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伝説の終わり──もうひとつの始まり
【92】伝説の終わり──もうひとつの始まり(1)
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披露宴が終わり、忒畝たちが退室しようとしたころ、
「忒畝」
と、沙稀に呼び止められた。そして、渡されたのは『絵本童話』。瞬時、羅凍から聞いていたのだと忒畝は判断する。
「今晩、よければみんなで……ゆっくり読んでもらって構わないから」
渡されるままに受け取ってしまった忒畝は、ポカンと沙稀を見上げる。すると、沙稀は申し訳なさそうに眉を下げて微笑んだ。
「すまないが、明日の見送りはできないんだ。……大臣に渡しておいてもらえると助かる」
「でも、これは……」
克主研究所で言えば、黄色のテープの貼られている書物、つまり、持ち出し禁止のものではないかと、忒畝は言葉を詰まらせる。その様子を見て、沙稀はいつの日かの約束だと言わんばかりに、ふふっと笑う。
「いいんだ。ゆっくりと楽しんで」
懐の広さに忒畝は驚く。いや、いつの間にかすっかり鴻嫗城の王になっている沙稀に驚いた。
「ありがとう……言葉に甘えさせていただく」
忒畝の言葉に沙稀は満足そうに笑い、誰かに呼ばれ、
「それじゃ。今日は来てくれてありがとう」
と、足早に消えていった。
夕食後、忒畝は絵本童話を充忠と馨民に手渡す。パラパラとふたりは読み、馨民ががポソリと言う。
「へぇ~、なんだかふしぎなお話ね」
「これって、いわゆる『神話』だよな?」
続く充忠に、首をひねりながら忒畝は口を開く。
「梛懦乙大陸では『絵本童話』という名称で伝わっているみたい」
「ん~……『童話』とは、思えないんだけど」
馨民の言葉は、忒畝もなんとなく感じていたもの。ただし、なんとなくであって、そこに具体性は一切ない。
そこに、充忠が追い打ちをかけるように言う。
「そうだよな。だってよ、『大神を守る女神』なんてまさに『女悪神』のことじゃねぇの?」
ドクリと忒畝の鼓動が跳ねる。
「え?」
忒畝の呟きは、馨民の『ああ!』という声に消された。
「確かに! 充忠って、たまに的を得たこと言うわよね」
「『たまに』ってなんだよ」
ふざけ合うふたりをよそに、忒畝の鼓動がはやくなる。
最大の神を守る女神が『女悪神』。最大の神とは『大神』のこと──であれば、『大神を守る女神』とは、まさに。
「そうだね、充忠の言う通りだ」
どうして気づかなかったのかと忒畝に疑問が湧く。
「だろ? ほら、神話じゃねぇか」
「そうね……神々の話だもの。でも、それならなんで『神話』じゃなくて、『絵本童話』なんて呼ばれて広まったのかしら?」
馨民の着眼点は正しく、けれど、その理由は忒畝が知っている気がした。もしかしたら、といつの日か沙稀から聞いたことを基に、推測を話す。
「『神話』としては……『残せなかった』、のかもしれない」
今になって、沙稀が数ヶ月前に言っていたことがわかる。
「その昔、大陸はひとつに繋がっていた。当時、鴻嫗城は……一度、女悪神の血を継ぐ者たちにその座を奪われている。だから、その者たちの起源となるような物を……堂々と所持、伝達していくことができなかったんじゃないかな」
数ヶ月前、忒畝は沙稀に言った。『知ってどうするの?』と。沙稀は答えた。『わからない』と。ただ、『知らないといけない気がする』と。
沙稀は知って、どう思ったのだろうか。忒畝は──そのとき、充忠がサラリと、
「なるほどね」
と呟き、絵本童話を閉じた。
「でも、そうだとしたら……それはそれで、大変なことを見てしまったのかも」
馨民が忒畝の思いを代弁するかのように言う。そう、忒畝は知るべきではなかったのかもしれないと感じていた。
「何?」
催促するように言った充忠に対し、馨民は続ける。
「私たちは今まで知らなかった。でも、こうして知ってしまった。でも、楓珠大陸に残っていない記録を持って帰ってもいいものなのかしら?」
忒畝は馨民の言うことに感嘆する。
「言う通り。『絵本童話』は梛懦乙大陸にだけ存在し、他の大陸にはない。僕らの大陸に伝わる四戦獣の伝説は、その逆。唯一、梓維大陸にだけはどちらも言い伝えだけが残っている。つまり、梓維大陸ではどちらも架空の話。梛懦乙大陸と楓珠大陸では、片方しか存在しない話なんだ」
