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第一章 エリミア辺境王国編

30.巻き込まれ動き出す

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ニュールは力の入らないリーシェライルをフレイに支えさせ、二人まとめて抱えると魔力を足にまとわせ大きく跳躍する。

『少し負荷はかかるが背に腹は代えられない。大賢者様の状態も一刻を争うだろうし、あっちの状況も気になる。それにこちらへ来る追手…』

跳躍する前に確認したソイツは、しっかりとニュールを認識し階段を使ってジワジワと逃さんぞと言わんばかりに近づいてくる。

『…ったくオレ、いつからコンナ人気者になった? 追い掛けられるなら蛇とか戦闘狂とか研究狂とかじゃなくて普通の姉ちゃん希望だよ…』

さりげなくお子様御嬢様を除外してないのは、満更でも無いのか未来に架けるのかは不明である。
吹き抜けになっている部分に辿り着く。

「オレがここにいると蛇を呼んじまうみたいだから行くが大丈夫か?」

「すぐそこだから大丈夫」

「無理はするな」

「ニュールもね!」

拙くも一生懸命にリーシェの背を支えるフレイ。
 "自分が支えるべき者がそこに居る" その実感を得て強くなっていた。
見守るニュールは何だかチョット寂しい気分になっていた。
それは父親気分の感傷の様だが、その理由に気づく事も無いだろう。
激しく何かが崩れる音がし、砂漠王蛇ミルロワサーペントが階下までもう到達している気配が伝わってくる。
ニュールは再び素早く地上階グラウンドフロアまで一気に異動した。

モモハルムア達の下へ戻ると苦戦していた…と言うか遊ばれているようだった。

蛇はニュールに付いて来るであろう…と予想していたので、兵の中に紛れている状態の《14》ならモモハルムア達でも短時間なら凌げると思っていた。
確かに予想通りではあった。
だが、その戦いは彼女達の苦戦を楽しみなぶるような攻撃がなされてた。

「おやっ、お帰りなさい。先輩の予想通りに耐えられるよう遊んどいてあげましたよ」

そこには兵から再び影に戻って活動する《14》がいた。
モモハルムアやフィーデスの消耗した姿を見てニュールは怒りを感じた。

「…スマンっ…」

モモハルムアは細かく傷つけられた痛みを我慢し、自分の能力の至らなさに心細くもなっていた。
しかし、現れたニュールの顔を見て一切の不安が消失した。溢れ出そうな涙が零れるのを耐えしのぎ、大輪の花の如く微笑む。

「これが貸しになるのなら、私にとっては御褒美ですわ」

ニュールはその頭を優しく撫で、自分の想定の甘さに歯噛みしながら《14》へ向かう。

「遊びは終わりにしようか…」

かつて自分が所属してしまっていた場所、そこに居た奴らの…いたぶり遊ぶようなやり方に激しく嫌悪を感じた。
ニュールは先程、《四》と戦った後に回収した物を懐から取り出す。
それは戦闘時、影が使う何種類もの魔石が装備されている手甲だった。おもむろに利き手に填める。勿論、《14》も使用している。

「そうですね、対等じゃないと面白くない」

「…」

無言でニュールは返すので、《14》が更に勝手に続ける。

「先輩が通った後は何も残らないって聞いてます。そんな気分にさせるためには、ヤッパリもっと思う存分殺っちゃった方が良かったですかね~」

そして、後ろに待避したモモハルムア達へ向けて今までと違う殺意ある攻撃を向ける。

「後ろに何かを抱えたまま本気を出すって難しいじゃないですか…いっそ無いほうがっ…っ痛!?」

「…その口塞げ」

その目から感情の消えたニュールが口数少なく警告すると同時に、《14》の頬を深く抉る様に切り裂く攻撃が入る。
何も気配の無いところから急に生まれたように通りすぎる攻撃。
殺気も気配も何もなく、そこに必然であったかにような状態が出来上がる攻撃。

『これがあの殲滅を行った《三》なんだ…』

《14》は目を輝かせニュールを見つめる。
ニュールはかつて《三》である頃、3つの都市を一人たりとも残さず壊滅…消滅させたとまで言われている。

『何も見ないようにした、何も聞かないようにした、そして何も語らないようにした…そうしてあの頃の自分は出来上がっていった…』

硬く閉じていたニュールの記憶の鍵がはまり、災厄の扉を開いてしまいそうな気配が立ち上る。
その危機を嫌な予感として感じたモモハルムアは止めるべく叫んだ。

「ニュール様!」

ニュールが顔を上げ一瞬止まり、眼の中に動揺の色が溢れる。

「ほんと邪魔だな! 折角、僕が憧れ、焦がれ、焦がれたあの姿が見られると思ったのにっ!!」

動きを止めてしまったニュールを見て《14》がため息をついた。
そして、モモハルムアに向け反射結界を利用し確実に殺るための魔力を背後に回し細く鋭く撃ち抜く。
ニュールは、今のモモハルムアの制止で取り乱していた。
ニュールの守りは一瞬遅れ、モモハルムアを庇ったフィーデスの足に攻撃が突き刺さった。

