6 / 15
第六章 再会
しおりを挟む
いつからだろう。彼女に意識し始めたのは。
ノアーサと、今日からこの村で暮らすのだと言われた日。彼女は家に帰りたいと泣いていた。
母親同士が親友で、初めて彼女と出会った時の印象は、可愛くて、母親からとても大切に育てられてきた子だと思った。
父がこの村に連れて来られる前の日に、『男の子だから、あの子を守ってあげるんだよ。』と言われたのを覚えている。
あの時の少女はこの十年。共に辛い訓練や勉学に励み、強くなった。年を重ね、成長してゆく中で、綺麗な子に育ち、お互いが恋人になるまで時間はかからなかった。
夕暮れを過ぎ、ノアーサは外で煮炊きをして、保存していた乾燥野菜と近辺で獲れたキノコで具だくさんのスープを作って持って来る。寒くなって来たから温かい食事はありがたい。空腹は満たされ、身体が暖まる。
今夜辺り、雨が降りそうだと予測して、外での行動は早めに済ませておいた。天気を予測できる知識も彼らにはある。
この小屋には、幅広の二人が余裕で寝れるくらいの寝台がある。そこに二人は肩を並べて座っていた。
カノイは緊張する彼女の体を、優しく抱き寄せて囁く。
「今夜は冷えるからね。互いの肌を重ねて温め合おう。いいよね」
ノアーサは寝台に倒される 。互いに衣服を脱いで、二人は肌を重ねた。カノイはノアーサの体を愛撫してゆく。人肌の温もりが心地よい。
外では地面を叩きつける勢いで、雨が降りだしたようだ。
雨音の中に、彼女の喘ぐ声が交じっている。
カノイはノアーサの両足を開き、彼女の体の中に少しずつ入っていった。初めて男の体を受け入れる痛みでノアーサが涙目になっているのが解る。
「もう少し繋がっていたいけど、大丈夫?」
カノイの言葉にノアーサは頷く。
ノアーサが愛しい。こうして肌に触れ、男女の仲になる事を願い、今宵、結ばれた。
彼女の耳元で、カノイは呟いた。
「好きだよ」
二人の初夜がこうして過ぎていった。
※
ノアーサと男女の契りを交わし、一夜が明けた。
彼女は今、自分の胸に体を預けて眠っている。
ノアーサの寝顔を覗き込むと、綺麗な顔立ちをして色っぽい。
自分を受け入れてくれたノアーサを、今まで以上に愛しく感じた。自分の女になったような気がして、彼女の体を撫でて行く。
ノアーサがゆっくりと瞼を開いた。
「おはよう」
カノイは彼女の髪を撫で付けそう呟く。暗殺者としての警戒心を感じない。恐らく自分を信頼しきって、無防備になっているのだろう。
「昨夜は嬉しかった。ありがとう。その、君の事は大切にする」
照れた様子でカノイはそう話す。彼の顔をうかがうように、彼女が顔をあげてカノイを見つめている。その表情が可愛さのなかに色っぽさを感じた。
「私も嬉しかった。好きだっていってくれたから」
「うん、好きだよ」
そう言うとノアーサを再び抱いた。そうしてこの日、二人は共に生きてゆこうと誓った。
※
王都からの使者を待っている間、二人は村にいって見ようと試みた。この滝から村に向かう道は、初日の大雨で土砂崩れや倒木により、道が塞がれて行くのが困難と諦めた。
一方で、今、自分たちが滞在しているこの滝から王都へ続く道は、雨の被害もなく大丈夫だと確認できた。
そうするうちに、約束の三日目を迎える。兄夫婦の消息はこの場所にいるだけでは何も解らない。今は王都からの使者を待て、と言われ待つしかなかった。
その日の昼を過ぎた頃、二人は久しぶりに人の声を耳にする。王都からの使者だろうか?
警戒しながら、洞窟から耳を澄ます。人数は十人前後か。二人は洞窟を出て近くの繁みに身を潜めた。武器はいつ如何なる時も手離さない。
「身形からして、王国騎士団。迎えの人達かしら?」
木の陰から、様子を伺ってノアーサが呟く。そういったかと思うと、彼女は彼らの後ろにまわっていた。
「何かご用?」
騎士団でも指示を出す男性に後ろから、ノアーサは声をかけた。
驚いて彼は降り返った。髭面の翆の瞳の中年男性はノアーサを見て、その容姿に懐かしい思いで語りかけた。
「ノルディックの娘だろ。ローズに似て別嬪だな」
自分の両親を知っている。兄のいっていた使者で間違いはなかった。
「こんなに大きくなって。お前ひとりか」
そう聞かれたかと思うと、彼女のそばにカノイが立っている。二人とも仕事柄、動きは早い。
「カエサルの息子か。どことなく父親の面影があるぞ。いや、懐かしい。お前たち、良く無事だったな」
彼はアベル=クロスフォードと名乗った。ノアーサの父ノルディックと、カノイの父カエサルとは、子供の頃からの腐れ縁だと話してくれた。更に、彼は騎士団に所属している息子二人も一緒に来ていて、紹介される。
「ノルマンの妹だね。僕はノルマンとは同期だったんだ」
翆の瞳に直毛で薄い茶髪の青年が、ノアーサに話しかけてきた。彼はアベルの長男でアバロンと名乗った。カノイの父、カエサルの最後も戦地で看取ったと話してくれた。
「アルフレッドだ。よろしくな」
気さくに語りかけてきて人懐っこい彼の次男は去年、騎士養成学舎を卒業して騎士団に入ったという。翆の瞳に、茶髪でも少し赤身を帯びた髪の色。表情からしてやんちゃな性格なのであろう。カノイの肩を叩いて、挨拶してきた。
