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第二章 サルトゥス王国編

27.悔いる流れが生じ…

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フレイは自分が拘束されても抵抗できない無力な者であることをこの短時間の間に嫌と言うほど想い知らされた。

毎回自身が引き金になり足を引っ張る。
フレイは自分でも正しく迂闊で愚かである…と思った。
その結果がコレなのかと思うといっそ自身が其処へ落ちれば良かったと思った。

現実では無いような光景に心が凍る。

あの日、もう少しだけこの世界を味わいたいと…もう少しだけ見てみたいと思った…。

『ダケド、ミタカッタノハ、コンナコウケイジャナイ!』

ニュールが皇太子に蹴りをいれ羽交い締めにしたため形勢は逆転した。

『ダケド、ミタカッタノハ、コンナコウケイジャナイ!!』

フレイは、フラフラした足取りで倒れたクイールの横に座り込む。
ふわふわで柔らかい羽にこびり付く色合い…。

『ダケド、ミタカッタノハ、コンナコウケイジャ…ナイ…!!』


ニュールは起こってしまった状況に対応しながら、足元から何かが抜けていく感覚と共に周りから強大な力の奔流が押し寄せてくるような感覚を感じ始めていた。

『何処かで味わった事のあるような感覚…』

ニュールは何だか思い出せなかったのだが、自身がその感覚を味わった後に生み出された苦い感情、それに伴う大きな後悔と苦痛を背負うことになった結果が引き起こされたのも覚えていた。
多分、3つの殲滅の中で起こった事だった…だが自身で封じてしまったかの様な記憶であり辿り着けない。

「…ごめんなさい」

フレイはクリールの横にペタリと座り呟く。
その表情は心から全てを押し出してしまった者の空っぽな瞳があった。
ニュールが気付いた魔力の流れはフレイを中心に密かに大規模に広がっていた。

そして、その流れの伸びが最大範囲に達したと思われた時…収束に転じた。
収束に転じた流れは、延びきった先で繋がった回路から魔力を引き出し引き連れこの場所へ押し寄せてくる。
フレイが樹海で探索魔力を広げる為に魔力を集めた時の比では無かった。

そのまま全てが集まってしまえば、魔力が収束しきった時にそのエネルギーは収まる場所を持たず一気に拡散し爆発し都市ごと消滅させることになるだろう…かつてニュールが制御できなかった魔力で3つの街を消し去った様に…。

1つ目はニュールの第2の故郷とも言える街…的に滅ぼされた後だったとは言え街の痕跡をほとんど残さず消し去った。
2つ目は少しさびれて荒れ始めていた街。
3つ目は全く知らない他国の街。

細かくは覚えてない。
自分を失った様な状態での行いとは言え、消えることのない罪。
苦い悔恨を一生背負っていかねばならぬのが現実であり、逃げることの出来ない足枷となってニュールを苛む。
ニュールは自分の守護する者が同じ苦汁を味わう様な事はさせたくなかった。

「フレイ!止めるんだフレイ…此のまま集めちまうと此処は消滅ししちまうぞ!」

フレイに近付き声を掛けるが反応がない。
無意識に築き上げた遮音結界と防御結界の中でクリールの作った紅き海に浸り自身を失い閉じこもっている。
既に此処に居る大半の者が魔力あたりを起こすような、強大な力が集積している。
敵からの包囲でお手上げだった状況を打ち破ってくれたモーイもそこで倒れている。


アルバシェルとタリクは健在だった。
しかしタリクが本気で主人を諌める者となり、思い留まらせる意志は強固であった。其処に自身の生死をも掛けるつもりで対処する臣下の目をし、必死に関わらせないよう阻んでいた。
助力は求められそうもない。

『…やるしか無いか…』

この子供を守る道を選び進んだのは自分の意思。
ニュールには今はもうコレッぽっちも自分を裏切る気は無い。

『久々の自分で選んだ仕事だ…遣り甲斐も十分…報酬が欲しい所だけどな…』

フレイの築いた結界に手を触れ構造を読んでみる。

『かなり強固だね…凄いな…金剛魔石の構造までなぞられてる』

自身が大賢者であると受け入れる事で、助言者となっているのが叔父であるとニュールにも分かるようになっていた。

『…ニュロ、行けそうか?』

『あぁ、ニュール大丈夫だよ!君もしっかり集中してくれ…』

心の中で成り立つ会話がニュールの次の行動を保証する。
その時、重ねられた結界の複雑な構造が浮かび上がり、破壊するために魔力を通すべき箇所が明確に感知される。
そしてニュロの助力で繊細な操作を行い解除する。

『ここからは君の得意分野かな…ちょっと大変そうだけど頑張っておくれ』

結界は一瞬輝きを増し、たち消える。
刹那、魔力の密度と濃度が増し圧力となってのし掛かる。
フレイが作った結界は外からの干渉を消していたが、同時に内からの呼び込む力も緩和していたため結界が解除され集まる魔力が加速度的に増した。

