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本編
24.暗躍は迅速にっ
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―――そして、深夜。
寝巻から簡易な服に着替えた瑞姫は、“女神はぐっすりです”という独り言を天井に向かってつぶやいた。
「行くのですね」
「つれてかないからね」
「うぐ……、はい」
フォリアは当然ながら来たがったが、今回は連れて行けないと言ってある。
夕方頃にフォリアにそう言ったら、がびーん、と背後に雷が落ちたようなエフェクトが見えたのは、全力で見なかったことにした。なにせ、移動手段が特殊である。歩いて行くのではないのだ。それではどうやって行くのかと言えば、空を駆ける。水の異能を使い、足場に作った水の質をゴムのようにさせ、トランポリンを踏んでいるような感じで飛び跳ねるように進む。深く踏み込むほど、遠く速く進んでいける。これは、馬と並走できるくらい速いのだ。レイノートとの手合わせで見せた素早い動きも、これを使っていた(他者は動体視力がよくないと、一瞬で移動しているように見える)。
フォリアと一緒に行くとなると、瑞姫がフォリアを担いでいくことになるからいやだった。
せめて見送りはしたいというので許可したが、念押しをしておく。しゅん、とした表情に後ろ髪引かれるが、迅速に事を終わらせたいので、一人の方がいいのだ。
そ、と夜空に躍り出る。昼間に精霊達に王妃の場所を聞き、案内してもらうようお願いしていたので、迷う心配はない。深夜でも巡回している騎士達の目を掻い潜り、空を素早く駆けた。
王妃が匿われている離宮は、王宮から少し離れた場所に位置する。王妃がいるであろう部屋からは、とても濃い呪いの気配がした。思わず顔がひきつってしまう。よくこれだけの呪いに、半年間も耐えたなと思わずにはいられない。ここからは、精霊達も呪いを恐れて近寄れないので、彼女一人でこっそり(窓はちゃんと開いていた)侵入した。護衛である影の気配がしたので、こいこい、と手招き。
「……女神様、ですか……?」
「そうです。なんとかしにきました」
「!……本当に……」
影は、王にも知らせていない、と言った。ちゃんと伝わっていて安心する。
「女神は、王妃様が病で倒れ臥していることしか知らないです。何も、誰にも、言われてません。女神は今夜も部屋でぐっすり眠っている、ことになってます。今夜ここで何が起ころうとも、誰も何も知らないです。いいですね」
「……はっ。承知いたしました」
実際、誰も彼女に呪いだなんだと言わなかった。聞いてないから、聞かれたところで何も聞いてない、と堂々と言える。女神はここに来ていない。ぐっすり眠っている。それは、女神の護衛である影もそう証明するだろう。
「……さて……。あー、これは……、徐々に蝕んでいく感じですか……。蟲毒ではなさそうだな……」
暗くてよく見えないが、恐らく銀髪だ。衰弱しているのか顔色も相当悪く、呼吸も乱れている。命は風前の灯火。もっと遅ければ、恐らく間に合わなかった。さて、と彼女は王妃の体に手を向ける。ロキの時にはやらなかったが、かかっている呪いに探りを入れた。
(うーん、一人だな、うん。それと……、呪い自体は弱いけど、塵も積もればってやつか)
半年ほど前から徐々に弱っていったということは、その頃から呪いをかけている。術者は一人。小さい呪いを少しずつ長期間に渡ってかけているので、術者の負担は少ないにしても、代償はあるだろう。成功しても失敗しても、代償は払わなければならない。失敗のほうが負担は大きくなるのは常だ。この場合、浄化すれば呪い失敗となり、術者が払う代償は大きくなるだろうが、恐らく死にはしない。呪い返しをすれば、この積もった呪いそっくりそのまま返されはするものの、辛うじて死は免れる、と思う。王妃が死んでないので、恐らく。
隷属の首輪の件は弱かったが、これは違う。もともと弱い呪いだが、つもりに積もって大きく強くなっている。
まあ、なんにせよ、瑞姫ができるのは呪いを浄化するか返すかのみ。最後の審判は王だ。王族に呪いを行ったのだから、大罪人。死は免れないだろう。こんなことに力を使うのではなく、別の、もっといいことに使えばいいのに、と思いつつ、呪い返しを行った。
真っ暗の中で行うので、キラキラと彼女を取り巻く空気が強く煌めく。ロキの時に行ったのは、浄化か呪い返しかを選択してもらうためと、呪い返しができると周知させるために宝石を作り出し(他の人はそれが宝石だとは知らない)、可視化しただけだ。本来は、自分自身を宝石に見立て、対象に触れて祈るだけである。
王妃の手を取り、強く祈った。
――術者に返れ!
