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本編

07.謁見

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 朝から念入りに体を隅々まで手入れされ、ちょっと豪華なドレスに身を包む。今日は、ようやく国王陛下との謁見する日だ。

「顔をあげ、楽にせよ」

 そういわれ、瑞姫とゆりあは顔を上げた。
 実は、ゆりあと会うのは、召喚されてきたとき以来だった。王宮内は広く、更に部屋が離れているために、自分から会いに行かないと会えないようになっている。瑞姫も避ける節があったので、全くと言っていいほど姿も見なかった。ただ、噂だけは耳にしている。あまり、良いともいえない噂ではあるが。どうやら、自分があたかも聖女であるかのようにふるまっているらしい。横暴ではないものの、我が儘で周りを振り回しているのだとか。自分がいいと思った男に媚を売っているだとか。そんな噂があるものだから、ゆりあの評判はあまりよくないらしい。
 顔を上げて一番初めに思ったのは、やっぱりな、だった。やはり、城下町であった“チェン”という男は、王であっていた。しかし、彼女が目を合わせても、王は気づいていないのか何の反応もない。てっきり、報告が上がっているものかと思ったが。

「本当ならもう少し早くお会いしたかったのだがな……」

 本来ならば玉座がある謁見の間なのだが、軍事会議で使用されるような部屋だ。大きな楕円状のテーブルで、国王陛下ツェリス、シリウス、リカルド、シュバルツ、宰相レスニア・ウェルナイト、騎士団総長に第一から第六までの騎士団団長、副団長たちもいる。残念ながら、名前を紹介されたが全ては覚えきれなかった(第二と第三の団長・副団長は以前会っているのでわかる)。カタカナばっかりで舌かみそう。それを見越してなのか、ちゃんとした自己紹介はあとから各々でするように、とレスニアが言ってくれたので、瑞姫は顔には出さなかったが内心ほっと安堵の息を吐いた。

「さて、そなたらの鑑定だが、一応確定するまでは極秘なのでな。信頼できる者達しかこの場にはおらぬ」

 瑞姫はなるほど、と頷いた。まだ自分たちは聖女候補であり、あやふやな立場。王が信用でき、かつ必要最低限の人間しか公開しないつもりのようである。
 鑑定は、聖女の力に反応する“神器アーティファクト”があり、その道具に触れればいいだけのようだ。直径三十センチチセルほどある水晶玉で、少し濁りがある。聖女が触れると白く輝くらしい。精霊王や女神の神託ではないのかと思ったが、精霊王は滅多に姿を現さないし、神託は曖昧なものが多いのではっきりしないそうだ。難しいものではなくてよかった、と彼女は思った。
 順番はどちらでもよかったが、第一王子が後見人を務める瑞姫から調べることになった。レスニアが近くまで持ってきてくれて、机に置かれたそれに恐る恐る触れる。

―――ふわり

「……虹色……」
「これは……」

 光るには光ったのだが、虹色の柔らかい光が水晶玉を輝かせた。周りも予想外の輝きに驚いていたが、更に驚いたのは、驚いて目を見開く彼女の瞳が、それに比例してキラキラと煌めいたからである。精霊のような、妖精のような、

――――神のような

 そんな神秘的な光景で、誰もが言葉を失った。
 誰に言われるまでもなく、パッと手を離せば、水晶玉の輝きは一瞬で、瞳の煌めきはゆっくりと治まる。は、と意識を戻したレスニアは、続いてゆりあの前に水晶玉を置いた。彼女が触れれば、今度は白い光がふわりと輝く。これぞ正真正銘、聖女の輝きだ。レスニアはそれを持ち、また席へと戻っていく。

「……精霊が騒ぐわけだな」
「えぇ、本当に」
「ですが、これでどちらが、というのがはっきりしたわけですねえ」

 もったいぶらないで早く発表してほしい。いや、聖女はもうはっきりとわかっている。ゆりあのほうだ。だから、あれは何だったのかを教えてほしかった。聖女の力に反応すると白く光る水晶玉が、虹色に光った原因を。

「聖女は、今見た通りシノノメ殿だ」
「わ、私が、聖女……」

 ゆりあは歓喜一色である。そんなに喜べることなのか、と瑞姫は若干引き気味だ。
 聖女は、聞いた通りだと激務とはいかないまでも、忙しい。瘴気あるところへ赴かねばならないから、あちこちに移動しなければならないし、場所によっては長旅になるだろう。外交も仕事のうちに入っているから、完璧とまではいかないまでも、それ相応の教養と貴族としてのマナーも覚えなければいけないはずだ。これから山のようにやらないといけないことがあるのを、彼女はわかっているのだろうか、と疑問が尽きない。自分にならなくてよかった、と思ったが、王の言葉に一瞬呼吸が止まることになった。

「そしてカグラ殿だが、虹色。……精霊達が騒いでいた。女神様が来たと」
「……は」

(はああああ!?めが……、女神!?)

