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第五章 ヴェステ王国編

4.動かず

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そこはヴェステ王国王宮の別棟。

王宮の周囲を取り囲むように配した建物であり、地上4階、地下1階の造りの建物。外周壁には一定の間隔で魔石が埋められていて、いざと言う時は防御結界陣が連携して立ち上がり防衛壁となるように作られている。

エリミアの境界壁や王城壁と一緒だが、ここでは循環する魔力が得られないので非常時のみ張り巡らす。魔力満ち足りた状態ならば完璧な難攻不落の要塞となるであろう。
実際の城壁と2重構造の様な構えになる。故に此処を王宮砦と呼ぶことが多かった。

左右を赤黒で守り、青が前面、白が背後と王宮内を守る。
王宮に留め置きたい犯罪者や捕虜を収容する場所が青の将軍が管轄する正門周囲の砦…青頭と呼ばれる建物地下にある。その為、青頭のみ地下3階まである構造だ。

ここに留め置かれる犯罪者は他国の間者などが主なので、逃げようとする者も多い。その為に地下2階3階は厳重な結界施された空間であった。
モーイとミーティはそこに連れて行かれた様である。
此処、王城牢の管理業務は隠者が請け負っている…そして捕虜や犯罪者を隠者が受け持つ研究にも使っている。

離宮より、引き続き赤の将軍がニュールに付いていた。

「お前の連れだが、最初は賓客の捕虜的扱いだったんだけどね…半端なく脱走されたんでお前と同じ状態になっているって聞いて…ん?」

「?!!」

地下3階、脱走企てた者や実験に使われる者が集められる階。
格子ある広めの最奥の区画。ある意味反省を促すべき者たちが入れられることの多い房であった。その中でモーイとミーティは言われた様に、ほぼ完全に拘束された状態であった。
床に座り、壁にもたれ掛かっている状態…今現在の意識は無さそうである。
それにも関わらず、床にはどうやって引き起こされたか分からぬ戦いの痕跡の様なものが残された上に動かぬ塊が2つ…彩り鮮やかな海に泳いでいる。

「此はどう言うことだ?」

ニュールから怒りの感情と共に魔力が導き出され周囲の景色を歪ませる。
目の前に広がる惨状になってからまだ間もない様。
戦った相手と思われる者達はそこに倒れ絶命しているが、座るモーイとミーティの生命活動は維持されているようだった。

「待て、確認する」

共に居た赤の将軍が厳しい顔をし、付き従う周囲に指示しテキパキと対処していく。
だが、ニュールが急に急ぎ始める。
モーイやミーティを見つめ…大賢者の目で見定め危機を感じたのだ。
開錠するのを待つ気もなく、施された厳重な結界や物理的な留め具を次々と破壊、解除していく。そして唖然とする周囲の反応など構わず奥へ踏み入る。

モーイもミーティも命はあった。
だが、限りなく死に近付いた状態だった。
実際に触れ確認したニュールは絶句する。ミーティは損傷が激しく…モーイは回路が…途切れそうだった。

「何をした…」

短い言葉にニュールの怒り全てが籠っていた。

ニュールの体内の魔石より導かれた魔力が、周囲を押しつぶす圧力を作り出す。
騒ぎを聞きつけ集まってきていた隠者達が導き出された魔力に苦し気なうめき声をあげ、身を屈しうずくまる…意識失い倒れるものさえある。
漂う魔力が渦を巻き、さらに周囲にある魔力持つ存在から奪うように魔力を吸い上げていく。
ある程度の能力持つものならその凄まじい光景と、その身からさえも魔力抜き取られて行くのが見えたであろう。
このままいけばインゼルで起こった事態が再現される…そう思われたとき赤の将軍が苦しそうに腹部を抑えながらも声を掛ける。

「救いたいと思うなら…怒りを収めよ…出来る対処も出来なくなるぞ! お前の大切な者たちへの負担にもなる」

その言葉に魔物の目に変わりつつあったニュールの中に若干の冷静さが戻り、強きものなら活動できるぐらいの魔力まで押し留める。

「もし、この状態が改善しないのなら…失う覚悟をしろ…」

静かに呟くニュールの言葉と共に、自身の中へ引き入れた魔力が揺らめく。
その言葉は自分自身と周囲に向けて覚悟を問うものであった。

現場に居た管理している隠者は既に人ならざる物体と化してしまったので周囲から原因を探っていく。
そして導き出された結果は魔物魔石の相乗効果による暴走のようだった…。