パッ、と一瞬の強く輝く煌めき。王妃の体を覆う黒い靄が、瑞姫の力に押し出されるように離れた。それは数秒浮かんでいたが、やがて行き場を定めたのか、この部屋から飛び出して行く。
「……ふぅ、これで、なんとか」
「お、王妃、さまは……」
「術者に返しました。ですが、衰弱が激しいです。……毒は、まさか盛られたりは……?」
「それは、もしあっても、王妃様には効きません。王妃様は、毒耐性をお持ちですので、たとえ致死量を盛られたとしても、少し体調を崩すだけなのです」
少しとはどれほどか。まあ、あまり心配していないようなので、本当に少ししか効かないのだろう。呼吸は安定しているし、あとは栄養のある食事をして、ゆっくり休めばいいはずだ。呪い返しを返してくる気配もないので、恐らく呪いに関してはもう大丈夫だろう。
「女神様、本当に、本当に、ありがとうございます……!」
「いえいえ。頭を上げてくださいな……、あれ、いつの間に……」
王妃を見ながら話していたので気づかなかったが、涙ぐんだような震えた声に振り向けば、いつの間にか影が一人増えていた。それには結構驚いた。気配がしなかったから。
「えっと、しー、ですよ。王様に聞かれたら話して構いませんが、それまでは内緒にしといてくださいね」
「それでは、貴女様の功績が表に出ませんが」
「それでいいんです。私としては、王妃様ではなく、一女性を助けただけ。私の個人的な感情で動きましたが、周囲はそう思わないでしょう」
「王家が、女神に依頼した、ととられるからですね」
「権力やお金で動く女だと思われるのは面倒です。それに、それが分かっているから、王家は私に依頼しない。教えもしなかった。だけど、私が気付いてしまった。気づいちゃったらねえ?見て見ぬふり、人を見殺しにするなんて、私にはとてもじゃないけどできません」
人を守ることに誇りを持っている。見返りが欲しくてやっているわけじゃない。それを偽善だなんだというものもいるが、そう思いたければ思えばいい。そう思っている。
「いいですか。女神は今夜、ぐっすり部屋でお休み中でした」
「……、はい。承知いたしました」
「声に不満が乗ってますよ。表に出すと、他の貴族が煩いですからね。何のために誰にも聞かずに秘密裏で動いたか」
「御意に」
それでは、と彼女は、来た時と同様、窓から外に出た。部屋に戻ろうとして、方向転換。呪いが飛んでいった方向がわかるんだから、今なら犯人逮捕出来るんじゃないか、と思ったのだ。捕まえられるときに捕まえておかないと、共犯者がいて逃亡を手伝われたらたまったものではない。犯人を追わなければ、と使命感に駆られた瞬間だった。……完全なる職業病である。
「精霊さん、呪い返しどっち飛んでった?」
〔あっちー〕
それからまた、呪い返しが飛んでいった方向へ精霊達に案内を頼んでついて行く。そこは、郊外にあるそこまで広くない一軒家。手入れされていない、恐らく空き家だろう。家の中に人の気配はしなかった。
二階から侵入し、次々と部屋の扉を開けて確認していく。どの部屋も、開けた瞬間埃が舞ってせき込みそうになった。長い間使われてないらしい。二階も一階にも誰もいない。となれば、地下である。慎重に床を注視すれば、他の部屋はすごかったのに、居間だけ埃がないことに気づいた。そこから地下に向かって気配を探れば、一つ。思わず、にやり、と笑ってしまう。それから、地下への扉だが、あっさり見つかった。真ん中にあると思えば隅にあり、開けるのも手動である。
「魔法使えるんだから、こういうところ魔法使って隠せばいいのに……」
少し拍子抜けしながらも、足早に階段を降りれば、空き家と同じくらいの広さの部屋についた。真ん中からやや右側に位置する場所に、小さめの魔法陣。その上に、人が倒れていた。
「……みーっけ」
