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本編

50.王太子への贈り物

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 王から、犯罪者たちへ処罰が言い渡された。
 暗殺者ギルド“ナイトメア”、呪術師、スキアーヴォ子爵、アコーネル侯爵家、ジョルノン伯爵家は、処刑が決定。スキアーヴォ子爵夫人へ呪いの贈り物をしていた男爵夫人は平民落ち。子爵夫人付き元侍女は犯罪奴隷落ち。さらに、その呪術師に呪いを依頼していた貴族たちも、大なり小なりの罰を受けた。瑞姫はその場にいなかったので、全てシリウスから聞いた話である。
 そして、瑞姫への報酬(シリウス曰く献上)の件だが、正式に王より言葉があった。謁見の間に呼ばれ、フォリアとともに向かえばラズエリーナやシリウス、貴族たちも揃っていて。そこで改めて協力したことへの礼と、彼女の願ったとおり高級素材ミルシドークを献上するよということを、王直々に説明してくれた。輸入品だから少し待ってほしいと言われたが。それは全く構わない、と表情はにこやかに、だが目を煌めかせて言う瑞姫に、王たちは苦笑いしていた。

 ゆりあたちは、立太子式の日の数日前に帰ってきた。全員疲労は見えたが、一人も欠けることはなく。浄化もちゃんと成功したからか、彼らの表情は明るかった。
 その中で、驚いたことが一つある。彼女の雰囲気だ。旅立つ前は浮ついたような感じだったが、今はしっかりと足が地に着いている感じがする。

「私、聖女の仕事、きちんとやります」

 瑞姫に向かい、覚悟を決めたような力強い目をして、はっきりと彼女はそう言った。彼女の口からは詳しく語られなかったが、その表情や口調から、三週間近くの短期間でたくさんのことを経験したようだ。一回り成長するような出来事を。
 リカルド曰く、

「魔物との戦闘、人の死を間近で見たというのが、一番だろうな……。聖女が治癒を施そうにも、手遅れだった。死者は、聖女でも蘇生できないからな……」

 とのこと。もちろん、それ以外にも理由はあるだろう。だが、一番のきっかけはそれだった、とシゼルも言った。それまでは、文句は言わなかったが、どこかやる気がなさそうだったらしい。しかし、人死にを間近で見たその晩、これまで溜め込んでいた不安やストレスが爆発し、ギャンギャン泣きわめいて寝落ち。朝、少し遅れて起きてきたときに一言、頑張る、と口にしたそう。その時にはもう、力強い目をしていたようだ。

(やっと現実を受け入れられたって感じ。いい顔つきになったな~。だけど、なぐさめたのが、護衛のメラルさんとはね……。頼るように言ったのは私だけど)

 そのメラル・バーリンだが、子供を見守るような、優しく温かい眼差しをゆりあに向けている。対してゆりあは、メラルに恋心を抱いたようで、彼に向ける眼差しには甘さがあった。この、交わりそうで交わらなさそうな両者の想いは、果たしてどうなるのか。瑞姫は見守ろうと思った。

(東雲さんにとっては長期戦だろうなぁ。……影ながら応援しよう)

 立太子式は、謁見の間で厳かに執り行われた。瑞姫やゆりあも参加し、最後まで静かに見守る。
 王から王太子となるシリウスへ贈られたのは、国花のリシアンサスが背に描かれた床に着きそうなくらい長いマントと、こちらもリシアンサスをモチーフにしたクラウンだ。両方とも、当然、王が身につける物より若干劣るが、それでも豪華である。それらを身につけた彼は、いつもよりも格段に凜々しく、背中が大きく見えた。
 まさか、お披露目パーティーみたいに邪魔は入らないよなと少し警戒していたが、杞憂に終わったようで一安心だ。

 色々あったが、それも落ち着いてきた頃(ゆりあたちはまた、瘴気浄化のため旅立った)。
 ギルドの依頼を一つ片付け、帰ってくつろいでいた瑞姫たちのもとに、ライハルトが訪ねてきた。シリウスからの書簡を持って。内容は、確認したいことがあるから会えないか、というものだったので、二つ返事で了承。ライハルトが返事を持ち帰ったその十分後に、シリウスとセイランはやってきた。

