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第四章 タラッサ連合国編

9.歪む思い

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ニュールとミーティは一瞬で王宮の厩舎へ転移陣にて辿り着く。

クリールの背中を中心に、半径1メルの範囲で陣を描き地点登録を施してあった。そこを出口として飛んだのだ。
王宮内に魔力感知板は設置されてないので、転移完了した瞬間から隠蔽魔力をしっかりかけて備える。
厩舎の中には御前公演で失敗して追い出される事になった後半2組の内の一組が、まだ其所に残って出発する支度をしていた。そして厩舎に残る騎乗出来る獣は、既に出払っているようで其の者達が乗る予定の獣含め4頭しか居ない…。
ニュールは気配を消したまま素早くその者達の前へ移動する。

「すまんがお前らの乗り物を借り受けるたい…」

「ひぃっ!」

兆し無く声を掛け驚かせたようで、悲鳴のような声を上げさせてしまった。

「なっ何なんだ…!」

「時間が無い、すまん…」

何処に居るかさえ確認出来ないだろう間に意識を奪い、軽く眠ってもらった。気の毒な事にその者達にとっては災難続きと言うところであろう。足代として共通硬貨50ルクル程を懐に突っ込んでおく。
外を監視していたミーティが振り返りニュールに伝える。

「さっき逃げたオレ達を、もう追い始めているようだよ…」

強制的に騎乗用の獣を借り受けた後に外へ出ると、ミーティの言葉通り既に城全てが深夜なのに煌々と輝き活動し始めていた。

「警戒態勢に入るのが早いな…指揮が行き届いているようだ…」

「お久しぶりです元《三》…誉めてもらえて嬉しいです!」

頬を赤らめ本気で嬉しそうに答えている、ごく普通の礼儀正しく殊勝で可愛らしい感じの青年がそこに立っていた。
その姿を確認すると、ミーティがビクリとして青ざめ呟いた。

「インゼルの…」

ミーティがモーイを庇って手傷を負った元凶が、この一見すると気弱そうな青年であるとニュールは理解した。
そして此の者に思い当たる。

「お前は…《五》か」

「覚えていて下さったんですね! 僕感激です!!」

本当に、心から涙流さんばかりに喜びを表しニュールに話しかけ近付き…躊躇いも殺意もなく笑顔で命取りに来る。
勿論ニュールも普通に受けて攻撃を返す。

「インゼルでお見掛けした姿に感動して…僕、あの状態の貴方にお仕えしたいんです!」

そして恍惚とした表情でインゼルでの魔物然としたニュールの姿を思い浮かべる男。
息をするように魔力纏い攻撃も続ける。

「あぁ、今日は貴方と手合わせできるなんて…何て良い日なんだ! 悔しいけど我が君に感謝せねば…」

「我が君…?」

その言葉に疑問浮かべるニュール。
それは隠者が王を呼ぶときに使うことの多い言い回しだった…決して影は口にしない。

「あぁ、そう言えば私事ですが…僕、影から隠者に移動になりました。我が君と黒の仕業です。しかも隠者Ⅸとか…Ⅹ以下の番号振られちゃうし、あの黒の人何でも勝手だし性急過ぎます…」

ちょっぴり憮然とした表情になりニュールに溢すように訴える。
勿論、その間も攻撃は絶やさない。

「黒の…って言葉少な過ぎるし指令が訳わかんないですよね! 指令を出す立場なら受ける相手の事まで考えて欲しいです!」

その至極真っ当で共感できる訴えに思わずニュールは笑みを零す。

「…ヤッパリ僕、貴方に仕えたい! だから、非情なる殲滅者になって天下取りしましょう!! 僕は貴方が君臨する世界を見たい…」

最初から最後まで激しい戦闘を続ける中での会話…お互い余力持ち過ぎの様だ。


少し離れた場所で、クリールと共に騎乗するための獣を守りつつミーティは繰り広げられる戦闘を見つめる。
とても手出し出来るような水準の戦いでは無かった。
だが、その攻防を間近で見つめていたからこそ思う。

