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第二章 サルトゥス王国編
1.巻き込まれ流され行く場所
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18層の転移陣から降り、更なる上を目指す。
魔力満ち溢れるそこからの階層は、訪れるモノを空間自身が選ぶ場所。
ある者にとって其の空間は清々しく…突き抜けるような魔力が全てを浄化する様に心地よく、天空へ飛び立つかの様な気分になる。
ある者にとっては灼熱の奈落の底で捕らえられ…魔力で焼かれ押し潰されるように重くのしかかり、全てをバラバラにされる様な苦痛を感じる。
最上階の青の間…天空の間は、その空間を快適に感じる者しか辿り着けない、辿り着けた者には至上の楽園と感じられるような場所。
心洗われる魔力が満ち溢れ、全てが受け入れられ癒やされる場だ。
その空間の主は、天上から舞い降りた煌めきの様な微笑みを浮かべ扉を開き待ち受けていた。
大賢者リーシェライルは、第六王女フレイリアルとその守護者ニュールを迎え入れた。
友好使節として向かうための話し合いを、情報を色々持つリーシェライルを交えて話すため青の間へ赴いたのだが、最初からフレイとニュールが準備内容で揉めていた。
フレイリアルは頑なに言い張る。
「絶対にあの子は連れていくの!」
「荒れ地でも無いのに鎧小駝鳥を連れてってどうするんだ!!」
フレイの隣に座っている大賢者リーシェライル様は、お綺麗な顔に極上の笑みを浮かべたまま眉一つ動かさずお茶を飲まれている。
見事に我関せず…を表している。
ニュールはフレイに不可である理由を一から説明する。
サルトゥスは樹海内での移動が多いため、基本人間だけで移動した方が万全である。動物は魔力当たりを起こしやすく魔物化しやすい。
そして樹海は魔力を多く含み留める土地だ。
だから樹海内の洞窟や鉱山、河原などでは多く魔石を採取できる。
水や食べ物にも魔力を留めるモノが多く、人間には問題なくとも樹海以外の動物がそこで過ごすと魔物化し、角持ち…遷化魔物となってしまうことが多々ある。
「もし、そいつが魔物化した時、お前は始末出来るのか?」
「……」
ニュールの問いにフレイリアルは答えられなかった。
魔物になるとそれまでもっていた理性と呼べるようなモノは消し飛ぶ…。
身近なモノであっても殺意の対象となってしまうのだ。
ニュールは少し遠い目をした後…自身の心の奥に持つ刺さった棘に触れたのか、苦虫を噛み潰したような表情になり悔恨の表情を浮かべる。だが、フレイの望みを真っ向から否定し決して意見を曲げなかった。
「魔物化は絶対させないよ! だから絶対に連れていく!!」
結局フレイも全く譲ることなくそう言い放つと、その清らかな空間から飛び出して行ってしまった。
それを見ていたリーシェライルが口を開く。
「フレイが連れて行きたがっている子を一緒に連れていってくれないかい?」
ニュールは、それまで鎧小駝鳥のことに関しては何一つ関与せず黙っていたリーシェライルが…物申した事で一瞬考えた。
『まるでお袋に叱られて揉めた子供が飛び出し、それを見ていた親父が見かねて口を出して来るような…それってオレ、お袋的な立場? 既に親父…男でも無くなってるんじゃないか?!』
的はずれな所に驚愕しつつ、ニュールは少し顔をしかめてリーシェライルに答えた。
「樹海がどんな場所か資料や文献で良くご存じでしょ? 実際に行っても自身の身にさえ危険が及ぶような場所です。動物の世話をするのは厳しいですし、況してや魔物化したものを処分せず対応するとなると…」
「もしもの場合は殺っちゃって良いよ」
最後の言葉に被せながら事も無げに言うリーシェライルをニュールはまじまじと見た。
相変わらず最上級の微笑みを浮かべて美しい佇まいのままだ。
だがその瞳に冷ややかな光湛える者は、恐ろしい年月を過ごした老獪で非情な大賢者様だった。
