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言いやがった
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「えっ?ないの?」
「はい、申し訳ございません」
私は食事をした食堂に来ていた。昼下がりだからなのか以前来たような混雑さはなく静かで落ち着いている。でも私は食事に来たのではない。懐中時計が忘れ物として預けられているか確認するためだった。私の中で懐中時計がある可能性が一番ある場所だったが、残念なことにここ数日間落とし物も忘れ物も預かっていないと店員に言われた。
「そう、わかった」
私は店を後にした。
「もうすることもなくなったなぁ」
私の今日の予定はケーキを持って伯母夫婦がいる牧場に行く予定だった。でも、ケーキは男の子にあげてしまったのでもう牧場に行く意味がなくなってしまった。
「帰る」
「懐中時計があの店になかったら買うんじゃなかったの?時計ないと不便だって言ってたよね?」
「なんかめんどくさくなった。別にこれから何か予定があるわけじゃないし、そもそも時計がなくても死なないし」
帰って寝よう。
乾いた落ち葉を踏みしめながら街の佇まいを見ていた。中世イタリアのルネサンス様式風の建物に何回見ても圧倒される。まるで本当に歴史的価値があるようだ。もし、これが観光だったら素直に楽しめたかもしれないが、ここは紛れもなくフィクションの世界だ。
「忘れそうになるけどここって乙女ゲームの世界なんだよね?」
「うん、そうだよ」
いまのところ攻略キャラクターの一人も会っていない。願ってもないことだが、嵐の前の静けさのような心持ちになってしまう。
「まぁ、このまま誰にも会わないまま過ごせればいいけど」
そうしたら念願のニート生活が送れる。
「それはないよ」
うさぎはきっぱりと言い放った。
「前にも言ったと思うけどこの世界で君は主人公の一人だよ。君が何もしなくても物語は進むし、キャラクター達と関わらずにはいられないから」
「主人公って言うけど私、ここに来てたいしたことはしてないけど」
「主人公のたいしたことのない行動がストーリーの鍵になることもあるよ。漫画やゲームを熟知している君にもわかるでしょ?」
「あんまり考えたくない」
もし、鍵になることといえば、あの子供を助けたことくらいだ。だぁらあんまりあの子の家には近づかないでおこう。できるだけ面倒事は避けて通るに越したことはない。
「ねぇ、この乙女ゲームって主人公って二人いるんだよね?その子の名前を教えて」
「ちょっと待って」
うさぎは例の本を取り出した。
「名前はリ-ゼロッテ。年齢は君と同じ、性格は――」
「名前だけでいいや。性格はたぶんわかる」
「わかるの?」
「主人公ふたりの場合は基本性格は対照的なものだ。おとなしくて自己主張があまりないレイに対しその子はたぶん明るくて前向きな乙女ゲーム王道の性格だ。そして髪も長くてワンピースとかがよく似合う―――」
イメージがどんどん膨らむ。
「髪の色はダーク系のレイに対してライト系で目もぱっちりしていて、そう例えば」
私は歩みを止めた。
「あの子みたいな」
通りの角からほぼイメージした通りの娘が出てきた。その子は誰かを探しているのか周りをきょろきょろと見回している。
「おねぇちゃん!」
聞いたことのある声が聞こえた。正面にはあの赤毛の男の子が立っていた。男の子は花が咲いたような満面の笑顔で駆けてきて私に抱きついた。
「ぐはっ」
勢いよく突進してきたのでお腹が少し痛い。そのときあの娘と目が合い、驚きながら近づいてきた。
「ウィルくん!」
どうやらこの子のことを探していたらしい。ウィルと呼ばれた男の子を慌てて私から引き離し私の顔をじっと見つめる。
「あの、もしかしてこの子を助けてくれましたか?」
「違います」
嫌な予感がする。
「このおねぇちゃんがたすけてくれたんだよ」
男の子はぱっちりとした目で娘に言った。余計なことを言うな。私はくるりと踵を返し、さっさとこの場を立ち去ろうとする。
「ま、待ってください」
私の手をがしっと掴んだ。
いや、離せよ。
「あの、お名前を教えてください」
私はできるだけ目を合わさないようにその子を上から下まで見た。
栗色のふわっとした腰までのロングヘアでぱっちりとした琥珀色の瞳。水色のワンピースを着用し綺麗に着こなしている。まさに少女漫画か乙女ゲームからそのまま出てきたかのような娘だ。人好きの愛くるしい顔立ちで私をじっと見つめてくる。
「あ、ごめんなさい。まだ名乗っていませんでした」
言うなよ。リーゼロッテとか言うなよ。絶対言うなよ。
「私はリーゼロッテと言います」
言いやがった。私はうさぎに目線を動かす。私が何を言いたいかわかっているのか小さく頷いている。
「この子を助けてくださってありがとうございました。少しお時間よろしいでしょうか?」
私はさっきのうさぎを言葉を思い出す。
“主人公のたいしたことのない行動がストーリーの鍵になることもあるよ”
