうしたの？」
　ほんわりとした恭良ユキヅキの声に振り返ったのは、瑠既リュウキで。立ち上がり、恭良ユキヅキを追い越して沙稀イサキの左腕をつかむ。
「は～い、はいはい。さぁさぁ、主役が座ってくれなきゃ始まんないんだからさ」
　上機嫌に瑠既リュウキは、沙稀イサキを無理矢理となりに座らせる。そのとなりに恭良ユキヅキがちょこんと座れば、沙稀イサキは席を立とうとしない。
　準備が整ったとばかりに瑠既リュウキが指を鳴らせば、大臣が姿を現す。すると、それを横目で見た沙稀イサキが怪訝そうに言う。
「これはさ、大臣の趣味？」
「い～じゃん。誰の案だとしても、俺はうれしいよ。沙稀イサキと似たデザインのコーディネート。こんなの、すんごい久しぶりで」
　瑠既リュウキの弾んだ声に、大臣も微笑む。
「それは光栄です。おふたりが一緒にこの日を迎えられるのは、本当に久しぶりですからね」
　感慨深そうに大臣は言う。
「俺は『誕生の日』として迎えるのが、久しぶりだけど……」
「そ～なの？」
　瑠既リュウキは耳を疑うように沙稀イサキに尋ねる。
　沙稀イサキは大臣に返答したつもりだったのだろう。
「ああ、何でもない」
　余計なことを言ったというように、流す。けれど、沙稀イサキの言葉に納得しなかったのは、恭良ユキヅキだった。
「お兄様、そうなの！　私、婚約後もしばらく知らなかった」
　恭良ユキヅキは、沙稀イサキへの不満を瑠既リュウキにぶつけ頬を膨らませる。
　沙稀イサキはいたたまれなくなったようで、しばらく偽っていたことをちいさな声で恭良ユキヅキに謝罪する。
　それを見て、今度は瑠既リュウキが不満を口にする。
「お前さ、『唯一の肉親』である俺に、も～少しくらいやさしく接しても……い～んじゃねぇ？」
　ふと、沙稀イサキが瑠既リュウキを横目で見る。──だが、返答はない。
　沙稀イサキが瑠既リュウキに耳を貸さないのは、すでに見慣れた光景だ。
「ねぇ？」
　反応を得られない瑠既リュウキは、となりに座る誄ルイに同意を求める。
　誄ルイは照れ笑いを浮かべるが、その照れは瑠既リュウキからの視線によるものだ。
「沙稀イサキ様は、照れ屋さんなんですよね～？」
「お姉様、確かに。沙稀イサキって照れ屋さんかも」
「へぇ～、好きな子には意地悪しかできないような不器用さんですかぁ」
　瑠既リュウキは沙稀イサキを見ながら物珍しそうに言う。
　好き勝手に言われていた沙稀イサキは、ようやく瑠既リュウキに口を開いた。
「誰が……俺がいつ、恭良ユキヅキに意地悪したって言いたいんだ？」
「恭良ユキヅキに、じゃなくて。実はお前、恭良ユキヅキより俺の方が好きだろ？」
「気色悪い。止めろ」
　沙稀イサキは心底嫌がる。その胸の内まで恭良ユキヅキには伝わったのか、つい先ほどまで誄ルイたちと楽しそうにしていたのに、
「沙稀イサキ」
　と、悲しみを漂わせる。
　幼さがまとう声に、沙稀イサキはドキリとして恭良ユキヅキを見つめる。すると、恭良ユキヅキは悲しそうに微笑み、呟いた。
「お兄様にも……やさしくして？」
　沙稀イサキの頬がほんのりと赤くなる。そうして、素直に受け入れるように大人しくうなづく。
　そんな様子を見ていた瑠既リュウキは、身を乗り出して恭良ユキヅキに向かって言う。
「恭良ユキヅキ、兄思いの発言はうれしいが、沙稀イサキの頭には後半しか残ってないかもしれないぞ？」
「後半？」
「そんなことはない」
　恭良ユキヅキの声に重なるほど、沙稀イサキはすぐさま反論。
　ここぞとばかりに瑠既リュウキはニヤリと笑うが、それは沙稀イサキの反応を得られたからで。
「あ～！　ほら、またぁ……」
　恭良ユキヅキの嘆きとは無関係なものだ。
「気を付けます」
　婚約前に戻ったかのような口調で沙稀イサキが恭良ユキヅキに小声で謝ったところで、
「変わらず皆様、仲がよろしいですね」
　おだやかに笑うのは、大臣。誄ルイには紅茶を、誄ルイ以外にはシャンパンを置く。そして、大臣もひとつのグラスを持ち、
「はい。では、おふたりの二十六歳の誕生日を祝って」
　と微笑む。

「乾杯」

　五人はグラスを高々にあげ、ともに笑う。
　皆の笑い声のように、グラスは上品に音を立て合った。