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本編
30.見える人にカテゴライズ
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メイズの案内で子爵邸へ向かう。貴族街の端っこの方にたたずむ邸だ。シリウスが馬車を手配してくれていたらしく、フォリアと二人でそれに乗ってスムーズに出発。メイズは乗ってきた馬だ。馬車はサスペンションがちゃんとついているらしく、でこぼこ道でもそんなに揺れない。昨日乗った馬は、お尻が痛くなってきたので、水の異能でクッションを作ってお尻に敷いたほどだ。水の異能は、空気中の水分を操るのだが、イメージで硬化することもできる。ウォーターベッドならぬウォータークッションだ。スプリング効果で揺れもそんなにない優れものである。フォリアには呆れた目で見られたが。お尻は大事です。
下町とは違い、高級感溢れる道を進み、見えてきた子爵邸。第三と第四騎士団が出入りしていた。メイズが一足先に馬から下り、別の団員に馬を任せると、現場の最高責任者である第四騎士団団長イズミル・ウォーレンと第三騎士団副団長リズノーン・スウェンに報告しに行く。瑞姫たちは、とりあえず馬車内で待機だ。
「あ、スウェン副団長さんに会うの久しぶりな感じがする」
「そうなのですか?」
「うん」
最後に顔を見たのは、謁見(会話してない)の時だ。
ざわっと空気が揺れたが、イズミルたちとの会話が終わると、彼ら二人を連れて直ぐにメイズが馬車まで来て扉を開ける。フォリアが先に降り、差し伸べてくれる手を取って馬車から降りた。馬車内で、女性はこうですから、私より先に降りないように!とフォリアに釘を刺されたためである。言われてなければ、多分先に降りようとした。多分。ありがとう、と言わなくても感情が伝わったのか、フォリアは少しだけ表情を緩めた。その場の全員が手を止め、礼をとる。
「構いませんよ。仕事続けてくださいね」
『はっ』
瑞姫が声をかければ、こちらを気にしながらも仕事に戻っていった。
「女神様、ご足労いただき感謝いたします」
「女神様の手を煩わせることになってしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、いいんですよ。手伝うって言ったの私ですし、呪いの品も気になりますしね」
暇だし、と言う言葉はしまっておく。恐縮していた二人は、瑞姫の気軽な態度にほっと雰囲気を緩めた。
「イズミル団長、神官はもうすでに戻ったのですか?」
「えぇ。私たちから見て呪いの大きい物を五つ、引き取ってもらったよ。――――宝石類のものは、残してもらいました」
フォリアの質問に、イズミルは頷いて言葉を返す。女神が来る、と言う伝令は神官たちが持って帰ったあとに来たらしい。後半、宝石からの言葉は、瑞姫たちだけに聞こえるように声を潜めた。イズミルは昨日、瑞姫の宝石の異能(一部)を目の当たりにしたので、今回ももしかしたら何かわかるかもしれないと、残してもらったらしい。
瑞姫はそれに感謝し、イズミルたちの背後にたたずむ子爵邸をしっかりと視界に入れる。途端、顔が引きつった。
「……うわあ……、すごいですね、この屋敷。元の世界でもここまでは……」
「あー、やはり、女神様もおわかりになりましたか……」
子爵邸は、黒い靄に三分の一ほど包み込まれかけていたのだ。全部包まれるのは、時間の問題と思わせられる。
「まあ……。フォリア、どうかした?」
イズミルを見れば、そうなるよな、と言う顔をして乾いた笑いを漏らす。そのとき、フォリアから珍しく感情の揺れが伝わってきた。動揺と混乱と、少しの恐怖で、瑞姫は斜め後ろにいる彼を仰ぎ見た。ら、顔にも動揺していることがありありと出ていた。思わず目を丸くしてしまう。
「ミ、ズキ様……、後ほどで、構いませんので……、その、少し確認したいことが……」
「……いや、今聞くよ。その状態のフォリアは、ちょっとほっといたらまずそう」
「そうですね。フォリア、私たちが聞いてはまずいことなら、少し席を外そうか」
「元々肌は白いけど、更に……、青いと言えばいいのかな……。心配になるから、主君である女神様に、今話した方がいいと思うよ」
三人に立て続けに言われたフォリアは、言葉を詰まらせたが、口を開いた。
「いえ、大丈夫、です。聞いていただいて。……あの、私は、元々呪い……あの、黒い靄が見えなかったん、ですが……」