『諦め出来ないと思うんじゃなく、今俺に出来ることを探す…』

ミーティの本当に凄い所は、自分の至らなさに凹んでも…叶わないと分かっていても挑戦する勇気を失わない所。
あの日と同じだった。


そんな周囲の事など関係なく二人の戦いの世界と会話は続いて行く。

「そう言えば、お嬢さんが身を捧げて手に入れようとした、かつて天空の天輝石だったもの…僕が運び出したので欲しければヴェステヘ行って交渉…若しくは奪って下さい。国王陛下の管理下で王宮か研究所に回されると思います」

「!!」

ここ以上に厄介な場所に移されてしまったようだ。

「あと、こんな風にお会い出来ると思わなかったので…ささやかなご挨拶にと、略奪の罪を貴方達に差し上げましたので御納め下さいね! これでヴェステに続きプラーデラ王国からもお尋ね者です。鬱陶しければ貴方が天下をお取り下さい…真の我が君とするなら僕は貴方が良い!」

まるで愛の告白のように熱い思い込め、ニュールへ世界征服をけしかける隠者Ⅸ。
その目には欠片の冗談も含まれておらず、真剣そのものだった。

「確かにオレは鬱陶しいのは嫌いだ! だからと言って天下取るつもりも世界征服するつもりも一切無い…そもそも、お前自身のしゃべりが今一番鬱陶しい!」

この辺りから戦いの種類が切り替わる。
魔力を纏った近接戦闘から魔力撃ち込む戦闘へ移行する狭間。

ニュールが撃ち込んだ魔力攻撃を防御魔力で相殺し、隠者Ⅸが新たな攻撃を操り出す瞬間…傍観していたミーティからその足元へと攻撃が入れられる。
ニュールの攻撃とは比べ物にならないぐらい非力だった。

だがその攻撃は、隠者Ⅸのニュールへの攻撃の照準をずらす。そして、魔石で作った物理的な急場しのぎの罠に導き嵌め、文字通り足元を掬い尻餅をつかせたのだ。

2人の高水準の戦闘中、ミーティは持っていた2種の水系と風系の屑魔石を何ヵ所かに配置し、ひたすら機を見ていた。
そして流れの変わり目を読み、仕掛けた罠を発動させ足元に氷を作り出し見事一矢報いる。
その策巡らす弱き者の攻撃に怒り露にする隠者Ⅸ。

「思い出しました…その鼠の如き稚拙な魔力扱い。貴方のような者を片付け損ねたのは我が手落ち…此の場で思い知らせてあげましょう」

立ち上がった隠者Ⅸはニュールにも攻撃しつつ、ミーティへ致命的な威力の結界突き破る鋭き魔力を撃ち出す。
距離的にも近く一瞬で到達した魔力はミーティの展開する防御魔力を粉々に砕きミーティを…貫か無かった。
ニュールが自身とミーティとクリールと騎乗用の獣を包み込む、堅牢な防御陣を展開していたのだ。
更にその内側には起点となる転移陣も築かれていた。

「ミーティありがとう、時間を取れる程の攻撃をすると城を壊しそうで悩んでたんだ。陣を築くための時間が出来て助かった…」

そう言って、もう周囲に気を配ることもなく行動する。
戦っていた隠者Ⅸを見ると、ひたすら強力な魔力攻撃や物理攻撃も合わせ防御結界に挑んでいる。何か叫んでいる様だが声も届かない。
色々と疑問浮かべニュールを見ると困った様に笑む。

「何かアイツうるさいだろ…だから音も入らないようにしといた」

確かに声が聞こえないだけでスッキリした気分になる。
前回遭遇したときも、辟易とさせるぐらいの勢いでの語っていたのを思い出し…ある意味凄い奴だと思った。

「さぁ、急いだ方が良い。城からの追手はそいつが仕組んだらしい濡れ衣のせいで、血眼になって追いかけて来るだろう…猶予はない」

そう言うとミーティを転移陣に招き寄せクリールと足となる獣達と共に飛ぶ。


ニュール達が飛び去り陣の効力は消え、隠者Ⅸのみが其処へ取り残される。
隠者Ⅸの目に、悔しさや怒りは無かった。
其所には非常に厄介で情熱的な…ニュールへ向けられる熱い尊崇の思いが一層高まり、盲信し心酔する殉教者の様な思いが隠者Ⅸの中に形作られていく。

