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第五章 ヴェステ王国編
8.変わり動く
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王宮最奥へ向かうニュール。
「ここは王家の方々のみが入れる場所。そして貴様のような、ならず者の侵入を防ぐのが我らが役目!」
その最初の入り口で、啖呵を切る者が立ち塞がる。
だが次の瞬間、阻む者は消えていた。
何名か対峙していたが進路の妨げとなっていた者たちは全て一瞬で消えた。
茫漠たる赤き海に混沌たる浮遊物点在する光景が創造された。
その無常なる道を無表情に進むニュール。
モーイは何処を映してるとも分からぬ硝子の瞳で先を見やりニュールの腕に絡まる。そして密着し離れぬまま進む。
付き従うミーティは、ニュールが無用に創造した光景と惨状に最初は嫌悪と戸惑いを感じた…しかし知らぬうちに違和感なく受け入れ、更に高揚している自分に気づく。
その何物をも寄せ付けぬ強さに心酔し、付き従える事に歓喜湧き上がり誇らしささえ持つ自分が其処にいた。
『此の感覚は何なんだろう…』
ミーティもまた自分のなかの何かが変わってしまっていることに気付き始める。
進めば進むほど、周囲から一切の音が消えていく。生有る者は息を出来る有難さに自身を愛しみ…口をつぐむ。
一番奥の扉まで辿り着き前に立つと、扉が解放され迎え入れられた。
開けられた部屋の最奥の一段高い場所に白の将軍とその精鋭に守られ王が寛ぐ。
「あぁ、暫くぶりだね…君の方から来てくれたんだ。嬉しいよ」
寛いだまま朗らかに迎えるのは、ヴェステ国王シュトラ・バタル・ドンジェである。
「入り口、鬱陶しくしちゃってごめんねぇ~。最近少し力入り過ぎだったから丁度風通しが良くなって良かったよ、ありがとうね」
既にニュールに片付けられた状況理解し、自分の手勢が削がれたと言うのに余裕の笑顔で礼を述べる王。
王の周囲に控える白の将軍が集めた精鋭達は影の者達以上に密かに潜伏し、表には決して出て来ない者達。一定以上の優れた能力持つ者だと噂には聞いたことがあったが、対面することでそれが事実であると一瞬で感知出来た。
何名かはニュールも知る能力高き者達であり、いつの間にか表から消えていた者達だ。特段構える素振りは無いのに隙を見せる事無く、全力で王を守り支えているのが感じられる。
「王の御前に何用ぞ!!」
将軍と精鋭達の手前に、最前面で王を守る若き熱い思い持つ近衛達も控える。
王に崇高な思い捧げ忠誠誓い、白の将軍を仰ぎ付き従う若者の一人がニュールを不逞の輩と認定し怒りを露わにし問い質してきたのだ。
「あぁ、条件変更の申し出だ。こっちの利が無くなったんだから当然だろ」
不遜な態度で王に対するニュール。
問い質した若者含む家柄良き一群は、今後王を支える一角となるだろう。そんな血気盛んな年頃の驕る者達が、ニュールの無礼な態度に顔色を変え憤怒の形相となる。
この場にいる歴戦の強者達は、ゆるりと構えそれぐらいでは動じない。
「そうだね、今回は済まなかったよ。だけど問答無用と立ち去る…とかじゃ無くて、条件変更なんだね…」
「ちゃんと話をつけておけば、鬱陶しさが減るだろ?」
笑顔でもっともらしい理由を付けるニュール。
「それで条件は何だい?」
「今後我々に関わるな…そうしたら今の塔の状態を確認してやる」
「塔の確認は君のご褒美にもなってしまうんじゃないのかい?」
鋭く指摘し笑む王。
「条件に利を感じないのなら、お互い勝手にやるまでだ」
ニュールも全く動じず返すだけ。
どちらも大上段に構えたまま引かない。
この遣り取りを見定めていた好戦的な近衛の若者達は、交渉決裂と断じ憎悪むき出しに武器に手を置く。
