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本編
03.迷子ちゃん?
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この世界は地球のように丸く、気候も同じらしい。大陸の形、住む人々が多種多様の違いくらいである。
人族、魔族、亜人族(獣人やエルフ、ドワーフなどを含めた言い方)はそれぞれの大陸を持ち、人族の大陸が一番大きい。とは言っても、他の二大陸とそれほど差があるわけでもない。人族の大陸ではあるが、今は他種族も多く住んでいる。魔族だけは、大陸からほぼ出てこないようで、あまり見かけない。逆に、人族、亜人族も魔族の大陸には住まないようだ。仲が悪いわけでもない。ちゃんと、国交はある。しかし、魔族の国は独特で、少し他の種族には住みにくいらしい。
妖精(の一部)・精霊達は、見える人にしか見えない。その中で、声を聴けるものは稀である。多くいるのは亜人族の大陸で、他よりも自然が多いから、と言われていた。だからか、亜人族のほうが見えるものが多い。ただ、魔族はすべてのものが見えるようで、聞こうと思えば声も聞けるのだとか。人族は一握りにしか満たなく、声が聞こえる者は更に少ない。
人族の大陸名は“アドニス”。この国は、アドニス大陸の中の一つである王国“ユーリシアン”。内陸部に位置する、アドニス大陸では一,二位を争う大国だ。この国は魔道具に力を注いでおり、様々な魔道具が存在する。魔道具といえばユーリシアン、と口をそろえて言われるほどだ。昔から腕のいい技術職人が集い、国に発展したという。
王都から南にある学園都市は、魔術専門、騎士専門の学校等がある。宮廷魔術師や、騎士団に入りたい子供たちは、必ずこの学園都市の学園に入学するのだ。成績がよければ、推薦状を出してもらえるし、卒業しただけでも職には困らない。それほどなのだ。
そのほか、最高峰の研究施設などがあり、魔術師や魔道具師たちが昼夜問わず研究に明け暮れている。
瑞姫とゆりあが召喚されたこの国だが、代々、召喚はこの国が行ってきた。というのも、神がここ、と指定しているからだ。
昔、それを無視して他の国が行ったところ、召喚術は発動しなかったうえに、天罰という名の特大な雷が落ち、召喚にかかわった者たち全員が亡くなるという事態になった。どうやら、この土地でしかその召喚術は発動できない仕組みになっているよう。
この世界の神は、日本のように八百万というわけでもないようだが、信仰している神は国や土地によって違う。この国は女神で、神託は選ばれた巫女が受け、それを国に伝える。
ちなみに、巫女は国王と同じ地位である。聖女も同じ。
その者たちは彼女たちと同じく日本から来た者もいれば、全く別の世界から来た者もいる。代々召喚された者たちは、少しずつこの世界に恵みをもたらしてきた。ある者は食を、ある者は衣を、ある者は道具を、戦闘を、など、元の世界に在ったものをこちらの世界に合わせて浸透させた。だから、この国だけではなく、世界全体が発展してきているといっていい。
分かりやすいのは食だろうか。元の世界の食材、調味料、レシピはこちらの世界のものに合わせて開発されている。食材や調味料の名前が違っても、味はほとんど同じものだ。そうやって、この世界の水準は上がってきた。なお、これらは強制ではなく、歴代の者たちがこの世界の諸々に我慢ならずにやってきたことである。王と地位的には同じだが、王侯貴族とは違い、その枠にとらわれず、王命を下せない。縛られる存在ではないので、自由気ままに、しかし、秩序を守って相談しながら作り上げてきたものだった。
すでに、整った環境なので聖女は、瘴気の浄化をするだけでいい。ついでに、何かしら意見があれば言ってくれればいいよ、という軽い感じだ。もし、どちらかが聖女でなくても、衣食住は保証してくれるとのこと。
