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第二章 サルトゥス王国編

30.見た目に流され

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フレイは久々に逃げ回りたい気分だった。

『何だコレ?』

時の巫女に転移させられた時、垣間見た侍女や巫女の装いが随分と艶麗な方が多いとは思っていたが、此がこの国の王宮の標準で自分にも同様の装いを纏わせられると思うとフレイは正直引いた…。

『街中で見かけた人や樹海の人々は普通だったのに…』

「私には似合わないと思うのでもう少し控えめな方が…大人の女性のための様な御衣装はチョット無理…」

フレイは勇気を出して侍女達に申し入れてみた。

「無理ではございません!私たちが問題無いように着付けさせて頂きますのでご安心ください」

フレイの為に集められた侍女達は、いつも逃げ回るアルバシェルにも対応出来る歴戦の侍女ばかりだったので逃げようも無かった。
何だコレは…と思った衣装を自分が着せられると予想以上の衝撃だった…。

『此れは無いよぉ…』

鏡を見せられたフレイリアルは一瞬で鏡を裏返し自分の姿に赤面する。そして自前のぼろぼろマントを探し被る。

「本当にごめんなさい…此でお願いします」

しかしお願いを聞いてもらえる訳でもなく更に化粧まで施され髪をいじられ、出来上がった時には別人になっていた。


ある程度無事に残った転移陣を修復し、つい先日フレイが飛んだ王都・時の神殿へ赴き、そこから王宮へ向かう事になっていた。
昼時の次の鐘で迎えに来たアルバシェルが、化粧の施されたフレイリアルを見て満面の笑みで賛辞を述べる。

「…新緑の森の光を浴びたかの様な生命の輝きを感じる美しさだ」

心から愛しそうに熱い眼差しを向け、フレイの目にかかる髪を拾い上げ耳に掛け、更にまじろぎもせず目を細め嬉しそうにジッと見つめる。

「…だが、その衣装は?」

チョット怪訝な顔をしてアルバシェルが尋ねた。フレイが、いつものぼろぼろマントを被っているので気になったようだ。

「…転移先まではコレで居させて下さい…」

フレイは小さな声で呟き答えた。気にはなる様だが問題があるわけでも無いので、細かいことは気にせず先に進む事にした。

「では、赴くとしよう」

復旧した転移陣は儀礼の間に敵が施したモノだった。
少し不安になる代物だったが行き先が先日の強制転移で訪れた、時の神殿に回路が繋がっている事がフレイにも読めたので安心した。
陣の上にフレイとアルバシェルが先に乗ったのを確認し、タリクも後から乗り込み陣の魔力を動かす。
快適な魔力の流れを一瞬感じ 時の神殿 へ至る。
神殿側の侍女がアルバシェル達を迎え入れた。

フレイのマントに気づいた侍女が伝える。

「ここからは塔により空調が全て管理されてますので上着はお預かり致します」

それでも少し抵抗するようにもう少しの間そのまま纏う許可を求めるが、勿論却下された。
渋々フレイはマントを外した。
侍女はマントを顔色一つ変えずに受けとると、退室して行った。


中から出てきたフレイリアルは、瞳と同系統の緑を淡く薄くした橄欖魔石の色合いの一枚布で出来た薄布の長衣姿だった。

その薄布を腹の辺りから編み上げたような紐で縛り胸へと寄せ上げてある。
寄せ上げると程よくある胸は、はだけるギリギリの所で隠し強調されている。
足元は腰まで開いたラインから、歩く度に足どころでは無くその先の尻まで晒される作りで更に背中を隠す布は無く、無防備な状態が作り上げられていた。

その肢体の仕上がりと、化粧や髪型で若すぎる部分を生命力溢れる様な見た目へ変換し、全体を合わせると官能的で淫靡な森の精霊小悪魔風…と言った仕上がりになっていた。

「……ふほっ!」

アルバシェルは噎せかえり、タリクでさえも視線を外し赤面する。

その状況にフレイは恥ずかしさが増し、真っ赤になり…余計に周りの気分を高めてしまうような悪循環に嵌めて行く。

「…タリク、誰をフレイに付けたのだ」

「アルバシェル様の侍女達です…」

「とても…とても良い仕事だとは思うが、今この場ではどうかと思うぞ…皆に見せたくない」

「…分かりました。神殿のローブを借りて参りますのでお待ち下さい」

タリクが何の嫌味も言わずに従った。


1の月半ほど前に出会った少し幼さを残す少女は、一瞬目にしなかった間に羽化して美しく変貌しアルバシェルを惑わせる。
不安そうに佇むその姿を見てアルバシェルから何時ものような気軽さは消え、無意識だが真剣な思いで抱き寄せてしまった。

フレイリアルはいつもの事と感じるぐらい頻繁にあるアルバシェルの不意の包容を受け、いつもと同じように不思議そうに見上げ見つめる。
ただ、そのアルバシェルの表情にはいつもと違う熱が籠っていてフレイリアルは少し怖いと感じた。

