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第三章 インゼル共和国編

おまけ3 モモハルムアの思い

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「私はここまで来たのに何か役に立ったのかしら…」

塔の片隅で出発までの時間を待つ間にモモハルムアは思うのだった。ヴェステより舞い戻ったが自身の手で何一つ止められなかったことに歯がゆさを感じる。

「凄い助かったぞ」

予想外の背後からの答えに飛び退き振り替えるモモハルムア。

「お前の言葉は心に響く。きっとこれから先、多くの者がそう思う機会があるだろう」

笑顔で其処に居るのはニュールだった。

「……要りません」

「???」

「…多くの…者の思いなんて要りません。私が欲しいのは貴方の思いです」

いつも直球勝負で来るモモハルムアだが、塔の魔力も後押しするせいかいつも以上の勢いにたじろぐニュール。

「あぁ、感謝しているぞ!」

笑顔で距離を開けようとするニュール…だが肉食系魔物なモモハルムアは其を許さない。
ニュールへ近付き、思わず後退るニュールを壁際まで追いやる。
この追い詰められ方は魔物や敵に襲われた時より手強い。

「ニュール様、私は貴方と生涯を共に過ごしたいのです…」

「…これってド直球な求婚に聞こえるぞ!」

心の声そのままに述べ、ニュールのたじろぎは最高潮となる。
思わずのけ反り体制を崩し尻餅をつく。
今度は上から見下ろすようになったモモハルムアの笑みは艶然としていて思わず息を呑むような美しさだった。
一瞬たじろいだニュールだったが心を強く持ち直しモモハルムアに告げる。

「…オレは、既に通常の時間から切り離されてしまった人間だ。共には歩めない…それにオレが今まで歩んできた道は決して綺麗なものじゃあない…だから」

「知ってます…」

モモハルムアは被せるようにニュールの言葉を遮り述べる。

「私がヴェステに留学し滞在していた事をお忘れですか?」

自身の過去を曇りない眼を持つものの前にさらされたと知るのは、ニュールにとって罰の様なものであった。
因果応報とも言うべき帰結であるのだが、仲間である愛しむべき年若い者から向けられる無垢なる裁きの目が一番心を突き刺す。
自分から言い始めた事ではあるが、俯き心をも覆い隠す。

「…馬鹿にしないで下さい」

モモハルムアが強い口調で呟く。

「私の思いはそんな事で揺らぐ程、浅薄ではありません!」

顔を上げたニュールの揺らぐ目を真っ直ぐ捕らえ続ける。

「私は貴方が残虐非道であると…衰亡の賢者と言われようと、私自身で見た貴方をお慕いしてるのです」

そして目線を外すこと無く続ける。

「だから私の思いを甘く見ないで下さい…」

そう言いながら蕩けるような笑みを浮かべ、美しい手先でニュールの頬を撫で上げる。
そして床に座ったままのニュールに覆い被さるように口付けた。

「!!!」

それは少し大人の口付けだった。
思わずニュールの方が赤面し動揺の極致と言った感じだった。

「だから、甘く見ないでと言ったでしょ?」

美しい顔を上気させ艶麗で思わず見とれてしまいそうな甘い笑みを浮かべる。狩りをする魔物のごとく獲物の反応を楽しむ様に見つめニュールを釘付けにする。

「…なっ! 何すんだ!!」

「あらっ、何しちゃったのは誰でしょう?この状況を正確に客観的に伝えたとしてもニュール様が私に接吻したように聞こえるかもしれませんね…」

狡猾に計算し事実を隠蔽し、相手への心理的負荷をかけまくり口を塞ぐ…宮廷を渡り歩く猛者の様だった。
正しく口を塞がれてしまったニュールは、ぐうの音も出ない状況であった。

「ニュール様は年齢にこだわられますが、今の貴方は待っていれば追い付かれてしまう存在なのです…だから余りお気になさらないで下さい。すぐ追い付きます」

これほどニュールが大賢者になった事を前向きに捕らえる者は居なかった。
モモハルムアのエリミアに居るときから変わらない力強さ…見定めたものに真っ直ぐ進んでいく潔さがそこにあった。
モモハルムアに手を差し出され立ち上がると今度は抱き締められるニュール。
今度は然程驚かなかったが、モモハルムアの表情に驚く。
其処には今までの様な艶麗に誘う様な表情は無く、ひたすら照れて赤く染まる状態だった。

「ここの魔法は凄いですね…全ての思いがつまびらかになってしまいます」

赤面する顔を隠すように抱きつき続ける。
ニュールは思わず笑って告げる。

「…お前、可愛い奴だな…思わず抱き締め返したくなるぞ…」

「じゃあ、お願いします…」

ニュールは無言で抱き締め返してくれた。
塔の魔力はニュールにもまだ効いている。

「…10年後も同じ思いを持っていたなら話ぐらいは聞く。だから今は真っ直ぐな目で周りも見てみろ…」

ニュールの妥協点だ。

「嫌です、4年にして下さい! ニュール様は以外とモテるのです。拐われないうちに手に入れます」

何か具体的な計画が練られていそうである。
ニュールの苦笑する笑みの中に心からの笑みが入っていた。

「あぁ、その時は心して応戦するよ」

しばし、ほのぼの甘い時間が過ぎる。


出発の時が来る。
モモハルムアは、残すところ1の週程度の留学を終えたらエリミアに戻る。

「まずは研究所の陣まで行くぞ。その先は大丈夫そうか?」

研究所に着いた後別行動になるモモハルムアに声を掛ける。

「えぇ…ニュール、大丈夫です。行きましょう!」

モモハルムアからニュールへの敬称が消えていた。


あの後ニュールは言う。

「そう言えば、お前も皆と同じに~様とか付けずに呼べ! ~様って柄じゃ無い」

「…では、ニュール…と呼ばせて頂きます」 

答えるモモハルムア。

「…ニュール…」

思わずニュールは振り替える。噛み締める様に呼ぶその声は艶やかで熱を帯び愛しい者へ呼び掛けるそれだった。
ニュールの背中に泡立つ様な痺れが訪れる。

「いやっ、自分の方針を曲げる気はありません…」

部屋に戻る途中、少しモモハルムアと離れて歩く状態だったので小さく呟きごまかした。


陣に乗る瞬間、モモハルムアは珍しくフレイとはしゃぐ。
そして皆に気づかれずニュールをまるで魔力で撃ち抜く様に指差し片眼を閉じる。
その仕草に逃げ出さず受け止める覚悟を持ったはずなのに逃げ出したくなるニュールだった。
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