「え?でも、旧式の隷属の首輪の靄は、見えて……あれ?」
確かに、フォリアは旧式の隷属の首輪の黒い靄は見えていた。だが、その後のシリウスに移っていた黒い靄と王妃のネックレスからにじみ出ていた黒い靄は見えていなかった。そして、この言い方と様子からして、瑞姫と同じように見えている。はっ、と瑞姫も気づいた。
「見えてる時と見えてない時がある、ね?」
「さすが、ミズキ様です。私は見えない者でした。見えなかったのですが……、首輪の時は見えて、その後は見えなくて、今は見えているのです。矛盾に気づいたときに、動揺してしまいまして……。何故見えるのか、と」
本来は、呪いです!と主張する黒い靄は、見える人と見えない人、見えないけどこれ駄目なやつと本能で感じる人、で分かれる。見える人は、聖職者、謂わば、神官や一部の光属性の魔法適正がある人、呪い系のスキル持ち、一部の呪術師、元々霊感がある人等。見えない人は、そういう類いの物は全くわからない。フォリアは見えないけどこれ駄目なやつと本能で感じる人だった。
首輪の時点では瑞姫も見えるので見える物だと自然と思っていた。だが、シリウスの件とネックレスの件は見えず、ここは見える。おかしい。いつの間にか、見える人、にカテゴライズされているのだ。フォリアが動揺も混乱も、恐怖も、覚えるのは仕方ない。瑞姫はフォリアの横に立ち、彼の背中に手を当て、顔をのぞき込んだ。
「ね、落ち着いて聞いてね」
「は、い」
なるべく、優しくゆっくりと話しかける。
「私は、呪いに敏感だし、見えるし、解呪は専門って言ったよね?」
「はい、聞きました」
「うん、じゃあ。フォリアって、誰の従者になったんだっけ?」
「あ。……ミズキ様の、です。そうか、これは……」
主君の恩恵だ。後天的に見えるようになった理由は、それしか思い当たるところがない。フォリアは強い呪いが見えるようになったのだ。シリウスやネックレスのものが見えなかったのは、弱すぎたからでは、と思う。今のところ、それしか理由が見当たらない。
瑞姫が緩く微笑めば、フォリアもつられてうっすらと笑う。フォリアの感情は、もう落ち着いているのか揺れも感じない。
「あぁ、そういうことか……」
「なるほど。それだったら後天的に見えるようになった理由だ」
イズミルとリズノーンも理解した、という顔だ。
「時間があるときに、何ができるかを確認しようね」
「はい。そうしていただけると助かります。自分でも気づいてないものがあるかもしれませんし」
これは、一緒に何ができるか確認した方がいい。今回のようにフォリアが気づいてないだけで、もしかしたら、まだ恩恵がある可能性もある。従者に影響力が強すぎる主君だ。
そんな二人を見ていたイズミルたちは、小声で言葉を交わす。
「え、あれって付き合ってない、んだよね?」
「そう聞いてますけど……」
「え、あれで?」
微笑み合う二人は、瑞姫が横に立っているので距離が近い。瑞姫はすでに、フォリアの背から手を離している。だが、そこから動いていないので近い。瑞姫が緩く微笑んでいるので、雰囲気は緩いのだが、なーんか、甘い感じもする。自分たち忘れられてない?これ。と感じるくらい二人の世界、のような気もする。よくよく観察すれば、瑞姫は緩く微笑んでいるだけだが、フォリアの方が甘い雰囲気を感じる原因だった。
「フォリア、ですかね」
「従者ってあんな風になるっけ?」
「……いえ、殿下のところはセイラン殿ですからね……。女性が主君だから、とか?」
「うん?それにしては……」
あれは、絶対に女神に気があるだろう。そう思わせるような、フォリアの瞳は愛おしい者を見るような眼差しだ。それに気づいてしまえば、雰囲気が更に甘くなった様な気がした。いちゃついているようにも見える。蜂蜜に砂糖を混ぜチョコでコーティングしたかのような甘ったるさだ。残念ながら、瑞姫の方は激鈍なので、全くもって気づいていないが。
「えー……、これは、もしや無意識……?」
「なんて厄介な……」
美男美女でお似合いだと思うのだが、近くにいる方はものすごく気まずい。目に毒である。え、これ声かけていいの?かけないと仕事進まないよ。マジで?誰が?そんな無言のやりとりをイズミルとリズノーンがしていれば、その甘い空気に入っていける猛者が現れた。
「お二人さーん。イチャつくのやめてくださいっす。目に毒っす」
「!?え、嘘、えっ」
「そうでしたか?」
――――メイズ、お前ェエエエ!よくやった!勇者!