そして王の眼前…しかも王が一応とは言え客として対応しているニュール目掛けて…怒りの昂り頂点となり一斉に切り付けた。
ニュールの周囲に鉄壁の防御結界が展開されていたのは勿論だが、微動だにしないニュールに切り付けたと言うのに兵達の方がその場に崩れ落ちる。
皆、床に転がり腹を抱え苦しみ藻掻くが、それも長くは無かった。
その後、完全に動きなくした器となった物が3つ程転がることになった。
「…ふっ、ずいぶんと躾が良い事だな」
ニュールは失笑の様な溜息つき、呆れたように言う。
「忠義に厚い獣は皆獰猛なのさ」
王も特段に表情変えず笑みを浮かべたまま述べる。
「来客中は首輪して手綱ぐらい握っとけ。一々処分してたら勿体無いぞ」
「普通はそんなに簡単には処分出来ないんだけどな…」
「周囲か自分の目を疑い見直すが良い」
ニュールとの言葉の応酬に王は微笑み浮かべたままだが、将軍は片眉上げる。
他の者はニュールの起こした事態に一瞬とはいえ、驚嘆の表情浮かべる。そして警戒感を高めると共に、静かにニュールに向けて殺意が集まっていく。
「一応、王の御前と言うことで多少気遣いはしたんだがな…」
最低限の礼儀としてお目汚し無き様に流血は避けた…その為余計に用心されてしまった。
暫しの沈黙の後、王が答える。
「分かったよ。塔は好きに出入りしてくれ。出来たら確認するだけじゃなくて、少しでも使えるようにしてくれないかな?」
「それならば片方は引き渡すが、片方は貰うぞ」
再度の図々しさに、流石に王を守る者たちが動く…。
それを王が片手を上げて制する。
「使えぬのでは宝の持ち腐れ…我が求める真理へ繋がる道となるならば容認しよう」
そして付け足す。
「手出ししないとは誓うが、君の周りの者への誘いは許しておくれ。それを遮る権利は君にだって無いと思うよ」
「確かにそうだな」
そうして王宮での話し合いは終わりを告げた。
そして塔へ赴く。
王宮入り口で向かい来る者を瞬きする瞬間で屠り…その場所を静寂な赤き海へと変貌させたにも関わらず表情の変化無く泰然と立つ姿を見つけた。
その時、隠者Ⅸは体の奥底から歓喜の震えが駆け上り脳天を突き抜ける感覚を味わった。
生まれて初めて、その出会いをもたらした神へ感謝の祈りを捧げたい気分になった。
自身が初めて心から仕えたいと思った者は、表に現れている者では無かった。
その者の片鱗を感じることはあっても、内に押し込められている様であり表立ち動く可能性低く半分諦めていた…その者が確かな存在として其処に顕現したのだから感慨ひとしおである。
仮初めに使える君主では無く、真なる我が君がそこに御座す事を心より言祝ぐ。
王宮へ赴くあの御方の邪魔はしなかった。
『しっかりと顕現したあの御方を暫し待つことなど喜びでしかない。再び現れる時を一日千秋の思いで待ち焦がれた今までと違い、このひと時の何と甘美な事か…』
そして再度その場に現れた瞬間、駆け寄り足下に跪く。
「ここから先、未来永劫貴方様に仕えさせて頂きます」
いきなり現れた隠者Ⅸを些末なモノでも見るようにニュールは一瞥し、淡々と告げる。
「仕える者を募った覚えは無い」
「私が勝手に忠誠誓い、跪くだけです」
ミーティは突然現れた、会う度に何時でも不愉快極まりない男に驚きつつも進言する。
「ニュール、そいつ散々今まで邪魔したやつだぞ! しかも五月蠅いやつ」
隠者Ⅸは殺意そのままにミーティを睨みつける。
ミーティは散々好き勝手に痛めつけられた隠者Ⅸに、強者に対する怯えすら感じていたのに何故か今は全くない。たとえニュールの存在が横に無くとも、この感覚は揺らがない気がした。
『煩い鼠が余計なことをほざく…』
隠者Ⅸは心の中で唾棄する。
ニュールは2人を見比べて考え告げる。
「ミーティ…もし此処に残るのなら、そいつの指導を受けろ」
そして隠者Ⅸへ向かい告げる。
