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本編

44.解呪した男の正体

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 ギャーギャーと騒ぐ者たちは、とても煩い。その声に魔物が寄ってきたらどうするのか、と瑞姫は半眼になった。馬鹿だな、と思いながらも、フォリアたちが置いていった荷物の隣に置く。荷物を調べ始めている団員たちに、御礼を言われた。それに返事をしながら、さて何をしようかなと考える。この荷物を運んでいる最中、騎士団のすれ違う人たち全員に、後は我々がやりますので上でお待ちください、と言われてしまった。これだけは自分で持って行くと主張したので持ってきたが、やる事がない。これ以上情報が増えるのも困るから、荷物に手を出す気にもなれない。情報は時として諸刃の剣だ。関係ない情報はあまり持ちたくないし、機密も知りたくない。若干、手遅れな気がしないでもないが。
 辺りを見回してみれば、リカルドやレイノートは色々指示を出していて忙しそう。丁度団員が騒がしい者たちを物理で黙らせ、静かになった。エイバンは、解呪した男と話をしている。瑞姫は気になっていたので、紹介してもらおうと彼らに近寄った。

「エイバンさん、今いい?」
「あら、ラグさん。なにかしら」
「その人は、どういう人なのかなって」
「あら、丁度よかったわ。紹介しようと思っていたのよ。貴女とのことも紹介していいかしら?」

 一瞬、なんでそれを聞かれたんだろうと思ったが、契約書の一文に瑞姫の許可がない限り、瑞姫のことを言ってはならない、と書いてあるのを思いだした。エイバンに頷き男と向かい合えば、男はさっ、と瑞姫の前で跪いて拱手する。ぎょ、と瑞姫は目を丸くさせた。それに、エイバンは苦笑いする。

「説明の前に、紹介させてちょうだい。彼はリネルカイト殿。ランクSの冒険者よ、今は」

 本名はリネルカイト・ノヴェアン。ノヴェアン王国第六王子殿下だという。ノヴェアン王国と言えば、亜人族の大陸・クロンダイクにある龍人族が治める王国で、大陸内一を誇る大きさをもつ国だ。元の世界で言う東洋風蛇型の龍と、西洋風ドラゴン型の竜をまとめて龍人族と呼び、半々くらいの割合で住んでいる。跪いて拱手する挨拶は、龍人族特有だ。リネルカイトに顔を上げてもらうよう言う。

「はっ、失礼いたします」

 あ、堅いな。と瑞姫は苦笑いになる。龍人は、自分より地位も力も上の人に対しては、皆こんな感じなのだとか。いや、堅すぎる。
 改めて顔を上げた彼をまじまじと見れば、スカーレット色の長い髪をハーフアップで結い上げ団子にし、簪が二本刺さっている。瞳の色は右が赤、左が金のオッドアイで、フォリアと同じく瞳孔が縦長だ。見える耳は人と違い尖っている。ゴリマッチョで、筋肉が服の上からでもわかるくらいだ。彼の背中には大剣があるが、大剣は大剣でも大太刀である。

「こちらの方が、女神ミズキ・カグラ様よ。本当は黒髪だけど、今は魔道具で変えていらっしゃるの。この色のときはラグさんよ」
「どうぞよろしくお願いします」

 確か、返しはこんなだったかな、と知識を引っ張り出した。手のひらを内側にして両手で拳を抱え、三十∠°(角度)程度のお辞儀をして少し手を下げる。身体を起こすときは手を降ろす。龍人族の目上の者が目下の者にする挨拶だ。瑞姫が顔を上げれば、目を丸くしているリネルカイトとエイバンがいる。なにか間違えたかと慌てれば、そうじゃないと首を横に振られた。

「こちらにお越しになって、まだ半年も経っていないと聞き及びましたが……」

(よ、よかった~、間違えたわけじゃなくて……!これで間違えたら恥ずかしい)

 どうやら、自国の挨拶で返されると思わなかったらしい。ほ、と瑞姫は安堵の息を吐き、立ち上がってもらう。失礼して、と立ち上がった彼は、やはり身長が高い。近くで見ると、エイバンより高い。二十センチチセルほど高いだろうか。

「さっき、今はっていったけど、この方、今平民なのよ」

 どういうこっちゃと首をかしげれば、リネルカイトが苦笑いしながら教えてくれた。
 ノヴェアン王家特有の家訓によるもので、王族は三十年ばかし平民として暮らし、民の生活を理解せよという期間があるらしい。ついでに冒険者になって鍛えよ、と言う意味もあるのだとか。その期間は特別な理由がない限り王族の肩書きは使えず、扱いも平民になる。リネルカイトはこれに当てはまるのだ。余談だが、龍人族は見た目の年齢のほぼ三倍である。つまり、リネルカイトは七十過ぎだった。

(……あの追放されたパーティー、王族を盾にした挙げ句、呪いを受けさせたという事じゃ……。平民扱いと言うことだから、まあ妥当な処罰なんだろうけど……)

 ちらっと追放のことを聞いたが、ギルド側は、ノヴェアン王家から第六王子が平民として生活しているので、扱いもそれで!といわれているらしい。処罰については、本人も納得もしているようだった。懐が深いというか、広いというか。

「呪いで体力が削られているはずですが、それは?」
「敬語は、なしで」
「うぐ……、呪いで体力が削られていると思うけど、それは?」

 言い直したら満足げにされた。隣でエイバンもうんうんと頷いている。年上には敬語!精神はそう簡単に抜けない。
 元々、龍人族は他の亜人族よりも体力はある。それもあるし、体もある程度頑丈だ。呪いに蝕まれ死にそうにはなったが、回復薬も飲んだから問題はないとのこと。ちなみに、回復薬はポーションとは呼ばず、体力と魔力の二種類しかないそうだ。王妃もこれで回復していると後から聞いた。
 そこから、瑞姫がリネルカイトを助けたという話になり、仰々しく感謝を述べられたり、それに慌てたりしたが、それも落ち着いた頃。