私は男の子を助けたことを後悔してしまった。
「はい、申し訳ございません」
私は食事をした食堂に来ていた。昼下がりだからなのか以前来たような混雑さはなく静かで落ち着いている。でも私は食事に来たのではない。懐中時計が忘れ物として預けられているか確認するためだった。私の中で懐中時計がある可能性が一番ある場所だったが、残念なことにここ数日間落とし物も忘れ物も預かっていないと店員に言われた。
「そう、わかった」
私は店を後にした。
「もうすることもなくなったなぁ」
私の今日の予定はケーキを持って伯母夫婦がいる牧場に行く予定だった。でも、ケーキは男の子にあげてしまったのでもう牧場に行く意味がなくなってしまった。
「帰る」
「懐中時計があの店になかったら買うんじゃなかったの?時計ないと不便だって言ってたよね?」
「なんかめんどくさくなった。別にこれから何か予定があるわけじゃないし、そもそも時計がなくても死なないし」
帰って寝よう。
乾いた落ち葉を踏みしめながら街の佇まいを見ていた。中世イタリアのルネサンス様式風の建物に何回見ても圧倒される。まるで本当に歴史的価値があるようだ。もし、これが観光だったら素直に楽しめたかもしれないが、ここは紛れもなくフィクションの世界だ。
「忘れそうになるけどここって乙女ゲームの世界なんだよね?」
「うん、そうだよ」
いまのところ攻略キャラクターの一人も会っていない。願ってもないことだが、嵐の前の静けさのような心持ちになってしまう。
「まぁ、このまま誰にも会わないまま過ごせればいいけど」
そうしたら念願のニート生活が送れる。
「それはないよ」
うさぎはきっぱりと言い放った。
「前にも言ったと思うけどこの世界で君は主人公の一人だよ。君が何もしなくても物語は進むし、キャラクター達と関わらずにはいられないから」
「主人公って言うけど私、ここに来てたいしたことはしてないけど」
「主人公のたいしたことのない行動がストーリーの鍵になることもあるよ。漫画やゲームを熟知している君にもわかるでしょ?」
「あんまり考えたくない」
もし、鍵になることといえば、あの子供を助けたことくらいだ。だぁらあんまりあの子の家には近づかないでおこう。できるだけ面倒事は避けて通るに越したことはない。
「ねぇ、この乙女ゲームって主人公って二人いるんだよね?その子の名前を教えて」
「ちょっと待って」
うさぎは例の本を取り出した。
「名前はリ-ゼロッテ。年齢は君と同じ、性格は――」
「名前だけでいいや。性格はたぶんわかる」
「わかるの?」
「主人公ふたりの場合は基本性格は対照的なものだ。おとなしくて自己主張があまりないレイに対しその子はたぶん明るくて前向きな乙女ゲーム王道の性格だ。そして髪も長くてワンピースとかがよく似合う―――」
イメージがどんどん膨らむ。
「髪の色はダーク系のレイに対してライト系で目もぱっちりしていて、そう例えば」
私は歩みを止めた。
「あの子みたいな」
通りの角からほぼイメージした通りの娘が出てきた。その子は誰かを探しているのか周りをきょろきょろと見回している。
「おねぇちゃん!」
聞いたことのある声が聞こえた。正面にはあの赤毛の男の子が立っていた。男の子は花が咲いたような満面の笑顔で駆けてきて私に抱きついた。
「ぐはっ」
勢いよく突進してきたのでお腹が少し痛い。そのときあの娘と目が合い、驚きながら近づいてきた。
「ウィルくん!」
どうやらこの子のことを探していたらしい。ウィルと呼ばれた男の子を慌てて私から引き離し私の顔をじっと見つめる。
「あの、もしかしてこの子を助けてくれましたか?」
「違います」
嫌な予感がする。
「このおねぇちゃんがたすけてくれたんだよ」
男の子はぱっちりとした目で娘に言った。余計なことを言うな。私はくるりと踵を返し、さっさとこの場を立ち去ろうとする。
「ま、待ってください」
私の手をがしっと掴んだ。
いや、離せよ。
「あの、お名前を教えてください」
私はできるだけ目を合わさないようにその子を上から下まで見た。
栗色のふわっとした腰までのロングヘアでぱっちりとした琥珀色の瞳。水色のワンピースを着用し綺麗に着こなしている。まさに少女漫画か乙女ゲームからそのまま出てきたかのような娘だ。人好きの愛くるしい顔立ちで私をじっと見つめてくる。
「あ、ごめんなさい。まだ名乗っていませんでした」
言うなよ。リーゼロッテとか言うなよ。絶対言うなよ。
「私はリーゼロッテと言います」
言いやがった。私はうさぎに目線を動かす。私が何を言いたいかわかっているのか小さく頷いている。
「この子を助けてくださってありがとうございました。少しお時間よろしいでしょうか?」
私はさっきのうさぎを言葉を思い出す。
“主人公のたいしたことのない行動がストーリーの鍵になることもあるよ”
私は男の子を助けたことを後悔してしまった。
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