王立魔石研究所では魔物魔石の研究が引き続き脚光を浴びている。
それは魔物魔石の計画的な採取が可能になったためであり、それ故研究の幅が広がったからだ。

魔物魔石の代の重ねやすさを利用し、強力な魔石を生み出す研究。

地味な研究であるが魔物魔石の成長から賢者の石の様な魔石を生み出す過程を研究する。
賢者の石が過去の大賢者を取り込み成長するなら、魔物でも同様の事が起こる…と言う理論は以前からあった。
人間で試そうとした者も居たが、実験成果が芳しくないことと、人間で行う事の経費的な面と人道的な問題から王宮より中止勧告を出された。

そのため今は魔物での実験となり、閉じ込め戦わせ強くしては魔石を取り出し確認する作業を繰り返している者が多い。

紫砂蛇シザントピス水袋甲虫マイヤル大岩蛇グロッタウに食べさせても変わらなかったよ」

扇鳥ハーピアルを集めて置いといたら戦いながら食い合いをしていて、最後に残ったモノの魔石は少しはましだったぞ」

「本当は弱い魔物から代を重ねて強い魔物へと繋げたいのだが予算的になぁ…」

多様性持つ研究し甲斐ある奥深い題材が転がるため、研究者達の興味は尽きない。

研究所には普通の内包者インクルージョンとともに、隠者が席を置く事も多い。
出自を気にされない能力至上主義な精鋭集団である影と違い、隠者は伝統や階位重んじる多能力主義…と言った感じの多技能集団であり、多方面での活躍を求められる。

内包者の進むべき先の地位として輝く隠者の席は、広報的立場も併せ持つので今までは任務遂行能力よりも、社交的能力持つ事を良しとしていた。
その分本来の隠密能力は、影との能力に隔たりが生じてしまった。そのため最近になって配置換えなどが行われていた。

今回の予定外による予想外の事故。隠者が許可なく持ち込んだ魔物魔石によって引き起こされたものだったようだ。
隠者の危機管理能力の低下がもたらした事故…とされた。

蛇系魔物を5代重ねたものから取り出した魔石。
今までの魔物魔石とは明らかに能力が違った。
5代経る事で捕れる魔石の能力が上がったのか、どの個体かに資質があったためなのか、未だ謎である。
だが現れた能力は普通に得た物より数段魔力の増幅効果が高かった。

「これを使って実験したいですね…」

所属する研究班から献上された魔物魔石を眺めながら思う隠者Ⅰ。

「実際使った様々な情報記録をあの御方に提出した方が遥かに喜ばれるはずですからね…それに丁度扱えそうな能力持つ実験材料も入手できているから試してみるのも良いですね。何かが起こっても面白いですから…」

こうして青頭の地下の実験・幽閉領域に高度魔物魔石が紛れ込む。
隠者Ⅰの好奇心と悪意がそこにあった。


「今日の割り当て分担多くないか?」

「ここに居る人間は皆使って良いってよ~」

「まぁ、この階はお行儀の悪いヤツラばかりだから、容赦なくヤレ…って事かな」

看守兼、実験実施者が隠者に割り振られている。勿論専門の厳つい看守も居るのだが、地下3階は強い拘束具を付けられている者が多いので経験年数浅くても当番が割り当てられるのであった。

魔石は鉱物魔石であっても魔物魔石であっても、高度・高位になればなるほど魔力動かすのに必要な経験値や能力が必要となってくる。従って、この区画で実験したくても出来ないことも多々ある。

「こいつらに使わせてダメならそのまま突き返せばよいさ」

「そうだよな、もっと高位の奴が自分でやりゃぁいいのさ」

そう言ってモーイとミーティの居る房を開けて入る。

「ちょっと実験に使わせてもらうぞ~」

まずミーティに2種の魔石くっつけ魔力の反応を見る。

「魔物魔石なんだけど魔力動かせたら動かしてみてくれないか」

「まぁ、そうだよな~無理なら良いさ」

故意に魔力扱わなかったとしても実験の件数には入れられる。割り当ては終了したとみなされる。

「うんじゃあ、あんたも…まぁ無理だよな、俺だって無理だったもん」

だが、モーイは予想外の好機がやってきた事に心の中で狂喜する。

モーイは闇組織の時の慣わしで必ず体に模した魔石を潜ませていた。これが組織に入って一番最初に身に付けさせられること。
略取対策だった。折角育てた者が途中で奪われるのが一番無駄なので自衛させるために教えられるのだ。
モーイは足の爪に水晶魔石を仕込んでいた。

