上 下
95 / 217
商人への道?

87.たぶんこうなる運命だった

しおりを挟む
 シシリーにすごく歓迎されながら商品を補充した後は、ふらふらと街を巡る。

 タマモが宣伝してくれたのか、売れ行きはいいし、商品数が少なくなってもほとんど不満は言われないらしい。みんな優しいなぁ。

「あら、異世界の方? この先は役場ですよ。定住されるんですか?」

 不意に声を掛けられて顔を上げると、二十代くらいの女性が僕を見下ろしていた。

「ううん……そっか、こっちって、役場があるんだったねぇ」

 気づかない内にシークレットエリアに入り込んでいたらしい。どおりでプレイヤーの姿が見当たらないわけだ。

「迷子?」
「ぶらぶらしてただけー。お姉さんは?」

 心配してくれてるみたいだけど、僕にはマップという心強い味方がいるので大丈夫。
 ニコニコしてたら、お姉さんもホッと息をついて微笑んだ。

「私は昼休憩から職場に戻るところよ。役場で働いているの」
「へぇ。役場ってなにするところなの?」
「なにって……街の住民の公的サポート、と言ってわかるかな?」
「健康保険とか?」
「そうそう。保険業務もあるし、出産育児サポートや戸籍管理とか」

 お姉さんが歩くのについていきながらお話する。
 役場の業務は、現実でのものとあまり変わらないっぽい。僕に定住するのか、って聞いてきたということは、そういうシステムもあるんだろう。プレイヤーの定住って、意味がわからないけど。

「僕とかが定住するって決めたらどうなるの?」
「街に税金を納めるようになるわね。その代わり、街の住民同等のサービスを受けられるようになるし……あぁ、無料で【死に戻り軽減】システムを使えるようにもなるわ」

 初めて聞いた言葉だ。

「それ、どういうの?」
「街の治療院に行くと、死に戻り後のステータス半減の時間を半分に短縮できるのよ。定住している街でなら、無料なの。普通は一回一万リョウかかるわ」

 そんなシステムがあったんだ?
 便利だねぇ。でも、死に戻りって所持金を失うし、さらに一万リョウなくなるのは、使うか迷っちゃう。

 僕、死に戻りしたことがないから、ステータス半減のツラさはよくわからないし。

「税金っていくらなの?」
「一ヶ月で一万リョウよ」
「なるほど……」

 一ヶ月に一回以上死に戻りするなら、定住して税金を納めた方がお得なのかな。
 ステータス半減状態だと、生産活動にも支障があるだろうし、ログアウトするくらいならお金を払う方がいいって人は多いかも。

「――治療院の場所、教えてもらえる?」
「いいわよ。役場を訪れる人には街の案内図を渡すことになっているもの。取ってくるから、ちょっと寄って行って」

 お姉さんが前方を指す。高い門の向こうに、白亜の巨大な建築物が見えた。

「……これ、お城じゃないの?」

 呆然としながら呟く。どう見ても西洋のお城だよ。街に合わせた色味なのか、緑色のとんがり屋根が可愛い。

「お城でもあるわね。役場は領主様の居城の一画にあるから」
「伯爵様かー」

 シシリーと会った時に学んだ知識を思い出す。
 公明正大な伯爵閣下とわがまま令嬢。ここにその二人がいるのかな。貴族ってよくわからないし、正しい礼儀作法も知らないから、会わない方が良さそう。

「……僕、そこで待ってる!」

 お城と門の間に広がる庭にベンチがあるのに気づいて、ビシッと指す。
 お姉さんは「異世界の人は慣れなくて緊張しちゃうものね」と苦笑しながら受け入れてくれた。

 お城の中に向かうお姉さんを見送り、ベンチに座って足をパタパタ。
 外から見るだけなら、美しいお城は見ごたえがあって、ワクワクする。外国の観光地に旅行しに来てる感じだ。

「あ、この近くに仮想施設があるんだった」

 ふと思い出して、周囲を見渡す。
 せっかくここまで来たし、スキルを鍛えるのもいいな。まずはなにをレベル上げしようかなぁ。

「――うさぎ?」

 ぽつりと小さな声。
 同時にガサガサと音がして、後ろにあった生け垣が揺れた。

「うん? 僕のことかな?」
「……しゃべった。ふくわじゅつ、じゃなかったのね」

 生け垣から顔を出した女の子が、僕を見て目を丸くしてる。アリスちゃんより少し年上に見えるね。小学校低学年くらいかなぁ。

「僕、うさぎの見た目だけど、喋れるんだよー。異世界から来た旅人だからね!」

 この説明をするの久々かも。
 そう思いながら、ふりふりと手を振ると、女の子が躊躇いがちに振り返してくれた。

「……世界にはふしぎなものがたくさんあるのね」

 ごそごそと生け垣から出てきた女の子が、いきなり僕を抱える。……重くない?

「――ねぇ、あなた、気に入ったわ。わたくしと遊びましょう」
「えー……」

 なんか勘づいちゃった。この子、伯爵様のわがまま令嬢では? そうでなかったとしても、裕福な家の子でしょ。一人称『わたくし』だよ?

