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第五章 ヴェステ王国編

27.動くために

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ヴェステ王宮でモモハルムア達を転位させ逃がしたフレイリアルだが、自分は王に手を掴まれ転位出来なかった。
王が分析し、指摘した通りだった。
そのまま転位してしまえば、どんなに精密に範囲を指定したとしても接触面の皮膚を持って行ってしまうだろう。上手くいかなければ腕一本まるごと…と言うこともあり得た。
覚悟無き心では、折角の優秀な手段であっても有効活用することは出来ない。
そのため生物を接触させておくことは逃走防止手段として効果があると判断され、そこからずっと常に誰かがフレイリアルに接触しているという非常に迷惑な状態になった。
まずヴェステ国王シュトラが暫くは抱き締めたまま離さなかった。

「このまま我と共に最奥にて過ごさないか…」

密着したまま、余計な事を耳元で甘く囁くシュトラ。
夜も更け、寝所に引きずり込まれそうな…微妙な時間帯である。ただひたすら無言で首を振り、拒否を表し固まるしか手立てが無かった。

「ふふっ…そう怯えるな。今日は無理だから安心しろ…だから此の子を贈るよ」

そう言うと服の下から爪飯綱ウニャムステを引っ張り出して来た。
フレイリアルは、お目にかかった事の無い生物の愛らしさに、思わずこの状況なのに気持ち沸き立ち喜ぶ。
そして、ツルッとした感触の毛皮をひたすら撫で回し抱き締め頬擦りする。
尾まで含めると半メル程度の細長い毛艶の良い砂漠鼠ザントラシャの様な顔した生き物は、ひとしきり撫でられると腕に巻き付き赤いつぶらな瞳をフレイリアルに向ける。
思わず相好を崩しズット撫でていたくなるようなモノを渡され、この状況とそのモノの果たす役目を忘れてしまいそうになる。

「その子は我の人形だよ…一応そんな態だけど魔物だ。感覚を繋げてあるから、あんまり撫でられると撫で返したくなるな…」

そしてフレイリアルが爪飯綱にした事をそのままシュトラから返される。

「ひゃっ!!」

「やはり、このまま過ごしたいなぁ…」

すると扉付近にいた側近が咳ばらいをする。

「…これ以上留まると名残惜しくて自制が利かなくなりそうだから退室するよ。あと、その子は急激な位置情報の変化が起こるとお人形だけど完全に死んじゃうからね…可哀そうだから気を付けてあげて…」

そう言って危険な物含む鮮やかな笑み残し、退室していった。

そして早朝から、気楽な感じで元気にヴェステ国王シュトラは、優雅な笑みを浮かべながら再度現れた。

「君を繋いでおくために素敵な足かせを作っておかないといけないと思ってね…連れてきてあげたんだ」

窓の外を指さす。

そこにはエリミアに置いてきた筈のクリールが居た。

「何故!!」

怒りの魔力立ち上るフレイリアルに状況伝える。

「大切に保護するから安心して。それに君がエリミアに置いてきたから可愛そうな事になっていたよ」

シュトラはクリールのエリミアでの状況を何か知っているようだった。

「彼は魔物化しているんだね…」

「!!!」

「大勢の中で自分だけ違うという苦しさ…君は知っているのだよね」

そして予想外にも王から若干非難するような感情向けられているのを感じた。

「???」

「あぁ、僕も他と違うことで阻害される痛みは知っているからね…」

意外な告解を受ける。

「抗っても、危険視されて認めてもらえない苦しみ…」

全てに恵まれ、我が道進み王位を継承している様に見える国王の瞳の中にフレイリアルと同様の闇が有ることに驚く。

「仲間であるなら他の生物で有っても責任を持って! 自分と同じ悲しい思いをさせちゃいけないんじゃあ無いのかい?」

教え諭すように叱咤する。
フレイリアルは自分のやった事でクリールが辛い思いを散々してきた事を思い出し、今回も思い至らなかった事に悄気る。
思わず此処で捕虜になっている事を忘れてしまう。

