完結確約【女神回収プログラム ～三回転生したその先に～】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

王位継承──後編

【５３】歓喜と悲鳴と

　ずれていたものが噛み合っていくように、正しい位置へと歯車は戻り始めて回っているのか。
　地下へと向かう渡り廊下を沙稀イサキは恭良ユキヅキと歩いていた。王が亡くなってから数日。恭良ユキヅキの気持ちが落ち着いたと判断して、凪裟ナギサに会いに行くところだ。
　両サイドに柱がなく見通しのよい道で、鐙鷃トウアン城から戻ってきた瑠既リュウキとすれ違う。
「誄ルイ姫と、話をつけてきたから」
　どう話をつけたというのか。けれど、となりには恭良ユキヅキがいる。振り向き、沙稀イサキが開きかけた口を閉ざしていると、
「え、お兄様……もしかして」
　恭良ユキヅキも振り返っていて、瑠既リュウキに期待の眼差しを送っている。
　となりで恭良ユキヅキの落胆する姿を見たくはない沙稀イサキが、不安を感じていると、
「ああ、しばらくは『通い夫』をすることになるな」
　と不敵な笑みを浮かべた。
　声にならない歓喜を恭良ユキヅキは上げ、沙稀イサキにもたれかかる。沙稀イサキは慌てて恭良ユキヅキを支える。
　瑠既リュウキはその姿を微笑ましく見て、
「じゃ、俺は大臣と話さなきゃなんねぇことがあるから」
　と、手を大袈裟に振りながら城内へと歩いて行った。

　瑠既リュウキが姿を消してからも、恭良ユキヅキのテンションは沙稀イサキを圧倒するほど高く。
「お姉様がついに……お兄様と……」
　と、泣きそうにもなって。沙稀イサキは複雑な感情を抱えながらも、安堵する。
「恭ユキ姫の長年の願いが、叶ってよかったですね」
　けれど、恭良ユキヅキは沙稀イサキの抱えるものを一切知らずに。
「沙稀イサキはいつになったら『恭良ユキヅキ』と呼んでくれるの？　それに、敬語も」
　瞳を潤ませて言われれば、沙稀イサキは苦笑いしかできない。

　そうこうしながら、ふたりは凪裟ナギサを訪ね。凪裟ナギサが羅暁ラトキ城を訪ねたときの話を聞く。
「捷羅ショウラ様は、とっても紳士な方だったわ。噂って、所詮は噂だと思ったくらい」
　その瞳は、恋する乙女と言えて。恭良ユキヅキは笑顔で、沙稀イサキは意外だと聞いている。
「ご両親に会わせていただいて、ごあいさつをして、城内を案内してもらって。城下町まで案内すると疲れてしまうだろうから、今日はゆっくり休んでって。次の日も城内で付き添ってくださって、船に乗るまで、ていねいに……」
「どこか不満そうだけど、何かあった？」
　徐々に声のちいさくなった凪裟ナギサに沙稀イサキは問う。すると、凪裟ナギサは顔を真っ赤にして否定した。
「ない！　何も！」
　これでは、『何もなかったた』ことが不満かのようだ。──そう、凪裟ナギサ自身が気づいている。前回、捷羅ショウラと羅凍ラトウが鴻嫗トキウ城に来て、ふたりを部屋に案内したとき。捷羅ショウラに言われた言葉を、妙に意識していたと。
「次回、このような機会がありましたら、そのときは遠慮せずにお誘い申し上げます。そのときには、よいお返事をくださいね」
　そう。こう言われていたからこそ、凪裟ナギサは多少なりとも覚悟をして羅暁ラトキ城へ行った。──けれど、捷羅ショウラは。凪裟ナギサが言葉にした通り、とっても紳士だった。
「兄上のこういう言動は冗談半分くらいに受け取っておいた方がいいよ」
　あの日、羅凍ラトウの言った通りだと、何を期待していたのかとひとり腹立たしい。
　一方、そんな凪裟ナギサの思いは恭良ユキヅキにはサッパリで、疑問符を浮かべている。沙稀イサキはなんとなく感づいたのか。けれど、受け流す。
　妙な間が流れ、ひとり慌てる凪裟ナギサがそうだと言わんばかりに口を開く。
「あ、捷羅ショウラ様のお母様がブライダルチェックをと仰って……それは、受けてきた。結果は捷羅ショウラ様が連絡をくださると言っていたけれど、まだ……変わったことは、そのくらいかな」
「ブライダルチェック？」
　首を傾げた恭良ユキヅキに、
「健康診断みたいなものですよ」
　と沙稀イサキが答える。へぇと言う恭良ユキヅキはポロリと──。
「私も受けてみようかなぁ」
　婚約発表まで、まだ数週間。たとえ姉妹のように育ってきた親友、沙稀イサキにとっては長年の友だとしても、本来はまだ口外すべきではないが──凪裟ナギサはまさかと恭良ユキヅキと沙稀イサキを交互に見る。
　こうなってしまっては、言わないわけにはいかない。恭良ユキヅキに恥をかかすわけにはいかないのだから。
「すまない。正式発表になる前日に言うつもりだった。けれど、恭ユキ姫にその相談をまだしていなかった俺が悪い」
　前置きをしてから言いにくそうに沙稀イサキから発せられる一種の告白に、凪裟ナギサは悲鳴を上げる。
　大きな声を沙稀イサキは慌てて制止し、
「内密に。公表するまでの間に噂になってしまったら大変なんだ」
　と懇願する。沙稀イサキが恭良ユキヅキの護衛から外れたと城外に知れたら攻め込まれるかもしれない。そのため、恭良ユキヅキの護衛については、何も公表されていない。現状、恭良ユキヅキと沙稀イサキの関係が流出したら、姫と護衛のスキャンダルになってしまう。沙稀イサキの危機感は尋常ではない。
　婚約は済んでいる。鴻嫗トキウ城の姫を汚したくはないと必死だ。──そのとなりで恭良ユキヅキはただうれしそうに、にこにこと笑っていた。