 瑞姫がこの世界に来てすぐに、そういうものに敏感な精霊や妖精達がこぞって騒いでいる、というのは精霊を見ることのできる者達だけは知っていた。声を聞き取れない者も、浮足立っているのは雰囲気でよくわかったらしい。しかし、精霊達はどちらが、というのは言わなかった。精霊にとっては聞かれなかったから答えなかっただけだが、どちらかが聖女で女神で、ということはわかったので、王達はすぐさま精霊達に、精霊の見える者達へ緊急で緘口令を敷いた。発表までは言うな、と。それが功をなし、いまだ女神が降り立ったことは世間に知られていないのだ。ここにいるゆりあ以外の者達が驚いていないのは、事前に知らされていたからである。

「カグラ殿、精霊は見えるか」
「……い、いえ、みえて、ないですが……。見えるように、なるものです、か?」
「精霊によると、まだここに馴染んでいないのではないか、と」

 馴染んだ馴染んでないの境界線はわからないが、王が言うのは恐らく魂が女神の作った体に、ということだろう。不調は今のところないが、王子達がしきりに体調が悪くなったら言ってくれ、と言われていたが、そういうことらしい。

「ミズキ殿は、魔力があるというのはお教えしましたよねえ?巡回できますか?」
「巡回……、あー、あ、なるほど。魔力をいったん目に込めろと」
「さすがですねえ」

 魔力はあるとシュバルツからもシリウスからも聞いており、へえ、とその時にはそれだけしか思ってなかった。使わなくても戦えるので、別にあってもなくてもどちらでもよかったのだ。だから、返事は適当になった。その時に、魔力の動かし方を習っており、扱い方はわかっている。
 やってみろ、というので、目を閉じて深呼吸した。内側に器をイメージし、魔力を水に変換して器を満たしていく。あふれた水は心臓から体全体に広がっていくように、左手から足、それから右手、首、頭に行って、また首を通り心臓に戻る。そして、そのまま目に魔力を集めるイメージをし、両目が熱を持った感覚に瞼を上げた。
 最初はぼんやりと光がいくつも見えるな、という感じだったのに、何度か瞬きしたら、それはいつの間にかセンチチセルくらいの人型をもって、羽で飛んでいた。赤、緑、白、黒、黄色など、様々な髪色の精霊達。さらに、幼い声が耳に届く。

〔わー!女神様とちゃんと目が合ったー!〕
〔えー!女神様はやーい!〕
〔聞こえる?〕
〔声、聞こえる?〕

 一斉に話しかけられ、驚いて一歩後ろに下がった。声も聞こえる、と頷けば、精霊達は無邪気にはしゃぐ。
 瑞姫は見ていなかったが、この時、隣にいたゆりあは声に出さなかったものの、表情は“信じられない”と言っていた。当然、それを見逃す王達ではなく、怪訝そうな顔をしていたのを当人達だけは知らなかった。

「み、見えました。聞こえました」
「の、ようであるな……」

 驚いた拍子に目に込めた魔力は霧散されたが、それでも相変わらず見え続けているので、普通にしていても大丈夫そうだ。精霊を見るたびに魔力を目に集めなければならないかと思ったが、そうでもないようでほっとする。
 そして、次に浮いた疑問が、自分は人間であるか神であるか、だ。それについては、王達も答えが出せないので、こういうことについて詳しいだろう妖精族のドライアドを呼んでいるらしい。ドライアドは、この国と友好関係を築いているし、妖精族の中で最も親しみやすく、鑑定の目をもっているので最適だそう。

「ドライアド、よろしく頼む」

 王がそう声をかければ、王が座する斜め前の机の上に芽が現れて急激に成長した。それは、神秘的な美しい女性に変わる。彼女達を見ると、ふわりとほほ笑んだ。すー、と滑るように移動してくると、跪き、首を垂れる。ドライアドにそうされるとは思っておらず、彼女たちは驚いた。

「ようこそ、女神様、聖女様。お待ちしておりました。まさかとは思いましたが、こうして見えることができ、とても嬉しゅうございます」

 鈴を転がすような声でそう言った。瑞姫は自分たちが地位が上だと確信すると、ドライアドへ頭を上げて姿勢も楽にしてもらうように言う。顔を上げ、立ち上がったドライアドは嬉しそうな表情だった。