「なんだかこうして会うのは久しぶりな気がするね」
「あぁ。私も忙しかったし、ミズキも外出が多かっただろう」

 それもそうか、と彼女は頷く。シリウスは王太子としての仕事が、瑞姫はギルドの依頼を毎日ではないにしろ受けに行っていたので、すれ違いが続いていたのだ。ちなみに、彼女はギルドのランクアップのため試験を受け、Aになったところである。

「これなんだけどね」

 雑談もそこそこに、シリウスは胸ポケットからとある物を取り出し、机の上に置いた。部屋の明かりに反射してキラリと煌めくは、彼女の見覚えのある物で。

「あれ、なんか変なところあった?」
「変なところ、では、ないんだが……」

 シリウスが珍しく歯切れの悪い言い方をし、言いよどむ。そんな様子に、彼女とフォリアは思わず目を合わせ、同時にに目をやった。
 は以前、シリウス本人からの要望に応え、瑞姫が立太子のお祝いとして贈ったものである。
 中央に国花であるリシアンサスを、藍色のアイオライトで形に。それを、白色のセレナイトで五角形の線を作り、囲んだ。全体を、透き通った空色のアクアオーラで包むように固める。これも、靱性、硬度をかなり高め、滅多なことでは割れないようにしておいた。身につけられるものということで、紐、またはチェーンを通せるよう、上部に輪っかを作ってある。シリウスは紐を通してペンダントにしている。フォリアに渡したものと同じ丸形で、フォリアのものが直径五センチチセルに対し、こちらは四センチチセルと少し小さめ。これに女神の加護を付与したのだ。

「その、これを鑑定してもらったんだが……、思った以上の物がついていて、ね」
「……あれ?」

 何か失敗したのかと心配したが、そうではなく。その逆で、要望以上の物になっていたため、どうしてこうなったのか確認したかったようだ。
 一つ、呪い耐性。
 二つ、なくさないようにしたい。
 シリウスの要望は、この二つだった。……だったのだ。

「女神の加護として、呪い無効と一定範囲を超えると戻ってくるなくさないようにしたい。それに加え、危険回避が増えた。それと、もともと持っていたスキルが無詠唱になったんだが……」
「へ?」

 シリウスの持っているスキルはいくつかあるが、それを身につけたら一つだけ変化。詠唱短縮が無詠唱になったらしい。そして、呪い耐性だったはずが呪い無効に、何故か危険回避まで。それを外しても、スキルは元に戻らず。試しにセイランが持ってみたが、彼のスキルに変化は見られなかったようだ。

「……その様子だと、意図的にしたことではないようだね」
「あはは……」

(サービス精神はあったよ。だって、祝い事だったし。ただ、スキルが増えたことと、変化したことはね……、加護の影響としか考えられないな)

 シリウスは、一つずつ説明してくれた。
 まず先に、“なくさないようにしたい”は、ちゃんとフォリアのと同じのだったようだ。そして、スキル変化した無詠唱だが、これもまあ、いいらしい。

「呪い無効というのはいいんだけど、呪い返しが発動するようになっていた」
「……え」

 普通、呪い無効は呪いが効かない体質になるだけだ。だが、なんとそこに、呪い返しがついていた。しかも自動なので、自分でコントロールすることはできず、呪い返しが発動する仕様である。

(呪い無効は自覚あるな、うん。耐性って、耐えることであって呪いは受ける。別に耐えずとも、無効にしちゃえば良くない?って。だから、それがついたんだと思うけど……)