その一瞬の怯えが狩猟本能をくすぐる…アルバシェルは逃げることを許さないように更に強く抱き締めていた。

直後、背後から激烈な蹴りが入った。

「…うっっ!」

その痛みにアルバシェルは思わずフレイを解放し、後ろを振り返る。

其処には時の巫女リオラリオとタリクが居た。

「姉…上……」

少し気まずそうに視線を逸らす。

「アルバシェル御機嫌よう! 久しぶりに顔を見たと思ったら少女に襲いかかる寸前だなんて姉さん悲しいわ!」

直接的にブチかます。リオラリオは宣言通りアルバシェルにしっかりと制裁を加え懲らしめてくれた。

「フレイリアル数日ぶりね!素敵な装いだわ…でも確かにちょっと扇情的に仕上がり過ぎてるわね…王宮で余計な興味を引いても困るわ…」

そう言ってタリクに指示し、巫女が羽織るローブを差し出してくれた。

「それにしてもアルバシェルの所の侍女は優秀ね!今度、王都に是非招待させて頂戴ね!」

かなりフレイの装いが好みだったようだ。
フレイリアルは、時の巫女のローブを借りて羽織らせてもらう。スースーした服のままで居る事から脱出することが出来てホッとした。
だが、明らかにアルバシェルは残念そうだし、タリクさえも隠される事を惜しむ気持ちが若干見える。
この衣装はフレイを相当…艶っぽい妖美な肢体へと変身させる様だ。

「3年後にこの衣装で現れたら男たちみな、貴女に跪き付き従う事になるわね!」

リオラリオは楽しそうに未来を語った。

「本当に塔から離れると時間単位で育つ感じねぇ…そう言えば貴女のお母様も今の貴女の歳で既に万人を悩殺する肢体だったのだから、家系的に発育が良いのね!これから更に育つと思うと楽しみだわ!!」

ニコリと笑顔で話すリオラリオの言葉は、近しい年配のご婦人が親族の子供の成長を語る様な感じであり悪意は無いのだが…赤裸々すぎて困る内容であった。
アルバシェルやタリクの前では、あまりにも露骨で開放的過ぎる評価や意見はフレイにとっては気恥ずかしくて堪らない。
ローブを羽織る前と同じくらいフレイは赤くなってしまうのだった。

時の鐘が鳴り、約束の時間を迎える。
謁見の間からの使者が、転移の間にある控え室に来訪し召集する。

今回の謁見はアルバシェルは勿論だが、時の巫女も一緒だ。
この前の出来事の報告も兼ねて、神殿の最上位に居る二人がフレイの謁見に付き添い報告する形となる。
潔く突き進む強気なリオラリオと行動を共にする事は、フレイリアルにとって心強いような不安が増すような複雑な気分になる。
フレイの今回の目的はご挨拶と帰国へ向けての援助と、転移の間で略取されたニュール捜索の助力依頼だ。

王宮とは…裏でせめぎ合う人の形した魑魅魍魎が入り乱れる世界。
フレイはエリミアでそう言う認識を持った。
近寄らずに済むのなら離れていたい世界であるが、今回は仕方ないので希望して近付く。

謁見の間へ向かう中、アルバシェルが小さな声で伝えてきた。

「何が起こっても気にしないでくれ…」

笑顔で話そうとしているようだが、その笑顔の中に歪みが生じ表情に悲しみと諦めが混ざり込む。

「私達と縁戚関係持つ者は数多居るけれど、真に繋がりある…と思えるのは此の子と私だけだから…」

苦虫を噛み潰す様な表情で呟き、リオラリオは遠くを見つめる。だが、謁見の間入り口が見えてくると其処に視線を固定し挑むように睨みつけ…皆に鼓舞する様に伝える。

「さぁ、抜け目無い妖怪達との戦いの場よ! 気を抜けば即、食い殺されるのだから皆心して当たりなさい!」



謁見の間に入ると既に玉座を中心に左右対称で2名ずつ重鎮が控えていた。その一段下に、闇の神殿を一昨日襲撃した皇太子も何食わぬ顔で座していた。

その場に招き入れられた直後、全員が片膝つき頭垂れる中、王の入室となった。

他国の王に会ったことの無いフレイリアルは、エリミアの王と同じような雰囲気を想像していた。
しかしサルトゥスの王は自由闊達な風情で嫌見無く対応し、寧ろ好感の持てる王の様に感じた。
横に控える重鎮たちは、こちらに直接対応することは無いが、政治力に長けた鋭い目で状況を的確に見定め、時々王に耳打ちし其々が意見を伝えている。
しっかりと体制が機能していて、健全に前に前に進んでいる国…と言う雰囲気があった。

だがアルバシェルが前に出て一昨日の出来事の報告を上げる時、一転して侮蔑の瞳を宿し横柄な態度であたる慇懃無礼な集団が其処にあった。
目を疑う程の清々しい態度の変転。
快然たる笑みを浮かべていた王さえ、苦々しげに見下げる様な態度で接する。