近くで作業していたメイズが、ため息と共に二人の空気を切り裂いた。全くもってそんなつもりのなかった瑞姫は、メイズの発言に驚き、フォリアは、しれっ、とすっとぼける。このとき、瑞姫は驚いていたため、フォリアのすっとぼけた回答に対してスルーしたが、そうじゃないと気づいていれば、瑞姫は顔を赤くしただろう。そうなればもっと甘ったるい雰囲気になったに違いない。しかし、そのおかげで甘い空気は霧散した。周囲は心の中でメイズに拍手喝采した。これでやっと話も仕事も進む。
「えっと、も、もう、大丈夫だよね、フォリア」
「はい、大丈夫です。取り乱して申し訳ありません」
「いや、うん、いいんだ」
「さ、話を進めますよ」
メイズのイチャつくという言葉に照れた瑞姫の頬が若干赤いが、全員スルー。きっちりと頭を下げるフォリアに、苦笑いで許し、仕事の話に戻る。
「この子爵邸は、元からこんな風だったのですか?」
「いや、その……。こちらの、不手際です……」
フォリアの疑問に、申し訳なさそうに、イズミルが眉を下げる。彼は、こうなったきっかけを話し始めた。
最初は、こんな物騒な感じじゃなかった。普通の、どこにでもある邸で、皆普通に仕事ができていた。ところが、その途中、体調不良を訴える団員が出てきた。一人なら、ただ体調崩したんだな、となるのだが、一人ではなかった。さすがに何人も立て続けに出るのはおかしい。だから、一度全員手を止めて屋敷の外に出した。そしたら、体調不良を訴えていた者たちが、途端に何事もなく治ったという。おかしい。何かある。もう一度屋敷に踏み込もうとしたら、もう、明らかに空気が最初と違った。
「ずしっ、とくる感じですね。これは明らかに何かいると思いました」
入るのをやめ、団員に何か変わったことはなかったか、と聞いた。そしたら、最初に体調不良を訴えた団員が、変な感じのする部屋を開けた、と。開ける前はなんとも感じなかったのに、開けた途端、なんか嫌な感じがしたらしい。明らかに原因はそれだ。イズミルと、他何人かの光魔法を使える団員でその部屋に向かうが、近づくにつれて空気が重くなっていく。それでも、なんとか行けば、その部屋から異様な気配を感じ取った。全員顔を歪めるくらいには、異様な気配だった。イズミルが開けようとするが、何かあったとき団長に倒れられると困るから、と勇気ある団員が率先してその扉を開けようとしたところで、その団員が扉に封印の魔法陣が描かれていることに気がついた。
「どうやら、子爵が描いた物のようで、少しいびつな魔法陣でしたが、子爵が倒れるまではきちんと封印魔法が稼働していたようです」
「あちゃ~……」
「あ、いえ、女神様のせいではないのですよ。前もお伝えしましたが、本来なら、魔法陣をきちんと描けてさえいれば、本人が倒れたところで途切れることなどないはずなのです」
子爵が倒れるまでは、ということは、瑞姫が呪い返しをしなければ、それがきちんと稼働していた、ということだ。あちゃ~、と額を抑えたら、そのせいじゃない、とイズミルは強めにそれを否定した。魔法陣がいびつで、恐らく本人も何度か魔法をかけ直したりしていたためだろうという。というか、封印魔法とはそんなに難しいものなのか?瑞姫が捕らえた呪術師も不完全なもの描いていたようだったが。
「いえ、そんなことはないのです。封印魔法の魔法陣を描き慣れてないだけでしょう。きちんと習えばミスなどしません」
「子爵は、こう言ってはなんですが……、書簡の字を見ればわかりますが、あまり綺麗な字を書く人ではなく……」
「そうですね。確かに、私も子爵の字を見ましたが、下手でしたね」
「フォリア、お前ね……」
封印魔法は、習えば誰でもできるらしい。大がかりな物ほど複雑になるが、この程度であればそれほど複雑ではないらしい。リズノーンが大分濁したのに、フォリアがバッサリ切り捨て、リズノーンの顔が引き攣った。子爵が描いた魔法陣がいびつだったのは、字の下手さからくる物だったようだ。ものぐさなのか不器用なのか。