「積もる話もあるが、とりあえず今日のうちにここを出よう。荷物を纏めてくれ」
アベルにそう言われ、ノアーサとカノイは洞窟に置いてある僅かな荷物と防具と武器を纏う。
荷物の中には衣類と兄から託された『二の棺』と呼ばれる箱を持った。これを父に届けなければならない。十年ぶりの故郷と父との再会が待っている。そして、自分たちを育てた主君との対面も。
「この日をどれだけ、待ったか知れないけど、一番に逢いたかった人は、もういないのか」
カノイがノアーサの体を、自分の胸に抱き寄せ語りかけた。
「逢えなくても、思い出を語ってくれる人は沢山いると思うわ」
ノアーサがカノイの胸にそっと身を預ける。
その後ろ姿を遠目にアベルが目撃する。カエサルとローズの若い頃と重なって、二人を見てしまうのは年を重ねたせいか。
いづれにしても、今は亡き親友は、次の世へと命を繋ぎ、こうして子供たちを残してくれた。その事が嬉しく思えた。
※
王都へ向かう最中、カノイとノアーサは三年前の両親の死や、ノアーサの兄夫婦が、二人のいる村に来た理由などを、アバロンから聞かされた。
カノイにとって、最後まで両親が自分の事を思い、母のミランダを慕って亡くなったという真実を聞けた事は嬉しかった。
「カエサル団長は初陣の僕たちを誉めてくれてね、団長の剣はノルマンに変わって僕が受け取ったんだ。本当に好い人だったよ」
場所は王都の途中にある小さな町の兵舎。
騎士たちの中には領主となり町や村を守っている人も多い。そういった騎士が討伐や遠征などで、滞在し利用出来るようにと作られた宿のような場所である。
更に、アバロンはノアーサの兄、ノルマンの事も話してくれた。
アンが母親ローズのお気に入りの看護師で、側で手伝わせていたこと。カノイの両親も二人を最後に祝福していた事など。
「約束したんだ。ノルマンが『三年したら君達を一緒に連れて戻って来る。その時は仲良くしてやってくれ』って」
その話を聞いてノアーサが兄夫婦の消息を訪ねる。
アバロンは調査から、村が火災の後、大雨で土砂崩れを起こし、全壊だった事を告げた。
「恐らく、生存確率は低いと思う。今は行方不明で報告書は提出するけど」
ノアーサは涙目になりながら、俯く。兄夫婦の行方は結局解らないままのようだ。
並んで座っていた彼女の背中にカノイが手を回して悲しむ彼女を抱き寄せた。ノアーサが当然のように彼の胸に寄り添う。
「君たちは、恋人?」
アバロンが何気に訪ねる。ノルディック総長とカエサル団長の子供たち。修学前に親元を離れて国に預けられ、特別な教育を、十年間受けたと聞かされてはいた。
「同志かな。この十年、共に切磋琢磨してきた仲。厳しく過酷な訓練と多量の知識を会得するために互いに頑張ってきたから。お互いに強い絆が出来ていると思う。まあ、『恋人』も否定はしないけど」
カノイは二人の仲をはっきりと答えた。
「とりあえず君達の仲は解ったよ。君達は暗殺者としての腕も凄いね」
アバロンの言葉に二人は一瞬、背筋が凍った。村を出る時に刺客に狙われて、何十人か暗殺している。村を調査したならその近辺も検証され、死体も発見されている筈だ。
「まあ、その事は父がこれから任務として尋問するだろうけど」
アバロンは二人が不安にならないように付け加えた。
「質問を幾つかされるだろうけど、黙秘もできる。それに君達はまだ成人前だから、重い罪には問われない。何より正当防衛だろ」
そう言うと、アバロンはアベルに報告すべく部屋を出ていった。
その後、アベルが来る。二人は彼から来る質問に真実を語った。
あの日、隣国タルハタが深夜に攻めて来たと聞かされ、兄から二人は逃げるように言われ、それに従ったこと。
その逃げる途中で刺客に襲われ、二人で倒したという真実を語った。
「他に何か気になる事とかは?」
アベルが二人に質問する。
「そういえば、最後に尋問した男性はタルハタ語で、舌を噛みきって自害してしまったけど、誰に頼まれたのかを教えてはくれませんでした」
カノイが最後の刺客の事を打ち明ける。
二人はその最後の刺客数人を滝の茂みに埋葬した事も語った。
「話を聞けば、正当防衛だな」
アベルの言葉に二人は安堵する。好きで殺しをやったのではない。あの時は生き残るために互いに必死だった。
「よく話してくれた。君らは王国騎士団幹部の御子息。立場的にも殺人犯にはさせたくはない」
アベルがそういって報告書に記している。その報告書を早めにまとめると、彼は十年前の事も話してくれた。
あの日、父のノルディックは娘を国に預けるといった事に、母のローズは最後まで反対した。
その時カノイの母、ミランダが、「ならば自分の息子も一緒に」と。ひとりより二人の方が心強いからと、カノイとノアーサを国に預けたことを話してくれた。
「お前たちはこの十年。よく頑張った。俺の息子だったら、とっくに根をあげて戻って来ただろうよ」
そう言うとアベルは席を立ち、カノイとノアーサの肩を両手で叩いた。
「お前たちが、頑張った事で王国騎士団は粛正や領地を没収される事もなかった。残念だったのは三年前の内戦で、お前たちの親を失ってしまった事だ。だが、あいつらは大切なものを残してくれた。それが、お前たちだ」
