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第二章 サルトゥス王国編

21.窮地から窮地へ流れる

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フレイリアルは部屋を出て案内の者に付いてきてしまったが本当に正解だったのか不安になっていた。

『本当に信じてしまって良かったのかな…』

アルバシェルを待っていた方が良かったのでは無いのか…フレイリアルは頭の中でぐるぐると考えたが、あの場所に留まって守ってもらってるだけではエリミアに居たときと変わらないと思った。

そのため一歩を踏み出してみたのだが、タリクに言われた ”迂闊で愚か” …と言う言葉が頭から離れなかった。

案内の者は、途中から不思議な庭へフレイリアルを導いた。
通常の庭と違って立体的になっている。地下に潜ったりアーチをくぐったり、階段を上り下りしたり、絶対に一人では元の場所に戻れないと思った。
その庭から続く通路は、いつの間にか中央にある塔の4階へまで上っていた。
外からは見えないのに繋がっている。
そこから繋がるテラスに移動し塔内に入る。

『見たことのある空間…似ている…』

同じだけれど少しずつ違う…此処はエリミアの賢者の塔とそっくりだった。

『そしてこの先に青の間に繋がる転移の間…』

フレイの想像とは異なり、そこは転移の間では無いようだった。その代わり、重々しい雰囲気の魔石の壁で囲まれた何も無い部屋があった。
そしてエリミアでは謁見の間だったそこに、8つの転移陣と中心に他と異なるあまり見かけない陣が一つあった。
すべてがエリミアにある青の間へ移動する転移陣の3倍はある大きさだった。

『…砂漠王蛇ミルロワサーペントが呼び出された陣と同じぐらい?』

フレイが頭の中のエリミアの賢者の塔と比べながら色々見ていると、その誰も居なかった部屋に人が現れる。
気付くと背後に20人程立っていた。

その中の1人は見知った者だった。
その者を視認し、フレイリアルは自身の迂闊さと愚かさを心から後悔した。

「お久しぶりですフレイリアル様。僕の事、覚えておいででしょうか?」

忘れようもない濃い1日の記憶…。

「……」

無言のフレイリアルの返答に楽しそうに勝手に返事をする。

「覚えてて頂けて光栄です」

紳士然とした装いをして立っているが、それが《14》であることは明らかだった。
そのまま口を開かないフレイリアルを前にエリミアからの帰還後《五》となった元《14》は他のものを配置に付かせながら現状と今後を語る。

「まず、貴女の守護者は今此方に向かっている途中ですので少々お待ち下さい…もう、西棟の部屋は出て大分此方に近いようですから…」

微笑みながらフレイリアルを眺める。

「見た目はエリミアの時より少し成長された様ですが…中身は余り成長されてないようですかねぇ…」

「!!!」

迂闊さを悔いたばかりのフレイにとって、痛いところを突いてくる。

『エリミアの時だって一瞬しか会ってないのに何でそんな事…!!』

男は前の時と違い、からかい無しで普通に喋ってる。其れなのに、コノ者に言われるのは何だか無性に腹が立つ。

「貴方に言われたくない!」

思わずフレイは言い返す…その小さな怒りに若干の魔力が立ち昇る。

「元気そうなのは何よりです。ただし、以前のように大魔力を暴発させると何かが起こるかもしれませんよ…」

部屋に入ってきた先程の者達の何名かが、口を塞がれ、身動きできないほど縛りあげられ各転移陣の真ん中に配置されている。

「この陣は皆、一時的に転移先との回路を切断してあります。…ですので、もし貴女が大魔力を解放してコレらが起動してしまえば、この者達が何処か未知の場所へ…全身または一部送り出される事になりますのでご注意ください…後は貴女次第です」

笑顔で告げてくる男。転移陣の上に置かれた者達は、今の説明を聞いて懇願するような目でフレイリアルを見る。
その説明と、転移陣の上の者達の無言の訴えを受け、魔力が漏出しないように力を抜きただ耐えるしか無かった。
フレイリアルには彼らや自身を解放する術は無かった…自分自身の迂闊さと愚かさへの後悔以上に、自身の無力さを呪う気持ちで溢れた。

