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第二章 サルトゥス王国編

32.海に流され

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サルトゥス王国皇太子フォルフィリオは椅子に座り遠くを見る。
全てに対してひどく無関心だ。

歓待するために派遣されたはずの無関心な案内人と行動を共にするに当たって、フレイリアルは最初に王宮らしい迂遠な言葉で問い質す。

「サルトゥス王国皇太子のフォルフィリオ殿下に歓待していただくのは有難いのですが、最初の命を張る様な歓待が印象深くて心配なのですが…」

「浅慮がもたらした差し合い故、水に流して貰えぬだろうか…十分反省し文字通り心を入れ換えましたので恩情賜りたい」

柔らかで穏やかに対応する姿に友好使節で訪れた者としては無下に切り捨てる事も出来ず、穏便に済ますこととなった。
その時だけは無関心から脱却し目に光りがあった。


「この主要港から海側の国と交易を行っています」

その精鋭は一切の淀み無く滑らかに説明を行う。

「輸出品目は主に魔石ですが、他に海産加工品や果物等も取り扱っています」

それぞれの舟の行き先や積載品を説明してくれた。

「リャーフやタラッサから来る船には、薬品や薬の原料等を積載し持ち込む船が多いです」

他国からの輸出入情況なども適切に説明し、しっかり国が管理把握している事を示した。

「この後、湾内を遊覧する船をご用意してみましたのでお楽しみ下さい」

相変わらず皇太子は付いて来るが、最初の対応以降は無反応で無表情だ。
色々な船が横付けされている桟橋に向かう。
其処に遊覧船も着岸しているとのことだった。
道々を色々な格好の色々な雰囲気の人が行き交い、それを見ているだけでも楽しかった。
ここは今まで通った街以上に多種多様で、フレイは自身がその中に埋もれていられる事が心から嬉しかった。
モーイも王都近郊の街の賑わいに目を白黒させながらも楽しみ、満喫していた。
フレイ達が楽しい気分のまま遊覧船の前まで行くと、船に乗り込むために板の様な渡し橋が既に架けられていた。

前を歩く皇太子の硝子の瞳に色が加わった気がした。

今までの画一的な動きではなく、しなやかな人間の動き。
フレイは違和感を感じたが、相変わらず無言であり、それ以上の確証も無く疑問は維持出来なかった。

遊覧船への渡し橋を皇太子の側近2名が先行し、其の後を皇太子、フレイ、モーイ、残りの側近と続いて渡る。
後ろでカラリと音がして誰かに蹴られたのか魔石が転がる。
少し気になり、自身の持っていた魔石を確認するとフレイがいつも持ってるクリールに使っていた魔石がない。まだ渡りかけだったモーイが察して拾いに戻ってくれた。
その時フレイの足下がぐらつく…。
前を渡っていた皇太子がつまづいたのか、背後へ向けよろめく。
咄嗟に後ろに居たフレイを支えにするが…耐えられず片足を踏み外しフレイ共々…落ちた…。

『海の水は塩辛いとリーシェに聞いてたけど本当なんだ…』

そんな事を考えながらマントに絡む水に押されて沈み…意識を失う。


気付いたのは簡素だが重厚な造りの少し狭い感じの部屋だった。フレイに掛けられた上掛けも上質で大変肌触りの良いものだった。
それにしても何だかゆらゆら天井が揺れているとフレイは感じた。
横を向くと心配そうにしているモーイが座っている。
それは船の上だった。
フレイは海に落ち、横に停泊していたリャーフ王国の商船の主に助けられたのだ。
モーイの横に立っているその商船の主も、心配そうにその海色の碧い目をフレイに向けている。

『何処かで会った…様な…』

水を飲む前に意識を失っていたので問題は少ないようだが、連日の出来事で体力と気力はかなり消耗しているようで起き上がれない。

「他の人は…」

「皇太子も海に足だけ落ちた。あのクソ王子こそ全身水に浸かれば良かったのに!」

「帰りは?」

「…わからない。あのクソ共も王子から離れないからわかんない! さっき夕時3つの鐘が鳴ってたよ」

かなり時間が経っているようだった。後ろに控えていた商船主が話に入る。

「…大丈夫ですよ」

「「?」」

「私も今日はここへ滞在しようと思いますので王都へは明日向かいます」

「「!!!」」

フレイとモーイは二人してその商人が話に加わってきたことに驚いた。

「申し遅れました。私、リャーフ王国のアスマクシル商会の商会長エルシニアです。リャーフ王国の経済産業顧問の役も頂いてますのでその関連で時々王都に伺うので神殿の転移陣を利用させて頂くんです」