「お前など、御嬢様の騎士にできぬ…」

そう呟いた後、女騎士フィーデスは痛みの中で叫ぶ。

「守ると誓ったものは最後まで守り通せ!!」

暗い闇の中の邂逅より完全に引き戻されたニュールは呟く。

「すまなかったな…立派な相棒達に相応しくなれるよう頑張るよ…」

そして手に填めていた手甲をはずし足元に放った。

「勝っても負けてもオレはオレ。今のオレは此所にいるオレだけさ! まぁ、負けるつもりもないけどな」

ニュールは構えるが今度は《14》が戦意喪失となったようだ。

「つまらないですね、興が削がれました…。ちょっと美しくない状態にもなってきてるようですので、私は引き下がらせて頂きます」

皆で唖然とする。

「任務は程ほどです。自分が面白くないことやってても他人を面白がらせるだけです」

さっぱりと引き下がる。皆が絶句状態なのを良いことに勝手に喋る。

「その代わり、お片付け宜しくお願いします。後ちょっとした親切情報です。ここに連れてきたのは一匹ですけど、多分国内に8匹ぐらい引き入れてあると思います。壊れた境界壁付近に魔物寄せ的なものも撒いといたので後で確認してみてください。この情報と引き換えに記録は取らせて頂きますね~」

悪びれず満面の笑みで微笑むとスゥっと気配が霞み消えていく。消えた後にも一言いい添えて。

「もう一つオマケです。ニュールさん、新しい《一》~《三》は下衆な人達ですので気を付けて下さいね。僕以外に殺されないで下さいね!」

要らない愛だが、何だか愛を感じる。
そして、追いかけてきた砂漠王蛇も中央階段前で殿方を待つ淑女の様にニュールを待っていた。
何だかモテモテのニュールであった。



3層に連れてきて貰ったフレイは動けぬリーシェを引っ張りながら少しずつ転移の間へ移動していた。

ニュールに連れてきて貰った後、余りにも動きを感じられなくなった気がして心配になり、そっと床に寝た状態になってるリーシェを抱き締めた。

『暖かいし、息をしている』

それだけで涙が出るほど嬉しかった。
その後リーシェの負担が少なくなるよう優しく移動した。細身とは言え大人の男一人を移動させることは、子供のフレイにとって大変だった。大分時間が掛かってしまったが後少しで転移陣の上に至ると言う時、呼び止められた。

「フレイリアル様。こんな所にいらしたのですね…」

サランラキブが怖い笑顔で近づいてくる。

「来ないで…」

消えそうな声で呟く。

「貴女のお願いを聞いてあげるほどの仲じゃあないです」

冷たい笑顔で突き放し、言葉を続ける。

「貴女が私と一緒に来て下さるなら別ですが…一緒にヴェステへ行かれますか? 大賢者様はここに留まれれば助かるのでしょ? そうだ、婚姻をもって…と言うのが嫌なら、留学と言う形でも良いですよ。もともと今回決めなければいけない事の一つでしょ? あなたも、この地から解放されるし一石三鳥ですよ!!」

サランラキブの言葉巧みな甘い申し出は、フレイの心を絡め取りつつあった。

フラフラと立ち上がろうとするフレイの腕を横たわったままのリーシェライルが弱々しく掴む。

「フレイの…犠牲の上で…生き延び…るのは嫌だ…」

途切れ途切れ小さく呟くリーシェの言葉がフレイの心に刺さる。
そして、サランラキブの耳にも届く。

「良い申し出だと思ったのですが…大賢者様はご不満のようですね…」

そしてサランラキブは攻撃魔力を掌に導き出すと最終通告を行った。

「それなら大賢者様にはご退場いただきましょう」

サランラキブの巧みな魔力操作で練り上げられた魔力が、この近距離にいるリーシェのみを狙い、確実に致命傷を負わせるであろう未来がそこにあった。

フレイは恐怖から制御不能の魔力を導き出してしまった。
サランラキブはあらかじめ警戒し、結界を張ってあったので何の影響も無かった。

だが導き出された魔力は、リーシェが掴んでいたフレイの腕から操作され方向付けられた。その魔力は完璧な結界へ変貌しサランラキブの攻撃を弾いた。
更に、その膨大な魔力から物理結界壁までも構築されていた。

もはや転移陣近くの二人とサランラキブの間には、髪の毛一筋さえも通過出来る様な道は無くなっていた。

フレイはその状態のまま、先ほどあと一歩で届かなかった転移陣までズルズルとリーシェを伴って移動した。
そして、陣に乗り手を添え18層までの転移のための魔力を流した。

目指していた塔上層部への道が開かれた。
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