 今日はここで野宿になるそうだ。もう夕刻になるらしい。今から森を抜けるのは、荷物もあるし視界も悪いから危険、とのこと。確かにさっきより暗いような気がする。いかんせん、日が入ってこないので時刻がわからない。小屋にある食材を使ってもいいということで、瑞姫他数名の団員で夕飯を作ることに。他数名とは言ったが、第六の女性騎士たちである。フォリアも作れるらしいのだが、女性の中に入るのはと遠慮して外れた。女性陣は料理の手際がめちゃくちゃいい。瑞姫の方が足手まといではと思ったほどだ。あと、女性がいるだけで、やはり場が華やかになる。きゃいきゃい、と若干はしゃぎながら料理を作っていたら、こんな忠告をくれた。

「エヴィル伯爵子息様は、大層人気です。女性にも、男性にも。過激な方もいます。女神様の従者になられましたから、手を出すような馬鹿はいないと思うのですが、お気をつけになった方がよろしいかと存じます」

 と。まあ、それは瑞姫も薄々感じていたことだ。フォリアは、誰が見ても綺麗な顔をしている。普段はすん、とした顔だからこそ、時折見せる表情は、一層目を引いた。それが、家族や瑞姫の前でしか見せない表情だとは、瑞姫だけが知らない。そんな瑞姫でさえ、たまにみせる笑顔にドキリとすることはある。

(そっかあ。やっぱり、フォリアって人気あるんだなあ。……んー、あんまり、嬉しくない、な。なんでかな。さすがだねと、素直に言えない……)

 フォリアがキャーキャー言われている所を想像すると、少し胸が痛んだ。フォリアの隣に自分以外の誰かがいるのを想像したら、嫌だなと思う。そこまで考え、あれ?と首をかしげた。これ、独占欲か、と。

(え、ちょ、ちょっと、待とうか、自分。いや、待って?フォリアの隣に自分以外がいるのが嫌とか、え、フォリアは私の彼氏か?いや、フォリアが誰を選ぼうが自由でしょ。別に、私が隣にいつもいる、わけ、じゃ……、いるわけじゃ、ない、けど。でも、私以外の人と、それは……、それは、とても嫌だなぁ……)

「ミズキ様?どうなさいまして?」
「あ、ううん」

 声をかけられ、はっ、と沈みかけていた感情と意識を目の前のことに戻す。心配そうに見てくるので、大丈夫だと笑った。
 彼女たちはどうなのかと聞けば、観賞用だと返ってきた。フォリアは女が羨むほど、透き通った白い肌をしている。女として負けた気分になり、隣に立ちたくないらしい。それに、表情が変わらないから近寄りがたいし、話しかけても淡々とした答えしか返ってこない。少し無機質に感じる目が冷たく、怖い印象があったらしい。今までは。

「ミズキ様がお隣にいらっしゃるときは、とても雰囲気が柔らかいですわね。私、驚きましたわ」
「私もですわ。それに、ミズキ様に向ける眼差しは、時折、ですけれど、それはもう、こちらが恥ずかしくなるくらい……」
「熱がありますわよねえ」

 口々にそう言われ、瑞姫は目を丸くした。瑞姫は全くそれに気づいてなかったからだ。にまにま、とお嬢様らしくない表情で、彼女たちはこちらを見やる。が、瑞姫はえ、そうか?と首をかしげた。

(えぇ?そんな瞬間あったかな……。見たことないけど……。いや、なんかたまに甘いような温かい感じの感情は伝わってくるときあるけど……、うーん?)

 鈍感は、どこまでいっても鈍感である。たまに流れてくる、甘いような温かな感じの感情は未だに何かわからない。が、それが流れてくるときは決まってフォリアの表情はうっすらと笑みが浮かんでいるのは知っている。瑞姫も同じように温かくなるし、嫌なものではないので、スルーしてきた。本人も何も言わなかったから、まあ良いかと流してきたが……。
 その様子を見て、こそこそ、と女性騎士たちは呟きあう。

(あら、もしかしてミズキ様、気づいていらっしゃらないのかしら)
(そのようですわね)
(まあ、端から見れば、よくわかりますけれど……。ご本人様は、気づかないものやもしれませんね)
(お二人でおられるときは、甘い雰囲気に砂を吐くと聞きましたが……)
(フォリア・エヴィル様はご自覚がおありのようだけれど、ミズキ様は無自覚だ、と聞き及びましたわ)
(私もよ。フォリア殿が牽制しているようだ、と聞いたわ)
(私、もうお二人はくっついているものとばかり……)
(エヴィル伯爵子息様は、あからさまよね?それに気づかないミズキ様って、鈍感なのねえ)
(正直、エヴィル伯爵子息殿はあまり好きじゃないけど、気づかれないというのもなんか不憫だわ)

 女性騎士たちが、全員目をあわせ、こくん、と頷く。

(((応援せねば……!)))

 騎士でも女性だ。恋愛ものは大好物である。特に、瑞姫とフォリアのような身分差のある恋は、昔から人気を誇るジャンルだ。ここに、二人の恋見守り隊なるものが発足され、後に城内の人間も加入し、大きくなるとは誰も思っていなかった。
 そんな会話をしながらも、料理の手を休めないのはさすがだ。その間に、外に運び出されていた死体は魔法で素早く燃やされたようである。さすがに、死体を見ながらご飯は食べたくない。できあがった料理を運んだら、跡形もなかった。
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