「しょうがないよ。自分で希望した事だし、責任を持つって大事なことだよ」
リーシェライルは簡単に切り捨てる言葉を出す。
一瞬、リーシェライルのフレイリアルへの立ち位置がニュールの中で揺らぐ。
「あの鎧小駝鳥は、半端者で鎧が形成されて無いんだ。だから此処に置いていっても、フレイが管理しなくなれば…どっちにしろ処分される確率が高いんだ。フレイの立場ってそんな感じだし、僕もこの場所からだけじゃあ其処まで管理できないしね…」
少し寂しそうな表情で今現在の状態を話した。
そしてリーシェライルは再度告げた。
「だから、もしも…の場合はフレイなり君なりで処分してね」
リーシェライルが口の端に軽く笑みを浮かべながら告げる…言葉の冷酷さが、ニュールの背中を粟立てる。
「責任と決断って大切だから…それが学習できるならば、良い教材になった…と鎧小駝鳥だって何が起きても本望でしょ? フレイにも其処らへんを学んでもらわないと…君もそう思うでしょ?」
ニコリと笑みを深めるリーシェライルは強者魔物が雑魚魔物を踏みつけている時見せるような憐憫と侮蔑とが混ざったような雰囲気をもっていた。
その表情を向ける先が何処なのか読みきれなくてニュールは困惑するのだった。
二人と一匹のサルトゥス王国へ向けての旅立ちは決行された。
エリミア国内の騒動を終息させるための配慮を要請し、7か国中6か国からは留学ではなく使節の派遣だけでも良いと了承を得た。
期限もかなり緩くしてもらい、1の年後までに友好国の主要都市に赴けば良い…と言う形に落ち着いた。
だが、その甘々な条件なのに一抹の不安を感じるのは何故だろう…とニュールは考える。
そして明らかな原因が、目の前の場所でぐるぐると止まっては進み…また戻る…と言った行動をひたすら繰り返していることは…百も承知していた。
『コイツがこの場所から動かないから不安になるんだ!』
エリミアのサルトゥス方面の境界門を出て、すぐ側にある樹海に一歩踏み入れてから…かれこれ半日。
今日の出発を取り止めた方が良いのではと言うぐらい同じ場所にいる。
そしてフレイと共に連れてくることになった鎧小駝鳥も落ち着き無くその周辺をうろつく。
その状況を目にする場所にいる門兵も最初はピシッと見送ってくれていたが、四半時もするうちに素に戻り此方を眼中にないものとして寛ぎ始めた。
「なぁ、フレイさん。そろそろ進もうかと思うんだが…」
「うん、そうだね」
返事はするが聞いてない。
思わず額に手をやり項垂れてしまう。
ふとニュールは思う。
『この我が道を行く子供に色々教えていた大賢者様はとてつもなく出来た人物だったのでは無いか…』
だが、フレイ曰く大賢者様は逃げていた様だった。
「リーシェは嫌になるとレイナルに交代してたよ」
にっこり笑って答えるフレイ。
だがニュールはどうしても言いたくなる。
『お前が呆れさせてたんだよ!!』
ただ頑張って心の声で留めた。
「子育ては大変…親が教えてないからできないんじゃない! 教えたってなーんも言うこと聞かない子も居るんだぞ、親を責めるな~」
…と叫んでいたエイスでの隣人、飲み屋で友人となったジェイダの心情を改めて理解するニュールであった。
だが声を大にして叫びたいいつものボヤキ。
『オレはまだ結婚してないし相手になるような姉ちゃんとは出会ってねーんだー!』
虚しい心の叫びがニューモの頭の中にコダマするのであった。
夕暮れる前には何とか境界門付近から脱出できたが、結局進む予定の四分の一も進まなかった。完全に暮れる前に野宿の準備をしたかったがそれも進まない。
鎧小駝鳥は荷物を運ぶのには役立っているが落ち着きのなさは主人並み。
人懐こさも主人並みなのか物怖じせず突っ込んでくる。
鎧が出来上がらなかった半端者だけあって羽の部分はふわふわしていてさわり心地が良いし温かい。
そんなことを思って鎧小駝鳥に触れていると、フレイがにへらっと怪しい笑顔で自分が任された仕事を放っぽって近づいてくる。
「だから言ったでしょ~クリールは最高なんだよ」
