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第一章 エリミア辺境王国編

6.本格的に巻き込まれつつ

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いつもの王都で立ち寄る食堂、いつものメニューを頬張りながらエールで喉を潤す。

今ではすっかり周りに馴染みまくって気を抜いて人々に溶け込むニュールだったが、王国に来たばかりの時は緊張の連続だった。

隊商で過ごしていた2の月ほどで、ある程度かつての自分の生活と現状のすり合わせが終了し、違和感は少なくなった。
それでも、違う国での生活は未知との遭遇でしかない。
9歳までの村の生活が文明的な生活と切り離され少し遅れていたのか、囚われた環境での暮らしが普通の町と隔離されたせいだったのか、はたまたエリミアの生活が他国と違いすぎるのか…それは解らなかった。

エリミアに来て戸惑ったのは、水の管理機構と言われるものが異様なほど発達していたのと、隣は砂漠なのに国内に入っただけで随分気候が穏やかに感じること。
何より一番は食事の内容が不明なことだった。
言葉や文字は共通言語の地方版といった感じで、国が変わっても村やその後過ごした砦と同じように若干の違いしかなかった。国の機能や何かも、砦で詰め込まれた知識とそんなに変わらなそうであった。

『そう言えば、石授けの儀もここでは石樹の儀と言うらしい…』

明日の祭りは、この王都の王城にある賢者の塔…で儀式が執り行われるために祝われる祭りのようだ。
儀式のために催さているが祭りだが年1回の賑わいとなり、街は華やぐ。

この国では石樹の儀に参加する子供は、各都市から全員王都へ向かう。そして選定の儀を受ける歳になった石を授かり体内に魔石を所有する内包者インクルージョンとなっている子供も、全員王都にやって来る。

一人飲みをしながら此の国についての取り留めのない考えを思い巡らせたり、明日の賑わいに思いを馳せながら祭り前の喧騒を楽しんでいた。

「あの…、ニュールさん」

ふと背後から、大きなずたぼろ布が近付き…声を掛けてきた。

「結構遅い時間だけど大丈夫なのか? 子供は寝る時間だぞ。周りに心配されるような事はするなって言ったよな…それに、また何だってそのマントなんだ?」

ニュールは再開したマント姿のフレイに微笑みながらも、軽口を混ぜた御小言を口にしてしまう。

「子供だってまださすがに眠くない時間だよ。マントはこれが仕事着なんだからね! ぼろいけど魔石の粉を混ぜてあるから隠蔽効果だって出せるんだよ! …自分で操作するのは難しいけど」

「ぷっ…」

少し頬膨らませ…口突き出し抗議する表情はクルクルと小器用に変化し、ニュールは思わず吹き出してしまう。
すると、今度は本格的にむくれ始めるフレイ。
其の表情は余りにも無邪気で可愛らしく、今度は声をあげて笑ってしまった。

「ハハハッ、ゴメンゴメン。笑って悪かったよ」

「手伝ってもらったお礼の1つとして…許してあげる」

むくれながらも許しを与えたフレイは、ニュールのいる席の向かいにある高めの椅子によじ登り…目線を合わせ対峙する。
透輝魔石の如き緑の瞳が…真剣な面差しの中で輝き、何かを訴える様に…ニュールに向けられた。
其の空気感で何かを察したニュールは、咄嗟に表面だけ取り繕う乾いた微笑みに切り替え…それ以上の申し出を断ち切る。

「お礼は先に相当高そうなのを頂いた。もう今の許しだけで十分だ…」

子供とは言え…流石に関わり断つべく示された思い無き笑みと言葉は理解し、フレイは俯き…固く強ばった表情浮かべ押し黙る。
其の姿を目にしたニュールは何とも言えぬ苦い思いに囚われ、つい正反対の行動…手を差し伸べる様な声掛けをしてしまう。

