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第四章 タラッサ連合国編

26.思い向かう

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「お爺は明日の明け方から夕時までの間に起きて、1日ぐらい意識を保っているはずだよ。但し、何処でどれだけの時間をもらえるかは賢者たちとお爺次第かな…。朝の時始めの鐘が鳴る前に本神殿に入ると良いと思うよ」

キミアが先代大賢者様の状況を調べて、内謁賜れるよう取り計らってくれた。

「ここから直接転移陣が繋がっていると良かったのだけど…あそこの賢者達は小うるさいんだ。僕は転移可能な場所を把握してるから此方から強制的に向こうに出口を開けるし、陣は自分で築けるから設置しなくても不便じゃないしね…賢者達の顔も立てないといけないからさ」

少し内部事情も匂わせ、キミアは困り顔で説明した。

キミアが自分と同じような転移をして、フレイを連れ去ったのをニュールは最初から感じていた。
タラッサの…レグルスリヤの賢者の塔も、白の塔と同じで過去の魔力活用技術を積極的に探り記録し継承していくことに前向きである…と言う事も何となく見当がついた。だからこそ、自分が知り得た様な転移技法と同じようなモノが残っていたのだとニュールは確信する。

この国にはエリミアと同様に水の管理機構など、広範囲に渡る制御の枠組みが魔力で構築されているようであった。
だがエリミアの地下巡る機構に感じる魔力の流れと、タラッサの水の管理体系に要している魔力の流れは、地上で感じる限り似て非なるものであった。

それは超越遺物の管理機構をそのまま利用するエリミアと違い、ここにあるのが過去に失った機構を取り戻すべく努力して工夫を重ね再度手にしたものであるからだろう。
海辺で見た、おとぎ話に合わせて作られた様な景色に感じられた大地創造魔法陣エザフォスマギエンの魔力の残滓…と思われるものが、実際に何処かの時点でこの国に全てをやり直させたであろうことを物語っていた。

タラッサ連合国は国力がある故に市井にも活気があり、インゼルよりも積極的に魔石を活用する技術などが還元活用され、街中が繁栄する助けとなっている。
キミアが商会に携わるのは流通に関わりやすく、需要をとらえ技術を提供しやすくするためのようだ。
そして勿論それによって莫大な利益を得ているであろう。
キミアがキミアなりに色々考え行動していることも、話と行動を考察していくと見えてくる。だが、それが何のためであるか推し量れるほどニュールはキミアと関わりを持てなかった。

「人数は最低限で…って賢者達から言われてるし、塔の魔力に確実に耐えられるニュールとフレイ以外はここで待っていて」

これは賢者の塔から出された要望らしい。エリミアの塔から推測しても無難な判断であるとニュールも思った。

「まともに行くと結構厳しい道なんだけど2人なら大丈夫でしょ。普通の道を進むなら、だいたい1つ時で僕は辿り着けるかな。闇時の2つぐらいに此処を出れば余裕で着くんじゃないかと思う…」

少し頭の中で試算するキミア。そして続ける。

「ちょっと複雑な経路だから、途中から案内を手配してあるよ。お爺の人形なんだけど僕が目として使っているから僕の体内魔石の魔力も感じられるはずだよ」

やはり普通に目を使っているようだ。

「多分…乗れると思うし、海山羊マルカーペを貸してあげるから使って。それじゃないと進むのが厳しくなるから…」

どんな経路か考えると、厳しい道…結構キツイ行程であることが窺えた。

「あとニュールは塔に近づいたら、出来るだけ魔力を動かしたり導きだしたりしないでね。排除設定に切り替わると面倒だからさ…。帰ってくるとき海山羊はそのまま神殿に預けといてくれて良いから…それと転移するときはお爺から50メルは必ず離れてね。そうしないと歪んじゃうから2度と帰れなくなるかもよ…」

最後の注意は何だか物騒な臭いがする内容だったが、何にしても注意することがとても多かった。

「お爺が起きてられる時間が限られるかもしれないから、聞きたいことをしっかり決めておくと良いよ」

これが最後の注意点だったが…悩む。
ニュールはフレイと道すがら決めることにした。

闇時の2つ。まだ完全な深い闇に包まれる時間帯。
寝ぼけながらも起き出し支度を整えるフレイ。ニュールはフレイの最終的な支度の完了を待つばかり。
ほぼ時間通りの出発にはなった。
こちらの動きを悟られないようにするため見送るものも見送られるものも其々軽く隠蔽魔力を纏い、手元を照らす明かりなどは持たずそこに居る。
モーイとミーティとクリールもこの時間だが見送りに出てくれた、キミアも眠そうだが一応共に来ていた。

「まぁ、明日の夜には戻れるはずだがヤバイ奴らが多いからコッチも気を付けろ」

今のこの時間でさえ、情報探るために闇の中に潜み蠢く者達の気配が感じられる。

「あぁ、フレイもニュールもな」

ニュールの声掛けにミーティが言葉を返す。
今回モーイは置いて行かれることに若干不服である。指定されている事であり正当な理由があると分かってはいるのだが、自身の力不足を目の前に突き付けられる様な気分になってしまうのだ。
それでも出立の直前には横を向き不満顔見せつつ見送りの言葉をかけてるモーイ。