『人を頼らず全てを救える力が欲しい…』

その気持ちに自身の奥底で共鳴する何かが反応するような気がした。



ニュールはアルバシェルの部屋から廊下へ出て転移の間を目指す。

転移の間の正確な位置は分からないが重要機関を集約して置くとしたら中央塔であると推測できるので取りあえず其方へ向かう。
建物内部からは難しそうなので外からの侵入を考える。
中庭に出て少し高い場所を探すが、屋根の上ぐらいしか無かったので上ってみた。

地上に居る時は気付かなかったが、上空に一部陣が施されていて隠蔽の魔力を発動している。
隠蔽魔力の中で、中庭から伸びる隠された通路や階段が塔の4階に繋がっていると言う事がわかった。
ニュールは目指すべき場所がそこにあると確信した。

『コレは塔だ…色々作り替えられているようだが、建物の配置等エリミアと同じだ』

西棟の屋根から塔への階段に飛び移ると、そこは外から見た時と違って中庭の通路と同じような感じだった。
外部からの魔力の働きかけを感じ、感覚が狂わされているのが理解できた。
その場でニュールは目を閉じ、自身に遮断結界を巡らす。
次に目を開けると、そこは石造りの堅牢な階段であった。そのまま4階まで上っていくとテラスに繋がる扉が開け放たれていた。
誰かが先に通過したのだろう。
テラスから建物内に入ると、廊下を挟んだ向かい側にドアが開け放たれたままになっている。そこには転移陣が無数に描き出され広がっている間があった。

そして、そこにじっと立ち尽くすフレイリアルが居た。

ニュールの顔を見ても表情なく遠くを見つめて立っている。
その存在に気付くと、フレイは無気力な目で呟く…。

「…ごめんなさい…」

散々聞いたフレイの ”ごめんなさい” の中で、一番最悪なモノだった。

悲しみもなく、怒りもなく…何の思いも入らぬ諦めの心に何も入ってない空っぽな謝罪…絶望の一歩手前。
ニュールは無性に腹が立った。
人を巻き込み押し流し引っ張ってきた道ならば諦めず最後まで責任を取れと言いたかった。

「おいっ!フレイ…皆を巻き込んで此処で諦めるのか?」

「…ごめんなさいニュール…」

「お前は何がしたかったんだ…」

「…だって、知らない人を巻き込めない…」

そこに回路なき転移陣の上に配置された人々を見て理解した。

「今さらだろ!行動して巻き込んじまったら、その命の責任まで付いてくるのは当たり前だ!」

「……」

「その責任を、おっ被ってでも手に入れたい目標があるから巻き込んでも進んで来たんだろ!!自分が望んだ道なら目指すことを諦めるな!真っ直ぐがダメなら横に抜けろ!道が無いなら道をつくれ!正面がダメなら裏道を探せ!一つだけが正解じゃない!だけどそこで終わってしまえば終わりだ!」

「ニュール…」

目の輝きは戻らないが此方に顔を向けた。

「僕は諦めた先の道をお勧めしますけどね…」

計画を描いた者がやって来て再度フレイの心を閉じ込めようとする。

フレイの心を見事ここまで折ってくれた張本人である《五》となった元《14》…久々にニュールの ” ウチの子に何すんじゃモード ” が発動した。

「いい加減にしろ!」

強力な魔力を一点に集中し鋭利にした一撃を《五》の足下に叩き込む。

くすぶる怒りの中に現れる無の境地…それはニュールを元《三》にする。

「あぁぁぁ、その《三》に会いたかったんです…」

異様な目の輝きと恍惚とした表情で《五》が興奮する。
《五》の希望通り、元《三》なニュールとの戦いが始まった。

テラスに出ての戦いは研ぎ澄まされた魔力での応酬が繰り広げられる。

鋭い紅玉魔石での攻撃に蒼玉魔石での防御、黄玉魔石の魔力も乗せて魔力体術で加速し、隙を見て物理攻撃でも双方打ち込む。
高級魔石からの魔力で惜しみ無く能力を倍増させ思う存分戦う戦闘。
相手がほぼ対等の能力であるがゆえに成り立つ均衡状態のように見えた。