下町とは違い、高級感溢れる道を進み、見えてきた子爵邸。第三と第四騎士団が出入りしていた。メイズが一足先に馬から下り、別の団員に馬を任せると、現場の最高責任者である第四騎士団団長イズミル・ウォーレンと第三騎士団副団長リズノーン・スウェンに報告しに行く。瑞姫たちは、とりあえず馬車内で待機だ。
「あ、スウェン副団長さんに会うの久しぶりな感じがする」
「そうなのですか?」
「うん」
最後に顔を見たのは、謁見(会話してない)の時だ。
ざわっと空気が揺れたが、イズミルたちとの会話が終わると、彼ら二人を連れて直ぐにメイズが馬車まで来て扉を開ける。フォリアが先に降り、差し伸べてくれる手を取って馬車から降りた。馬車内で、女性はこうですから、私より先に降りないように!とフォリアに釘を刺されたためである。言われてなければ、多分先に降りようとした。多分。ありがとう、と言わなくても感情が伝わったのか、フォリアは少しだけ表情を緩めた。その場の全員が手を止め、礼をとる。
「構いませんよ。仕事続けてくださいね」
『はっ』
瑞姫が声をかければ、こちらを気にしながらも仕事に戻っていった。
「女神様、ご足労いただき感謝いたします」
「女神様の手を煩わせることになってしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、いいんですよ。手伝うって言ったの私ですし、呪いの品も気になりますしね」
暇だし、と言う言葉はしまっておく。恐縮していた二人は、瑞姫の気軽な態度にほっと雰囲気を緩めた。
「イズミル団長、神官はもうすでに戻ったのですか?」
「えぇ。私たちから見て呪いの大きい物を五つ、引き取ってもらったよ。――――宝石類のものは、残してもらいました」
フォリアの質問に、イズミルは頷いて言葉を返す。女神が来る、と言う伝令は神官たちが持って帰ったあとに来たらしい。後半、宝石からの言葉は、瑞姫たちだけに聞こえるように声を潜めた。イズミルは昨日、瑞姫の宝石の異能(一部)を目の当たりにしたので、今回ももしかしたら何かわかるかもしれないと、残してもらったらしい。
瑞姫はそれに感謝し、イズミルたちの背後にたたずむ子爵邸をしっかりと視界に入れる。途端、顔が引きつった。
「……うわあ……、すごいですね、この屋敷。元の世界でもここまでは……」
「あー、やはり、女神様もおわかりになりましたか……」
子爵邸は、黒い靄に三分の一ほど包み込まれかけていたのだ。全部包まれるのは、時間の問題と思わせられる。
「まあ……。フォリア、どうかした?」
イズミルを見れば、そうなるよな、と言う顔をして乾いた笑いを漏らす。そのとき、フォリアから珍しく感情の揺れが伝わってきた。動揺と混乱と、少しの恐怖で、瑞姫は斜め後ろにいる彼を仰ぎ見た。ら、顔にも動揺していることがありありと出ていた。思わず目を丸くしてしまう。
「ミ、ズキ様……、後ほどで、構いませんので……、その、少し確認したいことが……」
「……いや、今聞くよ。その状態のフォリアは、ちょっとほっといたらまずそう」
「そうですね。フォリア、私たちが聞いてはまずいことなら、少し席を外そうか」
「元々肌は白いけど、更に……、青いと言えばいいのかな……。心配になるから、主君である女神様に、今話した方がいいと思うよ」
三人に立て続けに言われたフォリアは、言葉を詰まらせたが、口を開いた。
「いえ、大丈夫、です。聞いていただいて。……あの、私は、元々呪い……あの、黒い靄が見えなかったん、ですが……」
「え?でも、旧式の隷属の首輪の靄は、見えて……あれ?」
確かに、フォリアは旧式の隷属の首輪の黒い靄は見えていた。だが、その後のシリウスに移っていた黒い靄と王妃のネックレスからにじみ出ていた黒い靄は見えていなかった。そして、この言い方と様子からして、瑞姫と同じように見えている。はっ、と瑞姫も気づいた。
「見えてる時と見えてない時がある、ね?」