「瑞姫・神楽と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「え、あ、……、ゆ、ゆりあ・東雲です。よろしくお願いします」
「どうぞ、わたくしのことはセレスティアと、お呼びください。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」

 瑞姫が名乗り、いまだに驚いているゆりあを目で促した。ドライアドは種族名で、個体名はちゃんとあるらしい。
挨拶もそこそこに、セレスティアはじ、と瑞姫を見つめた。

「……、魂が、女神様のものと融合しております。この方ご自身は人族ですけれど。こちらの世界の女神ではなく、元の世界の女神様の魂の欠片ですわね」
「女神様の魂の欠片……。して、御名はわかるか」
「えぇ、こちらの世界にもその御名は通っておりますが、サラスヴァティー様ですわ。その所為でしょうか、こちらの世界のサラスヴァティー様のご加護がおありです」
「なんと……!」

 瑞姫は何を聞いても驚かないぞ、な心構えだったのに、あっという間に崩された。元の世界の女神の魂の欠片、更にはこちらの世界の女神の加護あり。ややこしいことになった、と彼女は天を仰ぐ。目は遠い。

 女神・サラスヴァティー。その名は、元の世界でも聞く名である。とは言っても、神話に興味がなければ分からないだろうが。
 サラスヴァティー。彼女の世界ではとある宗教の女神であり、芸術と学問などの知を司る。サラスヴァティーは水を持つ者の意であり、水と豊穣の女神であるとされる。初めは聖なる川であるサラスヴァティー川の化身ともされており、流れる川が転じて、流れるものすべて(言葉・弁舌や知識・音楽など)の女神となる。蛇の神様という説もあった。仏教に取り込まれた名は、七福神の一柱である弁財天だ。農業、音楽から始まって学問・芸術・財福・智慧・延寿その上弁舌も立つ女神で、更には戦える説もある。
 こちらのサラスヴァティーも、ほぼ同一である。戦えはしないようだが。

「東雲さん、七福神の弁財天はわかる?」
「は、はい、わかります」
「サラスヴァティー、様って、とある宗教の女神なんだけど、仏教に取り込まれた名前は、そう呼ぶんだよ」
「えぇ!?」

 頭の上に疑問符を浮かべていたゆりあに、わかりやすく簡潔に教えた。どうやら弁財天は知っていたようで安心する。

「そして、もう一柱の神の魂の欠片も見えますわ。ですが、こちらの神の御名までは……。こちらの世界の神とは違いますわね。完全に、元の世界の神ですわ」

 二柱の神の魂の欠片が、自分にあるらしい。と、いうことは、だ。元の世界での伝承は本当だ、ということになる。もう一柱の神様の名前はわからないのが残念だが、それがわかっただけでもよしとしよう。もう、元の世界には帰れないのだから。

「なるほど。あいわかった。して、女神様の役割は?大昔に一度だけ現れたと聞くが、あまり資料が残っておらんのでな」
「で、しょうね。私共も、詳しいことはわかりかねるのですが、妖精族に伝わっていることをお話しさせていただきますわね」
「うむ、頼む」
「女神様がおられるだけで、国、世界が安定し始めるようです。縛ってはならぬ、と。ご自由にお過ごしいただければ、ということです。ただし、瘴気の浄化は聖女がきちんと行わなければなりません。安定はすると言っても、瘴気は増え続けますからね」
「なるほど。聖女様は過去と同じように瘴気を浄化する役目なのだな」
「はい」

 女神の役割は、縛られることなく、自由に動けということらしい。それがこの国の、ひいては世界の為にもなってくるという。訳が分からないが、妖精族も嘘はつかない為、そうなのだろう。

「まあ、とりあえずこんな所でしょうか」
「そうか、ご苦労だったな、ドライアド」
「女神様、聖女様、私はこれにて失礼いたします。また、お会いいたしましょう」

 ふわり、と笑ってドライアドはこちらの混乱と困惑をそのままに消えてしまう。辛うじて目礼をしたが。ドライアドがいなくなった今、自分に視線が集中しているのが肌で感じ取れた。しかし、今はそれどころではない。
 元の世界で、嫌というほど注目は浴びてきた。だが、慣れているわけではない。注目を浴びるのは嫌いである。先ほどまで呆然としていたのに、今は眉間にしわを寄せて難しい顔をしていた。女神と聖女の降臨のことは、世界中に知らせねばならないので仕方がないが、あまり目立ちたくないなと思ってしまう。
 今日は鑑定のみだったので、戻って良いと言われたが、瑞姫に話がある、とシリウスに言われてこの場に残った。ゆりあはちらちらとこちらを気にしてはいたが、出ていくよう促されたので何も言うことはなく部屋を出ていった。
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