書物庫に入り浸りになり1週間。その間に、シリウスの叔父という、王の弟であるシュバルツ・ユーリシアンと知り合った。物静かだが無口というわけではなく、聞き上手、という感じである。自分の事をあまり話さず、ミステリアスな雰囲気の色気漂う人物である。物腰が柔らかく、とても紳士的な男性だった。ゆったりとした話し方をする。そして、博識である。一質問すると十返ってきて、更にはわかりやすく説明してくれるという、頭脳明晰の説明上手な人物だ。あれこれ質問しても嫌な顔をせず、ふんわりと笑って丁寧に受け答えしてくれるために、彼女はすぐに懐いた。その懐き様に、シリウスは自分より先に……、と項垂れていたとかどうとか。
「ねえ、エルさん。なんか、騒がしくないかな……」
「……、えぇ、そう、でございますね。何かあるとは、私共は聞いておりませんが……」
「なんだろうねえ」
エル、というのは、瑞姫付きの侍女のうちの一人である。城内が騒がしい。とは言っても、物々しい雰囲気ではなく、大きい事ではなさそうに感じた。……のは、気の所為だったようで。すれ違った騎士に聞いたら、トーリアン公爵家当主ワリネア・トーリアンの孫であるリリーヴェア公爵家三男ロナン・リリーヴェアが、目を離したすきにどこかへ行ってしまったということだ。侍女共々頭を抱えたのは言うまでもない。
「なんっで、目を離す……っ。というか、なんっで気付かない……っ」
「うちの騎士たちは、何をしているのでしょうね」
エルの底冷えした目が、走り回る騎士たちに突き刺さっていた。とりあえず、教えてくれた騎士に自分たちも見かけたら誰かに伝える、と約束して開放する。ロナン・リリーヴェアは現在十歳だ。好奇心旺盛の男の子である。気付かなかったのも悪いが、目を離した公爵も悪いと言えば悪い。
「……あの子、かな?」
「おそらくは」
騎士たちが総出で探しているらしいので、自分たちは行く道上でいないか、探しながら歩いていれば。前方にどこか泣きそうな顔できょろきょろとしている男の子が。金の髪が、顔が動くたびに、サラサラと靡く。碧眼にはこぼれそうな涙が溜まっていた。将来有望な美少年である。エルに、騎士を呼びに行くよう頼み、近づいていく。
(ふぉお……、か、可愛い……!天使、天使がいる……!)
「失礼します。ロナン・リリーヴェア様でいらっしゃいますか?」
「ふぇ……?は、はいっ。ぼ、ぼくが、ろ、ロナン・リリーヴェアと申します……」
「私、瑞姫と申します。このようなところで、どうされたのですか?」
ロナンに目線を合わせるため、躊躇なく廊下に膝を付けた。怖がらせることの無いよう、適度な距離を保つ。
「あ、あの、ぼ、ぼく、騎士団にいってみたくて……っ」
「……ここからですと、遠回りになりますよ」
「えっ!?」
「一度トーリアン公爵様のもとへ、お戻りになりませんか?みなさん、とても心配しておりますよ」
「う、うん。ぼ、ぼく、迷って。戻ろうと思っても、どこか、わかんなくって……っ」
なるほど、騎士団へ。だが、城内地図を頭に展開させて道を調べれば、こっちからは遠回り。それを伝えれば、ロナンは大きな目をさらに大きくして驚いた。その拍子に、ポロリと涙がこぼれ落ちる。とりあえず、一度トーリアンの元へ戻ろうと提案すれば、素直にうなずいた。そこへ、騎士を呼びに行っていたエルが戻ってきた。
「ロナン様っ。ようございましたっ」
「ご、ごめん、なさい……っ」
大声は出さないが随分と心細かったようで、静かに涙をこぼすロナンに、彼女はよしよし、と頭を撫でる。立ち上がり、ひょいっと彼を抱き上げた。トントン、と背中を優しく叩く。
「案内してくださいますか」
「はっ。かしこまりました。こちらでございます」
いくら子供でも、十歳の男の子。軽々と持ち上げて子供抱きをする彼女に、皆は一様に目を丸くする。そんな彼らを無視し、ハンカチでロナンの目元を優しく拭いながら、騎士に案内を頼んだ。