「お前が何を思い此処に来たかは分らん。だが、付き従うと言うのなら条件を聞き入れろ。それと、もし何らかの策略を持ち裏切るのなら容赦はしない…」
魔物と融合したニュールは来る者は拒まないようであった。
「有難き幸せ、精神誠意尽くさせていただきます」
恐ろしい程の恭順を示す。
「丁度良い、お前がこの国の塔へ案内しろ。それとクドイ言葉はいらん」
「御意」
「あと、隠者Ⅸは呼ぶに面倒だ…何か他の名を名乗れ」
「では…ピオ…とお呼びください」
遠い昔に捨てた名をニュールへ自ら捧げた。
「あぁ、案内頼む…ピオ」
夢叶い、横に控えることを許してもらえた歓喜に打ち震える。その上、名を呼んでもらえる至上の喜び。
『この僥倖、誰に理解できようか…この陶酔感は掲げる者を持つ者にしか理解できまい』
そしてヴェステの塔へ赴く。
王都ランサより10キメルの砂漠の遺跡のような場所。
その場所まで陣が用意できないとのことで、それぞれが砂蜥蜴に乗り赴く。
「ここって…インゼルへ行くとき、フレイ達と樹海の集落から飛んだ場所だ」
ミーティがその場所を見て言った。
壊れた転移陣はあるが、塔自体が無いため捨て置かれたヴェステの賢者の塔跡と言われる場所。
有って無いようなモノとして処理されていた。
その為プラーデラの塔を欲したようだが、結局それも廃墟でしかないと判断されたようだ。幾ばくかの資料や、研究対象となりそうな機構の名残があるため厳重に確保はしてある。
ここは塔自体も無く、機構の名残も魔力の痕跡も何もないため管理される事すら無く放置されていた。
「サルトゥスの集落から飛んだ場所だ。陣はあの建物の下にあったし、陣は生きていたよ…」
改めて考えるとなぜ婆ちゃんがここの陣の座標を知っていたのか…なぜ此処に繋がっていたのかミーティは疑問を持つ。意外と謎の多い婆ちゃんの立場と…集落そのものの存在を不思議に思うのだった。
皆と歩きながら考えていると階段の一番下…陣のあった場所へ辿り着く。
「…此処はタラッサ…レグルスリヤと一緒なのか…?」
そのニュールの言葉に隠者Ⅸ…ピオがニュールに説明を始める。
「お察しの通り、ここは水の塔と同じ造りとなっているとされてます。ただし、魔力を駆使しおおよそ18層に到達するのと同じ距離を掘り進みましたが、何もありませんでした…。それ以降は打ち捨てられています」
ヴェステでの塔の痕跡は此処のみであり、莫大な費用かけ期待し調査したようだが成果が無かったようだ。
そしてミーティ達が最初に辿り着いたあの時には気付かなかったが、皆で使った陣以外にも奥の部屋にも砂に埋もれた、輝き持たぬ動かぬ陣が3つ程あった。
ニュールがそれを見て理解し、告げる。
「ここは玄関…錠口だ。この下に塔が有るわけでは無い…」
「錠口?」
ミーティは思わず聞き返してしまう。
「時々、慎重な大賢者が塔を秘匿したくて表の入り口を全て封じ、別口から塔深部へ至る陣を築く事が有ったようだ」
ニュールの記憶の記録を閲覧し得られた情報だった。
そして歩みを進め3つの陣集まる場所の中心に立つ。
「それが錠口で、塔へ至るのは此の陣だ…」
3つの陣の内一つを選び、懐に用意してあった蒼玉の屑魔石を陣にばらまき魔力動かす。そして滞りある場所の構造を読み取り再構築していく。
フレイが樹海の集落の陣でやった事と同じだった。
「凄いな…こんな簡単に修復出来るって…」
鮮やかな手際と操作を見て感嘆し何の気なしにミーティが呟いたのだが、ニュールに予想外の事を言われる。
「お前も出来るはずだぞ…直ぐには無理かもしれんがな…」
「???」
予想外の言葉に吃驚していると更に言われる。
「もう少し自分を知る努力をしろ…」
そして修復完了し輝きだした陣へ、ずっと絡みつき体の一部であるかの様なモーイと共にニュールが乗る。
「共に進むものは来い」
