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第一章 エリミア辺境王国編

22.心の影に巻き込まれ

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フレイリアルは無事大賢者の所へ辿り着いたのだろうか…残ったもの達は繰り返される攻撃に疲弊していった。

加勢してくれた二人は十分な戦力ではあった。ただ、本職の者が持つ非道で過酷な道を歩んだ経験に対向することは、覚悟を持って当たったとしても普通の人間には難しい事だった。
予想外と言う、意外性の持つ勢いでフレイリアルの脱出は成功したのだ。
しかし、そこからは敵が元来の強みを生かし巻返し、ニュール達はじわじわと劣勢に転じて行く。

その時、高い場所の窓から炎色の光が差し込み、大分遅れて届く音と衝撃が王城を包む。

「フレイリアル様…」

モモハルムアが心配そうな面持ちで呟いた。

「コレはずいぶん離れた場所でのモノだ…」

モモハルムアを安心させるために呟くと、それに敵対者である《四》が答える。

「確かに距離はあるよね…でも安心できることじゃないっすよ」

面白がる様に残酷な笑みを浮かべ言葉を続ける。

「だってコレ、境界壁を破壊した衝撃波だから今頃その周辺は楽しいことになってるんじゃないっすかね~キヒッ!」

本気で楽しかったのか笑い声らしきものが漏れ聞こえた。

「それにこの先の賢者の塔への渡り廊下って、もう1人《14》ってショボイけど一応影の奴が居るから、流石に抜けられなかったんじゃないっすかねっ…あはははっ!!」

本気で腹を抱えて笑いだした。

悔しさに歯を食いしばるモモハルムアが、一歩前に出て攻撃魔力を敵へ向けようとした…煽りを受け怒りのままの攻撃。そうなる事を見込み済みの《四》は、あらかじめ魔石に留め置いた魔力入りの魔石を握っていた。
それを上空に投げあげ、一瞬でモモハルムア様を狙う。

攻撃前に反撃を受け、立ち尽くすモモハルムア様の前には知らぬ間にニュールが軽く手を広げ立っていた。

鋭い、針のごとく研ぎ澄まされた魔力は、モモハルムア様の額に当たる前にニュールが身体を張って方向を変えた。細く鋭い魔力がニュールの肩を穿つ。
肩に手をあて一瞬苦悶の表情を浮かべたが、すぐに通常の表情へと戻した。
モモハルムア様はニュールの肩からじんわりと流れていくモノを凝視し、その瞳に後悔の色を浮かべる。
咄嗟の感情に身を任せ危険性を見誤った…子供な自分がニュールを傷つけることになった原因だと。

ニュールは無理やり広角をあげニィっと笑顔を作り言う。

「すみません、ちょっとドジって魔力を展開する前に当たっちゃいました。まぁ見た目が痛そうなだけの傷なんで気にしないで下さい」

本当は肩付近を貫通していた。大事な器官のある場所でもないし、骨でも無い、治れば問題なく過ごせるであろうが派手に痛い。本当はかなり痛い。
痛いがカッコつけたいお年頃のニュールだったのだ。

「おぉっ! 当ったーヤッリー」

そいつは本気で喜んでいたが、それを堺に雰囲気がガラリと変わる。

「計画が進んでいるみたいなんで、そろそろお遊びは終わりにさせてもらうっす」

強力な魔力が練り上げられる。

「何も考えず、結界を強く自分達だけに張れ!!」

隊にいた頃のような半強制の口調でニュールが強く叫んだ。
二人はビクッとしたが言われたことに従ってくれた。

刹那、夥しい数の魔力が降り注ぐ。

先程のモモハルムアへの攻撃も、騙しも含めて30程を2人に向けて魔力を練り飛ばしてきていた。
細かく反射し防いだつもりだったが一射逃してしまい、直前に体で遮った。

今度は全力でニュールのみに降り注ぐ。100を越えるであろう魔力の軌跡が空で描かれる。

モモハルムア達が自分達で作った結界は二人寄り添うことで二重に施してあるのと同じになった。更に、結界同士も連携させ魔力を強化したモノになるよう工夫されていた。二人が自身の手で安全を得る努力をしてくれていると思うと、安心してニュールは自分の魔力を解放できた。

この魔力が身内をも傷つけ兼ねない事は経験上よく理解出来ていた。

この魔物魔石の力と繋がってしまっている自分を。


《ヴェステの影》
番号を振られたその者達は《30》まで存在する。番号が序列を表し、《一》から《五》までは特殊数が与えられる。主にヴェステ王国赤の軍で将軍直属精鋭部隊として働く者達。

ニュールが居た場所。

影が所属するのは、ヴェステ王国軍の仄暗い所を担う部所。
ソコにいるのは狂喜と殺意を玩具にして幼い頃から過ごしてきた様な奴らばかりだった。

ニュールは17の時、回路パスを開き繋げてしまったが、最初は研究対象とされ砦の特別棟で好き勝手をされていた。
何故かそこから移動となり、次に連れてこられたのがソコだった。
移動しただけで、結局、繋がってしまった鎖からは何も逃れられてはいない。
押し込まれたその場所で生きるしかなかった。

自分の起こしてしまった惨劇、得てしまった能力。もう自分が元居た場所に二度と戻れないことだけは十分に理解していた。

第一の故郷にも第二の故郷にも…。

「その歳からここに連れてこられちゃったって、何やらかしたんっすか?」

今《四》になったと言うコイツは、最初から陽気で悪びれず直接モノを言う餓鬼だった。

本来のニュールの4つぐらい下と言ったところだろうか。
最初に出会った頃は、まだ成人には達してないと思われた。その姿には幼さがあったが爬虫類的な何処を映しているか判らぬ金の瞳が常に獲物の隙を探しつけ狙う様だ。
残忍さが滲み出す雰囲気は、箍の外れた獰猛な魔獣そのものであった。

油断すれば仲間だろうが殺られる。

未だに変わってしまった自分の見た目にも、得てしまった力にも違和感しか無く戸惑うニュールだった。
実際にニュールが得たその力は、生き残る為にはどこまでも生き汚くあがく貪欲な魔獣から譲り受けたモノであるからだ。
結局は、その餓鬼の持つ魔物のような残忍さと同じでしかないとニュールは思う。

『こいつらと同じ場所に落ちたくない』

それでも最初、ニュールは必死にあがいた。

だが、彼らにも彼らなりの人間の情はあった。
残忍さを持つ者達なりの気遣いや仲間意識があり、結び付きに餓えていたニュールはそれを求め同列に並んでしまった。
そして人間と言う名の魔物になり下がり、百鬼夜行を繰り広げる。

非情な指令でも心動かされる事なく遂行出来たし、仮初めの仲間を手助けするために相手にとってはエゲツナイと思われるような作戦でも処理できた。
そして、心を自身で封じてしまったニュールは、月日と共に上って行き赤の将軍の五人の精鋭の中にソイツと共に入っていた。

「次の都市に潜伏する革命参加者に近しい者を討ち、二度とそんな気分にならないよう見せしめに惨殺しろ。本人達が良く判るように顔だけはしっかり残して曝せ」

赤の将軍は、戦の中では勇猛果敢であった。美しい薄茶の髪を靡かせ戦を導き、相対する物を総てなぎ倒していく麗しの女将軍。

将軍が血塗られた道を歩んでいることに間違いは無いし、相当な戦闘狂でもあった。ただ、その力を自国の民を守るために奮う事が多く比較的人道的な部類の上司と言えた。

影の《一》は軍属から此方へ赤の将軍の補佐を兼ねて来たようなもので、一応人間の常識を知る人だった
影の《ニ》は生粋の影育ちの奴であり、純粋に残忍な状況を自分で作って楽しむような獣だった。

今回の指令は正面からの戦いでは無い上、ある意味全く関係ないものの命を取り惨殺しろと言う久々の非人道的な納得し難い依頼だった。

「《一》《ニ》《三》で遂行せよ」

赤の将軍のからの直接依頼ではあったが将軍自身が歯噛みをしている。

「クソな依頼を受けねばならず申し訳ない…」

呼び出されていた3人は将軍の義憤を聞き流し、無言で御意を示し退出した。そして、そのまま依頼先へ向かう。

リアンの街。ヴェステ北部の街であり近隣諸国との交流も独自に行う栄えた街である。故に非道な行いをする貴族への批判は強く、自分達の力で立つ為に独立を視野に入れ始めていた。

このヴェステ王国は比較的新しい。かつて国民達の自治で納められていたヴェステ共和国に軍事クーデターが引き起こされ現在のヴェステ王国となった。
軍事主導の王国であり、その子孫が現王である。
国の成り立ち故、比較的過激な行動が多く力で解決することも多い。

それでも、中に住む人々は折り合いをつけ強かに生き延びてきた。

その街の者達も、強かで且つ有能であった。そのため無能な貴族との話合い…と言った無駄な時間を必要とはしなかった。積もり積もった普段からの軋轢は、小競り合いを多発させるぐらいに高まってきていたのだ。
能力は無いが地位はある諸悪の根源は、自分の有利になるように語る有能な舌は持っていたので王宮に申し出て軍の力を借りるに至った。

「…ったく面倒だな~」

目的地への道途中。一応、商人風な服装を着ては居るが全く似合ってない《一》が、本気で面倒くさそうに気だるげに言う。

「私はこんな楽しい機会をくれた方に感謝していますよ。今日は何人の方に出会えるか楽しみです」

本物の商人にしか見えない男は商人に見えない残忍そうな笑みを浮かべ、会った全ての人間を殺れる事に浮かれている。
ニュールは何も考えず任務を実行する予定である。

「さぁ、楽しい舞台の始まりです」

《二》が舌なめずりし、これがら自分たちが起こす惨劇を夢見て恍惚とした表情で興奮している。

『反吐が出る…』

心の中から昇ってくる叫びを押しつぶし表情なくニュールは《一》《二》に続いてそのまま無言で歩く。

目的地の酒場に到着した。
もうすぐ宵の時、時間的にも一番興が乗る時間帯。そこに居る人々は皆思い思いで楽しみ、大声で笑い、話し、朗らかに心から寛いでいる。そんな人々の笑顔が見られる活気のある場所だった。

それはニュールに悲しくも、楽しく…懐かし場所を思い起こさせた。

もめ事を避けるため都市の酒場は魔石の所持が制限される所が多い。ここも入り口で確認されてから席に案内される。
席に着いて飲み物を頼むと直ぐにエールが運ばれてきた。
給仕をするお姉さんが明るく声をかける。

「これでシケた気分を洗い流してね!」

そのお姉さんはウィンクしながら笑顔でドンッっとソレを置いていく。

ニュールは心が凍るのを感じた。

『早く終わらせたい……』

テーブルの上のエールに触れ無いようテーブルにダラリと手の平を上向きに置く。

「おやっ、君にしては今日はノリが良いね」

陰惨で寒気のする笑いを浮かべた《二》が楽しげにニュールに話しかけた。《一》は無言で眉間にしわを寄せているが無表情になっていた。次の瞬間、高められた強烈な攻撃魔力がニュールの体内魔石より導き出され掌から天井に向け打ち上げられた。

任務が実行される。
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