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第一章 エリミア辺境王国編

1. 成り行きで巻き込まれ

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「よう、ニュール。またこいつを頼むよ」

荷ほどき中の砂蜥蜴サンドリザードの荷車の横、古びてよじれたローブを頭から外そうとしている…其の布切れと同じくらいくたびれた男が声を掛けられ振り返る。

「勘弁してくれよ、星の見えるような明け方から働いて今帰ってきたばかりだぞ…」

祭りが近いため中心部はどこも騒がしい。
慌ただしさと楽しげに浮き足立つ雰囲気の中、疲れた身体に気合いを入れ直す気力さえも湧かない…と言った様子で不平を口にし…うんざりした顔を浮かべる。
だが言葉とは裏腹に、其の中年に差し掛かると思われる身体に鞭打ち…何だかんだと無茶ぶりの依頼を引き受けている男が其処にいた。

国と言っても、10の日も早足の砂蜥蜴単騎で走れば端から端まで行ける距離。
他国なら、 "領地" と言った程度の大きさ。

エリミア辺境王国が国として成り立つのは、広大な樹海・危峰の連なり・砂漠や渓谷など…様々な難所に囲まれる立地条件と…其処に往古より残される厳しい条件下でも生活可能な城砦都市があったから。
そして他国が欲するには酷く距離がある上、遠征して手に入れようとする程の魅力的な土地とは言えない荒れ地で構成される。
良くも悪くも此の環境が、国として存続させているようだ。

ブツブツと独り言の愚痴を呟きながらも荷下ろしを手早く済ませ、砂蜥蜴に新たに頼まれた荷車を付け替えているのはニュール。
頼みを断らぬお人好し。
ニュールは7の月ぐらい前にこの国に来て、幸運にも仕事を得て暮らし始めた。

本人が言い張る26歳と言う年齢と、見た目47歳ぐらい…と言う落差に胡散臭さが漂いまくっているにも関わらず、その砕けてはいるが不器用な真面目さと、何だか微笑み見守りたくなるような雰囲気が周りの警戒心を解く。
今ではその場所に生まれたときから暮らしているかのように馴染んでいる。

この国の大半の人々が砂色の髪と砂色の瞳を持つ。

ニュールの少し濃い黄土の髪と暮れ時の太陽が名残で染めた様な橙色の瞳は、いかにも外部の人間だとわかる容姿だった。

基本自給自足での生活で成り立つような素朴で質素を好むこの国では、あまり他国と行き来をする必要を感じない。それでも年1回、国からの依頼で隊商が組まれる。

そんな滅多にない隊商の帰りの道程、更に珍しい行き倒れとして拾われたと言う特殊な境遇のニュールだったが、穏やかな土地柄で害意ある人間に晒される機会少ない善良なるこの国の人々は疑心なく暖かく受け入れてくれた。


帰ってきたばかりの第一都市門を、新たな荷車に付け替え再び荒地に出たのは昼より少し前だった。

『さっきは王城まで直接届けだったから2重検問で時間食っちまったけど、今度は商会本店行きの荷だし、砦門の検問だけで済むから往復しても夜には戻ってこられるかな…』

働きはじめて5の月ほど首都スフィアから第1都市エイスを中心に、外郭都市や国境砦門を含めて各都市を行き来している。だいぶ仕事にも人にも慣れ、落ち着いてきた。

「何だか連続で運んでると、ずいぶん働いた気がするよな。戻ったら砂門亭でオーク肉のステーキでも食おうかな。厩舎に戻る前に、お前にも良い肉ご馳走してやるからな」

黙々と道なき道を砂蜥蜴相手に話ながら目的地へ向かう。

この国の中では危害を加えるような猛獣や魔物には、滅多に出くわすことは無いだろうと言われている。
実際、ニュールが仕事を始めてから野生の砂蜥蜴を街道外経路で、1回やり過ごしただけで至って平穏だ。

主要街道は1本。

街道の石畳以外は、建築物に使うような石が多く散らばる崩れた岩場と雑木や雑草が砂地にまばらに生える荒れ地が広がる。

石畳の街道さえ所々砂に埋もれていたりする。
整備が行き届いているとは言えないような道だが、ここ数日は祭り前で混んでいる。
仕事で王都へ頻繁に往復するような者は、混雑時や時短したい時は自分だけの荒れ地経路で行き来する。
ニュールもこの仕事に就いて数ヶ月だが、今日はそんな自分だけの経路で王都砦門との間を往復していた。

ニュールが荷車を走らせたままで昼飯を頬張り、あと1つ時半程で着くかという頃、右前方から今までに無い強い気配…魔力を感じた。

『荷車を引いたまま駆け抜けてしまうには、気配が近くて大きい…念のため確認すべきか…』

ゆっくりと砂蜥蜴を停止させ、利き手に一応短剣を持ち反対手に魔石を握りしめる。

『この大きさの魔石から導き出せる攻撃も防御も合わせて3回程度。停止したままなら隠蔽で一つ時。野生の砂蜥蜴一匹程度ならやり過ごせるんだが…気配が違うかな。脅威も敵意も感じないが違和感が砂蜥蜴どころではない…』

