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第二章 サルトゥス王国編

18.心の中の小さな流れ

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神殿でアルバシェルはひたすら待機させられ苛ついていた。

『私が此処に留まらせられる意味は何だ!!』

毎日ひっきりなしに現れるのはご機嫌伺いや陳情や顔繋ぎの依頼…。

「全く、奴らは何をやっているんだ!気になるものがあるなら人に頼まず自ら赴き行動すれば済むこと!」

声に出して叫んでアルバシェルは気付いた。

『自分で動けば済むこと…その通りだ』

思い立ったら即行動。

夕食は部屋で摂り早々に休むと言って人払いした。

「タリク行くぞ…」

「本当に実行するのですか?」

あまり乗り気でないのか反応が悪い。タリクにとって神殿での生活は、本来の仕事のみであり快適に過ごせたであろう。
溜め息と共に諦め切り替えたのか、何時もの明晰なタリクがアルバシェルの行動を補正する。

「そちらの経路はまだ人の出入りがあります。出入りの少ない北門から祢宜の装束で出るのが良いでしょう…」

隠蔽の魔力を魔力感知されない程度に起動し、更にしっかり物陰に隠れながら進む。

タリクが示した経路は明かり少なく、ひと気も殆ど無い遺体の搬入路だった。
弔いを求める死者の門であるため、運び入れは日のある内が基本だった。順調に進んでいたのだが、今日に限って不測の事情持ちの来客が有ったようだ。
搬入ならあっと言う間に通り過ぎるであろうと予想し、柱の影で待機してやり過ごす事にした。

運び込まれるのは女性用の小振りな棺のようだ。
アルバシェルは何の気なしに周りの者を確認していた。

付き添いの神職は棺の搬入にしては珍しい構成だった。

『禰宜が4人付くとは…この時間の搬入であるのに、余程高貴な者の棺なのか…』

通常の構成は禰宜一人に出仕3人と言う感じで組になっている事が多いので違和感が有った。

だがそれ以上にアルバシェルの目を釘付けにするものを一人の出仕が抱えていた。
見覚えのある…ぼろぼろのマント。
その時アルバシェルは、自身の心臓が鼓動を打っているのだと言う事を途轍もなく実感できた。
もう1つの物を見て、その場へ飛び出しそうになるのをタリクに寸前で止められた。

『…魔石』

アルバシェルがフレイに渡した特徴ある魔石がそこにあった。
…計画が変更になった。

「このままじゃ寝覚めが悪いですからね…」

タリクも納得いかないと言った風情で、脱出計画からその棺の中を確認するための計画へ変更する事に同意した。
ソレが運ばれたのは貴賓用の控え室が付いた安置場所だった。

中にソレを運び込むのを確認すると3名の禰宜が立ち去り、入り口には先程の出仕2名が警備に立つ事になったようだ。1名禰宜が中に残ったと思われる。

タリクとアルバシェルは隠蔽の魔力を強めてから入り口を警備する者へ素早く近づき、首筋への一撃で気絶させた。
手慣れた的確な動き…以外と魔力主体ではなく身体主体の物理攻撃で動ける二人であった。
外部の気配の変化か、見張りをやっていた出仕が廊下に落とされる音に気付いたのか、中に居た禰宜は防御結界を展開しつつ顔を覗かせた。
そして足元に転がる者に気付くと、倒れた者を跨ぎ扉を守るように仁王立ちで外部を警戒する。
刹那、足下に転がる既に倒した者が手に持っていた魔石を利用し、結界を内よりの攻撃で一瞬にして落とす。

その場所への出入が可能になった。

倒した者達を拘束し中に引き込み、侵入する。
そこには先ほどの黒いソレと、その横の台にマントと魔石が置いてあった。
やはりフレイの物だった。
アルバシェルはその現実に一瞬動けなかった。

「何故…」

呟きながら気持ちと一緒に重くなった手足を何とか動かし蓋を開ける。
そこにフレイは居た。
アルバシェルは自分が会いたいと思った生命力溢れる少女が何故この中に入ってるのか、何故自分がこんなにも衝撃を受けているのか理解できなかった。

手を伸ばし、透けるような薄桃色の頬に手を伸ばす…。
触れたことのなかった頬はまだ暖かかった…そして薄く開いた薔薇色の唇に触れると…吐息が…ある!!

『!!!…生きている!!!』

かすかな動きと共に、新緑の瞳が開き光が入る。

「アル…バ…シェルさん…?」

まだドロドロに眠気の中を彷徨い意識が半分しか戻らないフレイは、棺の中から抱き起こされアルバシェルにきつく抱き締められた。
アルバシェルはその生命が保たれていたことに歓喜し世界に感謝した。

危険を回避するため、とりあえずその場から立ち去らねばならない。そしてフレイを安全に休ませるため、結局一番都合の良いアルバシェルの私室に戻ることになった。
フレイはまだボーッとしているがアルバシェルが自分を抱き締めたまま離さないのだけは分かった。
ベッドで休ませてくれようとしてるのも分かったが、アルバシェルにもたれ掛からせたままそこに一緒に居るため微妙に休まらない。

『リーシェとギュットする時だって、こんなにズット離れなかったことは無いのに…』

そう思うとフレイは意識がハッキリしてきていても、何だか恥ずかしくて言い出せなかった。
見かねたタリクが助言する。

「アルバシェル様、いくらボロとは言え性別は女。ベッドの上でそれは少しあんまりじゃ無いでしょうか…まぁ人の趣味は色々ですから…もし何らかの他意あるようなら私は席を外しましょうか?」

