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第二章 サルトゥス王国編

5.流され定まらぬ状況

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朝はすっかりフレイのおかげでグダグダになってしまった。

小屋で待っていてくれたアリアが、ニュールが用意しかけていた朝食を適当に工夫して昼食に仕立ててくれていた。
ニュールはその支度を手伝いながら、少し離れた場所に腰かけて手当てされている男をちらりと見る。クリールの世話をした後のフレイが、そちらも甲斐甲斐しく手当てしてやっている。
一応、フレイのためにクリールを助けるのを手伝ってくれたし、そのせいで怪我までしてしまった奴をそのまま返すわけにもいかない。

それに、フレイが師事したいとまで言う魔石の扱いと知識…尚更、話を聞かねばならない…とは思う。

だが何だか知らないけど腹の底からムカムカするニュールだった。
横で見ていたアリアがニュールに声を掛けた。

「父さん、娘が連れてくる初めてのボーイフレンドかい?あんまり焼きもち焼くと娘に嫌われるよ!」

「?!?!」

どうやらニュールはそんな感じの顔をしていたらしい。

「ククッ、親父に婿を始めて連れてった時と同じ顔してるんだよ…」

笑いを圧し殺すようにアリアが話した。


昼食の用意が調ったので皆で食卓を囲む。

「街外れの小屋に以前から住んでるアルバシェルさんだよね。アタシは街中で魔石を扱ってるアリアだよ」

アリアはその男のことを知っていたらしい。

アリアの話によるとアルバシェルも魔石を商売として扱っているが、質が良い物を扱っていると言うことで街で有名になっているそうだ。
だが、本人に会うことは希だし常にフードを目深に被った慇懃無礼な長身の男…としか認識されていなかった。
深い緑の髪だけが目にできる本人の証であり、年齢不詳で老人とも青年とも言われていた。
しかも、その噂は30年前から存在していたようだ。

「実物が拝めるとは、コイツらと共にいて幸運だったよ」

街でも謎の人物に出会えてアリアは満足げだった。

皆、お互い軽く名乗り挨拶する。だが子細については進んで語らなかったし、双方共に必要以上に突っ込んで聞くことも無かった。
アルバシェルが自ら話したことでは、ドリズルの外れにある森近くの小屋に住み、石拾いもするが、拾った魔石の加工を行う工房を持っていると言う。先代から引き継いだそうだ。

それにしても、何だかヤッパリ腹立つ顔立ちをしているとニュールは思うのだった。

20歳そこそこと言った健康そうな男。肩より少し長い深緑の色含むサラサラの髪と空色の瞳を持つ爽やかな上に精悍さも合わせ持つ甘い顔立ち。大賢者様の繊細で荘厳な美とは対局にあるが優劣付け難い美しさを持っている。
明らかに良い奴そうな点では大賢者様は絶対勝てなさそうだが、ニュールはその男も瞳に闇を宿していることに気付いた。

どっちにしても絶対コイツに弟子入りさせたらオレが大賢者様から吊るされる…。

「残念だよニュール」

とか言われて、意識を残したままみじん切りとかにされそう。

密かに命の危機を感じるニュールであった。


素性については詳細は聞かなかったが魔石については詳しく聞いてみた。
…と言うかフレイが食いついて離さない。

「天輝は毎回降りるのが解る?」

「天輝が降りる予想を外したことはない?」

「天輝が降りた後の魔石の状態は?」

「普通の貴石などにも降ろしてみた?」

「降りる場所は毎回同じ?」

「降りるときの条件は…」

「…………」

その青年の回答が無言になってしまった。

フレイの途切れない質問攻撃は流石にその好青年な顔に憂いを導き…困らせた。
そしてフレイは望む言葉を引き出す事に成功した。

「…今全てに答えることは難しそうだ、覚えてないことも多い。工房には文献もあるし、もし街に滞在するようなら良かったら工房に来ると良い」

アルバシェルを根負けさせたフレイリアルの勝利であった。



そろそろ、この街近郊に滞在してから4日目になる。大賢者リーシェライル様の指示する3~5日を過ぎてしまう。
大賢者様曰く、5日なら間者等が各地から情報を得るだけだが、7日有れば対応策を講じられる。10日有れば捕縛される。

「だけど影が動いている今、3日目で情報を得、5日目で対策を講じ、7日目で捕縛…分かるでしょ?」

影の行動則と寸分違わぬ。何でこんなに影の詳細についてまで情報を持っているかの理由を既に聞いてはいるがニュールは未だに大賢者様を恐ろしく感じる。

だが、そんな指示は一緒に聞いてても聞いてないフレイ。
今日も街外れの森の小屋にせっせと通いその男を口説き落とそうとしている…勿論、師匠として。

結局この街にいる間はアリアの家にお世話になることになった。

ニュールの花婿修行…と言う訳では決してない。
お客様として堅苦しく過ごすより、期待されている家事労働力を生かしてキッチリ恩は返しておくべき…とテキパキとニュールは熟す。
その間、少し暇が出来るフレイが向かったのはアルバシェルの所だった。

一応、訪れるための許可はもらっていたが翌日から通い詰められるとは思っていなかっただろう。

ニュールはアリアの家に滞在した3日目、丁度、手が空いたのでフレイを迎えに行った。
朝から晩まで毎日通い、迷惑になっていることは想像に易かったのでお詫びの手土産を持って訪れた。

その小屋には世話人兼同居人の子供がいた。

最初に小屋から出てきて対応したのが、その儚げな美少女のような美少年タリクだった。
フレイと同い年で女の子と見紛う男の子がいる…と言う話は聞いていた。だけど初めて会った時の姿は、可憐で儚げな美少女にしか見えなかった。