にっこりと穏やかそうに微笑む姿は、何処かリーシェと似ている。
その笑みはリーシェには及ばないけれど、疲れている今は似ていると言うだけで警戒感が解けてしまうフレイだった。
だが、その砂色の髪はエリミアを思い起こさせ同時に気分が重くなった。
そしてリーシェに似た面差しの者が乾きかけた傷口を開くような挨拶の言葉を、悪意無くぶつけてくる。

「エリミア辺境王国の第六王女フレイリアル・レクス・リトス様…《取り替え子の森の姫》に出会えて光栄です…」

ズブズブと嫌な記憶がフレイの中に押し寄せてくる。
あの場所を出てすっかり解き放たれた様な心持ちでいたけれど、結局自分の確固たる居場所を得た訳でもなく、何一つ変わらぬ立場の自分が其処に居ることを突きつけられた。

疲れと共に気分が沼の底に捕らわれ引きずり込まれ、自分の中に出来上った堂々巡りから抜けられない。

「姫君はお疲れの様ですね…もし少し動けるようなら、近くの知人が営む宿にご招待致しますのでゆっくりお休み下さい」

親切な提案を与え退出する。
色合いの異なるリーシェライルの姿形を持つ芳しき毒の香を纏う男が、偽の美しさの中で笑み優しく心に忍び寄る。



今の様子を息を止め限界まで我慢して口を塞ぎ見ていたモーイは、いきなりフレイに近付き両の頬を軽く叩く。

「おいっ、フレイ! しっかりしろ!! お前は何をしたいか覚えてるか!」

「ニュール…?」

まるで心の糸を切られ巧妙に操られて居るように見える。

「ニュールに間違えられるのは嬉しいけど…アタシはモーイだよ。少しは動けるようになったかい?」

「…うん」

まだボケッとするフレイに気合いを入れる。

「ここにいちゃいけない! アレは毒だよ…近づいちゃいけない」

モーイが断言した。そして目から鱗が落ちる提案をする。

「フレイは認証魔石は蒼玉魔石なんだろ! だったら其で飛べば良いじゃないか!」

フレイは思わず納得してしまい、賞賛する。

「モーイって頭良いんだね!」

「へへっ! 自慢じゃ無いけど逃げ道探すのは得意なんだ」

「方向音痴なのに?」

フレイが持ち上げたモーイなのにフレイが素直に突き落とす。

「あ…ったり前だよ…命が懸かると冴えまくるんだよ」

「命懸かってたかな…」

「…あぁ、アレは魔物の仲間だ…優しい顔のままグサッと出来る奴だ。絡め取られちまって気付いたら…心も身体も沼の底…ってやつだ!」

フレイも…笑顔浮かべるエルシニアに、一気に心のフチから突き落とされたのを…今更ながら感じた。

「うん、私…沼の底に落ちかけてたよ!」

「沼からの脱出おめでとう~」

その言葉に何だか楽しくなりフレイは復活する。

「さあ、今度は毒蜘蛛の巣からの脱出だ! 慎重に行こう!」


モーイは今回本当に頼れる姉御といった感じだった。此の場所から抜けるなら今…と言う事で実行に移す。
慎重に慎重に進み隠蔽も掛けていたのに…迷ってヌケラレナクナッタ…。
船内で迷子になったのだ。

確かに狭くて複雑で迷ってもしょうがない。だが敢えてここでなくても…と言う場所に辿り着く。
商会長室横の船の中なのに、広々と開けた場所。
接待用の空間だったようだ。
其処に座っていたのは商会長のエルシニアだった。あまり驚く事もなくリーシェライルに似た雰囲気で綺麗に微笑み2人に告げる。

「丁度お加減を伺ってから、そろそろ宿に移動しようと思っていたので良かったです。でも此処に辿り着けるとは優秀ですねぇ、皆、絶対迷って外に出てしまったりするんですよ」

脱出しようとして迷った挙げ句に着いた場所が此処であり、何とも言えない徒労感を2人は感じた。
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