二人の頭を両手で撫でながら、アベルはいった。
「カエサルに変わって、俺があいつの言いたかった事を言ってやろう。おかえり、頑張ったな。お前たち」
その言葉にカノイとノアーサは少しだけ救われたような気がした。
ずっと親元を離れ寂しい思いをしてきた。親との再会が叶わず、兄妹も行方知れずの今、自分たちを迎えてくれる人がいる事が嬉しかった。
※
途中、停泊しながら王都に到着したのは二日目の事であった。
アスケニア国の王都『リモ』に十年ぶりの帰国。王都を出たのは七歳の時だったから、町の記憶は殆んどない。
村で王都について学んだ事は、海岸に面した土地で、海外との貿易が盛んなこと。造船所が多く、市では海外からの珍しい舶来品や食材が並ぶと、教わっていた。
「すまんな。子供たちを迎えに行かせて」
王国騎士団の執務室でノアーサの父親であるノルディック=カイレオールがアベル相手に話している。
「俺でないと、お前の娘やカエサルの息子は解らなかったと思うな。娘のノアーサな、母親のローズにそっくりで美人だぞ。早く逢いにいってやれ」
ノアーサの父親は黒髪に少しばかり白髪が混じり、茶色い瞳で、あまり感情を出さない人であった。
「まずは、報告を頼む」
ノルディックは娘との再会よりも仕事を優先させたいようである。
「ノル。お前の娘とカエサルの息子な。できてるぞ」
アベルがノアーサの父に報告したのは二人の事である。アベルはたまに冗談やユーモアを交えて話す癖がある。しかし、そういう上司もいなくては、団員は動かせない。ノルディックは幼馴染みの間柄、彼の性格には慣れている。
「私が知りたいのは、村の報告だ。それは本人たちから聞く事にする」
こういう時にでも、ノルディックは眉ひとつ動かすことなく冷静に対応する。
「お前が聞き出すまでもなく、女たちの情報を期待した方が早い」
アベルはこの部屋に妻のヘンリエッタが居ないのを見越して言った。
アベルの妻であるヘンリエッタは騎士団でノルディックの秘書をしている。三人の子の母親でアベルと同行した息子、アバロンとアルフレッド。そして、カノイとノアーサと同い年の娘がいた。
「女房の奴、ローズに生き写しの娘と言ったら、好奇心で逢いに行ったよ。女性騎士団のリランも揃えば、女どもは聞き出すのが上手いし」
「それでは村の報告を聞かせて欲しい」
アバロンは彼の前に報告書を差し出す。そして、付け加えるように話を始めた。
「ノルマンとアン。あいつら、恐らく国外へ逃亡したな。あと村の住民も数十人程。鷹で手紙を寄越したあと、鷹は何処に飛んで行った?」
アベルはおどけているように見えて観察力は鋭い。
今の王になってから、貿易や国外への渡航が自由に行えなくなった。国外への出稼ぎや貿易を規制し、アスケニアは数年鎖国状態となっていた。
そんな国から逃亡する国民も多い。二人がいた村は山岳の国境区域。ノルマンは王国騎士団を退団あと、カノイとノアーサの村で国境警備の任務に付き、妻のアン、カノイとノアーサの四人で暮らしていた。
「あの子たちの『主君』が何もいって来ないところを見ると、恐らくあの御方は何かを隠している」
「あいつらの『主君』は必ず何かをやるな。近いうちに」
「なぁノル。あいつら頑張ったんだぞ。親に逢いたい一心で諦めず十年という歳月を乗り越えたんだ」
アベルはカノイが、かつての親友であったカエサルとミランダの忘れ形見として生きていてくれた事が嬉しいとノルディックに話した。
「俺も年をとったか。命ってのはこうやって引き継いで行くのかと思うと何だか嬉しくてな」
アベルは昔を懐かしむように語る。
「なあ、ミランダの遺言覚えているか」
アベルは思い出したように訪ねた。
「あいつは口癖のようにいってたからなぁ。二人一緒に行かせた時からもう、決まっていたようなものだが、現実となれば認めたくないのが親心だな」
ノルディックはカノイの母、ミランダが生前にいっていた言葉を思い出す。
『ノアーサちゃんを私の娘にする』
娘のノアーサを自分の息子、カノイと結婚させる事が彼女の希望だった。
「まずは、逢いに行ってやれ。待たせてある」
アベルに背中を押されるようにノアーサの父は部屋を出る。娘との十年ぶりの再会。一番に逢わせてやりたかった妻、ローズがいないのは寂しいが、妻が一番に言いたかった言葉を二人に伝えよう。そう決心して彼は二人の元へと向かった。
※
その頃、カノイとノアーサは騎士団の女性たちに質問攻めにされている。
急に訪れた自分の親世代の女性二人。一人は肩まで伸ばした褐色の髪に碧眼の女性。アバロンとアルフレッドの母親だといっていた彼女にいきなりノアーサは抱きつかれた。
「ローズが戻ってきたみたい。おかえり」
そう言われて、彼女は動揺する。生前の母を知る女性であることは間違いない。
一方で、露骨に質問してくる女性が一人。女性騎士団の団長でリランと名乗った。
黒髪で男性のように髪を短くして、蒼眼。逞しい感じの美女。ミランダ亡き後、女性騎士団団長を勤めている。