　時間は刻々と過ぎた。
　恭良ユキヅキと沙稀イサキに進展は見られないが、瑠既リュウキは変化している。

　自ら貴族らしい格好をするようになった。
　言葉遣いは相変わらずだが日々、鐙鷃トウアン城へと行き、規則正しい生活を送るようになった。元々、誄ルイの両親にはかわいがられている。加えて誄ルイの父も婿養子。鐙鷃トウアン城の居心地は、鴻嫗トキウ城にいるよりもいいのだろう。

　沙稀イサキは未だ瑠既リュウキに釘を深く刺しておこうと思ったことを言えていない。──沙稀イサキがひとりで行動できる時間に、瑠既リュウキは鐙鷃トウアン城にいるせいだ。けれど、瑠既リュウキの行動を沙稀イサキは責められない。長年、誄ルイと瑠既リュウキは離れていた。誄ルイの両親も喜んで瑠既リュウキを受け入れてくれているなら尚更。大事な時間を邪魔したくはない。

　婚約発表まで、あと一週間。沙稀イサキは恭良ユキヅキの護衛をしていたときに使用していた部屋を片付けている。間もなく、この部屋に立ち入ることは一切なくなる。
　恭良ユキヅキの護衛は、決まっていない。このまま無事に婚約発表すれば、逆に護衛は不要とも言える。沙稀イサキよりも腕の立つ者はいない。それに、母の紗如サユキは、唏劉キリュウが亡くなってから後任の護衛はいなかった。唏劉キリュウが亡くなるまで、鴻嫗トキウ城の姫の護衛は涼舞リャクブ城の長男と決まっていたから。──涼舞リャクブ城は、沙稀イサキが幼いころに無くなっているというのもあるが、そこで護衛は途絶えていた。だから、必ず姫に護衛がいなければならないわけでもない。
　万一、婚約発表されてから鴻嫗トキウ城、もしくは恭良ユキヅキを個人的に襲撃されたとして、その行為は沙稀イサキに喧嘩を売ったと同等。そんな愚かなことをする者はいないだろう。だからこそ、不要と言える。
　剣士の指導は、今後も沙稀イサキがするだろう。鴻嫗トキウ城は、姫が君臨する城。

　コンコンコン

「沙稀イサキ様」
　ノックとともに聞こえたのは、大臣の声。沙稀イサキはおもむろに扉を開ける。
「どうしたの？」
「失礼ですが、入ってもよろしいでしょうか」
　いつになく神妙な表情の大臣に、沙稀イサキは了承の返事をする。すると、大臣は入るなり、素早く扉を閉めた。

　パタン

　静かな音にも関わらず、荷物の少ない空間に音が妙に響いて。
　沙稀イサキは大臣に入室許可をしたとは思えないほど、淡々と片付けに戻ろうとする。そんな沙稀イサキの背に向かって数歩、大臣は歩き、足を止める。
「恭良ユキヅキ様に……貴男と瑠既リュウキ様が双子だと、真実を話します」
　大臣の言葉に沙稀イサキは一瞬、瞳を大きく開けた。自然と止まる、沙稀イサキの動作。
「恭ユキ姫に、話さないと……いけないこと？」
　沙稀イサキの言葉は苦しそうに聞こえたが、大臣は当然と告げるように返答する。
「ご結婚なさるのですから。……そうでしょう」