「おいっ、フレイ!止めるんだ!」

目の前に立って叫んでも顔を上げる事なくクリールを見つめている。
肩を掴み揺すぶってもブツブツ呟いているだけで全く反応が無い。

「其処に固まってても時間は戻らないんだ…それ所かこのままだと、お前自身が破壊者になってしまうぞ!」

その言葉に反応しニュールを見るが、フレイの目は探し求める大切なモノの不在に動揺し怯え現実を直視出来ない。

「…ない…いない…クリールが居ない」

「…」

悲しみの涙さえ出せず、ただ自身の愚かさを悔いている状態。
心の深い傷から紅い雫が滴り落ちる様な悲痛な思いが守護者の繋がりでニュールに入り込む。
言葉が出なかった…ニュールは掛ける言葉を思い付けなかった。

青の間で大賢者リーシェライルが言ってた自己責任を実感するためだけなら、これは最悪の状況だ。
フレイは今現在、自身が引き起こした状況を猛省中であり意識を飛ばすぐらい自身を責めてしまっていた。
自分の責任に押し潰されているのだ。
そして押し潰された自我が暴走し、全て飲み込み消滅させようとしていた。
悪循環の中で更にもたらされる最悪の結末を呼び込もうとしている。

「…呼び戻せないなら本人の代わりに遣るしか無いか…」

ニュールが呟くと、心の中に警告が響く。

『フレイの意識を呼び戻して2人でなら勝算はあったけど、1人で行うのは勧められない!』

ニュロが本気で伝えてくる。

『それでも必要なら遣るしか無い…』

『…もう決めたんだね……それなら共に有るのみ』

ニュールの決意にニュロは従う。
東側ムルタシア樹海渓谷より押し寄せる膨大な魔力が、ムルタシア闇神殿に到達するのが分かった。

『ニュール、一気に取り入れないと…収束魔力の暴発も危険だけど、魔力暴走の引き金にも成りうるから気を付けて!自身を差し出してまで成し遂げるならば苦しかろうが完璧を目指そう!!』

結構厳しめのニュロに苦笑いしながらも頷き覚悟する。
その時、重々しい魔力の衝撃と共にフレイのもとに収束し密度を高めていく濃厚で危険を孕む魔力が出来上がり輝く。

輝いた後の一瞬、思考を巡らせる程度の間だが魔力の動きが停止する…その瞬間を狙い内へと取り込む。
ニュールの中に街を破壊できるぐらいの魔力が内在する事になる。
内部で沸々と熱を持って渦巻く魔力の奔流は、身体の中で暴れ狂い外へ向かおうとする。無理やり押さえつけ、方向を定め体内の魔石を目指すよう導き其処にある彼方への回路を開き流れを強制する。
回路を目指す魔力の負荷により体内を傷つけられ、ニュールの口から流れ出す美しい彩りが吐き出される。

『…あぁ…あの日、国を破壊しそうな暴れる魔力を導いたリーシェライル様は頑張ったんだな…』

ニュールは、ふっ…と過去を思った。

『確かに頑張ったのに誰にも知られず報われない…って言うのは苦しいかもな…』

あの日のリーシェライルと同じようになったニュールは意識を沈めていく。



その高まり静まっていく光景の中、タリクに決死の結界を形成され抑止されたアルバシェル。
目の前に大量に呼び寄せられた魔力の収束点がフレイリアルであり、その暴走し爆発しそうな魔力を飲み込み納めたのがニュールであるのを見ているしかなかった。
その憤懣と重苦はアルバシェルを冷静にし、自身への冷たい怒りへと変換されていく。

「…もう、よいだろ…」

アルバシェルを保護する事を第一に考えるタリクへ向けて言い放つ。
辺りには、もうアルバシェルに危害を加えるものは存在しない。タリクはそのアルバシェルの冷静さを確認し、結界を解除する。

アルバシェルの冷静さは自分を責める冷静さであった。
タリクに不安をもたらした自身の弱さに…ニュールが一瞬こちらを確認し助力が難しいと悟った顔をした時の自身の情けなさに…フレイが苦しみ悲しみに溺れ沈んでいくのを目の当たりにしているのに抱き締める事さえ叶わなかった自分の無力さに…。
足りない自分を自覚し歯噛みする。

『何て無力で無様な事よ…』

自身に向け唾棄する。

拘束を解かれたアルバシェルはゆっくりとフレイに近付き優しく抱き締め、その中で渦巻く後悔ごと受け止める。
じんわりと伝わる暖かさと力強さと無償で受け入れてくれる思いに、フレイがやっと意識を現実に向ける。

「アルバシェルさん…」

ポツリポツリと頬伝う雨が増えていく。だが、再度の感情の高ぶりは新な魔力を呼び寄せる。
ニュールが決死の覚悟で取り込んだ魔力程では無いが、神殿ぐらいなら容易に消し飛びそうな魔力が一瞬で集まる。
そして対処する間もなく、焦点となるフレイの元へ押し寄せ…虫の息の様な目の前のクリールの中へ入った。
通常なら収束し拡散爆発と言う過程を取る過剰な魔力であるが、最初はニュールが…次はクリールがこの場を守るため己を差し出した。