そして、その者は丁寧で辛辣な者だった。

ニュールが扉を叩くと隙間から現れたその顔は、のっけから虫をみるような目で蔑むように此方を見下していた。

「辺境の末端王族ごときがする視察などに、何の意味があるのか甚だ疑問です」

「私の主人の貴重な時間をいつあなた達に与えることを許したのか…」

「ここは高貴な方が御座す場所。下賤の者が立ち入る様な場所ではありません」

…と言うようなことを扉の隙間からズット刺々しく言い放つ。しかし、主人であるアルバシェルが快く招き入れるとブツブツ言いながらも良質な持て成しを提供してくれる。

優秀な従者といった対応であり、その主であるアルバシェルが身分高き者の隠棲であろうと検討がつきすぎる状態だった。
そして事前に聞いた話の通り、良質な文献や魔石が工房には置いてあった。そのためフレイが毎日押しかける結果となったようだ。
アルバシェルが加工したり実験しているであろう無造作に置いてある魔石や資料は、ニュールでさえも興味を引いた。
ニュールは何の気なしにアルバシェルに尋ねた。

「ここにはどれぐらい…」

「30年…っあぁ、前任者がこの小屋を使っていた期間を合わせてそんなものだと思う」

明らかな引っ掛かりが他意のないモノなのか誘導なのか図りかねる。
しかし、お互いのために軽く表面で流しフレイが通い詰めてしまったことへのお詫びや、ニュールも興味深い魔石に付いての質問などをして1つ時程過ごし暇を告げようとした。

その時、小屋の外1キメル程のところに明らかな殺意を持つものの集団がやって来た気配を察知する。
ニュールは自分たちへの間者かと思い一瞬警戒するが、アルバシェルも動き出しニュール達に説明する。

「スミマセン。少し招かれざるお客様がいらっしゃった様ですので少し対応させて頂く…」

アルバシェルの視線を受けタリクが簡易陣を床に広げ魔石をのせ構成していく。

出来上がった陣に魔力を通すと家の外に予め配置してあるだろう補助の陣に魔力が広がり家をまるごと包み込むような陣を築き上げた。

その瞬間、起動した陣によると思われる魔力で、外にあった安い感じの殺気をきれいサッパリ消し去った。

多分飛ばされたのであろうとニュールは推測した。
転移は指定した場所と 回路パスを繋がなければ然して魔力を消費せずどこへなりと飛ばせる。
ただ本当にどこへ飛ぶのかは不明だし、体が丸ごと飛ぶか、バラされるかも解らない代物だ。

『この簡易陣と繋がってそうな回路の痕跡は見えない…と言うことはどこに行き着いたかも解らない』

この好青年な空色の優しげな瞳のなかに巣食う闇が、大賢者様のそれと近しい事をニュールは悟った。

『近づけてはいけない対象…』

ニュールは心の中でその男の分類をそちらに移した。


招かれざるお客様達がお帰りになった様だったのでニュール達も今度こそお暇することにした。
不満顔のフレイを引きずって世話になってるアリアの家に戻る。
その帰り道、ニュールはフレイに真剣に話す。

「そろそろ初日を入れて期限ギリギリだぞ。一般の人間に迷惑を掛けないためにも…」

「わかってる!…ただ少し楽しかっただけだから…」

フレイが珍しくニュールの言葉を大きめの声で遮り止める。名残惜しさを隠すための強気…。

「また帰り道だって立ち寄れるから…」

フードの上からポフンと頭に手を乗せると、フレイが色々な思いを我慢した緊張感で固くなっている状態が少し和らぐのを感じた。

「ニュール…私は普通に暮らしていくことって出来ないのかな…」

いきなり答えにくい質問が飛んできた。

「どれが普通かは人それぞれだからな…オレもとっととエリミアから出て山奥に引っ込んどきゃ良かったかな…」

「ごめんなさい…」

久々のフレイの謝罪を聞いてしまった。

「今来ている道はオレが結局自分で選んだ道だから気にするな。逃げたきゃいつでも逃げられる!」

力強く断言し、もう一度フレイの頭にさっきより力強くボフッと手を置いてワシワシと撫でた。

しかし、逃げられない時も存在すると言うことをニュールは十分理解していた。



フレイ達が帰った後アルバシェルはタリクから報告を受け難しい顔をしていた。

「外の奴等はいつもの所から送りつけられた雑魚以下でした。少し来訪間隔が狭まっているようです」

アルバシェルはタリクの言葉に眉間のシワを深める。

「そろそろ一度、神殿に赴くべきか…」

「そうですね、少し煩いのが増えてますし、ボロと雑魚の素性も確認しておいた方が良いと思います」

フレイ達のことを持ち出すタリクにアルバシェルが少し驚く。

「あのボロ餓鬼も雑魚親父も両方あの陣や回路に驚かなかったし質問ひとつしてきませんでした…しかも、襲撃に一瞬警戒してました。襲撃を受け慣れていると思われます」

「…何者だと思う?」

アルバシェルの質問にタリクはいつものように分析して伝えた。

「敵では無いと思いますが味方でもない…現在は情報が少なすぎます。ただ、現状で判断するならば、厄介事を持ち込む疫病神…と言った所でしょうか?」

「そうだな…ふっ、面白くって…厄介だけど、つい私も受けて立ってしまっている…ふふっ」

「アルバシェル様はボロ餓鬼に甘すぎます」

「何か、あの娘と居ると気持ちが軽くなる…楽しい…と言うのかもしれない」

久々に本物の笑顔で笑うアルバシェルを見てタリクは心から願った。

『アルバシェル様に安らぎと幸多からんことを』

だが同時にフレイリアルに対する何だか分からない闘争心が燃え上がるのだった。
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