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私は忘れていた

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「今日も一日ご苦労さん」

夕食を取り、湯浴みをした後寝巻きに着替え、私は今はベッドの上でごろんと仰向けになっている。月光が窓から照らされているおかげで暖炉の火を消しても部屋の中を淡く映してくれている。しんと静まり返った暗闇の中でも月の淡い光のおかげで気持ちを落ち着かせてくれた。

「今日も面倒な一日だったな」

天窓の向こう側にある星くすをぼんやりと眺めながら一日を振り返る。

なんでこう毎日毎日、やっかい続きなんだ。いや、これ考えるのやめよう。何回も考えたぞこれ。
結局は同じ答えしか辿りつけない。
でも、やっぱり厄介ごとを減らす法則をどうしても考えてしまう。

そういえば、この世界に来てから外出するときいつも午後からだったな。もしかして時間が何かしら関係しているのか?イベントの時間帯が午後に集中しているのか。
(いや、関係ないか)

私は星を見つめながら大あくびをした。私は寝つきは人よりも良いほうなのでベッドに横になるだけですぐ眠気が襲ってくる。
もう、寝よう。明日は出勤日じゃないから一日中家の中で過ごせる。午後にも午前にも出かける予定はまったくない。
たとえ、誰かが尋ねてきても居留守を決め込んでやる。
私は半分ウトウトしている意識を落とそうと瞼を閉じた。


『なぁ………イ』

「?」

落ちかけていた意識が引き戻される。
誰かの男の声がする。いや、この部屋で声がするのはおかしい。この家には私一人しか居ないしうさぎだってずいぶん前に帰った。

声はベッド脇のサイドテーブルから聞こえる。一度、身体を起こしそこに目を向ける。サイドテーブルの上に置いたレンズを下に向けた丸い鏡からだ。そこからくぐもった声が漏れていた。

それが何なのかすぐに理解できた。

「寝よ」

そして無視するという結論にすぐに至り、起こしていた身体をベッドの上に倒した。

『レイ………る』

「………」

『聞………イ、起き』

「………」

『返事………く』

「うざい」

まるで壊れたラジオからでてくるようなノイズ交じりの声に苛立ち、乱暴に鏡を持った。スイッチのオンオフが付いていないため、応答がないかぎりいつまでも声が聞こえるのだろう。

「何?こんな夜中に」

仰向けになりながら鏡をノアで目の前で浮かせ怒気交じりに言い放った。

『あ、やっと出たな。まだ8時だぞ。寝るには早いだろ』

レンズを下に向けていたせいでくぐもってしまっていたアルフォードの声が今度は一問一句はっきり聞こえる。

「で?」

一体何のようだ。早かろうが遅かろうが誰がなんと言おうと私の睡眠の邪魔はさせない。

『単刀直入に言うぞ。明日、店に出てくれないか』

「嫌」

そんなことだろうと思った。鏡をベッドの上に置いた。

『ちょ、最後まで話を聞けって』

切羽詰った声が鏡から聞こえ、再度ノアで鏡を浮かせた。

「私が嫌だって言うのわかってるよな?なんでだよ。まさか新作のケーキ作ったから見て欲しいとか?」

『変なところで勘がいいな』

適当に言ったんだがまさか図星とはな。

『実は俺、休みの日に考えて作ったんだ。前からかぼちゃがケーキに使えるなら、ニンジンはどうだろうって思ってたんだ。ニンジンはたくさんあるし、何かケーキにアレンジできないかって。試しに俺なりにケーキを作ってみたけど、思った以上に良い出来具合に作れたんだ』

「だから?」

今の今まで3個しかケーキが作れず、まともに新作のケーキを思いつけなかった人間がいきなりケーキを作れるものか、なんてツッコミは言わないでおこう。これもフィクション特有のご都合主義だ。

『ケーキの作りを相談し合える相手って今のところレイしか居ないんだ』

そういえば、リーゼロッテは料理はポンコツだったな。

「別にいちいち私に言わなくていいだろうが。オマエ一応店主だろ?オマエが良いと思ったらいいんじゃないの?」

『いや、それだけじゃないんだ。実はにんじんのケーキに何かジャムみたいなものを付け加えたいと思ったんだ。でも、俺ジャムは作ったことがないんだ』

嫌な予感。

「たくさんあるニンジンを見て、もしかしてにんじんでジャムは作れないかって思ったんだ。にんじんだったら材料も多く使わずに済むし、持ち帰り用もできるんじゃないかって」

持ち帰り用か。アルフォードのくせに良く思いついたな。

『レイ、知って―』

「知らね」

すぐさま返事をした。

『知ってるよな』

「知らないわ」

『反応が過敏すぎだぞ。知ってるからだよな?』

「知ってても教える義理ないわ」

「やっぱり知ってるんだな。知ってるなら教えてくれないか?」

『やだよ。オマエ物覚え悪いし。ていうか、なんで明日なんだよ』

「一回で覚えられるようにするし。思いついたことは早くやりたいんだ。それにレイが店に来る時間帯は午後だろ。比較的客が少ない午前の朝一に来て欲しいんだ」

「オマエ最近図々しいぞ。朝は眠い。眠っていたいんだ」

「明日出てくれたら、明後日休んでもいい。だから頼む」

「いやだ。私の中で明日の一日の予定は寝るって決めてんだから。しかも、午前なんて………」

私はハッとし発言を止め、さきほど考えていたことを思い出した。

“そういえば、この世界に来てから外出するときいつも午後からだったな。もしかして時間が何かしら関係しているのか?イベントのタイムテーブルが午後に集中しているのか”

私はそんなことを考えていた。厄介ごとに遭遇するのは常に午後だ。外出時間も午後だ。もし、午前に出かけたら面倒ごとには遭遇しないのではないか。関係ないという結論にもさきほど至ったが、一度思いついたから考えるのをやめられなかった。

『レイ、どうした?』

一度言いかけたことをピタッとやめてしまったため、鏡の向こうからアルフォードの心配そうに窺ってくる。

「絶対に1回で覚えるんだったらな」

ため息交じりに声を固くしながら答えた。

「作り方教えてくれるのか?わかった。それでいい」

私がしぶしぶながらも了承した途端、アルフォードの声が明るくなった。
顔は見えないが、大層喜んでいるのがわかる。

「じゃあ、明日8時頃に店に来てくれ」

「わかったわかった。もう寝るから連絡してくんなよ」

そう言って、もう声が聞こえなくなったノアで浮かせた鏡をそのままサイドテーブルに置いた。

「なんか了承したとはいえ、微妙にむかつくな」

自分のためとはいえ、結局は頼みごとに対して「NO」とは言わなかったのだから。いやだいやだと言いつつ、最終的には向こうの思うとおりに動いている気がする。
それを考えるとふつふつと怒りが湧き上がってきた。

「やめよう」

夜中にあれこれ考えるのはやめよう。睡眠時間が減る。
明日は早い。明日のことは明日考えよう。

私はその時忘れていた。
かぼちゃのケーキを教えてた日も午前だったということを。
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