 失礼なことしたらマズイかなぁ。でも、貴族への礼儀なんてわからないしなぁ。

「イヤなの?」
「そういうわけじゃないんだけど……僕、この後仮想施設に行く予定だし」

 これで断れないかなぁ、と思ったんだけど、女の子はめげなかった。

「それなら、わたくしが案内してあげるわ。ここはわたくしの庭のようなものよ」
「……そうなんだー」

 伯爵令嬢であることがほぼ確定された。お城の庭をそう言うって、生半可な立場じゃできないよ。

「――僕、役場の職員のお姉さんに、街の案内図を持ってきてもらうのを待ってるんだ。君はここにまだいられるの?」
「イザベラよ」
「なに?」
「わたくしの名前はイザベラ。君、じゃないわ」
「イザベラ様……ちゃん?」

 様、と敬称をつけた途端、顔を顰めたイザベラちゃんを見て、言い直す。どうやらお嬢様扱いされるのが嫌らしい。

「ええ、そうよ! あなたのお名前は?」
「モモだよー。果物の桃が好きなんだ」
「桃、わたくしも好きよ。この前あったグルメ大会で、幻桃ラールペシェを使ったスイーツが一番になったの。おとう様にたのんで、とりよせてもらって食べたわ。とてもおいしかった……」

 味を思い出したのか、イザベラちゃんの表情が柔らかく綻んだ。なんか前評判と違う雰囲気だ。

「僕もそれ好き! 桃カフェによく行って食べるんだよー。幻桃ラールペシェは僕が作って売ってるの」
「まぁ! モモは桃の魔法使いなのね」
「桃の魔法使い……?」

 意味はわからなかったけど、褒められてるみたいだからいいや。
 イザベラちゃんが「魔法使いよりも、妖精なのかしら?」と呟いているのを聞きながら、じっと観察する。

 金色の長い髪は丁寧に結われてる。……生け垣から出てきたせいで、ところどころに葉っぱが刺さったり、乱れていたりするのはご愛嬌。

 さりげなく葉っぱを取ってあげたら、「ありがとう」と白い頬を淡く染めて微笑まれる。
 ……めちゃくちゃ、可愛い子だよね? わがまま要素ないよ。もしや伯爵令嬢じゃない?

「お待たせしまし――イザベラ様!? どうして護衛を付けずにこちらへ? 伯爵閣下はご了承されているのですか?」

 街の案内図を手に戻ってきたお姉さんが驚愕の声を上げる。

「……知らないわ。わたくしがどこに行こうと、わたくしの自由でしょ。ごえいなんていらないわ」

 プイッと顔を背けるイザベラちゃんを見て、『なるほど、わがまま……』と理解した。周りの人が苦労してることがわかる。
 でも、これくらいの年の子が、一人で冒険したくなっちゃう気持ちもわかるなー。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

聖女追放。

友坂 悠
ファンタジー
「わたくしはここに宣言いたします。神の名の下に、このマリアンヌ・フェルミナスに与えられていた聖女の称号を剥奪することを」 この世界には昔から聖女というものが在った。 それはただ聖人の女性版というわけでもなく、魔女と対を成すものでも、ましてやただの聖なる人の母でもなければ癒しを与えるだけの治癒師でもない。 世界の危機に現れるという救世主。 過去、何度も世界を救ったと言われる伝説の少女。 彼女こそ女神の生まれ変わりに違いないと、そう人々から目されたそんな女性。 それが、「聖女」と呼ばれていた存在だった。 皇太子の婚約者でありながら、姉クラウディアにもジーク皇太子にも疎まれた結果、聖女マリアンヌは正教会より聖女位を剥奪され追放された。 喉を潰され魔力を封じられ断罪の場に晒されたマリアンヌ。 そのまま野獣の森に捨てられますが…… 野獣に襲われてすんでのところでその魔力を解放した聖女マリアンヌ。 そこで出会ったマキナという少年が実は魔王の生まれ変わりである事を知ります。 神は、欲に塗れた人には恐怖を持って相対す、そういう考えから魔王の復活を目論んでいました。 それに対して異議を唱える聖女マリアンヌ。 なんとかマキナが魔王として覚醒してしまう事を阻止しようとします。 聖都を離れ生活する2人でしたが、マキナが彼女に依存しすぎている事を問題視するマリアンヌ。 それをなんとかする為に、魔物退治のパーティーに参加することに。 自分が人の役にたてば、周りの人から認めてもらえる。 マキナにはそういった経験が必要だとの思いから無理矢理彼を参加させますが。

とある婚約破棄の顛末

瀬織董李
ファンタジー
男爵令嬢に入れあげ生徒会の仕事を疎かにした挙げ句、婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を告げた王太子。 あっさりと受け入れられて拍子抜けするが、それには理由があった。 まあ、なおざりにされたら心は離れるよね。

【第1章完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。

幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~

桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。 そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。 頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります! エメルロ一族には重大な秘密があり……。 そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。

処理中です...