一応、状況報告に基づいてニュール捜索への助力とフレイリアル帰国への援助は保証してくれた。

「…エリミアの第六王女よ、あらゆる助力を約束しよう」

「有り難きお言葉。陛下の恩情に感謝致します」

フレイリアルは恭しく返答した。
一応、得るべきモノは全て手に入れた…。

「さて…フレイリアル王女よ。公式な謁見は此までとしよう。今は闇の神殿に滞在されているようだが折角なら王都に滞在されては如何かな?」

王が直接話しかける。

「お気遣いありがとう御座います。ただ、この様な状況で心急いて気もそぞろであり、不調法を招いても困りますので早々に出立させて頂きたいと…」

「…友好使節…と言う側面もあったと思うのだが…」

王の意見にフレイリアルは返す言葉もない。この様な面倒が減るように時の巫女が書状を用意してくれていたのに、結局無駄になってしまった…そんな事を思い巡らせた。

「…」

無言で困っているフレイの状態を見て、王は相好を崩し小意地悪が成功した事を楽しむ。

「…まぁ気が急くのも当然。長期とは申さぬが2~3日ぐらいは滞在されよ。歓待させよう」

王の直言であり、決定事項となった。

「フォルフィリオに案内させよう」

闇神殿での夜にフレイの首に当てられた短剣の傷がまだ残る…と言うのに皇太子は何事もなかったかのように返事する。

「仰せ付かりました通り、誠心誠意歓待させて頂きます」

硝子の様に透き通る目で表情なく淡々と返事をする皇太子。


そこでフレイリアル達は退出できると思ったが甘かった。
重鎮からの進言か…王の思い付きか…そのままの面々で場を移しお茶を共にすることになった。
招かれた側はうんざりなのだが、流石に体裁を繕う笑顔を花開かせ案内を受け、誘導された各々の場所へ着席する。
この場でもアルバシェルへの対応はあからさまで…フレイリアルがエリミアで受けていた対応に近いものがあった。

賢者の石を取り込みし《忌み子》…。

青の間でサルトゥスの事を学ぶ時、ニュールと共に聞いた言葉をフレイは思い出した。

望んで陥った状況でも無いのに、一方的に向けられる敵意と悪意…自身の境遇を重ねたフレイの中に憤る思いが沸き上がる。

アルバシェルが座っている方で音がしたので振り返る。

手違いか意図されてか…準備をする者の手から滑り落ちた茶器がアルバシェルの足元に落ちている。
其処に茶を被り濡れ祖ぼるアルバシェルがいた。

フレイ中で自分事の様に沸々とした憤怒の情が昇ってくる。

透かさず席を立ち、アルバシェルに近付き纏うローブ脱ぎ捨て思わずソレで拭いてしまった。

拭いてあげたアルバシェルが視線を逸らす…。
フレイの向かいに座っていたリオラリオは少し困った顔をする。

そして周りの者全てが、フレイを凝視していた。

或るものは赤面し目を逸らし、或るものはひたすら凝視し、或るものは手出しせんばかりに見つめ、或るものは感嘆の吐息を漏らす…。

フレイは自分の今の姿が官能的で淫靡な森の精霊小悪魔風であった事を失念していた。

扇情的で蠱惑的なその姿は王にさえも感嘆の吐息を漏らさせた。

「ほうっ…その素晴らしい姿をローブで覆って居たとは何の意趣返しよのぉ」

着座したまま穴があくほど見つめ続け、最初の闊達で好感度高い王とは真逆の狭量で専制的な王の姿が垣間見えた。

「フレイリアル王女よ、我が第四妃の座に収まる気は無いか?」

いきなり目が点になる王の申し出に、その場一同沈黙する。
フレイだけがエリミア辺境王国第六王女フレイリアル・レクス・リトスとして毅然として対応する。

「サルトゥス王国先代王が第二王子アルバシェル様に既に最初の妃として婚儀の申し出を受けております。その申し出を受諾する考えでおります。順番を重んじる質故、有り難き申し出ではございますが慎んでお断りさせて頂きます」

王はその即応の小気味良さげにクツクツと笑う。

「最初の妃か…手痛いのぉ。ならば皇太子も無理か…残念だ」

話を向けられたフォルフィリオ皇太子は無反応のまま佇む。

「そう考えると先代王が第二王子…継承権2位の者との婚儀は渡りに舟かもしれぬな…」

王は自身の中で出来上がる考えに納得し、結論を出す。

「今度正式にエリミアに申し入れておこう」

だがアルバシェルへ付け加えることを忘れなかった。

「但し継承権から外れると言う事は命の価値も下がるが…良いのだな…」

「御意に」

其処に罠のような契約的状況が作り上げられた。



硝子の目玉の向こう側。
フレイリアルを見つめるその者は考える。

『エリミアの大賢者様の秘蔵っ子はなかなか良いね。欲しくなっちゃったよ…。横に置いて可愛がるには丁度よさそうだ』

狡猾な笑みを浮かべ計画を練り始める。

『あの魔力の性質…空の巫女の可能性も有るね…』

海のさざめきを聞きながら、招く方法を考えると楽しくなってくる。

『儲けるために楽しく残忍に奪い尽くす…昂る様な最高の局面を用意しないとね!』

新たに画策する者が現れた。
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