えっへん鼻高々状態のフレイだった。
「なら大切にしてやれ」
ぽふっと、クリールとフレイの頭に順番に手を置いてからニュールは作業を続ける。
魔力が多く存在するような変な場所や食べ物にも当たらず、コイツを処分しなければならない日が来ないことを願うばかりだ…とニュールは思った。
作業が進まないのには訳がある。
休む場所や食事の準備全てに質問をしてくるお邪魔虫の悪餓鬼が此処にいる。
自分が任された手伝いが終わってしまうとニュールに纏わり付いて質問を浴びせてきた。
今まで体験したことの無いもの、触ったり見たことのないもの…フレイにとっては全てが新鮮だった。
だがニュールはお達しを出した。
「説明はしてやるが、質問は無しだ。全てお前が気になる方向に進んでたら、準備が進まない。口に手で蓋をしとけ…」
言われた通りフレイは口に両手を当てて黙った。
質問は無しになってしまったがニュールの説明を聞いているだけでフレイは楽しかった。
本では見知っていたが実際にやったことの無い魔石での火の付け方や暖の取り方、生活するために使う魔石の話は現実世界にある夢の中へと誘った。フレイにとっては人々の生活こそ手に入れられない貴重なお伽噺の世界の様だった。
支度は粗方整ったので外に張った魔法陣の内側に、同じようにもう1つ魔石を使って陣を展開し外と内で連携させ強固な守りに変えておく。
「魔法陣は魔石の魔力を引出し安定して利用したり、強い力が必要な時に使うんだよね」
暫く禁止事項を守っていたが、時間と共に忘れてしまったのかフレイが質問してきた。
質問禁止令を出しては居たが、今日やるべき休むための準備はほぼ完了したので、大賢者様との学習が何処まで取り組んでいたのかを確認するために質問に答えることにした。
「その通りだ。陣がどんなものかは説明を受けているか?」
「うん。リーシェに聞いたよ」
「じゃあ、実地でその知識が使えるか復習も兼ねて説明しろ」
ニュールがフレイから魔石以外で学習した事について聞くのは初めてになる。大賢者仕込みの魔力や陣の説明や訓練はニュールも興味が有った。
まずは魔石や人が持つ属性と魔力について。
魔力のもたらす働きとは、無いモノに働きかけるのでは無く、有るモノに働きかけ動かすと言うこと。
それぞれ得手不得手の属性は存在する。だが基本は、魔力を導き出し魔力で働きかけ循環させる事で色々な力を産み出している事。
魔石は魔力を溜め込むが、魔力の扱いが巧みでないと魔力を多く溜め込んだものほど扱いが難しい事。
生活魔石では強力な魔力を導くのが難しい事など。
そして魔法陣について。
魔法陣は魔石の結晶構造を利用している。それを陣として表出させることで効率的な魔力の利用が出来るようになるので、大きな魔力を使ったり色々出来るようになる。
一般に転移陣は各国で多用されているが良質な魔石の魔力を必要とし、その都度消費するため長距離で大型のものを移動できる大規模なものはエリミアでは用意できていない事。
賢者の塔の階層移動用の陣は塔の魔力循環の流れの中にあるので、その範疇に入らない事等。
フレイの説明は基本の知識はしっかり入っているようだったし、陣に関しては通常以上の知識が入っているし、ニュールでさえも知らないことが多かった。
「魔法陣は魔石の力の引出し方に関わるから勉強したんだ! 他は本で色々見せてもらったり、魔石なしで魔力を扱う訓練はしたよ。だけど、生活魔石も高級魔石も集めてはいたけど実際には使ったことが無いかも…」
魔石なしで体内魔石からの魔力を扱うのは上級者。高級魔石を扱える賢者相当の実力が無いと難しい。
フレイが教えを受けた知識も実技も一部一般賢者相当以上の内容であるが、一般魔石や生活面での知識はからっきしのようだった。
均衡が取れていない歪な状態だ。
初めから生活については念頭に入れてない様な閉じ込められた状態。
王族ならではの事かもしれないが、個人で先々まで生きていくことを最初から想定してない。