「あぁ、…さんは…敬称は要らない。ニュールでいい…」

フレイは藁をも掴む気持ちで其の気遣いに縋り、心底しょぼくれた様子で小さく謝罪の言葉を呟く。

「…ごめんなさいニュール。巻き込んでしまって…本当に…」

巻き込まれ被害被ったニュールは少しも悪くない…のだが、何だか小さい子供に意地悪している気分で罪悪感を覚える。

『7歳ぐらいかな…。子供ひとりで行動するには勇気のいる年齢か』

ニュールは自分が無理やりひとりで生きなければならなくなった年齢を思い出しながら、フレイの素性を考えた。

『王城関係者…って事らしいし、砦門に来たときの豪奢なマントの作りから考えると貴族…下手すりゃ王族の外縁って感じか。でもこの国に貴族制度ってあったっけか? まぁ、相当本人が自由な感じだから中枢…有力筋からは離れてそうだし問題は少ないか…』

ニュールは自分の中で納得の行く答えに辿り着き、今までのあれこれを取っ払い…普通に接することにした。

「…此処に来た事で、周りを心配させるようなことは無いんだよな」

「一応、すっごく身近な人には伝えたから内緒では無い…よ」

微妙な笑顔でごまかす感じ、怒られ案件であることをひしひしと感じさせる。

「フレイ?!」

少し咎めるように名前を呼ぶが、怯むことなく真っ直ぐに向かってきた。

「明日! 明日1日一緒にいて助けて!」

差し伸べられた手にガシリと纏い付く様に、フレイは願い申し出る。

『迷惑被った怪しい願い事の再現か?』

心の中で警戒してしまい、小さな子供の願いにドン引きしている自分に後ろめたさを感じた。

「いやっ、確かに休みになったし時間は有るけど、これ以上巻き込まれて仕事場に迷惑かけちまっても困るし…」

「この祭を自由に巡りたいのだけど、流石に一人だと駄目かなって思って…。心配させちゃいけないん…だよね??」

瞳をキラキラさせておねだりする子供…。

「…あぁ~、もおホンット敵わん。良いよ! どーせ、俺も祭を楽しむ予定だ」

頭をクシャクシャ掻きむしりながら溜め息をついて、女・子供・動物に弱いと自称するお人好しニュールはそのお願いを引き受けた。

フレイの本来の願いが…祭を共に巡るだけでは済まない…と理解しつつ、助け手となることを了承してしまったのだ。


慣れない高級宿…少し早めの時間に目覚めてしまったニュールは、快適だけど居心地の悪いベッドから抜け出す。
そして宿自慢の…王都中央広場に面した部屋一番の大窓へ、ゆっくりと近付く。
寝起きで働かぬ頭のまま…窓際に立ち、眼下に広がる…祭り当日の準備で慌ただしさ増す人々の動きを目で追う。

ボーッとしていると施錠している内扉の外から…扉を叩く音と共に、部屋入り口にある控えの間に食事が乗せられた配膳台を用意したと告げられた。
結局夕食は馴染みの場所で済ませてしまったので、朝食が此の宿での初の食事。
高級宿の飯…ちょっと楽しみでもある。

『朝飯…なんだよな…』

配膳台に積まれた料理を眼前に、ニュールは少し気が遠くなる。
全て食べたら2~3日食事が要らなくなりそうな位の量と内容が、 "此れでもかっ!" …と言う位に並ぶ。
朝はゆっくりしたかったので、食事の世話を断ったのだが…大正解。
此の高級大量の食事に加え…上品な給仕まで付いてきたら、お腹も気持ちも一瞬で満たされ…胸焼けを起こしそうだ。

「そもそも誰がこんなに食うんだよ! バケモンか? ど~見ても1人寂しく仕事するオッサンにしか見えんだろ? 仲間呼んでパーティーでも開けってか? …気軽に呼び出す奴なんざぁ居ねーよ! 姉ちゃん達でも連れ込めってか? …楽園作る甲斐性も気力も体力もねぇ!!」

思わず声にしてしまった独り言を自分の耳で確認し、思わず空しくなってしまう。

気を取り直し…食事を部屋に運び入れ窓辺でゆったり朝食を摂ろう…などと思って目をあげると、フカフカの長椅子の上で…ずたぼろ布が躍り跳ねていた。
その中には勿論、声を殺して笑い転げるフレイが堪えきれない笑いを動きに変え手足をバタつかせ暴れている。
気配なく其処に居たことにギョっとしたが、マントから感じる魔力の痕跡を感じ納得した。隠蔽の魔力を発動させ部屋に忍び込んだようだ。