「え~と……つまり?」
充忠が要約を迫ると、馨民が息を呑んだ。
「まさか……」
「忒畝」
と、沙稀に呼び止められた。そして、渡されたのは『絵本童話』。瞬時、羅凍から聞いていたのだと忒畝は判断する。
「今晩、よければみんなで……ゆっくり読んでもらって構わないから」
渡されるままに受け取ってしまった忒畝は、ポカンと沙稀を見上げる。すると、沙稀は申し訳なさそうに眉を下げて微笑んだ。
「すまないが、明日の見送りはできないんだ。……大臣に渡しておいてもらえると助かる」
「でも、これは……」
克主研究所で言えば、黄色のテープの貼られている書物、つまり、持ち出し禁止のものではないかと、忒畝は言葉を詰まらせる。その様子を見て、沙稀はいつの日かの約束だと言わんばかりに、ふふっと笑う。
「いいんだ。ゆっくりと楽しんで」
懐の広さに忒畝は驚く。いや、いつの間にかすっかり鴻嫗城の王になっている沙稀に驚いた。
「ありがとう……言葉に甘えさせていただく」
忒畝の言葉に沙稀は満足そうに笑い、誰かに呼ばれ、
「それじゃ。今日は来てくれてありがとう」
と、足早に消えていった。
夕食後、忒畝は絵本童話を充忠と馨民に手渡す。パラパラとふたりは読み、馨民ががポソリと言う。
「へぇ~、なんだかふしぎなお話ね」
「これって、いわゆる『神話』だよな?」
続く充忠に、首をひねりながら忒畝は口を開く。
「梛懦乙大陸では『絵本童話』という名称で伝わっているみたい」
「ん~……『童話』とは、思えないんだけど」
馨民の言葉は、忒畝もなんとなく感じていたもの。ただし、なんとなくであって、そこに具体性は一切ない。
そこに、充忠が追い打ちをかけるように言う。
「そうだよな。だってよ、『大神を守る女神』なんてまさに『女悪神』のことじゃねぇの?」
ドクリと忒畝の鼓動が跳ねる。
「え?」
忒畝の呟きは、馨民の『ああ!』という声に消された。
「確かに! 充忠って、たまに的を得たこと言うわよね」
「『たまに』ってなんだよ」
ふざけ合うふたりをよそに、忒畝の鼓動がはやくなる。
最大の神を守る女神が『女悪神』。最大の神とは『大神』のこと──であれば、『大神を守る女神』とは、まさに。
「そうだね、充忠の言う通りだ」
どうして気づかなかったのかと忒畝に疑問が湧く。
「だろ? ほら、神話じゃねぇか」
「そうね……神々の話だもの。でも、それならなんで『神話』じゃなくて、『絵本童話』なんて呼ばれて広まったのかしら?」
馨民の着眼点は正しく、けれど、その理由は忒畝が知っている気がした。もしかしたら、といつの日か沙稀から聞いたことを基に、推測を話す。
「『神話』としては……『残せなかった』、のかもしれない」
今になって、沙稀が数ヶ月前に言っていたことがわかる。
「その昔、大陸はひとつに繋がっていた。当時、鴻嫗城は……一度、女悪神の血を継ぐ者たちにその座を奪われている。だから、その者たちの起源となるような物を……堂々と所持、伝達していくことができなかったんじゃないかな」
数ヶ月前、忒畝は沙稀に言った。『知ってどうするの?』と。沙稀は答えた。『わからない』と。ただ、『知らないといけない気がする』と。
沙稀は知って、どう思ったのだろうか。忒畝は──そのとき、充忠がサラリと、
「なるほどね」
と呟き、絵本童話を閉じた。
「でも、そうだとしたら……それはそれで、大変なことを見てしまったのかも」
馨民が忒畝の思いを代弁するかのように言う。そう、忒畝は知るべきではなかったのかもしれないと感じていた。
「何?」
催促するように言った充忠に対し、馨民は続ける。
「私たちは今まで知らなかった。でも、こうして知ってしまった。でも、楓珠大陸に残っていない記録を持って帰ってもいいものなのかしら?」
忒畝は馨民の言うことに感嘆する。
「言う通り。『絵本童話』は梛懦乙大陸にだけ存在し、他の大陸にはない。僕らの大陸に伝わる四戦獣の伝説は、その逆。唯一、梓維大陸にだけはどちらも言い伝えだけが残っている。つまり、梓維大陸ではどちらも架空の話。梛懦乙大陸と楓珠大陸では、片方しか存在しない話なんだ」
「え~と……つまり?」
充忠が要約を迫ると、馨民が息を呑んだ。
「まさか……」
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