完結確約【女神回収プログラム ～三回転生したその先に～】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

伝説の真実へ

【Ｐｒｏｇｒａｍ２】８（２）

　龍声リュウナは、呪文のように呟きながら歩いている。
「あの子なら、私とわかれば……大丈夫。絶対！　だって、あの子は……私が『開発所』で生まれたと知っていても、友達だって言ってくれた。だから……あの子が私だとわかってくれたなら！　きっと……ううん、絶対。助けてくれる。誰か大人に友達だって話してくれる。説明してくれる。そうすれば……他の村の人たちだって。大丈夫。私が受け入れてもらえたら、竜称カミナだって、刻水トキナだって……みんなのことだって……受け入れてもらえるんだから……」
　信じているのだろう。すがっているのだろう。龍声リュウナの呟きは続いている。

　やがて、一軒の家が見えてきた。よく見れば、ポツンポツンと周囲に家がある。龍声リュウナがまだ『名前』がないころ、来たことのある村なのだろう。
　龍声リュウナは吸い込まれるように歩いていく。目の前には龍声リュウナと同い年くらいの、ひとりの少女。
　少女はあたたかそうな格好をして、食糧を抱えていた。買い物の帰りだろうか。
　龍声リュウナは、かつて遊んだ記憶が蘇ったのか。みるみる涙を落とし、手を伸ばす。少女の腕をつかみ、名を呼ぼうとしたのか、口を大きく開く。
　そのとき、聞こえてきたのは──。

「きゃあ！　嫌ぁ！　放して、バケモノォ！」

　気の狂ったような、恐怖に怯える叫び声。
　龍声リュウナは目を見開く。──それは、一瞬で。開けた口を悔しそうに閉じる。

　腕が、バネのように振り上がっていき、涙は舞い散った。



　パチパチと焚火の音が聞こえる。風が強く吹き、火が揺られて消えた。
「遅いわね」
　立ち上がって周囲を見渡すのは、刻水トキナ。竜称カミナは返事をしない。
「そうだな」
「探しに……行く？」
　邑樹スミナが同意すると、時林ユキナがおそるおそる提案する。竜称カミナは、消えた炎のあとをジッと見ている。刻水トキナは、竜称カミナを横目で見ると、
「行きましょう。竜称カミナ、心当たりは？　頼れるのは、貴女だけよ」
　と、指揮をとるようにと促す。
「ずっと、考えていた」
　竜称カミナはスッと立ち上がる。
「元気がなくても、龍声リュウナは龍声リュウナだ。戦っている間、ずっと龍声リュウナが明るくしてくれていた。だから、龍声リュウナが笑えなくなってしまったのなら、今度は私たちが龍声リュウナを笑顔にしよう。どんな龍声リュウナでも、いてくれれば、それでいい。迎えに行くぞ」
　ハッキリとした声。強い意志を持つ瞳。──これこそが竜称カミナで。刻水トキナはにっこりと笑い、邑樹スミナは立ち上がり、時林ユキナは跳ね上がり腕を掲げる。
「やっぱり、竜称カミナはこうでなくっちゃ！」
　刻水トキナと邑樹スミナが笑い合っている間に竜称カミナに一瞥されると、時林ユキナは慌てて邑樹スミナのうしろに隠れる。

　結局、先頭に竜称カミナ。続いて刻水トキナ。邑樹スミナのあとに時林ユキナが歩いていく。



　日は傾き、辺りは闇に包まれ始める。そんなころに誰もが感じたのは、異臭。戦いで嗅ぎ慣れた独特の生臭さ。
　邑樹スミナが速足になり、竜称カミナに追いつくと、何やら小声で話す。一抹の不安がふたりに浮かぶ。それを感じたのか、刻水トキナが息を呑む。

　歩く順番が、刻水トキナと邑樹スミナが入れ替わった。



　ザっと砂を鳴らして竜称カミナが足を止める。
　一面に広がるのは、惨劇。
　久方ぶりに見る、散らばった肉片。四散する内臓。そして、土に広がる黒いシミ。その中心部に佇んでいるのは、血しぶきを浴びて己の両手を見つめている──龍声リュウナだった。
「龍声リュウナ！」
　竜称カミナの呼びかけに、龍声リュウナはピクリと体で震わせる。そうして、ゆっくりと首を動かす。声のした方へ。
　距離はまだ数メートルある。竜称カミナは走っている。次第にブルブルと震えていく龍声リュウナに向かって。
　竜称カミナを龍声リュウナはしっかりと見た。ぐしゃりと表情は崩れる。滝のように涙はあふれていて。
「来ないでぇーえっ！」
　発狂──これほど相応しい言葉は、ない。
　龍声リュウナの声は、途中から高音を失い、低音の不協和音を奏でた。それは、聞いたことのない不気味な声。