呪い返ししたときの呪いの名残がしっかりと残っている。近寄ってみれば、息はか細いが生きてるらしい。辛うじて、がつくが。その人はとりあえず放っておき、部屋の左側に置いてある机や書棚に近寄る。棚にはほとんど入ってないが、机の上には書類が散乱していた。
証拠になりえそうなものを探していれば、出るわ出るわ。どうやら、この人は慎重派らしく、誰からの手紙やら指示書やらたくさん出てきた。過去、王妃以外にも呪いを行っていたらしく、その時の書類や書簡なども出てきた。一応、#魔法鞄__マジックバッグ_#も持ってきていてよかった。パパッ、と鞄に押し込めれば、なんと、引き出しの中にもあった書類までも全部入ってしまった。さすがである。ほくほく顔で倒れている人を担ぎ、床にある魔法陣を水で削って使えなくしておいた。
外に出れば、夜が明けようとしている。これはやばい、時間がない。何せ、女神はぐっすりお休み中。朝までに戻らねばアリバイが崩れてしまう。とりあえず、担いだ人諸共自分の部屋に戻る為、猛スピードで空を滑った(空気中の水分を足下に集め、水の道を作りつつその上を滑るジェットスキーのような物)。
「た、っだいま~」
「ミズキ様っ」
直ぐ帰ってくるつもりが、ちょっと寄り道したので時間がかかり、フォリアは雨に濡れた子犬のような表情で待っていた。とりあえず、罪悪感が半端なかった。
「影さん、仕事増やしてごめんなさい。これ、ちょっと牢屋に放り込んでくれます?呪術師なの」
「……罪状は、どうされますか」
とりあえず、その(顔は見ていないが、体格的に)男を牢に放り込んでおくよう頼む。罪状は、回収してきた王妃呪い計画的な書類を見せれば納得してくれた。感謝を表しているのか、深々と瑞姫に礼をとり、呪術師を乱雑な手つきで抱え上げて退室していった。
「ミズキ様、埃まみれですよ。流した方がよろしいかと」
「あー……」
間違いなく、二階から侵入したせいである。そのまま風呂場に直行し、水で服事体を丸洗いし、水を消し飛ばせばすっきり。寝巻に着替え、回収してきた書類をベッドの上に広げた。もうここまで来たら、起きていようと思ったのだ。元の世界でも、徹夜はざらだったので一夜くらいなんともない。フォリアに休んでいいよと言ったが、付き合ってくれるらしい。
「えぇっと……?こっちは王妃様、こっちは……、別件の貴族か……」
「ミズキ様、これ、スキアーヴォ子爵の名前がありますよ」
「フォリア偉い、よく見つけたね」
王妃関係の書類、別件の貴族関係の書類、その他エトセトラ。なんと、現在牢にいるスキアーヴォ子爵が、別件だが呪いを依頼した書類も出てくる。そういう仕分けをしていれば、侍女が起こしに来る時間になっていた。慌ててまとめ、もう一度魔法鞄にしまい込む。瑞姫は侍女が来る頃には起きているので、怪しまれはしないだろう。フォリアも、いったん自室に戻った。こういうとき、続き部屋は便利である。
そうしていつも通りに過ごしていれば、王妃が復活したという情報が流れてきた。といっても、影からもたらされたものだが。まだ極秘にするらしく、王妃の体がきちんと動かせるようになるのと、犯人が捕まるまでは、臥していることにするようだった。
寝巻から簡易な服に着替えた瑞姫は、“女神はぐっすりです”という独り言を天井に向かってつぶやいた。
「行くのですね」
「つれてかないからね」
「うぐ……、はい」
フォリアは当然ながら来たがったが、今回は連れて行けないと言ってある。
夕方頃にフォリアにそう言ったら、がびーん、と背後に雷が落ちたようなエフェクトが見えたのは、全力で見なかったことにした。なにせ、移動手段が特殊である。歩いて行くのではないのだ。それではどうやって行くのかと言えば、空を駆ける。水の異能を使い、足場に作った水の質をゴムのようにさせ、トランポリンを踏んでいるような感じで飛び跳ねるように進む。深く踏み込むほど、遠く速く進んでいける。これは、馬と並走できるくらい速いのだ。レイノートとの手合わせで見せた素早い動きも、これを使っていた(他者は動体視力がよくないと、一瞬で移動しているように見える)。
