上 下
74 / 193
第三章 インゼル共和国編

4.白い塔の中を進む

しおりを挟む
此の白い空間で起き上がるのは何回目だろう。
そんなことを思いながらニュールは起きがけの微睡みの中を揺蕩う。

塔の空間は防御結界陣により中からも外からも閉じられていた。
まるで切り離された世界に存在しているかのような気持ちになる場所だった。

外からの侵入はおろか、其処に有ることさえ普通の人間に認識することが出来ないようになっていた。

朝と分かるのは、遠くで聞こえる時告げの鐘と茜指す日の光…とディリの襲撃。
今日は最初見たときの年齢で来た。

「ニュール、私が起こしたい。なのにもう起きている。早い!…ジジイか?」

「はいっ、身体はジジイです…中身は26…あぁ、もう27だけどな!」

「26…ディリと一緒。嬉しい…」

ここに来てから毎朝遣ってくるニュール誘拐実行犯は布団の上へ飛び乗り飛び付き誘惑する。
毎回様々な年齢層に変化してやって来る。

「ニュールの好み把握するため」

研究熱心な様だ。

「結果報告。10歳、16歳、26歳、37歳で反応があった…多趣味」

余計なお世話の分析結果だ。

「そりゃ、みんな知り合いの年齢だよ」

言い訳するニュール。

「ディリ、見た目7歳、中身26歳。反応する?」

「出るとこ出てない奴に興味有るか!おれは手から溢れそうなぐらいのボンっとある方が好みなんだ!確かに無理やり迫られてドキドキした事はあるかもしれない…だけど10歳や16歳に興味って…オレ的にはナイ!」

ニュールはディリへの返事はせずに心の中で更なる言い訳した…つもりだった。
だが、ディリの姿が瞬時に大人の姿に変わる。

「ただの知り合いには反応しない…ディリ感じるの衝動…心の強い動き」

心の動きに敏感だから色々把握するのだとニュールは納得した。
寝起きの布団の上で大人の姿のディリに手を伸ばし頬を撫でられると若干心がザワつくが、コレも察知される可能性があるのを考えると少し後ろめたい気分になる。


塔では毎日毎日毎日…健康的で文化的で至れり尽くせりな生活が用意され…規則正しく過ごす。
基本、日中は塔で文献を漁る毎日であり、文献への対応に飽きてニュール自身が辛くなるとニュロが直接遣ってくれた。

『これが切り替わりなのか…』

フレイが話した大賢者リーシェライルの様子を思い出した。

「嫌になるとレイナルになってた」

そんなフレイの言葉を思い出し、少しずつ大賢者の生活に慣らされている自分を自覚する。

周囲にある魔力を感じ、息をするように操れるようになってきている…自身に内在する力を少しずつ引き出し馴染んでいってしまうのも感じた。
そしてニュロの中にある記録と言うような情報も、繋がる部分の多い記録は参照できる。ニュールが知らない子供の頃の父親や、あの鬼畜のような魔石研究所の凄惨を極めた研究内容など…。
だがニュロを包む光と同じモノで包まれた箱だけは相変わらず開けないし、そもそも近付けない。
自身の中であるのに不思議なことだと思った。


意外に緩い囚われる日々の中で、心に澱の様に溜まっていく不満。

「あぁ、肉食いたい~!!あの日食べ損なったオーク肉のステーキ…ソコかよ~って自分で思うけどソコなんだよ~」

遥か昔に感じるような数の月前の事が、昼食直後だったのに急に思い浮かんだ。

「ニュール食べ物不足?オーク種居ない。イベル種ここでも捕獲出来る。食べたいか?」

オークは立ち上がり威嚇する熊型の魔物豚。イベルはオークに転遷し累代になる前の野生獣豚であった。砂漠部や荒野などに多いオークは塔周辺では捕れなかった。

「オレ、声に出して言ってたか?…そんな事はないぞ…」

ディリが話していることはニュールの頭の呟きだったハズ…思わず顔をしかめてしまう。

「そんなことはある。ここの塔、心、解放キアダーレする暗示の様な魔力掛かる。小さな心の囁き拾うため…人形呟き小さい」

今まで心で思ってたあんな事やこんな事…全部自身で語り…さらけ出していたらしい。

「恥ずかしい…」

ここに来てからの言動を思い返してみる。

「顔を覆って赤面したい気分だ…」

「どうぞ…ディリ…気にしない」

ディリに促されニュールは言われた通り顔を覆いしゃがみ込み…ヘコンダ。


ディリは塔の理論を展開する。

「心も魔力も解放するの良いこと。解放キアダーレすると接続コンジャクションできる」

少しニュールに…その中に居るニュロにさえも理解できない言葉を使う。

「今はディリの時。ラビリは中心で解放して接続してる。魔力捧げてる」

自分達の行動を満足そうに話す。

「解放と接続?」

「ディリとラビリこの塔の維持魔力取り出す装置。大賢者居ないからディリ達、遣るしかない。大賢者居るときディリ達、遣らなくて済んだ。大賢者、解放し接続し魔力を循環させる調整弁。ディリ達、循環と調整出来ない」