彼女は三年前のマドリアの内戦時、四人目の子供を産んだばかりで、参戦していない。
「あなたたち、もうエッチした?」
「リラン。貴方、その質問は露骨すぎるわ」
ヘンリエッタに言われたが、彼女は回りくどい追及は苦手のようだ。
「ミランダ団長の遺言通りなら、二人は婚約者よね。年頃の男女が山籠り、何もないほうが可笑しいわよ」
二人が救助が来るまで滝の近くの小屋で待っていたという情報は既に盛れている。
王都に着く間に、アルフレッドから王国騎士団は家族のような関係と聞かされていた。
初対面で、こんなにも人懐っこくされる事に二人は慣れていない。
苦笑いしながら二人は黙秘を続ける。
「母さん辞めろよ。初対面でいきなり抱きしめたり、質問攻めにされたら、誰だって驚くだろう」
そんな二人を庇ってアルフレッドが割り込んできた。
そんな折、ノアーサの父、ノルディックが二人の元を訪れた。家族水入らずの再会を邪魔してはならないと、アルフレッド、リラン、ヘンリエッタの三人はその場を出て行くが、壁越しに耳を凝らしているのは解る。
ノルディックは十年ぶりの娘の姿に驚く。たまにノルマンから届く文で知らされてはいたが、母親と生き写しかと思うくらいに似ている。体も少女から娘に成長していた。
「お父さん。ただいま戻りました」
声まで母親に似ている。まさに妻の忘れ形見とはこの事だ。
ノルディックはノアーサについでカノイの姿にも驚く。親友カエサルの若き頃の面影がある。命は繋がっている。親友のカエサルが戻って来たように懐かしさが込み上げて来て、思わず二人を同時に抱きしめていた。
「おかえり。お前たち、よく戻って来た」
それ以上の言葉が浮かばない。只、嬉しいの一言でしかなかった。
「お父さん」
ノアーサの声にノルディックは二人を離した。
「すまない。この日をずっと心待ちにしていたのに、いざとなると言葉が見つからないものだな」
三人は部屋のソファーに座り、暫く話をする。積もる話は沢山ある。何より、この場所にカノイの両親であるカエサルとミランダがいない事をノルディックは申し訳ないといっていた。
「両親の死に目にも逢えず、葬儀、死後の後処理すべて任せて申し訳ありませんでした。両親の事は感謝致します」
カノイはノルディックに謝罪し感謝の言葉を述べた。礼儀正しい若者ではある。
「君の父とは子供の頃からの付き合いだ。何かあったら互いに助け合うと決めていたからな。その事なら心配はいらない」
カエサルの息子として見れば、良き若者ではあるが、娘との仲を思えば不安になるのが親というものだ。
ノルディックは、ノアーサとの仲をカノイに聞いてみた。
「共に、支えあって、腕も知識も磨きました。彼女がいなかったら、僕は十年という歳月を耐えられなかったと思います」
そう言うと、カノイはノアーサを見た。彼女は頷く。彼女は横に座る彼の手を強く握った。本当の事を話そうという合図である。
「僕たちは契りを交わしてます。ノルマンも僕たちの仲を認めてます」
ノアーサは父の前にノルマンから託された『二の棺』と呼ばれる小箱を差し出した。
「お父さん。兄さんから預かったの。中には手紙が入ってた。お父さん宛のね」
ノアーサは、自分たち宛の手紙は先に読んだ事を話した。
手紙の内容は、三年前の内戦で亡くなった親の最後が記されていたと告げる。
「遺言に関係なく、僕はノアーサを愛してます。来月に僕は先に成人します。結婚するにはまだ経済的に無理です。でも、交際は認めて貰えますか?」
カノイはノルディックと向かい合って真剣に訴えた。
「カエサルの若い頃ににているなぁ。やはり親子か」
ノルディックは怒りというよりも親友との面影が重なって、笑いが込み上げてくる。
「ミランダの遺言通りになったぞ。アベル。ヘンリエッタ。聞いているんだろ出てこい」
ノルディックは嬉しいのか、部屋の外で耳を棲まして聞いている人物に声をかけた。
部屋の扉が開いて、アベル夫婦と息子のアルフレッド。女性騎士団のリランが入ってくる。
「『おめでとう』を言うべきなのか」
アベルが訪ねた。
「この場にカエサルがいたら、『責任はとる』とかいって、ミランダは喜んだだろうな」
ノルディックは今は亡きカノイの父、カエサルならこうしたであろうと話す。
「お前たちはまず、育ててくれた主君に恩を返さねばならない。その事を忘れるな」
「はい。恩に報いるように二人で努力してゆきます」
ノルディックは二人の仲を認めるしかないようだ。
これから二人は国の混乱に巻き込まれてゆくことであろう。その混乱を乗り越えるためには一人より二人の絆が必要となる。
親としてこの二人にしてやれることは見守る事しか出来ない。
ノアーサと、今日からこの村で暮らすのだと言われた日。彼女は家に帰りたいと泣いていた。
母親同士が親友で、初めて彼女と出会った時の印象は、可愛くて、母親からとても大切に育てられてきた子だと思った。
父がこの村に連れて来られる前の日に、『男の子だから、あの子を守ってあげるんだよ。』と言われたのを覚えている。
あの時の少女はこの十年。共に辛い訓練や勉学に励み、強くなった。年を重ね、成長してゆく中で、綺麗な子に育ち、お互いが恋人になるまで時間はかからなかった。
