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伝説の真実へ
【Program2】7
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遠くから言い争っている声が聞こえる。ノイズのように聞こえていたそれは、次第にハッキリと聞こえてきた。
「覚醒前の娘たちを集めるのは危険だ」
竜称の声。いつになく、声は強く突き放すように聞こえる。
「なぜだ? 戦いはより厳しくなっている。魔物の数が減りつつあるのに、だ。どういうことか、察しはつくだろう? 女悪神の血を継ぐ者たちも減っているせいだ!」
誰かが竜称に噛みついてかかっている。その声は、尚も続く。
「だからこそ一ヶ所に皆を集め、私たちが彼女たちを守ればいい。危険なのは、この地にいれば変わらない」
徐々に視界が明るくなる。場面は、何度も見ている洞窟。竜称に邑樹が詰め寄っていた。
「違う。お前にはわからないんだ」
竜称の暗い声。それにも関わらず、邑樹の熱は冷めないようで。
「では、わかるように言ってくれないか」
と、更に問い詰める。
間が生じる。──竜称は口を閉ざし、視線を伏せる。
その様子に口を開くのは、再び邑樹。
「龍声のそばに、私はいるにすぎない。何度話しても、竜称が今のままなら。私はまたひとりで行動することを厭わない」
「邑樹、言いすぎよ」
仲裁に入ったのは、刻水だ。恐らく、竜称の思いを汲んだのだろう。
張り詰めた空気がやわらかくなる。
「わかった」
折れたのは竜称だった。
「私が『いい』と言うまで、お前は意見を曲げずに言うのだろう。勝手にするがいい。ただし、忘れるな。私は賛成して協力するわけではない」
パッと刻水の表情が明るくなる。邑樹を止めながらも、刻水は同意したかったのか。
一方の邑樹は、竜称の言葉が意外だったらしい。面を食らったように目を丸くし、やや頬が赤い。
竜称は対照的だ。表情がより暗い。最悪の事態を想定しているのか。その表情は、そのまま闇に溶けていき、視界は暗く──やがて真っ暗になる。
徐々にぼんやりと見え始めたのは、人影。その人影は、十人に満たない。
視界が鮮明になると、その者たちは白緑色の髪とアクアの瞳を持っている娘たちだとわかる。いつもよりも広い空間の広がる洞窟に、彼女たちは身を寄せ合うように並んでいる。──皆、覚醒はしていない。
「なるべく洞窟から出ないように」
邑樹はそう言い、洞窟の出口に向かって歩いている三人のあとを追っていく。
竜称と龍声、刻水も邑樹も戦いに明け暮れている。それこそ、日が昇る前から、沈むまで。魔物を発見しては、息つく間もなく。
いくら覚醒している彼女たちとはいえ、このまま生きて帰れる保証はないのに。覚醒していても、所詮は『人』。疲労を重ね、攻撃を受け続ければ死は免れない。
『戦いは間もなく終わる』──声にならぬ思いが伝わってくる。取りつかれたような幻想なのか。
戦い終えて入り口辺りで眠りにつく彼女たちを見ていると、心はおだやかそうではない。
それは、戦いが終わって帰ったとして。村人たちが本当の意味で受け入れてくれるわけがないと思っているようにも。歳月が過ぎていっただけではない。覚醒し、姿は異形と言えるものに変化している。
けれど、ひとりだけは違う。龍声だ。
龍声だけは笑って眠っている。──信じているのだろう。幼いからこそ。村人たちは必ずや受け入れてくれると。強く。
翌朝も竜称たちは戦っていた。けれど、珍しく魔物の姿が少なく、食糧を集め娘たちの待つ洞窟へはやくと戻ろうとなった。
日は、まだ高い。だからこそ、入り口からいつもよりも中を見られる。そうは言っても、人がいるところまでは到底見えないが。──が、刻水は異変を感じたのか、足を止めた。
「何だか、様子がおかしいわ」
刻水は血の気が引いている。続いて三人も立ち止まる。