ロナンの話を聞くに、どうやら、第三騎士団へ行きたかったらしい。目元はまだ赤いが、にっこりと可愛らしく笑えるようには回復したようだ。一安心である。見つかった、と報告がすぐに伝わったらしく、城内はすぐに落ち着いた。そして、今は抱っこされているロナンと、抱っこしている瑞姫の姿が姉弟のようで、とても絵になっていると注目を浴びている。
ここです、と騎士が足を止めたので、ロナンを下に降ろした。
「失礼いたします。トーリアン公爵のお孫様であらせられる、ロナン・リリーヴェア様をおつれ致しました。聖女様候補のカグラ様もお見えでございます」
「は!?入って!」
「はっ」
今の声は、と考えるまでもなく、騎士が扉を開けて最初に見えたのは、シリウスであった。そして、リカルドもいる。左手はしっかりとロナンが握っているので、右手だけでスカートを持ち上げて膝を折る。
「失礼いたします」
「し、失礼、します」
「おぉ!ロナン!」
「おじい様っ」
ぱあっと顔を輝かせたロナンは、駆け出そうとして、彼女の顔を見上げた。ニコリと笑って背中を押せば、そうではないらしく握っている手がきゅ、と引っ張られる。口をもごもごさせるので、何か言いたいことがあるのかと、またひざを折って目線を合わせた。
「……あなたと、一緒がいい、です」
うるり、とうるんだ瞳の美少年。瑞姫は早々に陥落した。何とか表情を変えないように保ち、たかったが、へにゃり、と顔が崩れる。ぎゅーっと抱きしめたいのを我慢し、シリウスたちに同席しても構わないかと問えば、話は終わっているから大丈夫と返答があった。その返答を聞いて再びロナンの背中を押せば、今度こそ手を離し、突撃する勢いでトーリアン公爵のもとへ駆けて行った。可愛い、と目元をトロリと甘くさせる表情は、男にとって毒である。それを正面から見てしまったシリウスとリカルドは固まってしまった。彼女が立ち上がろうとすれば、すかさずセイランが手を差し伸べて立たせる。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。どうぞこちらへ」
そのまま手を引き、二人掛けのソファに座っているシリウス側の一人掛けソファへと座らされた。エルは壁際に立った。
「ふふっ、紹介しよう。カグラ殿、こちらはトーリアン公爵家当主、ワリネア・トーリアンだよ。そして、こちらが異界よりおいでくださった聖女様候補のお一人で、ミズキ・カグラ殿だ」
「トーリアン公爵家当主ワリネア・トーリアンと申します。ロナンを見つけてくださったこと、感謝いたしますぞ」
「瑞姫・神楽と申します。ロナン様をお見かけしたのは、偶然でございますわ」
(よろしくする気は、あんまりなさそうだなあ……。うーん、こういう腹の探り合いは嫌いなんだけど……)
トーリアン公爵家といえば、代々第三騎士団所属の魔法騎士で功績をあげてきた一族である。そして、このワリネア公爵は第一線にて活躍した元第三騎士団団長。ワリネアがロナンを今日ここに連れて来たのは、元々第三騎士団に行く予定だったのだとか。じゃあどうしてロナンが飛び出したのかといえば、待ちきれなかったらしい。
「ワリネア殿、ロナンの魔法は?」
「使えますぞ。……闇属性なのですよ」
「闇!?」
「それはまた、希少な……」
トーリアン公爵家は、代々魔法騎士を輩出してきた家であり、闇属性も少なからずいたのだ。しかし、先祖返りでもしない限り、闇属性魔法を使える人間はいないのである。だから、そう言う子供はあまり家から出さないのが基本ではあるのだ。闇属性は、闇の心に飲み込まれやすい。そこに瘴気があたれば、たちまち瘴気を取り込み堕ちてしまう。闇属性が少ないのはそのせいだった。
どんなことができるのか、とリカルドがロナンに問えば、影を操れるとのこと。それに一番に反応したのは彼女で。
「それは、自分の影だけですか?他の人の影を操れますか?」
「で、できる、よ。両方とも……」
「すごい!それってとってもいいものだよロナン君!」
興奮しすぎて、言葉遣いが崩れているが気付いてないようだ。
「なにがすごいのかね。影だけでは、とてもじゃないが騎士団には」