「やはり彼の者を我が主として掲げたい…あの力で世界を蹂躙する姿が見たい…」

焦がれ逆上せる、一方的狂信者が生まれつつあった。



「何でこんな所に居るんだ!!?」

「ニュール戻ったんだね~」

ニュールの叫びにフレイは微笑み緊張感無く答えるが、そこは川沿いの岩場の細き道だった。
結構な高所でもあり、片側は断崖絶壁である。踏み外せば闇夜の大河の濁流に飲まれるであろう場所であった。

ニュールが地点登録していたのは、守護者の繋がりを使ったフレイを中心とした半径5メル程の大きさに辿り着けるように設定した陣であり、今回の転移の終点として設定していた。
物理的に重なるような場所は避けるよう…安定した場所に出る様に指定を入れてあるため、広目の安定した岩場に騎乗用の獣やクリールが辿り着き、他は人重なるような場所に出る事となった。

ニュールはイストアの前に出た。
狭い場所から自身の体勢を整えるため、ニュールは素早く回転し足場を確保する。そして、イストアが落ちてしまわないよう、ニュールが力強く抱き締め支える。
その守るような行動に、昨夜のように潤んだ瞳をニュールに向けているイストアが居た。
ミーティはモーイの前に立つ。
少し気恥ずかしい距離感だったのだが、そんな事実に行き当たる前にミーティは言ってしまった…。

「モーイが薄くって良かったよ! 下手に出っ張ってたら気遣わなきゃいけないし、2人でこの場所は厳しいもんなぁ」

モーイの下を向き閉じた瞼がピクピクと震える。
うっかり失言大魔王に下されたモーイの正義の鉄槌は、暗闇の岩場にミーティの悲鳴を響かせるのであった。
下された恐ろしき鉄槌の詳細は本人達しか知らない…。

取り敢えず広目の岩場まで進み、ここに至る経緯を確認する。

「ニュールが言ったように先へ進んだのだけど、途中で道が3つに別れていたの。だけど案内板が壊れているのか全部下にまとめて置いてあって、指し示す方向がわからなくて…湖の港から出発するなら川下へ…と言うことになってここに来ちゃったの…」

案内板の小細工は隠者Ⅸが先を見越し手配していたのであろう。
フレイが話す間、ずっと目を逸らし別方向見るモーイが居た。察するにサルトゥスの樹海での迷走再び…と言ったような所だろう。
タリクは急遽加わった仲間であり、自信たっぷりのモーイに押しきられたのか眉間に皺寄せ呟く。

「あまりにも想定が杜撰です」

「ははっ、その通りだな。甘々なんで悪いが手を貸してくれ…」

あまりにも、いつも通りで思わず笑ってしまうニュール。

「貸す機会有るなら、貸しましょう」

タリクも此処に至るまでに止められなかった後ろめたさもあり、それ以上の辛口にはならなかった。

「まずはこの場所から目的地へ向かうために、少なくとも場所を把握しないとな…」



地下にある奥の部屋より運び出された王が、意識を取り戻す。

王は起き上がった瞬間、心の中に膨大な喪失感が産み出されている事に気づき自然と涙流れる。
王の手より逃れし、アノ者によってもたらされた痛み。

それは埋められない渇望を生み出し心掻き乱す。

この苦痛を埋め合わせるのはアノ者を捕らえ手に入れることでしか叶わないだろう。
喪失と羨望と欲望が王を昂らせる。
涙しながら自身を抱きしめ爪を立て心で誓い呟く。

「天空の天輝石を持ち去ったのなら、対価となる貴方はもう私のもの…逃れようのない正当な取引です。分かっていただけないのなら、わかるまで心と体に教え諭してあげましょう…」
 
一度繋げられ歪みを生じてしまった思いは、変質する。
自身で囚われていることに気づき、思いを切り離さない限りは止まらない。

「あの者達が向かうは国外、港を攻撃する準備をせよ!」

「王よそれでは今後の海外取引などに支障が…」

あんまりな指示に進言する側近。

「今、見逃すことこそ支障よ! あの者達は、我が国の至宝となる天空の天輝石を略奪せしもの。放置しては我が国の威信に関わるぞ!」

王は巧みな理由をつけ宣言する。

「プラーデラ王国国王シシアトクス・バタル・クラースが命じる、この場所より逃れし者達を捕らえ我がもとに連れてまいれ…丁重にな」

とうとうニュール達全員が、お尋ね者にされてしまった。
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