 女神の加護なのだから、どうせなら完璧に防げるものを。そう考えたら、やはり、耐性よりは無効の方が良かった。ただ、呪い返しは予想外だったが。

「二つ目。危険回避、というスキルが増えたよ」
「危険回避?」
「危険を察知して、必ず回避するというものなんだけど……。これはね」

 彼は、声のトーンを少し落とす。

「危険察知というスキルを、ミズキは知っているかい?」
「えぇっと、確か、事前に危険を察知できるけど、それを回避できるかは己次第で、完全じゃない、だったかな」
「あぁ、それだ。この危険回避は、それの上位版にあたるだろう」

 この危険回避。危険を察知し回避できるようになる、というものだ。

(え、えぇっと。……あー、確か、シリウスに倒れられたら困るなぁ、危険が少なくなりますように、って思った、かも……)

 危険回避も、意味を聞けば思い当たった。しかし、瑞姫は首を捻る。スキルブック(現在判明しているスキルを記した本)を読んだが、それは初めて耳にした単語だ。

「聞いたことがないのは当然だ。――――この世界において、私しか持たないスキルだからね」

 瑞姫とフォリアは、驚きに目を丸くさせる。
 そう、実はこのスキル、この世界には存在しないもの。つまり、瑞姫が新たに創り、彼に授けた彼だけの特別なスキルということだ。何故シリウスしか持っていないとわかったかと言えば、鑑定で“シリウスのみ”と出たからで。

「……それは、狙われ……、いや、危険回避だから、それも回避できるのか」
「まあ、そうだろうね。だが、口外するつもりはない。だから、ミズキたちも内緒で頼むよ」
「うん、それはもちろん」

 元から、瑞姫はシリウスに加護を与えたなどと言いふらすつもりはない。一応、瑞姫から贈り物があったということは、さらっと情報は流すらしいが、加護のことは伏せるとのこと。この危険回避というスキルは、必ず回避するのだ。そんなの、危険に陥りたくない人間なら誰だってほしいスキルだ。彼以外の人間がそれを持つことは叶わないにしても、狙われるだろう。例え、身分が王太子といえど。

「なんか、特別な人にしちゃってごめんね……」
「いや、ミズキが謝る必要はないよ。むしろ、感謝したいくらいだ。いくら戦争はしていないとはいえ、命を狙われないというわけじゃない。これがあれば、命の危険というのはガクッと減るだろう。まあ、万が一という言葉があるから、油断はできないが。ただね、こちらが貰いすぎだと感じただけなんだよ」
「あ、いや。それはいいんだけど……」

 とんでもない物を渡してしまったな、と瑞姫は反省する。だが、彼はあまりそれを気にしていないらしい。その様子に、彼女は内心安堵のため息を吐いた。彼は貰いすぎだと言ったが、瑞姫は与えすぎたという意識はない。予想外なことに驚いているくらいだ。

(加護の付与、本当に危険だ。思わないようにって思っても、無意識のものは防ぎようがない。……というか、本当に思ったこと?それだけでスキルが創れる?……思うだけで?……私何か勘違いしてる?)

「ね、シリウス。加護付与のことなんだけど」
「あぁ、それも箝口令を敷いてあるが」
「あ、うん、ありがとう。それじゃなくて、女神の加護って、どうやってつくの?あ、いや。違うな。うーん、……加護のことについては誰に聞けばいいのかな」
「……わかっていて、加護の付与をしているわけではなかったんだね」
「やー、最初はこうかなー、と思ってたんだけど、もしかして違うかも、と思い始めたから」

 若干、呆れた顔をしたシリウスは、ふむ、と顎に手をやった。思考を巡らせている様子に、彼女は静かに待つ。

「……そうだね。知っている人間は恐らくいないだろうから……。神殿で、女神に祈ってみてはどうかな。巫女でさえ、応えてくれるのは本当に希らしいが、サラスヴァティー様の魂の欠片が融合しているミズキなら、もしかしたら、だけど」
「……確かに。なんで思いつかなかったんだろう。応えてくれるかは別として、行ってみる価値はあるね。入れる?」
「私から文を出しておこう。ミズキなら許可は下りるさ」
「そっか。じゃあ、お願いするね」

 こうして、瑞姫は神殿に向かうことになった。
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