与えられている情報の方向性に何らかの偏りを感じ、作為を感じ取れた。
そして、フレイの現状とその作為を与えた何者かに苛立ちを覚えるニュールだった。
魔力満ち溢れるそこからの階層は、訪れるモノを空間自身が選ぶ場所。
ある者にとって其の空間は清々しく…突き抜けるような魔力が全てを浄化する様に心地よく、天空へ飛び立つかの様な気分になる。
ある者にとっては灼熱の奈落の底で捕らえられ…魔力で焼かれ押し潰されるように重くのしかかり、全てをバラバラにされる様な苦痛を感じる。
最上階の青の間…天空の間は、その空間を快適に感じる者しか辿り着けない、辿り着けた者には至上の楽園と感じられるような場所。
心洗われる魔力が満ち溢れ、全てが受け入れられ癒やされる場だ。
その空間の主は、天上から舞い降りた煌めきの様な微笑みを浮かべ扉を開き待ち受けていた。
大賢者リーシェライルは、第六王女フレイリアルとその守護者ニュールを迎え入れた。
友好使節として向かうための話し合いを、情報を色々持つリーシェライルを交えて話すため青の間へ赴いたのだが、最初からフレイとニュールが準備内容で揉めていた。
フレイリアルは頑なに言い張る。
「絶対にあの子は連れていくの!」
「荒れ地でも無いのに鎧小駝鳥を連れてってどうするんだ!!」
フレイの隣に座っている大賢者リーシェライル様は、お綺麗な顔に極上の笑みを浮かべたまま眉一つ動かさずお茶を飲まれている。
見事に我関せず…を表している。
ニュールはフレイに不可である理由を一から説明する。
サルトゥスは樹海内での移動が多いため、基本人間だけで移動した方が万全である。動物は魔力当たりを起こしやすく魔物化しやすい。
そして樹海は魔力を多く含み留める土地だ。
だから樹海内の洞窟や鉱山、河原などでは多く魔石を採取できる。
水や食べ物にも魔力を留めるモノが多く、人間には問題なくとも樹海以外の動物がそこで過ごすと魔物化し、角持ち…遷化魔物となってしまうことが多々ある。
「もし、そいつが魔物化した時、お前は始末出来るのか?」
「……」
ニュールの問いにフレイリアルは答えられなかった。
魔物になるとそれまでもっていた理性と呼べるようなモノは消し飛ぶ…。
身近なモノであっても殺意の対象となってしまうのだ。
ニュールは少し遠い目をした後…自身の心の奥に持つ刺さった棘に触れたのか、苦虫を噛み潰したような表情になり悔恨の表情を浮かべる。だが、フレイの望みを真っ向から否定し決して意見を曲げなかった。
「魔物化は絶対させないよ! だから絶対に連れていく!!」
結局フレイも全く譲ることなくそう言い放つと、その清らかな空間から飛び出して行ってしまった。
それを見ていたリーシェライルが口を開く。
「フレイが連れて行きたがっている子を一緒に連れていってくれないかい?」
ニュールは、それまで鎧小駝鳥のことに関しては何一つ関与せず黙っていたリーシェライルが…物申した事で一瞬考えた。
『まるでお袋に叱られて揉めた子供が飛び出し、それを見ていた親父が見かねて口を出して来るような…それってオレ、お袋的な立場? 既に親父…男でも無くなってるんじゃないか?!』
的はずれな所に驚愕しつつ、ニュールは少し顔をしかめてリーシェライルに答えた。
「樹海がどんな場所か資料や文献で良くご存じでしょ? 実際に行っても自身の身にさえ危険が及ぶような場所です。動物の世話をするのは厳しいですし、況してや魔物化したものを処分せず対応するとなると…」
「もしもの場合は殺っちゃって良いよ」
最後の言葉に被せながら事も無げに言うリーシェライルをニュールはまじまじと見た。
相変わらず最上級の微笑みを浮かべて美しい佇まいのままだ。
だがその瞳に冷ややかな光湛える者は、恐ろしい年月を過ごした老獪で非情な大賢者様だった。
「しょうがないよ。自分で希望した事だし、責任を持つって大事なことだよ」
リーシェライルは簡単に切り捨てる言葉を出す。
一瞬、リーシェライルのフレイリアルへの立ち位置がニュールの中で揺らぐ。