その言葉にミーティもピオも無言でニュールの隣に立つ、そして動かされた魔力が転移陣を青く輝かせその場所から真なるヴェステの賢者の党へと向かうのであった。
「ここは王家の方々のみが入れる場所。そして貴様のような、ならず者の侵入を防ぐのが我らが役目!」
その最初の入り口で、啖呵を切る者が立ち塞がる。
だが次の瞬間、阻む者は消えていた。
何名か対峙していたが進路の妨げとなっていた者たちは全て一瞬で消えた。
茫漠たる赤き海に混沌たる浮遊物点在する光景が創造された。
その無常なる道を無表情に進むニュール。
モーイは何処を映してるとも分からぬ硝子の瞳で先を見やりニュールの腕に絡まる。そして密着し離れぬまま進む。
付き従うミーティは、ニュールが無用に創造した光景と惨状に最初は嫌悪と戸惑いを感じた…しかし知らぬうちに違和感なく受け入れ、更に高揚している自分に気づく。
その何物をも寄せ付けぬ強さに心酔し、付き従える事に歓喜湧き上がり誇らしささえ持つ自分が其処にいた。
『此の感覚は何なんだろう…』
ミーティもまた自分のなかの何かが変わってしまっていることに気付き始める。
進めば進むほど、周囲から一切の音が消えていく。生有る者は息を出来る有難さに自身を愛しみ…口をつぐむ。
一番奥の扉まで辿り着き前に立つと、扉が解放され迎え入れられた。
開けられた部屋の最奥の一段高い場所に白の将軍とその精鋭に守られ王が寛ぐ。
「あぁ、暫くぶりだね…君の方から来てくれたんだ。嬉しいよ」
寛いだまま朗らかに迎えるのは、ヴェステ国王シュトラ・バタル・ドンジェである。
「入り口、鬱陶しくしちゃってごめんねぇ~。最近少し力入り過ぎだったから丁度風通しが良くなって良かったよ、ありがとうね」
既にニュールに片付けられた状況理解し、自分の手勢が削がれたと言うのに余裕の笑顔で礼を述べる王。
王の周囲に控える白の将軍が集めた精鋭達は影の者達以上に密かに潜伏し、表には決して出て来ない者達。一定以上の優れた能力持つ者だと噂には聞いたことがあったが、対面することでそれが事実であると一瞬で感知出来た。
何名かはニュールも知る能力高き者達であり、いつの間にか表から消えていた者達だ。特段構える素振りは無いのに隙を見せる事無く、全力で王を守り支えているのが感じられる。
「王の御前に何用ぞ!!」
将軍と精鋭達の手前に、最前面で王を守る若き熱い思い持つ近衛達も控える。
王に崇高な思い捧げ忠誠誓い、白の将軍を仰ぎ付き従う若者の一人がニュールを不逞の輩と認定し怒りを露わにし問い質してきたのだ。
「あぁ、条件変更の申し出だ。こっちの利が無くなったんだから当然だろ」
不遜な態度で王に対するニュール。
問い質した若者含む家柄良き一群は、今後王を支える一角となるだろう。そんな血気盛んな年頃の驕る者達が、ニュールの無礼な態度に顔色を変え憤怒の形相となる。
この場にいる歴戦の強者達は、ゆるりと構えそれぐらいでは動じない。
「そうだね、今回は済まなかったよ。だけど問答無用と立ち去る…とかじゃ無くて、条件変更なんだね…」
「ちゃんと話をつけておけば、鬱陶しさが減るだろ?」
笑顔でもっともらしい理由を付けるニュール。
「それで条件は何だい?」
「今後我々に関わるな…そうしたら今の塔の状態を確認してやる」
「塔の確認は君のご褒美にもなってしまうんじゃないのかい?」
鋭く指摘し笑む王。
「条件に利を感じないのなら、お互い勝手にやるまでだ」
ニュールも全く動じず返すだけ。
どちらも大上段に構えたまま引かない。
この遣り取りを見定めていた好戦的な近衛の若者達は、交渉決裂と断じ憎悪むき出しに武器に手を置く。
そして王の眼前…しかも王が一応とは言え客として対応しているニュール目掛けて…怒りの昂り頂点となり一斉に切り付けた。
ニュールの周囲に鉄壁の防御結界が展開されていたのは勿論だが、微動だにしないニュールに切り付けたと言うのに兵達の方がその場に崩れ落ちる。