ニュールの疑問への答えと言うより、ソレが必要であると言う説明にだった。
かなり理解しがたい話だが、ニュールの中のニュロが研究者魂引っ提げてかなり表層まで迫り出してくる。
乗っ取られそうだ…。

「ディリ達、魔石はずした。彼方から力を呼べる。でもディリ達偽物の巫女。1年で壊れる。消耗早い。次にすげ替える」

「ディリとラビリが別の者になるのか?」

「ディリとラビリは白の巫女。存在、変わらない。他の人形と壊れた中身、まるごと取り替える」

物のように消費して取り替える様な扱いにニュールは憤る。

「そんな事するぐらいなら止めちまえば良いじゃないか!」

ニュールの声が無意識に大きくなる。

「止めると、この国、樹海側は全て水に沈む」

淡々と語る。
エリミアでも行っていた大賢者が発動する環境調整。あまり気付かれていないようだが、インゼルの塔でも最低限の状態維持のために力の発動は行っていたようだ。

「心配しなくても、ディリ達全て塔に捧げられた人形。替えあるから大丈夫」

綺麗な形に笑みを作る。その奥底にディリチェル自身の中に残る小さな小さな悲しみが見えた気がした。

この理不尽な処遇を当然のように受け入れてしまう者を目の当たりして、押さえようの無い怒りが湧いてくる。
どうせ、心を強制的な暗示の様な魔力でさらけ出し、解放するのを良しとするなら我慢する必要は無い。
怒りそのままに行動出来る事を感謝した。
悪くは無いし、被害者でもあるが、代表者であるディリを思う存分問い質し言葉をぶつける。

「誰がこのクソッタレな機構を作った?」

「無限意識下集合記録の流れの下で動く大賢者統合人格…今は、エリミアの大賢者の中に潜む」

ここで予想外の名を聞き、怒り以上の動揺が心に走る。

「なぜエリミアの大賢者の中に…」

「ディリ知らない。彼方で聞こえる声、漏れ聞いただけ。細い穴通る魔力も情報もホンノ少し。穴広がる、呑まれて消える」

ニュールは予想外に引き出された情報の渦に、只々埋もれるしかなかった。

1つ確かなのはこの機構の真理を究明しないと、知らないうちに嵌められ、泣かされ、踊らされ、消し去られる者が沢山生み出されるのでは無いかと言うことだった。


ニュールの行き場の無い怒りに沈む顔の横で、不思議そうにディリはニュールを見ていた。

「なぜ怒る?」

だがその問いかけは何故か嬉しそうであり、普段は明らかに目にする事の無い笑みを浮かべている。

「じゃあ、お前はなぜ笑う」

「笑う?ディリ?」

しばらく自身が浮かべてると言う表情に手を当て考える。

「ニュールと居ると嬉しい。心配してもらえてる。分かる…嬉しい…笑う」

何かが芽生え初めているようだった。

ニュールは一部の者の気付きもしない献身の上で、胡座をかき成り立つ国なんて消えちまえば良いと思った。
それと同時に、関わってしまったこの地を…塔に居る者達を見捨てられなくなっていくのを感じた。

「ほんっと、オレって女子供に弱すぎだ…」

自嘲するニュールであった。



感情や心が魔力と強い相関関係にある事は以前から研究されていたが、此処に来て今まで耳にしたことの無い概念や色々な情報がニュロへ入ってくる。
魔力を導き出す大本の場所若しくは存在。無限意識下集合記録と同一の場所にあると思われる其れ。
そして無限意識下集合記録が表在するために操る人格。
そもそもニュールの下、ニュロに続く連綿と繋がる記録のような記憶。全てを浚える訳でもなく繋がりのある所にしか辿り着けない。
ニュロはニュールの意識下で思索に耽る。