「なにを仰います!他人の影を操れるという事は、人を傷つけずに捕えることができるという事ですよ!人質を取られている場合でも、ロナン君の腕次第で人質も犯人も傷つけずに救出可能ではないですか!目くらましにもできますね!」
「……なるほど。そこまでは考えたことなかったな」
「それは、確かに魅力的な人材では」
「私はその力を誇りに思うべきかとっ」
きらっきらと輝かしいばかりの表情に、実際輝いているのだが、ロナンもつられて瞳を輝かせる。
「ほこり?ぼく、強い人になれる?」
「なれます!……まあ、それは、ロナン君の努力次第と、周りの大人たちの協力がなければできない事ですが。闇属性は、闇の力に取り込まれやすいとありましたが、それはその人の心の持ちよう次第でどうにでもなります。正しい大人が、正しくロナン君を導いてくれれば、多くの人を助けることができますよ」
「できる、かな」
「まずは、体を強くすることから始めるとよろしいかと。体が強くなれば、自ずと心も強くなります。将来が楽しみで仕方ないですね」
そこまで言い切り、自分がかなり興奮していることに気付いた。はっ、と我に返り、恥ずかしげに顔を赤く染めて謝る。
「……おじい様、ぼく、強くなりたいですっ!魔法騎士団に入りたいですっ」
「お、おぉ……。厳しいぞ?」
「耐えて見せますっ!僕はおじい様の孫ですから!」
「よく言った!では明日から、ロナンにも稽古をつけよう」
「ありがとうございます!」
ロナンは、少し引っ込み思案なところがあるようだった。リリーヴェア公爵家には、現在三人の息子がおり、三男である彼の上二人の兄はとても優秀らしく、比べられてきた。もちろん、兄たちはロナンを溺愛しており、そう言う事は絶対しない人達であるとか。母親がそうであるらしい。闇属性をあまり受け入れられないようで、実の息子に対して嫌味を言うとか。そこで、見かねたワリネア公爵が暫くの間引き取って様子を見ている状況のようである。周りに影を操る魔法を使う人間がおらず、使い方に困っていたようだ。
彼女はもともと第三騎士団の魔法騎士がどういう闘い方をするのか、前から興味があったので一緒に連れて行ってもらうことにした。
人族、魔族、亜人族(獣人やエルフ、ドワーフなどを含めた言い方)はそれぞれの大陸を持ち、人族の大陸が一番大きい。とは言っても、他の二大陸とそれほど差があるわけでもない。人族の大陸ではあるが、今は他種族も多く住んでいる。魔族だけは、大陸からほぼ出てこないようで、あまり見かけない。逆に、人族、亜人族も魔族の大陸には住まないようだ。仲が悪いわけでもない。ちゃんと、国交はある。しかし、魔族の国は独特で、少し他の種族には住みにくいらしい。
妖精(の一部)・精霊達は、見える人にしか見えない。その中で、声を聴けるものは稀である。多くいるのは亜人族の大陸で、他よりも自然が多いから、と言われていた。だからか、亜人族のほうが見えるものが多い。ただ、魔族はすべてのものが見えるようで、聞こうと思えば声も聞けるのだとか。人族は一握りにしか満たなく、声が聞こえる者は更に少ない。
人族の大陸名は“アドニス”。この国は、アドニス大陸の中の一つである王国“ユーリシアン”。内陸部に位置する、アドニス大陸では一,二位を争う大国だ。この国は魔道具に力を注いでおり、様々な魔道具が存在する。魔道具といえばユーリシアン、と口をそろえて言われるほどだ。昔から腕のいい技術職人が集い、国に発展したという。
王都から南にある学園都市は、魔術専門、騎士専門の学校等がある。宮廷魔術師や、騎士団に入りたい子供たちは、必ずこの学園都市の学園に入学するのだ。成績がよければ、推薦状を出してもらえるし、卒業しただけでも職には困らない。それほどなのだ。
そのほか、最高峰の研究施設などがあり、魔術師や魔道具師たちが昼夜問わず研究に明け暮れている。
瑞姫とゆりあが召喚されたこの国だが、代々、召喚はこの国が行ってきた。というのも、神がここ、と指定しているからだ。