「おやっ、フレイくん。昨日のお願いを断る口実を作ってくれるのかい? 」

「ゴメン! ニュール。だって大声で一人ボケ突っ込みしてるから面白くって。本当にごめんなさい…だからお願いはそのまま宜しく!」

昨日の少し思い詰めたような表情は欠片もなく、屈託なく笑い続けるフレイ。
その姿にニュールは、少し安心する。

『子供は楽しげに過ごすのが一番』

特殊な境遇下で過ごすことになってしまった自身の子供時代を振り返り、此の年代の子供には…つい甘くなってしまうようだ。

まず高級朝食を片付けるべく大食いに挑戦し、フレイにも協力してもらって何とか大量の食事をある程度片付けるが…暫く食べ物は見たくない気分になる。
そんな満腹で動きたくない気分のニュールを…急ぎ身支度させるフレイだが、昨日の服を其のまま着ようとしたニュールに対し…物申す。

「今日は祭でみんな着飾ってるから、程々の格好をしとかないと…無駄に衛兵さんに怪しまれると思う!」

今までになく、強気で意見述べるフレイ。

「それに此の階級の宿だと、宿に出入りする服装も小綺麗な方が迷惑になら無いよ。宿に用意されたものを適度に利用した方が不満少なく宿泊した証しにもなるんだから、宿のためにも用意してある服を使わせてもらおう!」

子供とは言え高級に慣れてる感じのフレイの助言に従い、至れり尽くせりで用意されていた着替えなども使わせてもらうことにした。
但し主張するフレイ自身のマントは…ずたぼろ布であり、今一つ説得力に欠ける。
だが…敢えて矛盾は口にせず、ニュールは穏便に遣り過ごすのだった。


街中の活気は、前日とは比べ物にならない賑やかさがある。
あまり他国の品を目にすることの無いこの国でも、年一回の王都での祭には珍しい物がちらほら見られた。

この国の大半を占めるのは砂色の髪と砂色…若干の金色の目の人々だが、今日はちらほらと違う髪色の人も混じる。
ただ、フレイ程のはっきりした色合いを纏う人を見かけることは無い。

王族やその縁戚は確かに一般の人々よりも他国の血を取り入れることが多く、金髪や銀髪、水色など様々な色合いの者が存在した。
目の色については石を授かる事で変化する者も多く、王城門より内は多種多様な色合いに富む。

「スゴいよ、この魔石見て!!」

これで11店目。全て魔石の露天だった。

「こっちは、鉱石由来の魔石みたいだけど随分と深層にあったなかな~。普通のより力が有りそうだし、見てるだけで癒されるぅ。一家に1個…う~ん5個…6個は置いても良いんじゃないかな」

ニュールは沢山の魔石に触れ興奮し暴走しているフレイを前にどうしたものかと悩んだが、もう心の中でしか突っ込みを入れられない状態だった。

『いや、普通の人はこの魔力で其の数…ちょっと家に飾れないと思うぞ。魔力で酔う奴が続出して、大問題になっちまうからな!』

ニュールは困り顔だけ示し、口開かずに見守る。

もっとも…ニュールが魔石の魔力で意識失う者も出ると知ったのは、昨日…王都砦門で起きた騒動のおかげ。
魔力酔いの知識は持つが、魔力導きもせぬ魔石により…其処までの影響が出るとは思ってなかったのだ。魔石の性能に対しての誤認…と言うより、一般の人々への認識が甘かった…のかもしれない。
まぁ…結局声に出し伝えたとて、夢中になったフレイの耳には何1つ届きはしない。

中心地から離れた路地裏、魔石の原石のみを扱う露天巡りに強制参加させられてから…4の時程は確実に経過する。
露店の準備がまだ整っていないような朝から巡り、既にあと半時程で昼。

「表通りに、珍しい…タラッサの海鮮揚げの屋台が出てるらしいぞ」

「もう一本向こうの道に、アカンティラド産の魔石が出てるらしいの!」

「中央広場でインゼルの舞踏が披露されるらしい。随分と華やかなようだぞ」

「さっきの道で見逃しちゃった物があるの!」

散々、祭の華と言われるような他の露店や中央広場での出し物等に誘導してみたが…徒労に終る。
其の成功しない努力の虚しさに、身も心も疲れ果ててゆく。

ニュール自身が実際に重ねた年月よりも、時を経てガタがきてる此の身体。

『自慢じゃ無いが、目だって霞むし…小さい文字は見えにくいし…簡単に胃モタレもする身体。酒も疲れも翌日まで確実に残るんだぞ! 小僧が持つ無限の体力や…尽きぬ好奇心に付き合う程、小回り利く若さは無い! 労ってくれ! 』

色々とお疲れの限界が近いため、素に近い心の雄叫びが…ニュールの中で溢れ出す。
だが…一向に気付いてもらえないので、自主的棄権…一時退却を申し出る事にした。

「フレイ、今のところは問題も無さそうだろ? 俺はあっちの店でちょっと一息入れてくるけど良いか?」

" 一緒に過ごし助ける " と言う願い。
堅苦しい警護の者に代わり…気楽に楽しめるよう軽く守りつつ祭りに同行する事だと解釈し、一応…荒れ地を渡って荷運びする時ぐらいの警戒は続けてた。
だが特に悪意ある者が近付く気配なく、安心し気が抜けた状態のニュール。

「こんな機会はないから、もうチョットだけ見せて」

フレイは露店に並べられてる魔石を引き続きキラキラした目で物色しながら答えた。

魔石の露店の集まる辺りから…100メルぐらい離れた飲み物の露天、エールを買い一息つくニュール。まだ少し肌寒いこの時期だが、疲れた身体に染み渡る。
引き続き夢中になって店を渡り歩く姿は、少し離れて眺めていれば…微笑ましく楽しい。

『夢中になれるって良い事だ…』

特殊な環境で過ごしてはいたが、まだ年齢通りの外見だった頃の事を思い起こす。

懐かしく思える程の思い出は持たぬが、感傷に浸れるぐらいには鮮明な記憶。
細部ではなく…感情に起因した思いに揺り動かされていると、フレイの居る路地の奥…ギリ視界に入る場所で強めの魔力が放出されるのを感知する

ニュールは隠し持つ魔石から魔力導き、足に跳躍用の魔力を纏わせ一気にフレイの近くまで辿り着く。
目に映るのは…露店の店先に置いてあった雑魚魔石が散らばり、人々が避けるように囲み立ち止まる光景。
そして其の中心に視線移すと、隠蔽の魔力を込められたフードを跳ねあげられ…エリミアでは異端とされる髪と瞳を曝したフレイが呆然と立ち尽くしていた。

「さぁ、少し疲れてるだろ。お前も少し休んだ方がいいぞ…」

ニュールは何事も無かったように近付き、声掛けフードを被せ…取り敢えずその場から離脱しようと試みる。
だがフレイの手を引き移動しようとしたが、騒ぎを聞き付け集まった人々が壁となり…進路を阻む。
明らかに魔力を使って意図的に起こした…と分かるが、悪戯に近い…ただ注目を集めただけの出来事。
ニュールには、フレイの姿を曝させた人物の目的が読めなかった。
だが其処でフレイの姿を見た人々の中で、囁きが広がっていく。

「「取り替え子…」」

「「取り替え子が何でここに…」」

どこからともなく聞こえてくる、小さな呟き。

無関心なのに…歪な気持ちが乗っている、偏狭な視線と話し声。
一人一人の悪意は僅かなのに、集団になった時の…凶悪で陰湿な…仄暗い思いが押し寄せてくる。

隣国から来たニュールには…周囲で口々に囁かれる言葉に、何ら他の意味が有るのかさえ解らぬ。
だが此処に留まるなら…小さな悪意や自覚無き害意持つ人々が持つ目に見えぬ鋭き刃…容赦なき言葉と視線により、悪気無く突き刺してくるであろう。
其れに…一度顕になったフレイの姿を再度隠すためにも、その場からの離脱は必須だ。

ニュールは自身に最初から使っていた軽い隠蔽魔力の出力を高め、横並ぶフレイにも纏わせる。
外界からの認識を完全に遮断しつつ…固まるフレイを小脇に抱え、手持ち魔石で強化した足で一気に人々の頭上超える跳躍をし…人混みから立ち去る。

そのまま少し離れた路地に入り、フレイを下ろし…立たせる。

「…ごめんなさい」

フレイの口から出る言葉は何度も聞いたそれであった。
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