夕暮れを過ぎ、ノアーサは外で煮炊きをして、保存していた乾燥野菜と近辺で獲れたキノコで具だくさんのスープを作って持って来る。寒くなって来たから温かい食事はありがたい。空腹は満たされ、身体が暖まる。
今夜辺り、雨が降りそうだと予測して、外での行動は早めに済ませておいた。天気を予測できる知識も彼らにはある。
この小屋には、幅広の二人が余裕で寝れるくらいの寝台がある。そこに二人は肩を並べて座っていた。
カノイは緊張する彼女の体を、優しく抱き寄せて囁く。
「今夜は冷えるからね。互いの肌を重ねて温め合おう。いいよね」
ノアーサは寝台に倒される 。互いに衣服を脱いで、二人は肌を重ねた。カノイはノアーサの体を愛撫してゆく。人肌の温もりが心地よい。
外では地面を叩きつける勢いで、雨が降りだしたようだ。
雨音の中に、彼女の喘ぐ声が交じっている。
カノイはノアーサの両足を開き、彼女の体の中に少しずつ入っていった。初めて男の体を受け入れる痛みでノアーサが涙目になっているのが解る。
「もう少し繋がっていたいけど、大丈夫?」
カノイの言葉にノアーサは頷く。
ノアーサが愛しい。こうして肌に触れ、男女の仲になる事を願い、今宵、結ばれた。
彼女の耳元で、カノイは呟いた。
「好きだよ」
二人の初夜がこうして過ぎていった。
※
ノアーサと男女の契りを交わし、一夜が明けた。
彼女は今、自分の胸に体を預けて眠っている。
ノアーサの寝顔を覗き込むと、綺麗な顔立ちをして色っぽい。
自分を受け入れてくれたノアーサを、今まで以上に愛しく感じた。自分の女になったような気がして、彼女の体を撫でて行く。
ノアーサがゆっくりと瞼を開いた。
「おはよう」
カノイは彼女の髪を撫で付けそう呟く。暗殺者としての警戒心を感じない。恐らく自分を信頼しきって、無防備になっているのだろう。
「昨夜は嬉しかった。ありがとう。その、君の事は大切にする」
照れた様子でカノイはそう話す。彼の顔をうかがうように、彼女が顔をあげてカノイを見つめている。その表情が可愛さのなかに色っぽさを感じた。
「私も嬉しかった。好きだっていってくれたから」
「うん、好きだよ」
そう言うとノアーサを再び抱いた。そうしてこの日、二人は共に生きてゆこうと誓った。
※
王都からの使者を待っている間、二人は村にいって見ようと試みた。この滝から村に向かう道は、初日の大雨で土砂崩れや倒木により、道が塞がれて行くのが困難と諦めた。
一方で、今、自分たちが滞在しているこの滝から王都へ続く道は、雨の被害もなく大丈夫だと確認できた。
そうするうちに、約束の三日目を迎える。兄夫婦の消息はこの場所にいるだけでは何も解らない。今は王都からの使者を待て、と言われ待つしかなかった。
その日の昼を過ぎた頃、二人は久しぶりに人の声を耳にする。王都からの使者だろうか?
警戒しながら、洞窟から耳を澄ます。人数は十人前後か。二人は洞窟を出て近くの繁みに身を潜めた。武器はいつ如何なる時も手離さない。
「身形からして、王国騎士団。迎えの人達かしら?」
木の陰から、様子を伺ってノアーサが呟く。そういったかと思うと、彼女は彼らの後ろにまわっていた。
「何かご用?」
騎士団でも指示を出す男性に後ろから、ノアーサは声をかけた。
驚いて彼は降り返った。髭面の翆の瞳の中年男性はノアーサを見て、その容姿に懐かしい思いで語りかけた。
「ノルディックの娘だろ。ローズに似て別嬪だな」
自分の両親を知っている。兄のいっていた使者で間違いはなかった。
「こんなに大きくなって。お前ひとりか」
そう聞かれたかと思うと、彼女のそばにカノイが立っている。二人とも仕事柄、動きは早い。
「カエサルの息子か。どことなく父親の面影があるぞ。いや、懐かしい。お前たち、良く無事だったな」
彼はアベル=クロスフォードと名乗った。ノアーサの父ノルディックと、カノイの父カエサルとは、子供の頃からの腐れ縁だと話してくれた。更に、彼は騎士団に所属している息子二人も一緒に来ていて、紹介される。
「ノルマンの妹だね。僕はノルマンとは同期だったんだ」
翆の瞳に直毛で薄い茶髪の青年が、ノアーサに話しかけてきた。彼はアベルの長男でアバロンと名乗った。カノイの父、カエサルの最後も戦地で看取ったと話してくれた。
「アルフレッドだ。よろしくな」
気さくに語りかけてきて人懐っこい彼の次男は去年、騎士養成学舎を卒業して騎士団に入ったという。翆の瞳に、茶髪でも少し赤身を帯びた髪の色。表情からしてやんちゃな性格なのであろう。カノイの肩を叩いて、挨拶してきた。
「積もる話もあるが、とりあえず今日のうちにここを出よう。荷物を纏めてくれ」
アベルにそう言われ、ノアーサとカノイは洞窟に置いてある僅かな荷物と防具と武器を纏う。
荷物の中には衣類と兄から託された『二の棺』と呼ばれる箱を持った。これを父に届けなければならない。十年ぶりの故郷と父との再会が待っている。そして、自分たちを育てた主君との対面も。
「この日をどれだけ、待ったか知れないけど、一番に逢いたかった人は、もういないのか」
カノイがノアーサの体を、自分の胸に抱き寄せ語りかけた。