静まり返る空気。奥を凝視しても、確かにこの先に生き物の気配を感じられない。嫌な予感がする。
緊張感が走る中、真っ先に踏み入ったのは邑樹だ。
その先、地に目を向けると──おびただしい血液が滲んでいる。戦いで血を見慣れているはずの邑樹の足が止まる。向かう先の光景を想像して。
「生きている者がいればいいが……果たしてどうだろうな。そこまで精神力の強い者がいたかどうか」
いつの間にか続いて入ってきていたのは、竜称。立ち止まっている邑樹の肩に手を乗せ、続ける。
「確認しないとな。この責任はもちろん……邑樹、お前にもあるんだ」
告げ終えると、竜称は血の匂いが充満する方へと向かっていく。
「まったく、竜称は……。誤解されるような言い方しちゃうんだから」
いつの間にふたりも来たのか。龍声の声に邑樹が振り向けば。刻水も真うしろまで来ている。
「賛成はしないと言いつつも、止められなかったと自責しているのよ。竜称は邑樹だけに責任があるんじゃない、私たちみんな……自分も含めてって言いたいだけよ」
この事態を想定していたのは、きっと竜称だけと言いたげに。
悔しさが滲み出そうな竜称の背中を刻水は見つめ、三人は寄り添うように奥へと進んでいく。
ひどい光景だ。血は壁だけではなく、上までも赤黒く染めている。張り付く肉片。塊で残る物も、顔の判別はできない。筋肉や骨が露出していて、目を覆いたくなる光景だ。
その場に立ち尽くす四人。誰一人目を背けることなく、皆一様に自分たちの罪だと言うように血肉を見ている。
自分たちが招いてしまった結果だ。これが。──彼女たちの表情は、悲しみに沈んでいる。
ひとりとして、生きていた者はいなかった。どれが誰かも、どの一部だったのかもわからない。──四人が諦めようとしたとき、竜称が目を見開く。視線の先には、竜称の影に反応する一体の震えあがる姿。
竜称はすぐさま駆け寄る。
「おい、私だ。竜称だ!」
呼びかけ、座っている体を揺さぶる。──彼女は覚醒しながらも、意識が正気ではないのか。声にならぬ声を『ああ……あ……』と発し始めた。焦点も合っていない。
一先ず、竜称は彼女を連れ出そうとしたのか。手を強引に引き上げ、立たせようとした。──そのとき、ヒュッと左から風を切る音がした。
瞬時にそれを察知した竜称は、上半身を後方に逸らして避ける。けれど、近距離でのこと。避けきれなかったのだろう。竜称の頬はうっすらと切れ、血が流れる。
竜称は鋭い視線を投げかけ、彼女の手を放す。
「何をする!」
パシン
邑樹の叫びと、竜称が態勢を戻し彼女を叩いたのは、同時。叫んだと同時に駆け出した邑樹だったが、今は間に入るべきではないと思ったのか、足を止めた。
「まずは、名乗ってもらおうか」
竜称は冷静だ。しかし、彼女は口を開こうとしない。竜称を睨んでいる。周囲は固唾を吞み様子をうかがう。
すると、彼女はふと竜称から視線を外し、走り始める。洞窟を出ようと、一目散に、出口めがけて。慌てて追うのは、刻水。
「待って!」
すぐに彼女は止まらない。刻水は続ける。
「このままどこかに行っても、何もならないわ。もう、じきに戦いは終わるの。私たちと行動するのも、わずかよ。だから、お願い! 命を無駄にしてほしくないの!」
必死の叫びが届いたのか、彼女は走るのを止めた。
徐々に下を向いていく顔。何かを言いたそうな、けれど、無言を貫く。震えながら。
「あのままの貴女たちを戦いには連れては行けなかった。わかって」
悲しみのこもった声。この幼い声は、龍声だ。
竜称が続いて口を開く。
「それがわかるなら、どうしてここにいろと言っていたかがわかるな? 連れて行った方が『囮』だよ。私たちは、お前たちをそうしたかったわけじゃない」
この言葉に、彼女は振り向く。涙を悔しそうに流して、大きく息を吸う。
「でも! 実際にはそうなった! たくさん、たくさん……血は、流れて。……逃げられもしなかった! 奥は、奥には! 壁しかなかったっ!」
堰を切ったように彼女は叫んだ。