フォリアと一緒に行くとなると、瑞姫がフォリアを担いでいくことになるからいやだった。
せめて見送りはしたいというので許可したが、念押しをしておく。しゅん、とした表情に後ろ髪引かれるが、迅速に事を終わらせたいので、一人の方がいいのだ。
そ、と夜空に躍り出る。昼間に精霊達に王妃の場所を聞き、案内してもらうようお願いしていたので、迷う心配はない。深夜でも巡回している騎士達の目を掻い潜り、空を素早く駆けた。
王妃が匿われている離宮は、王宮から少し離れた場所に位置する。王妃がいるであろう部屋からは、とても濃い呪いの気配がした。思わず顔がひきつってしまう。よくこれだけの呪いに、半年間も耐えたなと思わずにはいられない。ここからは、精霊達も呪いを恐れて近寄れないので、彼女一人でこっそり(窓はちゃんと開いていた)侵入した。護衛である影の気配がしたので、こいこい、と手招き。
「……女神様、ですか……?」
「そうです。なんとかしにきました」
「!……本当に……」
影は、王にも知らせていない、と言った。ちゃんと伝わっていて安心する。
「女神は、王妃様が病で倒れ臥していることしか知らないです。何も、誰にも、言われてません。女神は今夜も部屋でぐっすり眠っている、ことになってます。今夜ここで何が起ころうとも、誰も何も知らないです。いいですね」
「……はっ。承知いたしました」
実際、誰も彼女に呪いだなんだと言わなかった。聞いてないから、聞かれたところで何も聞いてない、と堂々と言える。女神はここに来ていない。ぐっすり眠っている。それは、女神の護衛である影もそう証明するだろう。
「……さて……。あー、これは……、徐々に蝕んでいく感じですか……。蟲毒ではなさそうだな……」
暗くてよく見えないが、恐らく銀髪だ。衰弱しているのか顔色も相当悪く、呼吸も乱れている。命は風前の灯火。もっと遅ければ、恐らく間に合わなかった。さて、と彼女は王妃の体に手を向ける。ロキの時にはやらなかったが、かかっている呪いに探りを入れた。
(うーん、一人だな、うん。それと……、呪い自体は弱いけど、塵も積もればってやつか)
半年ほど前から徐々に弱っていったということは、その頃から呪いをかけている。術者は一人。小さい呪いを少しずつ長期間に渡ってかけているので、術者の負担は少ないにしても、代償はあるだろう。成功しても失敗しても、代償は払わなければならない。失敗のほうが負担は大きくなるのは常だ。この場合、浄化すれば呪い失敗となり、術者が払う代償は大きくなるだろうが、恐らく死にはしない。呪い返しをすれば、この積もった呪いそっくりそのまま返されはするものの、辛うじて死は免れる、と思う。王妃が死んでないので、恐らく。
隷属の首輪の件は弱かったが、これは違う。もともと弱い呪いだが、つもりに積もって大きく強くなっている。
まあ、なんにせよ、瑞姫ができるのは呪いを浄化するか返すかのみ。最後の審判は王だ。王族に呪いを行ったのだから、大罪人。死は免れないだろう。こんなことに力を使うのではなく、別の、もっといいことに使えばいいのに、と思いつつ、呪い返しを行った。
真っ暗の中で行うので、キラキラと彼女を取り巻く空気が強く煌めく。ロキの時に行ったのは、浄化か呪い返しかを選択してもらうためと、呪い返しができると周知させるために宝石を作り出し(他の人はそれが宝石だとは知らない)、可視化しただけだ。本来は、自分自身を宝石に見立て、対象に触れて祈るだけである。
王妃の手を取り、強く祈った。
――術者に返れ!