昔、それを無視して他の国が行ったところ、召喚術は発動しなかったうえに、天罰という名の特大な雷が落ち、召喚にかかわった者たち全員が亡くなるという事態になった。どうやら、この土地でしかその召喚術は発動できない仕組みになっているよう。
この世界の神は、日本のように八百万というわけでもないようだが、信仰している神は国や土地によって違う。この国は女神で、神託は選ばれた巫女が受け、それを国に伝える。
ちなみに、巫女は国王と同じ地位である。聖女も同じ。
その者たちは彼女たちと同じく日本から来た者もいれば、全く別の世界から来た者もいる。代々召喚された者たちは、少しずつこの世界に恵みをもたらしてきた。ある者は食を、ある者は衣を、ある者は道具を、戦闘を、など、元の世界に在ったものをこちらの世界に合わせて浸透させた。だから、この国だけではなく、世界全体が発展してきているといっていい。
分かりやすいのは食だろうか。元の世界の食材、調味料、レシピはこちらの世界のものに合わせて開発されている。食材や調味料の名前が違っても、味はほとんど同じものだ。そうやって、この世界の水準は上がってきた。なお、これらは強制ではなく、歴代の者たちがこの世界の諸々に我慢ならずにやってきたことである。王と地位的には同じだが、王侯貴族とは違い、その枠にとらわれず、王命を下せない。縛られる存在ではないので、自由気ままに、しかし、秩序を守って相談しながら作り上げてきたものだった。
すでに、整った環境なので聖女は、瘴気の浄化をするだけでいい。ついでに、何かしら意見があれば言ってくれればいいよ、という軽い感じだ。もし、どちらかが聖女でなくても、衣食住は保証してくれるとのこと。
書物庫に入り浸りになり1週間。その間に、シリウスの叔父という、王の弟であるシュバルツ・ユーリシアンと知り合った。物静かだが無口というわけではなく、聞き上手、という感じである。自分の事をあまり話さず、ミステリアスな雰囲気の色気漂う人物である。物腰が柔らかく、とても紳士的な男性だった。ゆったりとした話し方をする。そして、博識である。一質問すると十返ってきて、更にはわかりやすく説明してくれるという、頭脳明晰の説明上手な人物だ。あれこれ質問しても嫌な顔をせず、ふんわりと笑って丁寧に受け答えしてくれるために、彼女はすぐに懐いた。その懐き様に、シリウスは自分より先に……、と項垂れていたとかどうとか。
「ねえ、エルさん。なんか、騒がしくないかな……」
「……、えぇ、そう、でございますね。何かあるとは、私共は聞いておりませんが……」
「なんだろうねえ」
エル、というのは、瑞姫付きの侍女のうちの一人である。城内が騒がしい。とは言っても、物々しい雰囲気ではなく、大きい事ではなさそうに感じた。……のは、気の所為だったようで。すれ違った騎士に聞いたら、トーリアン公爵家当主ワリネア・トーリアンの孫であるリリーヴェア公爵家三男ロナン・リリーヴェアが、目を離したすきにどこかへ行ってしまったということだ。侍女共々頭を抱えたのは言うまでもない。
「なんっで、目を離す……っ。というか、なんっで気付かない……っ」
「うちの騎士たちは、何をしているのでしょうね」
エルの底冷えした目が、走り回る騎士たちに突き刺さっていた。とりあえず、教えてくれた騎士に自分たちも見かけたら誰かに伝える、と約束して開放する。ロナン・リリーヴェアは現在十歳だ。好奇心旺盛の男の子である。気付かなかったのも悪いが、目を離した公爵も悪いと言えば悪い。
「……あの子、かな?」
「おそらくは」
騎士たちが総出で探しているらしいので、自分たちは行く道上でいないか、探しながら歩いていれば。前方にどこか泣きそうな顔できょろきょろとしている男の子が。金の髪が、顔が動くたびに、サラサラと靡く。碧眼にはこぼれそうな涙が溜まっていた。将来有望な美少年である。エルに、騎士を呼びに行くよう頼み、近づいていく。
(ふぉお……、か、可愛い……!天使、天使がいる……!)