「逢えなくても、思い出を語ってくれる人は沢山いると思うわ」
ノアーサがカノイの胸にそっと身を預ける。
その後ろ姿を遠目にアベルが目撃する。カエサルとローズの若い頃と重なって、二人を見てしまうのは年を重ねたせいか。
いづれにしても、今は亡き親友は、次の世へと命を繋ぎ、こうして子供たちを残してくれた。その事が嬉しく思えた。
※
王都へ向かう最中、カノイとノアーサは三年前の両親の死や、ノアーサの兄夫婦が、二人のいる村に来た理由などを、アバロンから聞かされた。
カノイにとって、最後まで両親が自分の事を思い、母のミランダを慕って亡くなったという真実を聞けた事は嬉しかった。
「カエサル団長は初陣の僕たちを誉めてくれてね、団長の剣はノルマンに変わって僕が受け取ったんだ。本当に好い人だったよ」
場所は王都の途中にある小さな町の兵舎。
騎士たちの中には領主となり町や村を守っている人も多い。そういった騎士が討伐や遠征などで、滞在し利用出来るようにと作られた宿のような場所である。
更に、アバロンはノアーサの兄、ノルマンの事も話してくれた。
アンが母親ローズのお気に入りの看護師で、側で手伝わせていたこと。カノイの両親も二人を最後に祝福していた事など。
「約束したんだ。ノルマンが『三年したら君達を一緒に連れて戻って来る。その時は仲良くしてやってくれ』って」
その話を聞いてノアーサが兄夫婦の消息を訪ねる。
アバロンは調査から、村が火災の後、大雨で土砂崩れを起こし、全壊だった事を告げた。
「恐らく、生存確率は低いと思う。今は行方不明で報告書は提出するけど」
ノアーサは涙目になりながら、俯く。兄夫婦の行方は結局解らないままのようだ。
並んで座っていた彼女の背中にカノイが手を回して悲しむ彼女を抱き寄せた。ノアーサが当然のように彼の胸に寄り添う。
「君たちは、恋人?」
アバロンが何気に訪ねる。ノルディック総長とカエサル団長の子供たち。修学前に親元を離れて国に預けられ、特別な教育を、十年間受けたと聞かされてはいた。
「同志かな。この十年、共に切磋琢磨してきた仲。厳しく過酷な訓練と多量の知識を会得するために互いに頑張ってきたから。お互いに強い絆が出来ていると思う。まあ、『恋人』も否定はしないけど」
カノイは二人の仲をはっきりと答えた。
「とりあえず君達の仲は解ったよ。君達は暗殺者としての腕も凄いね」
アバロンの言葉に二人は一瞬、背筋が凍った。村を出る時に刺客に狙われて、何十人か暗殺している。村を調査したならその近辺も検証され、死体も発見されている筈だ。
「まあ、その事は父がこれから任務として尋問するだろうけど」
アバロンは二人が不安にならないように付け加えた。
「質問を幾つかされるだろうけど、黙秘もできる。それに君達はまだ成人前だから、重い罪には問われない。何より正当防衛だろ」
そう言うと、アバロンはアベルに報告すべく部屋を出ていった。
その後、アベルが来る。二人は彼から来る質問に真実を語った。
あの日、隣国タルハタが深夜に攻めて来たと聞かされ、兄から二人は逃げるように言われ、それに従ったこと。
その逃げる途中で刺客に襲われ、二人で倒したという真実を語った。
「他に何か気になる事とかは?」
アベルが二人に質問する。
「そういえば、最後に尋問した男性はタルハタ語で、舌を噛みきって自害してしまったけど、誰に頼まれたのかを教えてはくれませんでした」
カノイが最後の刺客の事を打ち明ける。
二人はその最後の刺客数人を滝の茂みに埋葬した事も語った。
「話を聞けば、正当防衛だな」
アベルの言葉に二人は安堵する。好きで殺しをやったのではない。あの時は生き残るために互いに必死だった。
「よく話してくれた。君らは王国騎士団幹部の御子息。立場的にも殺人犯にはさせたくはない」
アベルがそういって報告書に記している。その報告書を早めにまとめると、彼は十年前の事も話してくれた。
あの日、父のノルディックは娘を国に預けるといった事に、母のローズは最後まで反対した。
その時カノイの母、ミランダが、「ならば自分の息子も一緒に」と。ひとりより二人の方が心強いからと、カノイとノアーサを国に預けたことを話してくれた。
「お前たちはこの十年。よく頑張った。俺の息子だったら、とっくに根をあげて戻って来ただろうよ」
そう言うとアベルは席を立ち、カノイとノアーサの肩を両手で叩いた。
「お前たちが、頑張った事で王国騎士団は粛正や領地を没収される事もなかった。残念だったのは三年前の内戦で、お前たちの親を失ってしまった事だ。だが、あいつらは大切なものを残してくれた。それが、お前たちだ」
二人の頭を両手で撫でながら、アベルはいった。
「カエサルに変わって、俺があいつの言いたかった事を言ってやろう。おかえり、頑張ったな。お前たち」
その言葉にカノイとノアーサは少しだけ救われたような気がした。
ずっと親元を離れ寂しい思いをしてきた。親との再会が叶わず、兄妹も行方知れずの今、自分たちを迎えてくれる人がいる事が嬉しかった。
※
途中、停泊しながら王都に到着したのは二日目の事であった。