ニュールは今回モモハルムアにもらった手甲を使っている。移動中は使用してなかったので初めて使うが、魔力操作が速やかに行えるので過剰な攻撃になってしまいがちな体内魔石を呼び出さずに戦えるのでありがたい。

ただフレイがあのまま身動きできない状態だと、いつ何どきそこから隙を突かれ崩されてしまうかわからない。
天秤の先に人の命が吊り下げられて居るなら、絶対にフレイは抗わないだろう。

『大丈夫、出来るよ…』

体の中で指示する者からのお墨付きはもらっていた。後は勇気と決断。
《五》やその他のものの相手をしながら廊下に戻りフレイに向かって叫ぶ。

「魔力を動かせ!全てを吹き飛ばせ!そいつらの行く先の回路はオレが繋ぐから大丈夫だ!」

フレイの諦めは心の底まで冷やしつつあった。
無力な自分は無価値の様な気がして居なくても良いような気がしていた。

最初はニュールの言葉は耳に入らなかった。
途中でニュールの言葉で浮かび上がるが、腹の立つ嫌な奴の言葉で気持ちに蓋をされた。
だが、再度ニュールの声と "大丈夫" …と言う言葉が耳に入る。
そしてニュールの声がはっきり聞こえた。

「お前は何のために旅に出た!」

「…私は…」

ボーッとする頭が少しずつ回転していく。

「オレはお前を助けるために付いてきた!」

「…ニュールは助けるため…」

「大丈夫だ!目的を思い出せ!」

そして、フレイはニュールの問いかけに自身の覚悟と思いを再び手にする。

「私の目的…リーシェを自由にするため天空の天輝石を手に入れる!」

フレイが自分を取り戻した。

「ニュール!ごめん!!お願い!」

一気にフレイから魔力が湧き全方位に飛び散る。
陣の外に居た者達は壁まで吹き飛んでいく。
そしてフレイの魔力の奔流は陣の上も駆け抜ける。その瞬間全ての転移陣と真ん中の不明の陣にも魔力が流れ、起動した。
方向付けられてない魔力は陣の上で渦巻き滞る。

「ニュール!!」

フレイの叫びと同時にニュールは体内で高めていた魔力を全ての陣に繋ぎ、元々の回路を修復していく。陣に乗っていた者達が全て正常に転移先に移動した感触をニュールもフレイも掴んだ。

戦いは続いているので攻撃は飛んでくるが称賛まで飛んできた。

「素晴らしいでです!!本当に素晴らしい…もう、隠者…いやっ賢者以上の存在です。この予想外の実験記録も大変ありがたく頂戴させて頂きます」

情報はしっかり集められた。でも折角こちらで用意していた実験もあるので提供して使用して頂かねばと思う。
《五》は小さく呟く。

「あと一つ実験にお付き合い頂きたい…」

そして《五》は隣の儀礼の間へ赴きニュールをおびき寄せる。
ニュールは素直に部屋に導き入れられてしまった。
中央祭壇に据えてある闇石に魔力を通し、《五》自身は入り口方向へ退避し手持ちの金剛魔石で入り口に結界を張りニュールを閉じ込める。

「もしかして、貴方にもできるのかな…と思いまして預かってきました。ヴェステ製の闇石です…懐かしい思い出も入ってるかもしれませんので試してみて下さい…」

闇石に閉じ込められた魔力の残滓は、人々の断末魔の阿鼻叫喚の思いが絡みつき、ジワジワと湧き出しその場に誘い込まれたニュールの足下に渦巻いていく。
その渦巻く不快な魔力はそれ自身が獲物を求めるように蠢き、体内魔石の光を目指し押し寄せてくる。
心の力を吸い出し奪い取るようなその悍ましきモノは、ニュールの四肢を絡め取るように這い上がり内側へ浸食しニュールをその場に沈めた。

人の命を背負う枷から解き放たれたフレイはニュールが導かれた儀礼の間へ向かう。

だが其処には強固な金剛魔石による結界が張られていて入り込めない中、苦しみ沈むニュールがいた。
またもや救い出す手がフレイには無かった。

「苦渋も辛酸も絶望も挫折も無力も十分に味わい尽くして下さいね…」

元《14》である《五》の愉悦に満ちた辛辣な言葉が響いていた。
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