「ごめんなさい…ありがとう」

「分かってくれたかな…いい子だね。ではご褒美に後で会わせてあげるから暫し我と語らおうか…」

その笑みは優しく何ら他意のないものだったので抵抗なく指示に従ってしまい…普通にお茶をする状況になっていた。今は爪飯縄の代わりにヴェステ王シュトラがフレイリアルを気軽に抱え込み、横に居る。
傲慢で独善的で酷薄なヴェステ王の面影はそこに無かった。
シュトラはエリミアの人々と比べると、相当に寛容で優しい対応をしてくれる者だった。
それだけ今のフレイリアルに捕虜として…色々な興味を引く人材としての価値があるのかもしれないが、やはりエリミアでの待遇を思い出すと少し悲しくなる。
暗く揺蕩うフレイリアルの表情を見てシュトラが話す。

「人は自分と異なる性質を、異質なモノとして忌み嫌うんだよ…」

ヴェステ王国15代シュトラ・バタル・ドンジェ。
柔らかな外見とは裏腹の、無言の圧を持つ如何にも国王然とした尊大で傲慢な態度を許された存在だった。
15歳の時にあった、血の粛清と言われる王位簒奪目論む一派の一掃へ多大な貢献をする。その事件で凶刃に倒れた王の後継として立ち、今の強く豊かなヴェステ王国を築きあげた人である。

「我もこの魔石を内包した時、人外と良く罵られたからな…」

笑いながら宣う。
シュトラは先代ヴェステ国王の第一子として生まれ、普通に王城の者達から敬われ傅かれ育ってきた。
石授けの儀で金剛魔石を内包することで、熱狂的に支持されるようにもなった。

だが金剛魔石のせいなのかシュトラの体質なのか、内包してからというもの触れるモノや近付くモノを勝手に漏れ出る魔力で傷つけてしまうようになる。軽い切り傷つけるぐらいなら良いほうだった。
酷く心動き魔力揺り動かしてしまう様な時…人でも物でも傷つけ最悪の事態を起こしてしまう。

「王子は化け物です」

人々が口にするようになった言葉だ。
今まで繰り返さてきた、「優秀です」、「素晴らしい素質です」、「王家の宝」などの美辞麗句は影を潜め、「恐ろしい」、「近寄るな」、「忌まわしき存在」などの言葉に置き換わった。

完全に魔力動かさず過ごせば惨事は起きない。
だが自由な立場で育った王子シュトラは感情の抑制など出来るわけもなく、人が近寄れないぐらいの状態を引き起こし…隔離のように離宮に閉じ込められてしまった。

年齢と共に何事にも動じない心が出来上がった。更に魔力を表出させず循環へ戻す訓練をし、動かしても問題無いような方策も取れるようになった。
だが人々に刻まれたシュトラの起こした恐ろしい事件は、噂となり国内の四方へ広がり…シュトラへの冷ややかな対応となって帰ってくる。
怯え…畏怖し…蔑み…憎しみさえ籠る多数の瞳が向けられ消えない。
それはシュトラの心をゆっくりと凍らせ死んでいるも同然の状態にした。

唯一心動かされるのは、このような事態引き起こされるに至った原因…その謎。
魔石であり、世界であり、それらが持つ共通の法則…存在を解き明かすための真理。
それらに惹かれ、のめり込む。
継承権持つ間は1度しか出来ない外遊にてエリミアへ赴き、生きた賢者の塔に触れる事で真理へ繋がる道を見つけた気がして…執着したのだ。

そんな話を聞いてしまいフレイリアルは心が痛くなる。

『害意あって存在しているわけでは無いのに排除される…自分が間違っているのか…世界が歪んでいるのか…』

フレイリアルは思わずシュトラに共感してしまった。
だが今のヴェステ国王シュトラ・バタル・ドンジェは、既に自分で選び取ってここに存在している。
残忍な結果であっても、その選択を楽しんで行っている。