だがクリールは獣。
取り込んだ魔力は、魔物化の引き金を引いてしまう。
今までピクリとも動かなかったクリールは、自身の流した生命の息吹きの彩りを纏い大きく羽ばたく。
だがその目は赤く光り、宿していた知性は消え、戦って生き残っていく本能しか残っていない様なモノへと変化していた。
その額には2本の角が眉間から頭部へ向かって縦に連なっていた。

完全なる魔物となり新たなる生命を得てしまった。

脅威として生まれ変わったクリールは、目の前にいるフレイとアルバシェルへ襲いかかる。
魔物化した魔物は血肉と魔力を求めて狂暴な爪を伸ばし切り裂こうとする。
アルバシェルは結界を展開しフレイを抱き抱え足に魔力を纏い飛びのく。
だが執拗に追いかけてくるので、攻撃せずに逃げ切ることは難しい。
このまま逃げ続けるだけだと、足元に転がる魔力あたりで倒れ意識を失っている人たちを巻き込んでしまう。

手元に攻撃用魔石は無い。
自身の体内魔石を使うより方法は無いが、ソレに頼るのはアルバシェルには…出来ても出来ない。
その時少し離れて見守っていたタリクが声を掛ける。

「連携します」

数多の襲撃者を捌いてきた2人は呼吸を合わせるまでもなくピタリと動きが合わさり、脅威となった魔物を誘い出し追い詰めタリクが留目の一撃を放った。

だがその攻撃は効果を表す事なく消えた。
アルバシェルから離れたフレイが攻撃を吸収し消し去ってしまった。

「何をする!」

叫んだのはタリクだった。

「クリールを傷つけないで!!」

フレイは叫ぶが、自分が不当な事を言ってる自覚もあった。だが気持ちや行動を止めることは出来なかった…自分がそれで倒れることになっても。
背後の凶暴化したクリールがフレイを襲う瞬間、防御結界が展開され守られた。
その防御の力は、血反吐を吐きながらフレイが導いてしまった街を破壊する様な魔力を内側に飲み込み収めたニュールだった。

「苦労してるのに気付いてもらえないって言うのは、ホンットに腹にトグロ巻いて威嚇したい気分になるな…」

小さく呟きながら体を半分起こして崩れるように座る。
クリールの中にある魔力と同系統の魔力を未だ昇華しきれず内包するニュールには見えた。
同じようにクリールの中の魔力も、まだ中で渦巻くだけで定着しきれてない事を…。

「フレイ!クリールの魔力を取り除いてみろ!!今ならもしかして戻れるかも知れない!」

「そんな馬鹿な!魔物になったら戻れるはずが無い!!」

ニュールのフレイへの言葉にタリクが論理的で無いと否定する。

「遣ってみることが次への階段を上る道になることも有るんだよ」

ニュールのその言葉にフレイは遣る気になった。小さく頷きニュールを見る。

「結界を解くぞ!!」

最期に辿り着く場所を決めていたかの様なクリールがフレイに突っ込んでくる。
覚悟を決めたフレイは、いつもクリールと出掛けるように気軽に向き合い声を掛ける。

「行くよ!クリール」

突っ込んできたクリールに軽く飛び乗り、暴れる体を抱き締め魔力を動かし自身の中へと導いて行く。
今回は魔石無しだが、今なら出来るとフレイは分かった。
暴れまわるクリールから完全に魔力をフレイの中へ移動させると、動きが鈍り再び動かなくなる。
だが、その体には活動している証となる鼓動を感じられた。

魔物としての意識は解除された様だが、獣だったクリールの身体は魔物から戻ることは無かった。
一度生えた角はそのまま残る。其処に以前のクリール同様の知性が宿っているかは未だ謎である。
とりあえず拘束して様子を見ることになるだろう。

フレイは、あの程度の魔力吸収で損害を受ける様な事は全く無かった。
ニュールは落ち着いてはいるが身体に与えている損害は多大なようだ。だが、起き上がれる程度の苦しそうな状態と言う感じだった。


意識の戻ったモーイは魔力あたりも起こさなかったようで、ニュールの元へ駆けつけるとソノ頭を強制的に膝の上に乗せ気遣った。

だが、さりげなく自分の存在をニュールに顕示する金髪青目の可憐な美少女は更なる機会を逃さなかった。

膝枕に収まりの悪さを感じたニュールが起き上がろうとする隙に、モーイは更に一歩進め胸にもたれかからせる状況を作ってしまったのだ。
妙齢の美しい女性の柔らかな双峰にもたれ掛かり頭を寄せる状況は、様々な者の目に入った。
離れた場所にいて魔力あたりの程度が軽かった近衛兵達は、その場で処置されてたので凄く良く見えた…。
満足に介抱する者が到着しない状況下、遠くから眺めるその羨ましくも幸せそうな状況は苦しむ者達の敵意と殺意を煽る。
ニュールは怨嗟の思いを一心に受ける事になった。

『『『ウラヤマシネ!地獄に落ちろ~!!』』』
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