「さすが、ミズキ様です。私は見えない者でした。見えなかったのですが……、首輪の時は見えて、その後は見えなくて、今は見えているのです。矛盾に気づいたときに、動揺してしまいまして……。何故見えるのか、と」
本来は、呪いです!と主張する黒い靄は、見える人と見えない人、見えないけどこれ駄目なやつと本能で感じる人、で分かれる。見える人は、聖職者、謂わば、神官や一部の光属性の魔法適正がある人、呪い系のスキル持ち、一部の呪術師、元々霊感がある人等。見えない人は、そういう類いの物は全くわからない。フォリアは見えないけどこれ駄目なやつと本能で感じる人だった。
首輪の時点では瑞姫も見えるので見える物だと自然と思っていた。だが、シリウスの件とネックレスの件は見えず、ここは見える。おかしい。いつの間にか、見える人、にカテゴライズされているのだ。フォリアが動揺も混乱も、恐怖も、覚えるのは仕方ない。瑞姫はフォリアの横に立ち、彼の背中に手を当て、顔をのぞき込んだ。
「ね、落ち着いて聞いてね」
「は、い」
なるべく、優しくゆっくりと話しかける。
「私は、呪いに敏感だし、見えるし、解呪は専門って言ったよね?」
「はい、聞きました」
「うん、じゃあ。フォリアって、誰の従者になったんだっけ?」
「あ。……ミズキ様の、です。そうか、これは……」
主君の恩恵だ。後天的に見えるようになった理由は、それしか思い当たるところがない。フォリアは強い呪いが見えるようになったのだ。シリウスやネックレスのものが見えなかったのは、弱すぎたからでは、と思う。今のところ、それしか理由が見当たらない。
瑞姫が緩く微笑めば、フォリアもつられてうっすらと笑う。フォリアの感情は、もう落ち着いているのか揺れも感じない。
「あぁ、そういうことか……」
「なるほど。それだったら後天的に見えるようになった理由だ」
イズミルとリズノーンも理解した、という顔だ。
「時間があるときに、何ができるかを確認しようね」
「はい。そうしていただけると助かります。自分でも気づいてないものがあるかもしれませんし」
これは、一緒に何ができるか確認した方がいい。今回のようにフォリアが気づいてないだけで、もしかしたら、まだ恩恵がある可能性もある。従者に影響力が強すぎる主君だ。
そんな二人を見ていたイズミルたちは、小声で言葉を交わす。
「え、あれって付き合ってない、んだよね?」
「そう聞いてますけど……」
「え、あれで?」
微笑み合う二人は、瑞姫が横に立っているので距離が近い。瑞姫はすでに、フォリアの背から手を離している。だが、そこから動いていないので近い。瑞姫が緩く微笑んでいるので、雰囲気は緩いのだが、なーんか、甘い感じもする。自分たち忘れられてない?これ。と感じるくらい二人の世界、のような気もする。よくよく観察すれば、瑞姫は緩く微笑んでいるだけだが、フォリアの方が甘い雰囲気を感じる原因だった。
「フォリア、ですかね」
「従者ってあんな風になるっけ?」
「……いえ、殿下のところはセイラン殿ですからね……。女性が主君だから、とか?」
「うん?それにしては……」
あれは、絶対に女神に気があるだろう。そう思わせるような、フォリアの瞳は愛おしい者を見るような眼差しだ。それに気づいてしまえば、雰囲気が更に甘くなった様な気がした。いちゃついているようにも見える。蜂蜜に砂糖を混ぜチョコでコーティングしたかのような甘ったるさだ。残念ながら、瑞姫の方は激鈍なので、全くもって気づいていないが。
「えー……、これは、もしや無意識……?」
「なんて厄介な……」
美男美女でお似合いだと思うのだが、近くにいる方はものすごく気まずい。目に毒である。え、これ声かけていいの?かけないと仕事進まないよ。マジで?誰が?そんな無言のやりとりをイズミルとリズノーンがしていれば、その甘い空気に入っていける猛者が現れた。
「お二人さーん。イチャつくのやめてくださいっす。目に毒っす」
「!?え、嘘、えっ」
「そうでしたか?」
――――メイズ、お前ェエエエ!よくやった!勇者!