　龍声リュウナには複雑な感情が混ざり、精神が崩壊したのか。──友を殺めてしまった罪。この姿を村人たちと同じく拒んだ友への失望。そして、恐らくは──このような結果にしてしまった己への怒りが強烈に湧き上がり。覚醒しても保たれていた心が『力』に犯されたのか。
　だが、誰にも判断はできない。
　つい足を止めた竜称カミナに変わり、一歩前に出たのは刻水トキナだ。
「龍声リュウナ、大丈夫よ。おいで」
　やさしい呼びかけ。特に変わったものではない。
　だが、それが──龍声リュウナに引き金を引かせる。

　途端、狂った形相で刻水トキナを見ると、龍声リュウナは戸惑いなく己の手で心臓を一突き。皮肉にも、それは満面の笑みに見えて。

　血が飛び散る。
　龍声リュウナの口から、背中から、胸から。

　闇に包まれた中で、自嘲するかのように龍声リュウナの悲しい笑い声が響く。
　笑いながら、周囲の血を煌めいていて美しい光景だと言うかのように、うっとりした表情になる。

　永遠のように永い数秒だ。
　生を失った龍声リュウナの肢体は、ゆっくりと前に倒れていく。

「う……そ……こんな、ことって……」
　刻水トキナは硬直し、震え始める。異変を一早く察知した邑樹スミナは、急いで刻水トキナの肩に手を置く。
「しっかり！　刻水トキナ！　これは刻水トキナのせいじゃない」
　ハッと刻水トキナの震えが止まる。ふうと邑樹スミナの安堵の息が聞こえたようだった。──龍声リュウナの二の舞いを防ぎたかったのだろう。連鎖してしまえば、止められずに次々に自害してしまいそうだった。

　一方の竜称カミナは気が気でない。龍声リュウナの躯へ走り出している。──奇跡を願っているのか。

　竜称カミナにはきっと、脳裏に龍声リュウナとの思い出が巡っているに違いない。

　妹たちが戦いで命尽きてから出会い、龍声リュウナと名付けたこと。『利用されるために産まれてきた』龍声リュウナは、産まれてきた理由を考えられる年齢ではなかった。だからこそ、純粋そのものだった。
　竜称カミナが思い出すのは、『龍声リュウナ』のいくつもの笑顔だろう。竜称カミナを慕い、支えてくれていたかけがえのない存在。ずっと竜称カミナが守ってきた大切なものは──。

「龍声リュウナ！」

　竜称カミナは龍声リュウナを支える。──だが、呼吸をしていなければ、生気もない。ただダラリと手も足も垂れ下がる体を、竜称カミナに支えられるだけだ。
「龍声リュウナ……」
　竜称カミナは龍声リュウナを抱き締める。けれど、絞り出した竜称カミナの声に、もはや反応はない。

　一粒、また一粒と涙が竜称カミナの頬を伝う。支える龍声リュウナに落ちていく滴の間隔は、徐々にはやくなっていく。
『お姉ちゃん』
　これは、竜称カミナの脳裏に再生されている言葉だろうか。
『お姉ちゃん。元の生活に戻っても、ずっと、ずっと一緒にいようね』
　号泣する竜称カミナが言葉を返す者は、もういない。



　月明かりが四人を見守るように照らしている。風もなく、耳が痛いほどに静かだ。
　あれから村を去ったのだろう。四人は草花が生える場所でひとつの亡骸を大切に葬っている。
　涙は枯れたのか、涙を浮かべている者はいない。
　ただ、現実を静かに彼女たちは受け止めていたのかも知れない。そして、これから先のことも──。



　聞いたことのない声が幾つも聞こえる。
『ヤツらは村の皆に怒りを持っている』
『あの娘のように、いつか襲われて殺される』
　ザワザワとノイズのように重なる声。混ざる悲鳴。──村人たちだろう。龍声リュウナが村の中で殺めた少女の残骸を見て、疑心が沸き恐怖を囁いているのか。
『四匹の恐ろしい獣』
『村に四戦獣シセンジュウは、また来る』
『そのときは、壊滅だ』
　──四戦獣シセンジュウ、彼女たちは姿から『獣』と見なされて、そう呼ばれるようになったのか。


　噂になれば、広がっていくのは自然のこと。その代名詞は、どれほど経って彼女たちの耳にも届いたのか。
「命尽きるまで……ただ、静かに暮らしていこうというのに……」
　竜称カミナは、暗い洞窟で悔しそうに呟く。
「あんまりな表現だわ」
　自分たちを指し示すようになった代名詞と噂に、刻水トキナも不満をもらす。そうなれば、邑樹スミナと時林ユキナも同じ気持ちに傾いていき、日を増す毎にその思いは募るのだろう。
　不満は、やがて強い憎しみと変わる。



　どちらからともなく、戦いの火蓋は切られた。
　きっかけはわからない。いや、さかのぼればさかのぼるほど、発端を特定するのは難しいのかもしれない。

　荒れ狂い『力』を使う『四戦獣シセンジュウ』。
　神の力を前に、人間が敵うものではない。血だけが、何十、何百と流れていく。

「自分たちと同じ血筋の娘が流した犠牲は、こんなものではない」
「龍声リュウナを汚す奴は許さない」
　彼女たちの魂の叫び。

　魔物たちを滅した神の力は『獣』とされ、標的は人間となり、彼女たちは血で体中を染めていく。