アスケニア国の王都『リモ』に十年ぶりの帰国。王都を出たのは七歳の時だったから、町の記憶は殆んどない。
村で王都について学んだ事は、海岸に面した土地で、海外との貿易が盛んなこと。造船所が多く、市では海外からの珍しい舶来品や食材が並ぶと、教わっていた。
「すまんな。子供たちを迎えに行かせて」
王国騎士団の執務室でノアーサの父親であるノルディック=カイレオールがアベル相手に話している。
「俺でないと、お前の娘やカエサルの息子は解らなかったと思うな。娘のノアーサな、母親のローズにそっくりで美人だぞ。早く逢いにいってやれ」
ノアーサの父親は黒髪に少しばかり白髪が混じり、茶色い瞳で、あまり感情を出さない人であった。
「まずは、報告を頼む」
ノルディックは娘との再会よりも仕事を優先させたいようである。
「ノル。お前の娘とカエサルの息子な。できてるぞ」
アベルがノアーサの父に報告したのは二人の事である。アベルはたまに冗談やユーモアを交えて話す癖がある。しかし、そういう上司もいなくては、団員は動かせない。ノルディックは幼馴染みの間柄、彼の性格には慣れている。
「私が知りたいのは、村の報告だ。それは本人たちから聞く事にする」
こういう時にでも、ノルディックは眉ひとつ動かすことなく冷静に対応する。
「お前が聞き出すまでもなく、女たちの情報を期待した方が早い」
アベルはこの部屋に妻のヘンリエッタが居ないのを見越して言った。
アベルの妻であるヘンリエッタは騎士団でノルディックの秘書をしている。三人の子の母親でアベルと同行した息子、アバロンとアルフレッド。そして、カノイとノアーサと同い年の娘がいた。
「女房の奴、ローズに生き写しの娘と言ったら、好奇心で逢いに行ったよ。女性騎士団のリランも揃えば、女どもは聞き出すのが上手いし」
「それでは村の報告を聞かせて欲しい」
アバロンは彼の前に報告書を差し出す。そして、付け加えるように話を始めた。
「ノルマンとアン。あいつら、恐らく国外へ逃亡したな。あと村の住民も数十人程。鷹で手紙を寄越したあと、鷹は何処に飛んで行った?」
アベルはおどけているように見えて観察力は鋭い。
今の王になってから、貿易や国外への渡航が自由に行えなくなった。国外への出稼ぎや貿易を規制し、アスケニアは数年鎖国状態となっていた。
そんな国から逃亡する国民も多い。二人がいた村は山岳の国境区域。ノルマンは王国騎士団を退団あと、カノイとノアーサの村で国境警備の任務に付き、妻のアン、カノイとノアーサの四人で暮らしていた。
「あの子たちの『主君』が何もいって来ないところを見ると、恐らくあの御方は何かを隠している」
「あいつらの『主君』は必ず何かをやるな。近いうちに」
「なぁノル。あいつら頑張ったんだぞ。親に逢いたい一心で諦めず十年という歳月を乗り越えたんだ」
アベルはカノイが、かつての親友であったカエサルとミランダの忘れ形見として生きていてくれた事が嬉しいとノルディックに話した。
「俺も年をとったか。命ってのはこうやって引き継いで行くのかと思うと何だか嬉しくてな」
アベルは昔を懐かしむように語る。
「なあ、ミランダの遺言覚えているか」
アベルは思い出したように訪ねた。
「あいつは口癖のようにいってたからなぁ。二人一緒に行かせた時からもう、決まっていたようなものだが、現実となれば認めたくないのが親心だな」
ノルディックはカノイの母、ミランダが生前にいっていた言葉を思い出す。
『ノアーサちゃんを私の娘にする』
娘のノアーサを自分の息子、カノイと結婚させる事が彼女の希望だった。
「まずは、逢いに行ってやれ。待たせてある」
アベルに背中を押されるようにノアーサの父は部屋を出る。娘との十年ぶりの再会。一番に逢わせてやりたかった妻、ローズがいないのは寂しいが、妻が一番に言いたかった言葉を二人に伝えよう。そう決心して彼は二人の元へと向かった。
※
その頃、カノイとノアーサは騎士団の女性たちに質問攻めにされている。
急に訪れた自分の親世代の女性二人。一人は肩まで伸ばした褐色の髪に碧眼の女性。アバロンとアルフレッドの母親だといっていた彼女にいきなりノアーサは抱きつかれた。
「ローズが戻ってきたみたい。おかえり」
そう言われて、彼女は動揺する。生前の母を知る女性であることは間違いない。
一方で、露骨に質問してくる女性が一人。女性騎士団の団長でリランと名乗った。
黒髪で男性のように髪を短くして、蒼眼。逞しい感じの美女。ミランダ亡き後、女性騎士団団長を勤めている。
彼女は三年前のマドリアの内戦時、四人目の子供を産んだばかりで、参戦していない。
「あなたたち、もうエッチした?」
「リラン。貴方、その質問は露骨すぎるわ」
ヘンリエッタに言われたが、彼女は回りくどい追及は苦手のようだ。
「ミランダ団長の遺言通りなら、二人は婚約者よね。年頃の男女が山籠り、何もないほうが可笑しいわよ」
二人が救助が来るまで滝の近くの小屋で待っていたという情報は既に盛れている。
王都に着く間に、アルフレッドから王国騎士団は家族のような関係と聞かされていた。
初対面で、こんなにも人懐っこくされる事に二人は慣れていない。
苦笑いしながら二人は黙秘を続ける。