「そうは言っても、こうして四六時中くっついているわけにもいかないし、預けた子も離れてしまう事はあると思うから…代わりになるモノを連れてきただけなんだけどね…」

そうクリールの事を伝えると、見慣れた思惑含む計算高い国王の顔に戻っていた。
そしてフレイリアルの至近で囁く。

「我の下に来て、手に入る立場でお前の周りを守ってやれば良いのではないか?」

シュトラは心の抵抗感消すための巧みな誘導を行う。
そして抵抗しなくなったフレイリアルを誘い最奥の間…国王の領域へ連れ込む。

絡みつき思考を停止させる様々な出来事が、フレイリアルの頭の中で氾濫している。
此の者の瞳に繋がりによる狂気が無かったのは、魔力で人を傷つけてしまう事を回避するための手段を講じてあったから…。
自身の中でしか巡らない循環。
ある意味フレイリアルが目指す所を、シュトラは努力で手に入れていたのだった。
巫女の繋がりで人々を狂わすのは本意では無い…切り捨てたい力。
プラーデラの王と交わしたフレイリアルが一方的に破棄した契約より、思いの巡りは無いが尊敬に近しい情がある分ましかもしれない。

フレイリアルは辿り着いた最奥の間で、シュトラが誘導するままに一緒に寝所に腰掛ける。
横から言葉なく徐に近づく唇は、丁寧にフレイリアルの唇に重ねられ熱を帯び始めるが決して双方の魔力が巡ることは無い。
ゆっくりと伸し掛かられ、手を取られ縫い留められる。
物理的な繋がりが増し魔力の巡りを確認できるようになり、抑えている循環の状態が見えた。
一人で頑なに巡り続ける魔力の循環は、フレイリアルの目指すものとは違った。
口が離された時に思わず呟いてしまう。

「それじゃあ、寂しいよ…違うよ…」

そのフレイリアルの言葉の意味を理解したシュトラは、激しい…今まで抑えられていた…全てに向かっていくような怒りが湧きあがるのを感じた。
久々の…何もかもをメチャメチャにした幼き頃と同じぐらいの怒りで体内魔石の魔力が動く。

「我が努力して手に入れたモノは違う…と申すのか。ならば巡り開放した状態でお前を手に入れ、正解とやらを教えてもらおうか!」

王の魔力の巡りが解放された。
金剛魔石の吹き荒れる魔力が周囲を切り裂いているのがフレイリアルの目に入る。その魔力の行き先が乱れるため荒れている…使い方が違うのが理解できた。
何故それを理解できるのかはフレイリアル自身にも分からなかったが方向定めれば珠玉の力となるであろう事が分かった。

「それは、守るために使う力なんだよ。巡りを抑えなくても、表出する方向を定めれは周囲を攻撃する事は無くなるよ。努力は無駄じゃないし、鉄壁の守りができあがるよ」

そして王が縫い留めていた手からフレイリアルが魔力流し込み、荒れ狂う魔力を正しい方向を見つけ導く。
すると吹き荒れる嵐が止み王の驚く顔があった。

「これが正しい方向…」

驚きで呆然とする王から離れ立ち上がる。
その時、入り口から駆け寄る人影があった。

「アルバシェルさん!」

そう言い駆け寄る。

「もう少し早い方が役に立ったかな?」

荒れまくる部屋を見て言う。

「それでも来てくれた事が嬉しいよ」

抱きしめ魔力巡らす。
魔力の影響で誰かの気持ちを動かしてしまったとしても、一人籠ってやり過ごす時を持ちたくなかった。自分と同じように閉じ籠る事で保っていた者を目にし、それだと其処で行き止まりだと気付く。

「エリミアへ行かなきゃ…リーシェの所へ行かないと」

「あぁ、私も約束を果たしに行かないといけないんだ」

フレイリアルの言葉にアルバシェルが暖かに微笑み応える。
そして2人して述べる。

「「一緒に行こう」」
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