「失礼します。ロナン・リリーヴェア様でいらっしゃいますか?」
「ふぇ……?は、はいっ。ぼ、ぼくが、ろ、ロナン・リリーヴェアと申します……」
「私、瑞姫と申します。このようなところで、どうされたのですか?」
ロナンに目線を合わせるため、躊躇なく廊下に膝を付けた。怖がらせることの無いよう、適度な距離を保つ。
「あ、あの、ぼ、ぼく、騎士団にいってみたくて……っ」
「……ここからですと、遠回りになりますよ」
「えっ!?」
「一度トーリアン公爵様のもとへ、お戻りになりませんか?みなさん、とても心配しておりますよ」
「う、うん。ぼ、ぼく、迷って。戻ろうと思っても、どこか、わかんなくって……っ」
なるほど、騎士団へ。だが、城内地図を頭に展開させて道を調べれば、こっちからは遠回り。それを伝えれば、ロナンは大きな目をさらに大きくして驚いた。その拍子に、ポロリと涙がこぼれ落ちる。とりあえず、一度トーリアンの元へ戻ろうと提案すれば、素直にうなずいた。そこへ、騎士を呼びに行っていたエルが戻ってきた。
「ロナン様っ。ようございましたっ」
「ご、ごめん、なさい……っ」
大声は出さないが随分と心細かったようで、静かに涙をこぼすロナンに、彼女はよしよし、と頭を撫でる。立ち上がり、ひょいっと彼を抱き上げた。トントン、と背中を優しく叩く。
「案内してくださいますか」
「はっ。かしこまりました。こちらでございます」
いくら子供でも、十歳の男の子。軽々と持ち上げて子供抱きをする彼女に、皆は一様に目を丸くする。そんな彼らを無視し、ハンカチでロナンの目元を優しく拭いながら、騎士に案内を頼んだ。
ロナンの話を聞くに、どうやら、第三騎士団へ行きたかったらしい。目元はまだ赤いが、にっこりと可愛らしく笑えるようには回復したようだ。一安心である。見つかった、と報告がすぐに伝わったらしく、城内はすぐに落ち着いた。そして、今は抱っこされているロナンと、抱っこしている瑞姫の姿が姉弟のようで、とても絵になっていると注目を浴びている。
ここです、と騎士が足を止めたので、ロナンを下に降ろした。
「失礼いたします。トーリアン公爵のお孫様であらせられる、ロナン・リリーヴェア様をおつれ致しました。聖女様候補のカグラ様もお見えでございます」
「は!?入って!」
「はっ」
今の声は、と考えるまでもなく、騎士が扉を開けて最初に見えたのは、シリウスであった。そして、リカルドもいる。左手はしっかりとロナンが握っているので、右手だけでスカートを持ち上げて膝を折る。
「失礼いたします」
「し、失礼、します」
「おぉ!ロナン!」
「おじい様っ」
ぱあっと顔を輝かせたロナンは、駆け出そうとして、彼女の顔を見上げた。ニコリと笑って背中を押せば、そうではないらしく握っている手がきゅ、と引っ張られる。口をもごもごさせるので、何か言いたいことがあるのかと、またひざを折って目線を合わせた。
「……あなたと、一緒がいい、です」
うるり、とうるんだ瞳の美少年。瑞姫は早々に陥落した。何とか表情を変えないように保ち、たかったが、へにゃり、と顔が崩れる。ぎゅーっと抱きしめたいのを我慢し、シリウスたちに同席しても構わないかと問えば、話は終わっているから大丈夫と返答があった。その返答を聞いて再びロナンの背中を押せば、今度こそ手を離し、突撃する勢いでトーリアン公爵のもとへ駆けて行った。可愛い、と目元をトロリと甘くさせる表情は、男にとって毒である。それを正面から見てしまったシリウスとリカルドは固まってしまった。彼女が立ち上がろうとすれば、すかさずセイランが手を差し伸べて立たせる。
「あ、ありがとうございます」
「いえ。どうぞこちらへ」
そのまま手を引き、二人掛けのソファに座っているシリウス側の一人掛けソファへと座らされた。エルは壁際に立った。
「ふふっ、紹介しよう。カグラ殿、こちらはトーリアン公爵家当主、ワリネア・トーリアンだよ。そして、こちらが異界よりおいでくださった聖女様候補のお一人で、ミズキ・カグラ殿だ」
「トーリアン公爵家当主ワリネア・トーリアンと申します。ロナンを見つけてくださったこと、感謝いたしますぞ」
「瑞姫・神楽と申します。ロナン様をお見かけしたのは、偶然でございますわ」
(よろしくする気は、あんまりなさそうだなあ……。うーん、こういう腹の探り合いは嫌いなんだけど……)