「あの鎧小駝鳥は、半端者で鎧が形成されて無いんだ。だから此処に置いていっても、フレイが管理しなくなれば…どっちにしろ処分される確率が高いんだ。フレイの立場ってそんな感じだし、僕もこの場所からだけじゃあ其処まで管理できないしね…」
少し寂しそうな表情で今現在の状態を話した。
そしてリーシェライルは再度告げた。
「だから、もしも…の場合はフレイなり君なりで処分してね」
リーシェライルが口の端に軽く笑みを浮かべながら告げる…言葉の冷酷さが、ニュールの背中を粟立てる。
「責任と決断って大切だから…それが学習できるならば、良い教材になった…と鎧小駝鳥だって何が起きても本望でしょ? フレイにも其処らへんを学んでもらわないと…君もそう思うでしょ?」
ニコリと笑みを深めるリーシェライルは強者魔物が雑魚魔物を踏みつけている時見せるような憐憫と侮蔑とが混ざったような雰囲気をもっていた。
その表情を向ける先が何処なのか読みきれなくてニュールは困惑するのだった。
二人と一匹のサルトゥス王国へ向けての旅立ちは決行された。
エリミア国内の騒動を終息させるための配慮を要請し、7か国中6か国からは留学ではなく使節の派遣だけでも良いと了承を得た。
期限もかなり緩くしてもらい、1の年後までに友好国の主要都市に赴けば良い…と言う形に落ち着いた。
だが、その甘々な条件なのに一抹の不安を感じるのは何故だろう…とニュールは考える。
そして明らかな原因が、目の前の場所でぐるぐると止まっては進み…また戻る…と言った行動をひたすら繰り返していることは…百も承知していた。
『コイツがこの場所から動かないから不安になるんだ!』
エリミアのサルトゥス方面の境界門を出て、すぐ側にある樹海に一歩踏み入れてから…かれこれ半日。
今日の出発を取り止めた方が良いのではと言うぐらい同じ場所にいる。
そしてフレイと共に連れてくることになった鎧小駝鳥も落ち着き無くその周辺をうろつく。
その状況を目にする場所にいる門兵も最初はピシッと見送ってくれていたが、四半時もするうちに素に戻り此方を眼中にないものとして寛ぎ始めた。
「なぁ、フレイさん。そろそろ進もうかと思うんだが…」
「うん、そうだね」
返事はするが聞いてない。
思わず額に手をやり項垂れてしまう。
ふとニュールは思う。
『この我が道を行く子供に色々教えていた大賢者様はとてつもなく出来た人物だったのでは無いか…』
だが、フレイ曰く大賢者様は逃げていた様だった。
「リーシェは嫌になるとレイナルに交代してたよ」
にっこり笑って答えるフレイ。
だがニュールはどうしても言いたくなる。
『お前が呆れさせてたんだよ!!』
ただ頑張って心の声で留めた。
「子育ては大変…親が教えてないからできないんじゃない! 教えたってなーんも言うこと聞かない子も居るんだぞ、親を責めるな~」
…と叫んでいたエイスでの隣人、飲み屋で友人となったジェイダの心情を改めて理解するニュールであった。
だが声を大にして叫びたいいつものボヤキ。
『オレはまだ結婚してないし相手になるような姉ちゃんとは出会ってねーんだー!』
虚しい心の叫びがニューモの頭の中にコダマするのであった。
夕暮れる前には何とか境界門付近から脱出できたが、結局進む予定の四分の一も進まなかった。完全に暮れる前に野宿の準備をしたかったがそれも進まない。
鎧小駝鳥は荷物を運ぶのには役立っているが落ち着きのなさは主人並み。
人懐こさも主人並みなのか物怖じせず突っ込んでくる。
鎧が出来上がらなかった半端者だけあって羽の部分はふわふわしていてさわり心地が良いし温かい。
そんなことを思って鎧小駝鳥に触れていると、フレイがにへらっと怪しい笑顔で自分が任された仕事を放っぽって近づいてくる。
「だから言ったでしょ~クリールは最高なんだよ」
えっへん鼻高々状態のフレイだった。
「なら大切にしてやれ」
ぽふっと、クリールとフレイの頭に順番に手を置いてからニュールは作業を続ける。