パッ、と一瞬の強く輝く煌めき。王妃の体を覆う黒い靄が、瑞姫の力に押し出されるように離れた。それは数秒浮かんでいたが、やがて行き場を定めたのか、この部屋から飛び出して行く。
「……ふぅ、これで、なんとか」
「お、王妃、さまは……」
「術者に返しました。ですが、衰弱が激しいです。……毒は、まさか盛られたりは……?」
「それは、もしあっても、王妃様には効きません。王妃様は、毒耐性をお持ちですので、たとえ致死量を盛られたとしても、少し体調を崩すだけなのです」
少しとはどれほどか。まあ、あまり心配していないようなので、本当に少ししか効かないのだろう。呼吸は安定しているし、あとは栄養のある食事をして、ゆっくり休めばいいはずだ。呪い返しを返してくる気配もないので、恐らく呪いに関してはもう大丈夫だろう。
「女神様、本当に、本当に、ありがとうございます……!」
「いえいえ。頭を上げてくださいな……、あれ、いつの間に……」
王妃を見ながら話していたので気づかなかったが、涙ぐんだような震えた声に振り向けば、いつの間にか影が一人増えていた。それには結構驚いた。気配がしなかったから。
「えっと、しー、ですよ。王様に聞かれたら話して構いませんが、それまでは内緒にしといてくださいね」
「それでは、貴女様の功績が表に出ませんが」
「それでいいんです。私としては、王妃様ではなく、一女性を助けただけ。私の個人的な感情で動きましたが、周囲はそう思わないでしょう」
「王家が、女神に依頼した、ととられるからですね」
「権力やお金で動く女だと思われるのは面倒です。それに、それが分かっているから、王家は私に依頼しない。教えもしなかった。だけど、私が気付いてしまった。気づいちゃったらねえ?見て見ぬふり、人を見殺しにするなんて、私にはとてもじゃないけどできません」
人を守ることに誇りを持っている。見返りが欲しくてやっているわけじゃない。それを偽善だなんだというものもいるが、そう思いたければ思えばいい。そう思っている。
「いいですか。女神は今夜、ぐっすり部屋でお休み中でした」
「……、はい。承知いたしました」
「声に不満が乗ってますよ。表に出すと、他の貴族が煩いですからね。何のために誰にも聞かずに秘密裏で動いたか」
「御意に」
それでは、と彼女は、来た時と同様、窓から外に出た。部屋に戻ろうとして、方向転換。呪いが飛んでいった方向がわかるんだから、今なら犯人逮捕出来るんじゃないか、と思ったのだ。捕まえられるときに捕まえておかないと、共犯者がいて逃亡を手伝われたらたまったものではない。犯人を追わなければ、と使命感に駆られた瞬間だった。……完全なる職業病である。
「精霊さん、呪い返しどっち飛んでった?」
〔あっちー〕
それからまた、呪い返しが飛んでいった方向へ精霊達に案内を頼んでついて行く。そこは、郊外にあるそこまで広くない一軒家。手入れされていない、恐らく空き家だろう。家の中に人の気配はしなかった。
二階から侵入し、次々と部屋の扉を開けて確認していく。どの部屋も、開けた瞬間埃が舞ってせき込みそうになった。長い間使われてないらしい。二階も一階にも誰もいない。となれば、地下である。慎重に床を注視すれば、他の部屋はすごかったのに、居間だけ埃がないことに気づいた。そこから地下に向かって気配を探れば、一つ。思わず、にやり、と笑ってしまう。それから、地下への扉だが、あっさり見つかった。真ん中にあると思えば隅にあり、開けるのも手動である。
「魔法使えるんだから、こういうところ魔法使って隠せばいいのに……」