トーリアン公爵家といえば、代々第三騎士団所属の魔法騎士で功績をあげてきた一族である。そして、このワリネア公爵は第一線にて活躍した元第三騎士団団長。ワリネアがロナンを今日ここに連れて来たのは、元々第三騎士団に行く予定だったのだとか。じゃあどうしてロナンが飛び出したのかといえば、待ちきれなかったらしい。
「ワリネア殿、ロナンの魔法は?」
「使えますぞ。……闇属性なのですよ」
「闇!?」
「それはまた、希少な……」
トーリアン公爵家は、代々魔法騎士を輩出してきた家であり、闇属性も少なからずいたのだ。しかし、先祖返りでもしない限り、闇属性魔法を使える人間はいないのである。だから、そう言う子供はあまり家から出さないのが基本ではあるのだ。闇属性は、闇の心に飲み込まれやすい。そこに瘴気があたれば、たちまち瘴気を取り込み堕ちてしまう。闇属性が少ないのはそのせいだった。
どんなことができるのか、とリカルドがロナンに問えば、影を操れるとのこと。それに一番に反応したのは彼女で。
「それは、自分の影だけですか?他の人の影を操れますか?」
「で、できる、よ。両方とも……」
「すごい!それってとってもいいものだよロナン君!」
興奮しすぎて、言葉遣いが崩れているが気付いてないようだ。
「なにがすごいのかね。影だけでは、とてもじゃないが騎士団には」
「なにを仰います!他人の影を操れるという事は、人を傷つけずに捕えることができるという事ですよ!人質を取られている場合でも、ロナン君の腕次第で人質も犯人も傷つけずに救出可能ではないですか!目くらましにもできますね!」
「……なるほど。そこまでは考えたことなかったな」
「それは、確かに魅力的な人材では」
「私はその力を誇りに思うべきかとっ」
きらっきらと輝かしいばかりの表情に、実際輝いているのだが、ロナンもつられて瞳を輝かせる。
「ほこり?ぼく、強い人になれる?」
「なれます!……まあ、それは、ロナン君の努力次第と、周りの大人たちの協力がなければできない事ですが。闇属性は、闇の力に取り込まれやすいとありましたが、それはその人の心の持ちよう次第でどうにでもなります。正しい大人が、正しくロナン君を導いてくれれば、多くの人を助けることができますよ」
「できる、かな」
「まずは、体を強くすることから始めるとよろしいかと。体が強くなれば、自ずと心も強くなります。将来が楽しみで仕方ないですね」
そこまで言い切り、自分がかなり興奮していることに気付いた。はっ、と我に返り、恥ずかしげに顔を赤く染めて謝る。
「……おじい様、ぼく、強くなりたいですっ!魔法騎士団に入りたいですっ」
「お、おぉ……。厳しいぞ?」
「耐えて見せますっ!僕はおじい様の孫ですから!」
「よく言った!では明日から、ロナンにも稽古をつけよう」
「ありがとうございます!」
ロナンは、少し引っ込み思案なところがあるようだった。リリーヴェア公爵家には、現在三人の息子がおり、三男である彼の上二人の兄はとても優秀らしく、比べられてきた。もちろん、兄たちはロナンを溺愛しており、そう言う事は絶対しない人達であるとか。母親がそうであるらしい。闇属性をあまり受け入れられないようで、実の息子に対して嫌味を言うとか。そこで、見かねたワリネア公爵が暫くの間引き取って様子を見ている状況のようである。周りに影を操る魔法を使う人間がおらず、使い方に困っていたようだ。
彼女はもともと第三騎士団の魔法騎士がどういう闘い方をするのか、前から興味があったので一緒に連れて行ってもらうことにした。
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僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
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ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
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「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
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そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
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