しかし、竜称は表情を変えることなく。かえって冷たく言葉を返す。
「死んでいったのは、自分たちが非力だったから。それだけだ」
「あなたには、わからないのよぅ!」
悲痛な叫び声が響く。
「覚醒前の娘たちを集めるのは危険だ」
竜称の声。いつになく、声は強く突き放すように聞こえる。
「なぜだ? 戦いはより厳しくなっている。魔物の数が減りつつあるのに、だ。どういうことか、察しはつくだろう? 女悪神の血を継ぐ者たちも減っているせいだ!」
誰かが竜称に噛みついてかかっている。その声は、尚も続く。
「だからこそ一ヶ所に皆を集め、私たちが彼女たちを守ればいい。危険なのは、この地にいれば変わらない」
徐々に視界が明るくなる。場面は、何度も見ている洞窟。竜称に邑樹が詰め寄っていた。
「違う。お前にはわからないんだ」
竜称の暗い声。それにも関わらず、邑樹の熱は冷めないようで。
「では、わかるように言ってくれないか」
と、更に問い詰める。
間が生じる。──竜称は口を閉ざし、視線を伏せる。
その様子に口を開くのは、再び邑樹。
「龍声のそばに、私はいるにすぎない。何度話しても、竜称が今のままなら。私はまたひとりで行動することを厭わない」
「邑樹、言いすぎよ」
仲裁に入ったのは、刻水だ。恐らく、竜称の思いを汲んだのだろう。
張り詰めた空気がやわらかくなる。
「わかった」
折れたのは竜称だった。
「私が『いい』と言うまで、お前は意見を曲げずに言うのだろう。勝手にするがいい。ただし、忘れるな。私は賛成して協力するわけではない」
パッと刻水の表情が明るくなる。邑樹を止めながらも、刻水は同意したかったのか。
一方の邑樹は、竜称の言葉が意外だったらしい。面を食らったように目を丸くし、やや頬が赤い。
竜称は対照的だ。表情がより暗い。最悪の事態を想定しているのか。その表情は、そのまま闇に溶けていき、視界は暗く──やがて真っ暗になる。
徐々にぼんやりと見え始めたのは、人影。その人影は、十人に満たない。
視界が鮮明になると、その者たちは白緑色の髪とアクアの瞳を持っている娘たちだとわかる。いつもよりも広い空間の広がる洞窟に、彼女たちは身を寄せ合うように並んでいる。──皆、覚醒はしていない。
「なるべく洞窟から出ないように」
邑樹はそう言い、洞窟の出口に向かって歩いている三人のあとを追っていく。
竜称と龍声、刻水も邑樹も戦いに明け暮れている。それこそ、日が昇る前から、沈むまで。魔物を発見しては、息つく間もなく。
いくら覚醒している彼女たちとはいえ、このまま生きて帰れる保証はないのに。覚醒していても、所詮は『人』。疲労を重ね、攻撃を受け続ければ死は免れない。
『戦いは間もなく終わる』──声にならぬ思いが伝わってくる。取りつかれたような幻想なのか。
戦い終えて入り口辺りで眠りにつく彼女たちを見ていると、心はおだやかそうではない。
それは、戦いが終わって帰ったとして。村人たちが本当の意味で受け入れてくれるわけがないと思っているようにも。歳月が過ぎていっただけではない。覚醒し、姿は異形と言えるものに変化している。
けれど、ひとりだけは違う。龍声だ。
龍声だけは笑って眠っている。──信じているのだろう。幼いからこそ。村人たちは必ずや受け入れてくれると。強く。
翌朝も竜称たちは戦っていた。けれど、珍しく魔物の姿が少なく、食糧を集め娘たちの待つ洞窟へはやくと戻ろうとなった。
日は、まだ高い。だからこそ、入り口からいつもよりも中を見られる。そうは言っても、人がいるところまでは到底見えないが。──が、刻水は異変を感じたのか、足を止めた。
「何だか、様子がおかしいわ」
刻水は血の気が引いている。続いて三人も立ち止まる。
静まり返る空気。奥を凝視しても、確かにこの先に生き物の気配を感じられない。嫌な予感がする。
緊張感が走る中、真っ先に踏み入ったのは邑樹だ。