フレイを、もたれ掛からせ抱き締めていたアルバシェルの両手が離れ上に挙げられた。
…気まずそうに頬まで染める。

『あら、本当にこの人は…』

タリクはそう思いつつ、無表情でその反応全てを流した。
その時フレイが、助け船?…を出す。

「…心から心配してくれたんだよね。ごめんなさい…不安にさせちゃったんだよね…。リーシェも時々心配して…不安があるとギュッとするからギュッと返すんだよ…だからアルバシェルさんもギュッとしてあげる!そうすればキット安心できるよ!!」

…泥船だった。気まずさと恥ずかしさで沈みそうになっているアルバシェルに塩を振りかける…感じだった。
フレイはその無垢な瞳でアルバシェルに留めの一太刀を振り下ろしたのだ。

『このボロ、何気に魔性だわ…』

タリクは、素知らぬ顔でもう一度全てを流してお茶を入れ空気を戻す。


一応部屋にはズット静穏の魔力を巡らせ防御結界も張ってある。
そしてフレイの事情を聞く事にした。

「転がってきた魔石を拾ってあげた魔石商さんが、宿で私にジュースをくれたの。串焼き食べた後だと飲み物欲しいだろう…って、それで美味しく頂いたんだけど私が1本だけ串焼き食べたのを知っていたのが不思議で…でもその時、魔石を見せてくれて…丁度欲しかった魔石だったから嬉しくて。それで変だとは思ったんだけど飛んじゃって…」

「くくっ…それで意識も飛んで此処に来てたって事か…」

アルバシェルはさっきの痛手は無かった事にして、フレイの話を面白そうに声を立てて笑いながら聞いていた。

しかし、タリクの可憐で可愛らしい顔にある眉間には皺が浮かび、額には青筋が…相当この説明に不満が有ったようだ。
その幼児の様な説明に痺れを切らしたタリクが質問形式で謎を解き明かした。

ニュールが境界門手続き中、昼食をもう一人の連れと摂っていて、出会った魔石商に欲しい魔石が宿にあると言われ付いて行った先で、飲み物に入っていたと思われる薬で意識を無くしここへ運ばれた…と。

解き明かした謎に対してタリクは一言。

「迂闊で愚かです」

切って捨てた。
少し落ち込むフレイを横に座るアルバシェルがまたしても抱き締めて呟く。

「…何にしても無事で良かった…」

アルバシェルは自分の中にある想いが何なのかは良くわからなかった。
だが、この少女と過ごす時が自身にとって掛け替えのない癒しであり、それを無くしてしまうと思うと寒気がするぐらい孤独を感じる。
そしてこの少女が無事である事が至上の喜びであり、もう二度と手元から離したくない…そんな存在であると言う事だけは本能で理解した。

故に本能で抱き締めるし、独占したがる。
ある意味子供で危険な奴だった。

フレイは抱き締められる度に感じるムズムズする違和感で何だか落ち着かない気分になってしまった。
でもリーシェにギュッてされる時と同じで、嫌では無かった。

妙にフレイ対して壁が取り払われたアルバシェルを冷ややかに見守りつつタリクは核心を突く。

「それで、お前は何者で何故さらわれた!」

「私は…」

タリクの問いに答えようとしたフレイ。その時、扉から声が掛けられる。

「祭主様、少し問題が生じた様ですので申し訳ありませんが謁見の間へお願い致します」

一度仕切り直しの様だ。


偽装用の祢宜の服から通常の祭主服に着替え、呼ばれた謁見の間に赴きアルバシェルは案内された上座に着く。
通常は大殿司が着座し対応するが、更に上位の自分が居るため対応させられている。
横に控える大殿司が楽しそうに横目で見てくる。
目の前にヴェステの貴族と思われる男が儀礼的挨拶を述べた後、畏まり訴える。

「今回、我が国に戻るに当たり、頼まれた花嫁とその守護者を連れ帰る予定なのですが…その結婚を厭い逃げようとしているようなのです。意に沿わぬとは申せども決定事項であり、連れ帰らねば外交問題にもなりかねません。ですので見つけたら速やかにお引き渡しの程、宜しくお願い致します」

何やら聞いてると腹が立つ内容であるとアルバシェルは思った。フレイに関係しているかもと思うせいかもしれない。
その謁見終了後、大殿司がアルバシェルの耳元で呟く。

「アルバシェル様の森の家周辺で最近何日か連続で出没していた少女が同じような容姿であり、連れ立つ者の特徴も同じようだったと…。あと、今晩運び込まれた棺に付いていた者が襲撃者の中に祭主様のお髪に近い色合いを見かけた…等と話す者が居りましたが…」

分かっていて告げてくる。

「…王や、時の巫女が憂慮されます様なことはお慎み下さい…」

そして釘を刺して来た。

アルバシェルは王宮に吹く風が息苦しくて近付かなかったのに、此処に居ると同じような空気で現実に引き戻される…。
だからこそ、この場所からアルバシェルは逃げたかった。
それなのに、否応なしに身体の中の魔石とその事情によって自身の使命が尽きる日まで縛られるのだろう。
塔持ちでも無いのに結局この宿命のようなモノからは逃げられない。

『この厭わしき運命の中に差し込む光を抱き守りたい…』

部屋に残してきたフレイが心配になり足早に戻る。
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