「母さん辞めろよ。初対面でいきなり抱きしめたり、質問攻めにされたら、誰だって驚くだろう」
そんな二人を庇ってアルフレッドが割り込んできた。
そんな折、ノアーサの父、ノルディックが二人の元を訪れた。家族水入らずの再会を邪魔してはならないと、アルフレッド、リラン、ヘンリエッタの三人はその場を出て行くが、壁越しに耳を凝らしているのは解る。
ノルディックは十年ぶりの娘の姿に驚く。たまにノルマンから届く文で知らされてはいたが、母親と生き写しかと思うくらいに似ている。体も少女から娘に成長していた。
「お父さん。ただいま戻りました」
声まで母親に似ている。まさに妻の忘れ形見とはこの事だ。
ノルディックはノアーサについでカノイの姿にも驚く。親友カエサルの若き頃の面影がある。命は繋がっている。親友のカエサルが戻って来たように懐かしさが込み上げて来て、思わず二人を同時に抱きしめていた。
「おかえり。お前たち、よく戻って来た」
それ以上の言葉が浮かばない。只、嬉しいの一言でしかなかった。
「お父さん」
ノアーサの声にノルディックは二人を離した。
「すまない。この日をずっと心待ちにしていたのに、いざとなると言葉が見つからないものだな」
三人は部屋のソファーに座り、暫く話をする。積もる話は沢山ある。何より、この場所にカノイの両親であるカエサルとミランダがいない事をノルディックは申し訳ないといっていた。
「両親の死に目にも逢えず、葬儀、死後の後処理すべて任せて申し訳ありませんでした。両親の事は感謝致します」
カノイはノルディックに謝罪し感謝の言葉を述べた。礼儀正しい若者ではある。
「君の父とは子供の頃からの付き合いだ。何かあったら互いに助け合うと決めていたからな。その事なら心配はいらない」
カエサルの息子として見れば、良き若者ではあるが、娘との仲を思えば不安になるのが親というものだ。
ノルディックは、ノアーサとの仲をカノイに聞いてみた。
「共に、支えあって、腕も知識も磨きました。彼女がいなかったら、僕は十年という歳月を耐えられなかったと思います」
そう言うと、カノイはノアーサを見た。彼女は頷く。彼女は横に座る彼の手を強く握った。本当の事を話そうという合図である。
「僕たちは契りを交わしてます。ノルマンも僕たちの仲を認めてます」
ノアーサは父の前にノルマンから託された『二の棺』と呼ばれる小箱を差し出した。
「お父さん。兄さんから預かったの。中には手紙が入ってた。お父さん宛のね」
ノアーサは、自分たち宛の手紙は先に読んだ事を話した。
手紙の内容は、三年前の内戦で亡くなった親の最後が記されていたと告げる。
「遺言に関係なく、僕はノアーサを愛してます。来月に僕は先に成人します。結婚するにはまだ経済的に無理です。でも、交際は認めて貰えますか?」
カノイはノルディックと向かい合って真剣に訴えた。
「カエサルの若い頃ににているなぁ。やはり親子か」
ノルディックは怒りというよりも親友との面影が重なって、笑いが込み上げてくる。
「ミランダの遺言通りになったぞ。アベル。ヘンリエッタ。聞いているんだろ出てこい」
ノルディックは嬉しいのか、部屋の外で耳を棲まして聞いている人物に声をかけた。
部屋の扉が開いて、アベル夫婦と息子のアルフレッド。女性騎士団のリランが入ってくる。
「『おめでとう』を言うべきなのか」
アベルが訪ねた。
「この場にカエサルがいたら、『責任はとる』とかいって、ミランダは喜んだだろうな」
ノルディックは今は亡きカノイの父、カエサルならこうしたであろうと話す。
「お前たちはまず、育ててくれた主君に恩を返さねばならない。その事を忘れるな」
「はい。恩に報いるように二人で努力してゆきます」
ノルディックは二人の仲を認めるしかないようだ。
これから二人は国の混乱に巻き込まれてゆくことであろう。その混乱を乗り越えるためには一人より二人の絆が必要となる。
親としてこの二人にしてやれることは見守る事しか出来ない。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
異世界に降り立った刀匠の孫─真打─
リゥル
ファンタジー
異世界に降り立った刀匠の孫─影打─が読みやすく修正され戻ってきました。ストーリーの続きも連載されます、是非お楽しみに!
主人公、帯刀奏。彼は刀鍛冶の人間国宝である、帯刀響の孫である。
亡くなった祖父の刀を握り泣いていると、突然異世界へと召喚されてしまう。
召喚されたものの、周囲の人々の期待とは裏腹に、彼の能力が期待していたものと違い、かけ離れて脆弱だったことを知る。
そして失敗と罵られ、彼の祖父が打った形見の刀まで侮辱された。
それに怒りを覚えたカナデは、形見の刀を抜刀。
過去に、勇者が使っていたと言われる聖剣に切りかかる。
――この物語は、冒険や物作り、によって成長していく少年たちを描く物語。
カナデは、人々と触れ合い、世界を知り、祖父を超える一振りを打つことが出来るのだろうか……。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる