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第一章 エリミア辺境王国編

13.オッサンは子供の頃から巻き込まれ体質だったようです

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フレイを誤魔化すために魔石の説明をせねばなら無かった。ニュールは自分の中に取り込まれた魔物魔石の事を、偶々手に入れてた魔石と言うことにして経緯を話すことにした。

もう、20年近く昔になる。

ニュールが、まだ村で両親の仕事である猟師の仕事を家の中で手伝いながら暮らしていた6歳の頃。

狩りと言っても主な獲物は砂漠に現れる小型~中型の小動物。時々その小動物が魔物化したものや、小型の昆虫型魔物を狩って魔石を得たりしていた。
ニュールは近場の町で執り行われた石授けに参加したが、参加した他の子供と同じように石を授かる事は無かった。

「魔石なんか入っちまったら人生狂っちまうわ」

親父が良く酒を飲みながら言ってた言葉だ。
親父の兄貴は魔石を取り込んでしまい、4歳で兵隊に連れてかれ二度と村に帰って来なかったらしい。
年子で互いが遊び相手だった親父は、幼いながらも大切な兄を奪われた理不尽さをずっと忘れられなかったようだ。

「明日は狩りに出るぞ」

最近は魔石拾いをしていただけなので久しぶりだ。
お袋は親父の狩りの相棒もこなしていた。だけど、もうすぐ妹が生まれると言うような状態なので流石に一緒に行けない。
そのため、代わりにニュールが行くことになったのだ。見習いとしてお目見えするには少し早めだが、連れて行って貰える事になって幼いニュールはワクワクしていた。

予定の獲物は水袋甲虫マイヤル。小型昆虫魔物にしては結構大きめだが、動きは鈍く危険も少ない。
乾季にもうすぐ入るので、水を溜め込む性質のある本体も水の魔力を持つ魔石も需要があった。あと砂漠鼠ザントラシャが手に入れば上々と言った所だった。

初めての狩り参戦になるニュールが一緒なので、親父は比較的近場で危険のない獲物を狙うことにしたようだった。

「よく見ておけ。甲虫は後ろからだ」

親父はニュールに声をかけてから弓で正確にとらえ、甲虫が飛ぶ瞬間を狙う。後ろから的確に矢を当て仕留めていく。見習いの更に前座といった感じのニュールは、真剣にその姿と言葉を目と耳に焼き付ける。

『いつかオレも親父みたいに弓で一杯獲物を獲りたいな』

弓を引く親父の背中に憧れた。

ニュールの仕事は仕留めた獲物の回収係だった。
その場では水袋甲虫をそのまま袋に入れて回収する。
そして持ち帰った後、魔石と水袋を分離して回収する。今までも家で手伝って来た作業だ。
親父は、次に砂漠鼠を獲るつもりのようだ。集団で生活する砂漠鼠は岩の上に出たり引っ込んだりしている。じっと身を潜め、見え隠れする奴らを連射弓で狙うのだ。
親父は静かに弓を引き絞ったまま待ち、顔を出した瞬間を狙い5~6匹に矢があたった。

「やったぁ!」

「まだ、気を抜くな」

親父は次の弓をすぐ打ち出せるよう準備したまま近づき、岩場の獲物を確認した。

「今日は十分だな」

口数は少ないが少し笑みを浮かべる親父の顔は、その獲物の数に満足しているようだった。

「血抜きしないと美味しくないんだよね~」

ニュールは少しでも役立ちたいと、お袋が言ってたことを思い出して実行しようとした。

親父が制止した。

「そこでは駄目だっ!!!」

ニュールが血抜きしようと砂漠鼠の首に少しナイフを入れた瞬間の制止だった。幸い、刃はしっかり首に入ってなかったようだった。岩場の砂地の中には大岩蛇グロッタウが住むことがあるので、そう言った区域では余計なモノをおびき寄せてしまうような流血は厳禁である。
それは家で狩りの話を聞きながら何十回と注意されてきた事であった。

「ごめんなさい」

「次は気をつけろ」

初めての狩りへの同行と、大量に手に入った獲物にニュールは浮かれていたが、親父の制止を聞いて家での注意を改めて思い出し反省した。
腰に鞘を付けてナイフを持ち歩くことにさえ慣れてなかったので、とりあえず砂漠鼠を砂地に置きナイフをしっかりとしまった。
刃は刺さってないと思っていた毛で覆われた砂漠鼠の首筋には、線を引いたような鋭いナイフの跡が既に入っていた。
首筋の傷から少しずつ流出した血液は、獲物を置いた砂地に染み込んで行く。

砂地にざわめくような振動が起こり、一瞬砂地が沈み込み窪みを作る。
1メル程の円状のそれは、次の瞬間大きく盛り上がりその勢いと共に大岩蛇が現れた。

「ニュール逃げろ!!」

親父の叫びと共に立ち上がったソレは、ニュールが背負っていた袋に食い付き、ニュールごと力強く砂漠へと連れ去った。
親父の打つ弓の何本かが大岩蛇の体に突き刺さった。しかし、それは獲物を持ち帰る大岩蛇の速度を落とすことは出来なかった。半分砂に埋まりながらの移動と恐怖で、獲物となったニュールの意識は遠くなる。
そして、動きが止まり意識の戻った場所は更に最悪だった。

砂漠しか見えないような所まで運ばれたニュールだったが、大岩蛇の口は既に背負い袋を離していた。
そこには大岩蛇が止まって威嚇しなければいけないような相手がいた。

目にしたソイツは、ニュールが遭遇したことの無い砂漠王蛇ミルロワサーペントの特徴をしたモノだった。大きさは大岩蛇とあまり変わらない感じで砂漠王蛇にしては小型では無いかと思われる。
だが大岩蛇より狂暴そうな牙と棘の付いた尻尾を地上に曝し、力を見せつけるように鎌首を持ち上げ自分の強さを誇示した。威嚇するその姿は、大きさにかかわらず砂漠の強者だった。
しかもソイツは狡猾にも、ニュールと大岩蛇の両方の退路を断つような場所に位置取り、何時でも攻撃出来るように身体をくねらせた。
多分、一歩でも動けば尻尾での攻撃が飛んでくるであろう状況。
遮蔽物の無い砂漠で、弱者の逃げ場はほぼ無い。

『大岩蛇に連れ去られて砂漠王蛇に食べられ死ぬのか…』

こんな状況の中、意外と冷静にチョット情けない最期だな…とニュールは考えてしまった。

万事休すと思われたその時、いきなり閃光を伴う魔力がうち放たれるのが解った。親父よりちょっと上ぐらいの見知らぬ男が、オレを見て何故か親父の名前を叫んだ。

「ニエス!!」

思わず辺りを見回すが親父が現れたわけでは無かった。
砂漠王蛇は自分が受けた攻撃がどこから来たのか把握し、的確に攻撃を返しに行く。だが、その男も防御と攻撃を織り混ぜながら迫り来る巨体をかわし、確実にそいつを弱らせていく。
戦い慣れているような男が強めの魔力を練り上げ、弱りつつあるソイツに放った。

見事命中し、ニュールは呆然としながらも自分が助かった事を感じた。男もニュールを安心させようと微笑みながら近づいてくる。
近づいてよく見えるようになったその男の容貌は、親父の顔を思い起こさせる所があった。
しかも表面だけで無く、親父の内面を表すようなぶっきらぼうだけど暖かい愛情溢れる雰囲気までも似ていた。

ニュールは不安から解放されその男に駆け寄った。

砂漠王蛇の恐怖で釘付けにされてたニュールをさらってきた大岩蛇も、身を守るため砂漠の奥へ逃げていった。

…その時、殆ど動かなくなっていた瀕死の砂漠王蛇だったが大きくうねる。そして移動して逃げようとソイツの前を横切った大岩蛇を捕らえ喰いちぎった。

食いちぎられた大岩蛇が、目映いほど薄黄色く輝き出した。
その瞬間を見たニュールはまぶしくて一瞬眼を閉じが、目を開けたときには輝いていた大岩蛇はその場から消えていた。
そして、弱りきってあと僅かばかりで命尽きるであろうと思っていたソイツが鎌首を持ち上げ口を開いた。
その口から、先程の輝きより強いく鋭い閃光をこちらへ放出した。

魔力だった。

魔物が魔力を操り攻撃する物語が村々に流れる事はあったが物語であり、実際に目にするとは思わなかった。
直撃し、砂漠の砂が辺り一面に舞う。

煙る砂の中、ニュールの前には輝く魔法陣が築かれていた。

ニュールの父によく似た男が描いた結界の魔法陣。

男は手持ちの魔石を先程の戦いでほぼ使いきっててしまったので、防御結界を魔石の魔力だけで展開するほどの余力はなかった。

『自分に出来ること…』

男は、残りの力を振り絞ってでもその子供を守りたいと思った。

懐かしき弟の面影を持つ子供を…。

もうすぐ手が届く距離にいたその男にも当然、砂漠王蛇の攻撃は届いていた。

しかし、その男の体内魔石の魔力は2人分の魔法陣を築くことさえできない状態だったのだ。

男の口から砂漠に流してはいけないものが溢れだした。
魔物を誘き寄せてしまう鮮やかな色合いのそれは、手を当てた口から止めどなく滴る。
砂漠王蛇も自身の行動が、傷ついた巨体を更に痛めつけてしまった。報復の魔力を吐くと同時に、男同様に鮮やかな色に染まっていった。

ニュールは恐怖で固まる。

血塗られた砂漠に鉄錆の臭いが風に吹かれて漂う。

男は刻々と失われゆく命の息吹で染まっていく身体を、ニュールへ向かう道から砂漠王蛇へと方向転換した。そして、満身創痍の状態なのに剣を取り出し砂漠王蛇に向かった。男が苦しい身体を引きずるように歩いていった先にいるソイツは、最後の攻撃で自らの首を絞めてしまい息だけがあるような状態だった。

「何で!!」

訳の分からないニュールは思わず叫んでいた。

男は砂漠王蛇に辿り着くとニュールの方を振り替えり、満面の笑みを浮かべた。
そして、弱り切った砂漠王蛇の傷ついた鱗の間から剣を突き刺す。
剣を刺さされたソイツは最後の力で身体をうねらせバタバタと暴れた。少し動きが落ち着いたとき、男は徐ろに剣で切り開いた場所に両腕を突っ込んだ。
そして、血だまりの中から何かを取り出した。

すると先程の大岩蛇の様に、目映い光が砂漠王蛇の体を包み輝き…その巨体は消えた。

輝いた後消えずに残ったのは、ソイツから何かを取り出す前に既に切り離されていた鱗の破片や血だまりのみだった。
ニュールは突然消えたソイツに戸惑いながらも、自分を助けてくれた男が心配だった。

親父やニュール自身と同じ髪色と瞳の男はソレを片手に持ち替え、近づこうとするニュールに軽く手を上げ無言で制止した。
砂漠王蛇から取り出した物が、魔石であると解る位置までは近づけた。

男は出血に苦しさを感じながらも、再度魔石を両手で包み魔力を込めた。

手にしていた魔石は、輝きと共に消えていく。

輝く魔石が手から消え去ると、男は先程とは比にならない程の苦悶の表情を浮かべ、のたうち回りはじめた。それに伴い、どうしようもないだろう段階だと誰がみても思うぐらいの流血になり、仰向けに倒れた。
息は荒く、呼吸のたび滲み出る血液の量が増えていく。

ニュールは心配と怖いのとがグチャグチャに混ざるような気分の中で、勇気を振り絞り近づこうとした。

男はニュールが近くまで来る前に、震える腕を無理矢理動かし腰に指した短剣を取り出した。
その短剣を震える手で横たわった身体から垂直に掲げると…力を振り絞り、自分の腹に突き刺した。

「!!!」

目を見開き絶句するニュールを前に、男は短剣を手から放し自分の腹に手を入れ何かを取り出した。
そこにはもう苦しみの表情は無く、穏やかな安らいだ笑みを浮かべニュールを見つめていた。

「…ニエスによろしく…」

声にならないような声でニュールに伝えると、腹から取り出した物を微笑みながら差し出した。

その時、先程の魔物たちと同じように輝きを伴って身体が消えていく。
淡い黄緑の優しい光とともに霞む姿。

ニュールの方に差し出された魔石を支える腕が淡く霞んでいき…持っていた腕が消え魔石は落下した。
そこに残されたのは血だまりと淡く黄緑に輝く魔石だけだった。

「凄いね…」

フレイはその話の壮絶さにそれ以上の感想を口に出来なかったが、間を置いてから気になって質問してしまった。

「結局その人はおじさんだったの?」

「…親父から後で聞いたらヤッパリそうだったらしいよ」

「お父さんはその後ニュールの事、見つけてくれたんだね」

「そうじゃなきゃ、ここに居ないぞ」

フレイの質問に苦笑いしながらも、ニュールはおどけた仕草で楽しそうに答えた。

「おじさん…命を張って助けてくれたんだね…」

「あぁ…出来たら、何とか一緒に逃げて欲しかったけどな」

ちょっと、しんみりしてしまった。
場の空気を変えようとしたのかフレイが余計な所に突っ込んできた。

「でも、ニュール。20年前ってサバ読みすぎだよ」

「??」

「本当は40年前でしょ!せめて35年前にしとかないと嘘だってバレバレだよ~」

そう言ってケラケラ笑い転げるフレイ。子供は容赦ない。

『クッソォォォ~嘘もくそもない真実なのに言えない!!!』

悔しさと、忸怩たる思いを噛みしめジット我慢する。からかってきたフレイは気の毒に思ったのか袋入りの焼き菓子の最後の一個をニュールに差し出し労る。

『くぅぅぅ~オレはまだまだ若いんだ!』

年寄りじみた思いしか湧いてこない自分に、心のなかで涙するのだった。


ニュールの昔話には、あと少し続きがあった。

血だまりの中、1つの魔石だけ残し消え去った魔物や男。
その叔父であろう男が最後にニュールに渡そうとした、血だまりのなかで黄緑色に輝く魔力を放つ魔石。

怖かったけど、ニュールはその魔石を覆う優しい魔力を感じ、父親にその勇気ある優しい男の事を伝えるためにも大切にきれいにして渡したいと思った。

大岩蛇に背負い袋ごと引きずられて連れ出された場所は分かったので、その魔石を持って移動した。
背負い袋に摘めてあった水袋甲虫の水袋を外し、中の水でこびり付いた血を丁寧に洗い流す。
綺麗になった魔石を両手で持ち、生活魔石を扱うときのように包み込んだ。
両手の平からはみ出る位の大きさの魔石から感じる魔力は、中心か涌き出る狂暴そうな力強い魔力を包み込む様に優しくなだめ透かす様な魔力が覆っているという感じだった。
ふと、悲しさと寂しさが沸き上がり感情が溢れだす。

「とうさんっ!」

大きく叫ぶ。その叫び声とともに魔石を持つ手のひらにも力を込めてしまった。
すると、魔石から上空へ光の線が放たれ、その後収束した光はニュールを貫いた。

そして、ニュールはその場で倒れた。

渦巻く力の奔流はニュール自身を押し出してしまいそうだったが、手を広げその流れから守ってくれる黄緑の輝きを纏う人がその中で守ってくれていた。徐々に体の中を巡る黄色く輝く狂暴な渦巻く力は、黄緑の光の力によって整えられ、やがてニュールの腹の奥に落ち着いた。

手のひらに大切に掴んでいた魔石はもうそこは無かった。



気づいたときには親父の背中の上だった。

帰り道、ポツリ…ポツリと助けてくれた人の事や、その最期の事を親父に背負われたまま話した。歩く揺れとは違う揺れを、しがみついている親父の背中から感じた。

「やっぱり、叔父さんだったの?」

「今となっちゃ判らんけど、そうかもな…」

普段聞いたことのない親父の鼻声での返事は、親父がそれを確信していることを物語ってた。

「伯父さんの名前はなんて言うの?」

「ニュロだ…覚えていてやってくれ…」

背負われたままの帰り道が続く。
結局ニュールは魔石の事を父親に伝えられなかった。

それが産み出すであろう問題を先送りしたかったから…。

「フレイ…問題の先送りってのは、ろくなことにならない方が多いんだ。だから、とっとと行ってとっとと片付けるぞ!」

頭の中に一瞬浮かんだ反面教師…という言葉。

『少しでも役に立ってくれるとよいのだが…』
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