皆、床に転がり腹を抱え苦しみ藻掻くが、それも長くは無かった。
その後、完全に動きなくした器となった物が3つ程転がることになった。
「…ふっ、ずいぶんと躾が良い事だな」
ニュールは失笑の様な溜息つき、呆れたように言う。
「忠義に厚い獣は皆獰猛なのさ」
王も特段に表情変えず笑みを浮かべたまま述べる。
「来客中は首輪して手綱ぐらい握っとけ。一々処分してたら勿体無いぞ」
「普通はそんなに簡単には処分出来ないんだけどな…」
「周囲か自分の目を疑い見直すが良い」
ニュールとの言葉の応酬に王は微笑み浮かべたままだが、将軍は片眉上げる。
他の者はニュールの起こした事態に一瞬とはいえ、驚嘆の表情浮かべる。そして警戒感を高めると共に、静かにニュールに向けて殺意が集まっていく。
「一応、王の御前と言うことで多少気遣いはしたんだがな…」
最低限の礼儀としてお目汚し無き様に流血は避けた…その為余計に用心されてしまった。
暫しの沈黙の後、王が答える。
「分かったよ。塔は好きに出入りしてくれ。出来たら確認するだけじゃなくて、少しでも使えるようにしてくれないかな?」
「それならば片方は引き渡すが、片方は貰うぞ」
再度の図々しさに、流石に王を守る者たちが動く…。
それを王が片手を上げて制する。
「使えぬのでは宝の持ち腐れ…我が求める真理へ繋がる道となるならば容認しよう」
そして付け足す。
「手出ししないとは誓うが、君の周りの者への誘いは許しておくれ。それを遮る権利は君にだって無いと思うよ」
「確かにそうだな」
そうして王宮での話し合いは終わりを告げた。
そして塔へ赴く。
王宮入り口で向かい来る者を瞬きする瞬間で屠り…その場所を静寂な赤き海へと変貌させたにも関わらず表情の変化無く泰然と立つ姿を見つけた。
その時、隠者Ⅸは体の奥底から歓喜の震えが駆け上り脳天を突き抜ける感覚を味わった。
生まれて初めて、その出会いをもたらした神へ感謝の祈りを捧げたい気分になった。
自身が初めて心から仕えたいと思った者は、表に現れている者では無かった。
その者の片鱗を感じることはあっても、内に押し込められている様であり表立ち動く可能性低く半分諦めていた…その者が確かな存在として其処に顕現したのだから感慨ひとしおである。
仮初めに使える君主では無く、真なる我が君がそこに御座す事を心より言祝ぐ。
王宮へ赴くあの御方の邪魔はしなかった。
『しっかりと顕現したあの御方を暫し待つことなど喜びでしかない。再び現れる時を一日千秋の思いで待ち焦がれた今までと違い、このひと時の何と甘美な事か…』
そして再度その場に現れた瞬間、駆け寄り足下に跪く。
「ここから先、未来永劫貴方様に仕えさせて頂きます」
いきなり現れた隠者Ⅸを些末なモノでも見るようにニュールは一瞥し、淡々と告げる。
「仕える者を募った覚えは無い」
「私が勝手に忠誠誓い、跪くだけです」
ミーティは突然現れた、会う度に何時でも不愉快極まりない男に驚きつつも進言する。
「ニュール、そいつ散々今まで邪魔したやつだぞ! しかも五月蠅いやつ」
隠者Ⅸは殺意そのままにミーティを睨みつける。
ミーティは散々好き勝手に痛めつけられた隠者Ⅸに、強者に対する怯えすら感じていたのに何故か今は全くない。たとえニュールの存在が横に無くとも、この感覚は揺らがない気がした。
『煩い鼠が余計なことをほざく…』
隠者Ⅸは心の中で唾棄する。
ニュールは2人を見比べて考え告げる。
「ミーティ…もし此処に残るのなら、そいつの指導を受けろ」
そして隠者Ⅸへ向かい告げる。
「お前が何を思い此処に来たかは分らん。だが、付き従うと言うのなら条件を聞き入れろ。それと、もし何らかの策略を持ち裏切るのなら容赦はしない…」
魔物と融合したニュールは来る者は拒まないようであった。
「有難き幸せ、精神誠意尽くさせていただきます」