魔力が多く存在するような変な場所や食べ物にも当たらず、コイツを処分しなければならない日が来ないことを願うばかりだ…とニュールは思った。
作業が進まないのには訳がある。
休む場所や食事の準備全てに質問をしてくるお邪魔虫の悪餓鬼が此処にいる。
自分が任された手伝いが終わってしまうとニュールに纏わり付いて質問を浴びせてきた。
今まで体験したことの無いもの、触ったり見たことのないもの…フレイにとっては全てが新鮮だった。
だがニュールはお達しを出した。
「説明はしてやるが、質問は無しだ。全てお前が気になる方向に進んでたら、準備が進まない。口に手で蓋をしとけ…」
言われた通りフレイは口に両手を当てて黙った。
質問は無しになってしまったがニュールの説明を聞いているだけでフレイは楽しかった。
本では見知っていたが実際にやったことの無い魔石での火の付け方や暖の取り方、生活するために使う魔石の話は現実世界にある夢の中へと誘った。フレイにとっては人々の生活こそ手に入れられない貴重なお伽噺の世界の様だった。
支度は粗方整ったので外に張った魔法陣の内側に、同じようにもう1つ魔石を使って陣を展開し外と内で連携させ強固な守りに変えておく。
「魔法陣は魔石の魔力を引出し安定して利用したり、強い力が必要な時に使うんだよね」
暫く禁止事項を守っていたが、時間と共に忘れてしまったのかフレイが質問してきた。
質問禁止令を出しては居たが、今日やるべき休むための準備はほぼ完了したので、大賢者様との学習が何処まで取り組んでいたのかを確認するために質問に答えることにした。
「その通りだ。陣がどんなものかは説明を受けているか?」
「うん。リーシェに聞いたよ」
「じゃあ、実地でその知識が使えるか復習も兼ねて説明しろ」
ニュールがフレイから魔石以外で学習した事について聞くのは初めてになる。大賢者仕込みの魔力や陣の説明や訓練はニュールも興味が有った。
まずは魔石や人が持つ属性と魔力について。
魔力のもたらす働きとは、無いモノに働きかけるのでは無く、有るモノに働きかけ動かすと言うこと。
それぞれ得手不得手の属性は存在する。だが基本は、魔力を導き出し魔力で働きかけ循環させる事で色々な力を産み出している事。
魔石は魔力を溜め込むが、魔力の扱いが巧みでないと魔力を多く溜め込んだものほど扱いが難しい事。
生活魔石では強力な魔力を導くのが難しい事など。
そして魔法陣について。
魔法陣は魔石の結晶構造を利用している。それを陣として表出させることで効率的な魔力の利用が出来るようになるので、大きな魔力を使ったり色々出来るようになる。
一般に転移陣は各国で多用されているが良質な魔石の魔力を必要とし、その都度消費するため長距離で大型のものを移動できる大規模なものはエリミアでは用意できていない事。
賢者の塔の階層移動用の陣は塔の魔力循環の流れの中にあるので、その範疇に入らない事等。
フレイの説明は基本の知識はしっかり入っているようだったし、陣に関しては通常以上の知識が入っているし、ニュールでさえも知らないことが多かった。
「魔法陣は魔石の力の引出し方に関わるから勉強したんだ! 他は本で色々見せてもらったり、魔石なしで魔力を扱う訓練はしたよ。だけど、生活魔石も高級魔石も集めてはいたけど実際には使ったことが無いかも…」
魔石なしで体内魔石からの魔力を扱うのは上級者。高級魔石を扱える賢者相当の実力が無いと難しい。
フレイが教えを受けた知識も実技も一部一般賢者相当以上の内容であるが、一般魔石や生活面での知識はからっきしのようだった。
均衡が取れていない歪な状態だ。
初めから生活については念頭に入れてない様な閉じ込められた状態。
王族ならではの事かもしれないが、個人で先々まで生きていくことを最初から想定してない。
与えられている情報の方向性に何らかの偏りを感じ、作為を感じ取れた。
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