今までそれなりの人生経験はしてきたつもりのニュールだったが、久々に感じる強めの魔力にゾワゾワとした感覚が背中を走る。



「お~い!おいお~い!」

『?』

違和感のある魔力を感じた方向から声だけが届く。

「お願い!ちょっと手が必要だから来て~!」

『???』

半端なく気の抜けた子供の声。
その落差に一瞬気をそがれたが、すぐに警戒しなおし距離を縮めた。

ぎりぎり視界に入った声の主は、鎧小駝鳥アマドロマイオスとぼろぼろの布の塊だった。巡る思考を切り捨て、警戒感を少し強め距離を詰めると…布の塊が動いていた。
その布の塊はマントであった。
深々と被ったぼろぼろのマントの中の瞳は、初夏の青葉茂る森の色であり、昼過ぎの太陽の光を反射させ輝いていた。

『大きさから判別すると子供?…』

魔物の可能性だってまだ捨てきれない。
この土地では見られることは少ないようだが、言葉を模倣する魔物は存在する。音を写し興味を引き獲物を狙う魔物などがいるのだ。

ニュールはマントの内側で握りしめた短剣と魔石を再度力を入れ確認し、十分に警戒しながら一歩一歩近づいた。
大人の身長3人分ほどの6メルの距離まで近づくと、その子供らしき者は更に話しかけてくる。

「あのね、手伝って欲しいの! あなたの荷車に乗せて!」

その真っ直ぐな視線はニュールの瞳を捕まえた。

ぼろぼろのマントのフードを勢いよく跳ね上げ、こちらに向き合った。中から出てきた頭は、この地では滅多に見ない肥沃な大地の色をした、柔らかそうに巻いた髪と先ほど光に映し出された青葉の瞳だった。

この地では異端の色合い。

だが、その自然の美しさを取り入れたような色合いにニュールの思考が一瞬止まる。

くるくると表情の変わる青葉の瞳を嬉しそうにこちらに向け微笑む姿は、性別もなく少し人間かも疑わしい雰囲気を持っていた。

『人間の子供である…と思われる…が、流石に荒れ地に一人で出るような年齢の子供には見えない。幼児では無いようだが、たとえ石拾いだって見習いになれるほどの年齢には見えないが…』

その違和感に警戒を解けない。だが敵意は全く感じ無かったので気を緩めず更に近付いた。

「乗せてけって…何でこんな所にいるんだ?」

そのままの疑問をぶつけた。

第1都市と王都の中間地点。

出発した街は王都に一番近いエイスであるが、主要街道近くとは言えそれぞれの場所から2つ時ほど。現在地はこの年齢層の子供が一人で居るには不自然な場所だった。

「だって、見つけたから取りに来たけど、予想より大きかったんだ…」

近づいたニュールに何の警戒もせず、悪戯を見つけられた子供が叱られる寸前にするような表情を浮かべている。
ちょっとびくつき誤魔化すようなニコニコ笑いの目を気まずそうに逸らしながら、ボロ布マントの足下にある大きな塊を見せた。

虹色に輝く澄んだ青色で人の頭よりは小さいが横にいる鎧小駝鳥の頭2つほどの大きさ。

「魔石?!」

思わず声になる。

このサイズの魔石が取れる魔物はココでは見かけたことが無いし、鉱石由来の魔石としては大きすぎる上に魔力が強すぎる。しかも何故この子が見つけて取りに来たのかも分からない。

訝しげに顔をしかめるニュールに不安を覚えたのか、子供は今度は少しオロオロし泣きそうな顔をしながらも再度訴えた。

「手伝って。置いてっちゃうと沈んじゃうからお願い!」

確かにこの魔力の放出の仕方だと、荒れ地に放置しては1日と経たないうちに強い魔力は霧散し崩れ、普通の魔石の大きさになり埋もれてしまうだろう。

少し遠い目をして考えながらもニュールはくしゃくしゃと頭を掻き、一つ大きなため息をつき諦めた。

「女子供と動物、食い物、酒にはかなわないな」

『ずいぶん叶わないものが多いよな…』

自分で呟いた言葉に対して、更に心の中で突っ込みを入れ自嘲してしまう。

手に握った魔石からの魔力で、砂蜥蜴についた魔鈴を共鳴させ呼び寄せる。ついでに同じ魔石で探査の魔力も放つが、自分で確認できる範囲での異常はなさそうだった。

子供はニュールの返事を待ち、じっと一挙手一投足を見つめていた。

「ついでだから手は貸す」

緩む警戒心を引き戻し子供に答えた。

『信用はしきれない。子供だって、あっち側の人間になってしまった者はあっち側だから…』

不振感を露にしているニュールなのだが、子供は全く気にせず安堵した表情で素直に礼を言う。

「ありがとう」

呑気な子供に半ば呆れつつ、何かが動き始める様な感覚…予感とも言えない予感がニュールの心をよぎるのであった。
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