少し拍子抜けしながらも、足早に階段を降りれば、空き家と同じくらいの広さの部屋についた。真ん中からやや右側に位置する場所に、小さめの魔法陣。その上に、人が倒れていた。
「……みーっけ」
呪い返ししたときの呪いの名残がしっかりと残っている。近寄ってみれば、息はか細いが生きてるらしい。辛うじて、がつくが。その人はとりあえず放っておき、部屋の左側に置いてある机や書棚に近寄る。棚にはほとんど入ってないが、机の上には書類が散乱していた。
証拠になりえそうなものを探していれば、出るわ出るわ。どうやら、この人は慎重派らしく、誰からの手紙やら指示書やらたくさん出てきた。過去、王妃以外にも呪いを行っていたらしく、その時の書類や書簡なども出てきた。一応、#魔法鞄__マジックバッグ_#も持ってきていてよかった。パパッ、と鞄に押し込めれば、なんと、引き出しの中にもあった書類までも全部入ってしまった。さすがである。ほくほく顔で倒れている人を担ぎ、床にある魔法陣を水で削って使えなくしておいた。
外に出れば、夜が明けようとしている。これはやばい、時間がない。何せ、女神はぐっすりお休み中。朝までに戻らねばアリバイが崩れてしまう。とりあえず、担いだ人諸共自分の部屋に戻る為、猛スピードで空を滑った(空気中の水分を足下に集め、水の道を作りつつその上を滑るジェットスキーのような物)。
「た、っだいま~」
「ミズキ様っ」
直ぐ帰ってくるつもりが、ちょっと寄り道したので時間がかかり、フォリアは雨に濡れた子犬のような表情で待っていた。とりあえず、罪悪感が半端なかった。
「影さん、仕事増やしてごめんなさい。これ、ちょっと牢屋に放り込んでくれます?呪術師なの」
「……罪状は、どうされますか」
とりあえず、その(顔は見ていないが、体格的に)男を牢に放り込んでおくよう頼む。罪状は、回収してきた王妃呪い計画的な書類を見せれば納得してくれた。感謝を表しているのか、深々と瑞姫に礼をとり、呪術師を乱雑な手つきで抱え上げて退室していった。
「ミズキ様、埃まみれですよ。流した方がよろしいかと」
「あー……」
間違いなく、二階から侵入したせいである。そのまま風呂場に直行し、水で服事体を丸洗いし、水を消し飛ばせばすっきり。寝巻に着替え、回収してきた書類をベッドの上に広げた。もうここまで来たら、起きていようと思ったのだ。元の世界でも、徹夜はざらだったので一夜くらいなんともない。フォリアに休んでいいよと言ったが、付き合ってくれるらしい。
「えぇっと……?こっちは王妃様、こっちは……、別件の貴族か……」
「ミズキ様、これ、スキアーヴォ子爵の名前がありますよ」
「フォリア偉い、よく見つけたね」
王妃関係の書類、別件の貴族関係の書類、その他エトセトラ。なんと、現在牢にいるスキアーヴォ子爵が、別件だが呪いを依頼した書類も出てくる。そういう仕分けをしていれば、侍女が起こしに来る時間になっていた。慌ててまとめ、もう一度魔法鞄にしまい込む。瑞姫は侍女が来る頃には起きているので、怪しまれはしないだろう。フォリアも、いったん自室に戻った。こういうとき、続き部屋は便利である。
そうしていつも通りに過ごしていれば、王妃が復活したという情報が流れてきた。といっても、影からもたらされたものだが。まだ極秘にするらしく、王妃の体がきちんと動かせるようになるのと、犯人が捕まるまでは、臥していることにするようだった。
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