恐ろしい程の恭順を示す。
「丁度良い、お前がこの国の塔へ案内しろ。それとクドイ言葉はいらん」
「御意」
「あと、隠者Ⅸは呼ぶに面倒だ…何か他の名を名乗れ」
「では…ピオ…とお呼びください」
遠い昔に捨てた名をニュールへ自ら捧げた。
「あぁ、案内頼む…ピオ」
夢叶い、横に控えることを許してもらえた歓喜に打ち震える。その上、名を呼んでもらえる至上の喜び。
『この僥倖、誰に理解できようか…この陶酔感は掲げる者を持つ者にしか理解できまい』
そしてヴェステの塔へ赴く。
王都ランサより10キメルの砂漠の遺跡のような場所。
その場所まで陣が用意できないとのことで、それぞれが砂蜥蜴に乗り赴く。
「ここって…インゼルへ行くとき、フレイ達と樹海の集落から飛んだ場所だ」
ミーティがその場所を見て言った。
壊れた転移陣はあるが、塔自体が無いため捨て置かれたヴェステの賢者の塔跡と言われる場所。
有って無いようなモノとして処理されていた。
その為プラーデラの塔を欲したようだが、結局それも廃墟でしかないと判断されたようだ。幾ばくかの資料や、研究対象となりそうな機構の名残があるため厳重に確保はしてある。
ここは塔自体も無く、機構の名残も魔力の痕跡も何もないため管理される事すら無く放置されていた。
「サルトゥスの集落から飛んだ場所だ。陣はあの建物の下にあったし、陣は生きていたよ…」
改めて考えるとなぜ婆ちゃんがここの陣の座標を知っていたのか…なぜ此処に繋がっていたのかミーティは疑問を持つ。意外と謎の多い婆ちゃんの立場と…集落そのものの存在を不思議に思うのだった。
皆と歩きながら考えていると階段の一番下…陣のあった場所へ辿り着く。
「…此処はタラッサ…レグルスリヤと一緒なのか…?」
そのニュールの言葉に隠者Ⅸ…ピオがニュールに説明を始める。
「お察しの通り、ここは水の塔と同じ造りとなっているとされてます。ただし、魔力を駆使しおおよそ18層に到達するのと同じ距離を掘り進みましたが、何もありませんでした…。それ以降は打ち捨てられています」
ヴェステでの塔の痕跡は此処のみであり、莫大な費用かけ期待し調査したようだが成果が無かったようだ。
そしてミーティ達が最初に辿り着いたあの時には気付かなかったが、皆で使った陣以外にも奥の部屋にも砂に埋もれた、輝き持たぬ動かぬ陣が3つ程あった。
ニュールがそれを見て理解し、告げる。
「ここは玄関…錠口だ。この下に塔が有るわけでは無い…」
「錠口?」
ミーティは思わず聞き返してしまう。
「時々、慎重な大賢者が塔を秘匿したくて表の入り口を全て封じ、別口から塔深部へ至る陣を築く事が有ったようだ」
ニュールの記憶の記録を閲覧し得られた情報だった。
そして歩みを進め3つの陣集まる場所の中心に立つ。
「それが錠口で、塔へ至るのは此の陣だ…」
3つの陣の内一つを選び、懐に用意してあった蒼玉の屑魔石を陣にばらまき魔力動かす。そして滞りある場所の構造を読み取り再構築していく。
フレイが樹海の集落の陣でやった事と同じだった。
「凄いな…こんな簡単に修復出来るって…」
鮮やかな手際と操作を見て感嘆し何の気なしにミーティが呟いたのだが、ニュールに予想外の事を言われる。
「お前も出来るはずだぞ…直ぐには無理かもしれんがな…」
「???」
予想外の言葉に吃驚していると更に言われる。
「もう少し自分を知る努力をしろ…」
そして修復完了し輝きだした陣へ、ずっと絡みつき体の一部であるかの様なモーイと共にニュールが乗る。
「共に進むものは来い」
その言葉にミーティもピオも無言でニュールの隣に立つ、そして動かされた魔力が転移陣を青く輝かせその場所から真なるヴェステの賢者の党へと向かうのであった。
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