「気を付けてな! フレイ、迂闊なことはするなよ」

「は~い」

モーイの注意に返事だけは調子の良いフレイ。
見送りの言葉を受け取り2人は出発する。
その背中へ追うようにモーイが声をかける。

「アタシはいつかニュールの横に立つ女になる! それまで無事でいて…」

堂々の強気と可愛さ溢れる宣言に自然と笑みが漏れるニュール。
振り返らず手だけ軽く振り、スルリと築いた陣にフレイと海山羊と共に乗り一瞬で掻き消える。


借りた海山羊を連れ、ニュールは終点を登録しておいたナルキサ商会カロッサ支部の建物横の隙間へ飛ぶ。夜間も若干の配送便などがあり、周辺は真夜中でも往来があるので違和感なく溶け込みやすいようだ。

飛んだ場所からそのまま進みはじめた。今の所、追手に追われることなく一応やり過ごせていると思われる。
道中の敵を警戒しつつも、この先会うタラッサの先代大賢者様への質問について考えつつ進む2人。
2人とも其々一番聞きたいことは決まっている。
お互いの話を聞きつつ、あとは流れで尋ねることにした。

ひたすら海沿いの1本道である…とキミアからは聞いていたが、1つ時経った頃、海沿いに岩場が多くなる。丁度タラッサ連合国を旅し初めに通った岩場のような場所で、街道が内陸側に大きく迂回する様な場所だった。

そこに、まだ深の時、暗闇の中なのに男が立ちニュール達が来る方向をずっと感情無き目で見ている。
その男は人形感溢れる瞳を持ち、キミアが導き出す体内魔石の魔力の名残りを持っていた。

「お前が案内人か?」

「ご主人より申し付かっております、付いてきてください」

ごく短いやり取りだった。
男はニュール達が案内すべき者であると確認すると岩場のほうに向き直り、自分が連れてきた海山羊にまたがり進みはじめる。
有無を言わさぬ行動に、付いて行くしかなかった。

初めの歩みは遅かったが速度が速まると、足場の悪い岩場なのに走る。

そして海の上を山羊が飛んでいた。

目の前を行く案内人の海山羊を見て一瞬気のせいかと思うが、足元を見ると自身が乗っている海山羊も同様に走りながら飛び、飛びながら走っているのにニュールは気づく。

「この近辺は浅瀬ですが、しっかり水に漬かってしまうため移動手段が限られます。そのため水の上を走ることが出来る海山羊は貴重で大切な移動手段となってます」

驚き顔のニュールとフレイに向け案内の男は一応説明してくれた。

海山羊は海辺を行くのに単騎で操れる獣としては便利であるのだが、累代魔物であり、更に希少性も高く、魔力で制御しないと乗れないため神殿や王宮、配送の特急便など以外では利用されなかった。
海山羊で走っていると必ず先行く者が前を開けてくれるため何故なのだろうと訝しんでいたのだが、そう言った理由があったようだ。

海の上行く珍しい景色を見ながら進む。所々で岩場に下りないといけないようだが、潮満ちた状態では表面上は全く分からない。確かに案内なしで、この複雑な岩場を行くのは難しいであろう。
案内され始めてから半時程過ぎた頃、案内人の男が進みを緩め陸地側の岩場に止まる。
気付くと海の中に一ヵ所台…の様なモノがある場所に辿り着いた。

「あれが水の神殿の祭壇になります」

案内人が説明する。

「あの上に移動し、魔力を動かすと賢者の塔の入り口が開きますので案内は此処までとさせて頂きます。私は、海山羊を預かり本神殿の殿社に下がらせて頂きます」

『祭壇なのに上に乗って魔力を動かす? いいのか?』

質問しようとしたが、淡々と男は必要なことだけを告げお礼の言葉さえ受け取らずに足早に立ち去って行く。
一応完全に離れるまで姿を見送り、疑問に思いつつも細かいことは気にせず次の行動へ移ろうとした。

「ニュール! 私に遣らせて」

フレイリアルが申し出て、あっと言う間に手持ちの魔石の魔力纏い飛び移る。
その行動の素早さに…いつの間にかフレイが簡単に魔力操作を行える様になっている事に感心した。
そんなニュールの視線を察知してかフレイがドヤ顔で自慢するように叫ぶ。

「私だって日々成長しているんだよ!」

「あぁ、頑張ってたんだな」

ニュールが答えると、満面の笑みを浮かべる。
小さなことで楽しそうに誇る無邪気な姿を目にすると、初めて出会った数月前と変わらない気がした。

『見た目や能力は成長しても、性格や行動はそう変わらないもんだな』

それでも何となく感慨深かった。
完全に父親気分だったが、もう既にニュールはお父さん気分に抗う気は無いようだった。こんな殺伐とした状況の中での些細な微笑ましい気持ちは、そのまま取っておきたい気分になっていたのだ。
留まっていた岩場でそんなことを考えていると、フレイが更に叫ぶ。

「魔力動かすよ!」

その声と共に、フレイが飛び移った魔石で出来た台から導き出された魔力が輝く。
回転するように動き始め海の中へ流れ浸透した魔力は、呼応するように水底で淡く輝く場所へと導かれる。
それと共に海水そのものが渦を巻き始め、一定の場所から退き海底を露にした。
渦の中心近くの海面より20メル程下と思われる海水退く場所には陣が刻まれていて、先ほど導かれた魔力が集中し輝いていた。
その先の大きな岩壁に、広々とした重厚な石造りの扉が見える。
それが賢者の塔の入り口のようだった。

魔力と共に海水渦巻く中、フレイが繋げた水退く海底の入口前にニュールは共に降り立つ。中へ進むべくフレイリアルが魔力纏い、その荘厳さ醸し出す重々しい扉を押し開けるのであった。
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