その先、地に目を向けると──おびただしい血液が滲んでいる。戦いで血を見慣れているはずの邑樹の足が止まる。向かう先の光景を想像して。
「生きている者がいればいいが……果たしてどうだろうな。そこまで精神力の強い者がいたかどうか」
いつの間にか続いて入ってきていたのは、竜称。立ち止まっている邑樹の肩に手を乗せ、続ける。
「確認しないとな。この責任はもちろん……邑樹、お前にもあるんだ」
告げ終えると、竜称は血の匂いが充満する方へと向かっていく。
「まったく、竜称は……。誤解されるような言い方しちゃうんだから」
いつの間にふたりも来たのか。龍声の声に邑樹が振り向けば。刻水も真うしろまで来ている。
「賛成はしないと言いつつも、止められなかったと自責しているのよ。竜称は邑樹だけに責任があるんじゃない、私たちみんな……自分も含めてって言いたいだけよ」
この事態を想定していたのは、きっと竜称だけと言いたげに。
悔しさが滲み出そうな竜称の背中を刻水は見つめ、三人は寄り添うように奥へと進んでいく。
ひどい光景だ。血は壁だけではなく、上までも赤黒く染めている。張り付く肉片。塊で残る物も、顔の判別はできない。筋肉や骨が露出していて、目を覆いたくなる光景だ。
その場に立ち尽くす四人。誰一人目を背けることなく、皆一様に自分たちの罪だと言うように血肉を見ている。
自分たちが招いてしまった結果だ。これが。──彼女たちの表情は、悲しみに沈んでいる。
ひとりとして、生きていた者はいなかった。どれが誰かも、どの一部だったのかもわからない。──四人が諦めようとしたとき、竜称が目を見開く。視線の先には、竜称の影に反応する一体の震えあがる姿。
竜称はすぐさま駆け寄る。
「おい、私だ。竜称だ!」
呼びかけ、座っている体を揺さぶる。──彼女は覚醒しながらも、意識が正気ではないのか。声にならぬ声を『ああ……あ……』と発し始めた。焦点も合っていない。
一先ず、竜称は彼女を連れ出そうとしたのか。手を強引に引き上げ、立たせようとした。──そのとき、ヒュッと左から風を切る音がした。
瞬時にそれを察知した竜称は、上半身を後方に逸らして避ける。けれど、近距離でのこと。避けきれなかったのだろう。竜称の頬はうっすらと切れ、血が流れる。
竜称は鋭い視線を投げかけ、彼女の手を放す。
「何をする!」
パシン
邑樹の叫びと、竜称が態勢を戻し彼女を叩いたのは、同時。叫んだと同時に駆け出した邑樹だったが、今は間に入るべきではないと思ったのか、足を止めた。
「まずは、名乗ってもらおうか」
竜称は冷静だ。しかし、彼女は口を開こうとしない。竜称を睨んでいる。周囲は固唾を吞み様子をうかがう。
すると、彼女はふと竜称から視線を外し、走り始める。洞窟を出ようと、一目散に、出口めがけて。慌てて追うのは、刻水。
「待って!」
すぐに彼女は止まらない。刻水は続ける。
「このままどこかに行っても、何もならないわ。もう、じきに戦いは終わるの。私たちと行動するのも、わずかよ。だから、お願い! 命を無駄にしてほしくないの!」
必死の叫びが届いたのか、彼女は走るのを止めた。
徐々に下を向いていく顔。何かを言いたそうな、けれど、無言を貫く。震えながら。
「あのままの貴女たちを戦いには連れては行けなかった。わかって」
悲しみのこもった声。この幼い声は、龍声だ。
竜称が続いて口を開く。
「それがわかるなら、どうしてここにいろと言っていたかがわかるな? 連れて行った方が『囮』だよ。私たちは、お前たちをそうしたかったわけじゃない」
この言葉に、彼女は振り向く。涙を悔しそうに流して、大きく息を吸う。
「でも! 実際にはそうなった! たくさん、たくさん……血は、流れて。……逃げられもしなかった! 奥は、奥には! 壁しかなかったっ!」
堰を切ったように彼女は叫んだ。
しかし、竜称は表情を変えることなく。かえって冷たく言葉を返す。
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