近くで作業していたメイズが、ため息と共に二人の空気を切り裂いた。全くもってそんなつもりのなかった瑞姫は、メイズの発言に驚き、フォリアは、しれっ、とすっとぼける。このとき、瑞姫は驚いていたため、フォリアのすっとぼけた回答に対してスルーしたが、そうじゃないと気づいていれば、瑞姫は顔を赤くしただろう。そうなればもっと甘ったるい雰囲気になったに違いない。しかし、そのおかげで甘い空気は霧散した。周囲は心の中でメイズに拍手喝采した。これでやっと話も仕事も進む。
「えっと、も、もう、大丈夫だよね、フォリア」
「はい、大丈夫です。取り乱して申し訳ありません」
「いや、うん、いいんだ」
「さ、話を進めますよ」
メイズのイチャつくという言葉に照れた瑞姫の頬が若干赤いが、全員スルー。きっちりと頭を下げるフォリアに、苦笑いで許し、仕事の話に戻る。
「この子爵邸は、元からこんな風だったのですか?」
「いや、その……。こちらの、不手際です……」
フォリアの疑問に、申し訳なさそうに、イズミルが眉を下げる。彼は、こうなったきっかけを話し始めた。
最初は、こんな物騒な感じじゃなかった。普通の、どこにでもある邸で、皆普通に仕事ができていた。ところが、その途中、体調不良を訴える団員が出てきた。一人なら、ただ体調崩したんだな、となるのだが、一人ではなかった。さすがに何人も立て続けに出るのはおかしい。だから、一度全員手を止めて屋敷の外に出した。そしたら、体調不良を訴えていた者たちが、途端に何事もなく治ったという。おかしい。何かある。もう一度屋敷に踏み込もうとしたら、もう、明らかに空気が最初と違った。
「ずしっ、とくる感じですね。これは明らかに何かいると思いました」
入るのをやめ、団員に何か変わったことはなかったか、と聞いた。そしたら、最初に体調不良を訴えた団員が、変な感じのする部屋を開けた、と。開ける前はなんとも感じなかったのに、開けた途端、なんか嫌な感じがしたらしい。明らかに原因はそれだ。イズミルと、他何人かの光魔法を使える団員でその部屋に向かうが、近づくにつれて空気が重くなっていく。それでも、なんとか行けば、その部屋から異様な気配を感じ取った。全員顔を歪めるくらいには、異様な気配だった。イズミルが開けようとするが、何かあったとき団長に倒れられると困るから、と勇気ある団員が率先してその扉を開けようとしたところで、その団員が扉に封印の魔法陣が描かれていることに気がついた。
「どうやら、子爵が描いた物のようで、少しいびつな魔法陣でしたが、子爵が倒れるまではきちんと封印魔法が稼働していたようです」
「あちゃ~……」
「あ、いえ、女神様のせいではないのですよ。前もお伝えしましたが、本来なら、魔法陣をきちんと描けてさえいれば、本人が倒れたところで途切れることなどないはずなのです」
子爵が倒れるまでは、ということは、瑞姫が呪い返しをしなければ、それがきちんと稼働していた、ということだ。あちゃ~、と額を抑えたら、そのせいじゃない、とイズミルは強めにそれを否定した。魔法陣がいびつで、恐らく本人も何度か魔法をかけ直したりしていたためだろうという。というか、封印魔法とはそんなに難しいものなのか?瑞姫が捕らえた呪術師も不完全なもの描いていたようだったが。
「いえ、そんなことはないのです。封印魔法の魔法陣を描き慣れてないだけでしょう。きちんと習えばミスなどしません」
「子爵は、こう言ってはなんですが……、書簡の字を見ればわかりますが、あまり綺麗な字を書く人ではなく……」
「そうですね。確かに、私も子爵の字を見ましたが、下手でしたね」
「フォリア、お前ね……」
封印魔法は、習えば誰でもできるらしい。大がかりな物ほど複雑になるが、この程度であればそれほど複雑ではないらしい。リズノーンが大分濁したのに、フォリアがバッサリ切り捨て、リズノーンの顔が引き攣った。子爵が描いた魔法陣がいびつだったのは、字の下手さからくる物だったようだ。ものぐさなのか不器用なのか。
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ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
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