この世界の流れが何の思惑で進み何処へ向かっているのか…。
鍵は沢山見つかるが肝心の扉が見つからないと言った感じだ。

ニュールに問いながら多方面への気付きを促す。

『ニュール、お人形の作り方って知ってるよね…』

「あぁ…魔力を暴走させるなどして体内魔石との繋がりを破壊し、その体内魔石と無理やり回路を繋ぐんだったよな…」

胸くそ悪そうにその行いを語る。

『そう、魔力暴走などで完全に意識が破壊され回路と切断される状態まで辿り着いてしまうと、そこに其れまで存在していた自我は消え空っぽな器が出来上がる。其れを外部から回路を繋ぎ手に入れれば自由になるお人形が出来上がりだね』

「…」

『でも逆に自我喪失状態まで行ってしまうと、誰かがか直ぐに回路を繋ぎ動かさないと…器となってしまった者は500数えるより前に息を止めてしまう』

これもニュロが魔石研究所で関わった研究結果の1つだ…実際に何度も目にした実験結果を語っていた。

『回路自身が焼き切れたりして破壊された者は、魔力操作が出来なくなるだけで命への影響などもなく普通の人として暮らせる。だけど、暴走で自身と体内魔石の回路が破壊された者は死あるのみ』

ニュロは研究者としての自分自身が、この状況なのに喜びを感じているのが解ってしまった。

『矛盾がある…見えない真実が有ると言うことだ』

矛盾を解明し滞りを糺す道を見つける…まさしく研究の醍醐味。
突然得た遣り甲斐。
新たに生まれる謎に歓喜すると共に悔恨の情も味わい悟る。
自身が自由に扱える器は存在しないのだと言うことを…。

その瞬間、ニュロは守るつもりの者が守る者を狩る状況があるのでは…と閃くと共に、情報の中にあった大賢者リーシェライルと無限意識下集合記録により動く大賢者統合人格として存在する者との関係を憂う気持ちが生まれるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-

一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。 ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。 基本ゆったり進行で話が進みます。 四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【大賢者の相棒?】世界の為に尽くした大賢者は転生したらただの『アイアンソード』で草生えたのでとりあえず没落貴族令嬢を英雄にする事に決めました

夕姫
ファンタジー
【草……なんか神様っていないらしいわよ?】 【ざっくりしたあらすじ】 《草……こんなにも世界のために尽くしたのに!しかも私は大賢者よ?剣なんか使ったことないわよ!せめて世界最強の杖とかに転生させなさいよ。まぁいいわ、私を買ってくれたこの貴族令嬢を世界最強の英雄にしてみせるから!》 【本当のあらすじ】 かつて魔物の恐怖から世界を救った英雄の1人『大賢者』と呼ばれるアイリス=フォン=アスタータは自分の知識や技能を教え、世界のために尽くしついに天寿を全うする。 次に生まれ変わるときは人間ではなく、魔法の探求心から精霊になりたいと願っていた。  そして1000年後。しかし、その願いは叶わず、彼女は生まれ変わることになる、ただの『アイアンソード』として。 そんなある日、魔物の戦乱で没落した貴族令嬢のサーシャ=グレイスに購入してもらうことになる。サーシャは戦闘経験0。魔法も使ったことがない、ただ生き抜くために全財産でアイアンソードを買ったのだった。 そしてアイリスは覚悟を決める。自分が『アイアンソード』に転生した意味があるのならそれを残したい、私がこの子を強くする。いや世界最強にして見せると。 魔法の知識は豊富にあるが剣術の経験0の大賢者(アイアンソード)とそもそもの戦闘経験0の没落貴族令嬢が世界を救い、生き抜くために奮闘する物語。

守護者契約~自由な大賢者達

3・T・Orion
ファンタジー
守護者契約の必要性は消えた。 願い叶えるために動き始めた少女が、近くに居たオッサンを巻き込み結んだ守護者契約。 時は流れ…守護していた少女は大賢者となり、オッサンも別の地に新たなる大きな立場を得る。 変化した状況は、少女とオッサンの2人に…全てを見直す決断を促した。 しかも2人の守護者と言う繋がりを利用できると感じた者達が、様々な策謀巡らし始める。 更に…ごく身近で過剰に守護する者が、1つの願うような欲望を抱き始める。 色々な場所で各々の思惑が蠢く。 国王に王女に大賢者、立場を持つことになった力あるオッサンに…力を得た立場ある少女。 国と国…人と人…大賢者と大賢者。 目指す場所へ向け、進んでいく。 ※魔輝石探索譚の外伝です。魔心を持つ大賢者の周りの子~から繋がる流れになります。 ※小説家になろうさんで魔輝石探索譚のおまけ話として載せてたモノに若干加筆したものです。長めだったので、別話として立ち上げました。 ※此のおまけ話は、此処だけのおまけ話です。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...