その魔石に相乗効果を付けられる魔物魔石があれば、機会が生まれるかもしれない。挑戦してみることにする。
水晶魔石はありふれているが故に忘れられがちであるが標準魔石と言われているものである。決して雑魚魔石ではないのだ。

今回実験用で残っていたのは、5代重ねた魔物魔石だった。
今のところ誰にも魔力を動かせなくて最後のモーイまで回って来た。
そして、此処に予想外の高級高位魔石同士の組み合わせが出来上がってしまった。

モーイはミーティの方を向き、一応仕掛けるための目くばせを送る。何かあるとは悟ってくれたようだ。

そして始める…水晶魔石の魔力を導き絡めるために魔物魔石の魔力を動かす。とても動かし辛かったが、ゆっくりと動き始める…。

魔力同士を絡ませた瞬間、モーイは悟り中止した。

『…これは、合わせるなって言われた組み合わせだ』

だが動き出し絡み始めた魔力は言うことを聞いてくれなかった…それは静かに蠢くように広がり目の前の者達を足元から切裂いていく。一番近くにいた看守の男たちを破壊し…横にいたミーティにまで力及ぼし始める。
多少警戒してくれていたミーティは自身の体内魔石である程度防御はしてくれたようだ。
モーイは、なるべく押しとどめる方向に必死に魔力を導くが上手く操作が出来ない。

「???」

自分が自分で無いような感覚…切り離されていくような…不意に中身だげ遠くへ行いってしまった様な。
繋がりが…意識が…途切れていった。

そうして出来上がった惨状だった。

その場で治療と確認を受けるモーイとミーティ。
ニュールはその結果を待ちながらも自身の中の情報を必死に探す。だが、ニュールに理解できる人間の思考での記録は少なく、改善させるための方策得られるような知識は表面上無かった。
奥底まで潜れば対処法も見つかるかもしれないが確実に戻れない。

他に無いかと思案しているときに、現実の中で赤の将軍に話しかけられる。

「お前の連れの状態…詳しい者に見てもらった結果だが、1人はこのままでは半日ともたずに事切れるであろう…そうして、もう1人も長くて2日…と言う所だそうだ。もし肉体の保存を望むなら人形にすべきだと言うことだ…お前が無理なら、こちらで処理するが…」

身内を人形にする者の気持ちを白の塔で考えたことがあった。
だが、今、自分にその選択を迫られる時が来るとは思わなかった。

「半時程考えさせてくれ…」

考えても結果も良案も出るとは思えなかった、だか決断出来なかった。

大賢者であっても、人間として確認できる記憶の記録や情報礎石はニュールには少ない。それは魔物魔石から大賢者へ至ったためだ。
だが大賢者に至に足るだけの知識や経験、能力持つ魔石だったからこそニュールは大賢者へ到達したのだ。
あの中に人間ならざるモノ達の知識と経験があると言うことだ。
それは外からでは理解できぬ記憶の記録。
魔物にしか理解できない記録が封印されている場所…そして其処に活路があると言う、繋がりが導く確信。
目を閉じ、覚悟して意識下に潜る。

『自分からこの場所訪れ開けることになるとは思わなかったよ』

ニュールの助言者コンシリアトゥールニュロの存在を感じられる黄緑に淡く輝く魔力が封印し守っていてくれる場所…自分の内なる場所の隅に置いてある箱。
この箱を開けると、自身の中に魔物の思考が入り込むのは分かっている。
だが其処には未知の知りえない知識が入っていることが、奥で繋がっているからこそ分かる。

『今必要ならば自分は開ける選択をする』

決断を実行し、封印を解き開く………そこには何とも言えない思考が入っていた…それがニュールの中に押し寄せ…流れ込み…混ざり込む。
今まで、横にあったモノを一緒の箱に入れて振り交ぜたような…違うのに一緒である…だけど一塊になり、真っ直ぐ一体となり立ち上がった様な…。

「意外と悪くない気分だ…」

理性持つニュールの中に、本能で動くギラツク魔物の目を持つニュールが混在する、そんな存在が新たに出来上がっていた。
其処に違和感なく存在し、解放される。
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