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第六章 再会

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 いつからだろう。彼女に意識いしきし始めたのは。
 ノアーサと、今日からこの村で暮らすのだと言われた日。彼女は家に帰りたいと泣いていた。
 母親同士が親友で、初めて彼女と出会った時の印象は、可愛くて、母親からとても大切に育てられてきた子だと思った。
 父がこの村に連れて来られる前の日に、『男の子だから、あの子を守ってあげるんだよ。』と言われたのを覚えている。
 あの時の少女はこの十年。共に辛い訓練くんれん勉学べんがくに励み、強くなった。年を重ね、成長してゆく中で、綺麗な子に育ち、お互いが恋人になるまで時間はかからなかった。
 夕暮れを過ぎ、ノアーサは外で煮炊きにたをして、保存していた乾燥野菜かんそうやさいと近辺で獲れたキノコで具だくさんのスープを作って持って来る。寒くなって来たから温かい食事はありがたい。空腹くうふくは満たされ、身体からだが暖まる。
 今夜辺り、雨が降りそうだと予測して、外での行動は早めに済ませておいた。天気を予測できる知識も彼らにはある。
 この小屋には、幅広の二人が余裕で寝れるくらいの寝台ベッドがある。そこに二人は肩を並べて座っていた。
 カノイは緊張する彼女の体を、優しく抱き寄せてささやく。
「今夜は冷えるからね。互いの肌を重ねて温め合おう。いいよね」
 ノアーサは寝台ベッドに倒される 。互いに衣服を脱いで、二人は肌を重ねた。カノイはノアーサの体を愛撫あいぶしてゆく。人肌の温もりが心地よい。
 外では地面を叩きつける勢いで、雨が降りだしたようだ。
 雨音の中に、彼女のあえぐ声が交じっている。
 カノイはノアーサの両足を開き、彼女の体の中に少しずつ入っていった。初めて男の体を受け入れる痛みでノアーサが涙目になっているのが解る。
「もう少し繋がっていたいけど、大丈夫?」
 カノイの言葉にノアーサは頷くうなず
 ノアーサがいとしい。こうして肌に触れ、男女の仲になる事を願い、今宵、結ばれた。
  彼女の耳元で、カノイは呟いた。
「好きだよ」
 二人の初夜しょやがこうして過ぎていった。
 

 ※
 
 ノアーサと男女の契りを交わし、一夜が明けた。
 彼女は今、自分の胸に体を預けて眠っている。
  ノアーサの寝顔を覗き込むと、綺麗な顔立ちをして色っぽい。
自分を受け入れてくれたノアーサを、今まで以上に愛しく感じた。自分の女になったような気がして、彼女の体を撫でて行く。
 ノアーサがゆっくりと瞼を開いた。
「おはよう」
 カノイは彼女の髪を撫で付けそう呟く。暗殺者としての警戒心を感じない。恐らく自分を信頼しきって、無防備になっているのだろう。
「昨夜は嬉しかった。ありがとう。その、君の事は大切にする」
 照れた様子でカノイはそう話す。彼の顔をうかがうように、彼女が顔をあげてカノイを見つめている。その表情が可愛さのなかに色っぽさを感じた。
「私も嬉しかった。好きだっていってくれたから」
 「うん、好きだよ」
そう言うとノアーサを再び抱いた。そうしてこの日、二人は共に生きてゆこうと誓った。

 ※
 
 王都からの使者を待っている間、二人は村にいって見ようと試みた。この滝から村に向かう道は、初日の大雨で土砂崩れや倒木とうぼくにより、道がふさがれて行くのが困難とあきらめた。
 一方で、今、自分たちが滞在しているこの滝から王都へ続く道は、雨の被害もなく大丈夫だと確認できた。
 そうするうちに、約束の三日目を迎える。兄夫婦の消息はこの場所にいるだけでは何も解らない。今は王都からの使者を待て、と言われ待つしかなかった。
 その日の昼を過ぎた頃、二人は久しぶりに人の声を耳にする。王都からの使者だろうか?
 警戒しながら、洞窟から耳を澄ます。人数は十人前後か。二人は洞窟を出て近くの繁みしげに身を潜めた。武器はいつ如何なる時も手離さない。
「身形からして、王国騎士団。迎えの人達かしら?」
 木の陰から、様子を伺ってノアーサが呟く。そういったかと思うと、彼女は彼らの後ろにまわっていた。
「何かご用?」
 騎士団でも指示を出す男性に後ろから、ノアーサは声をかけた。
 驚いて彼は降り返った。髭面ひげづらみどりの瞳の中年男性はノアーサを見て、その容姿に懐かしい思いで語りかけた。
「ノルディックの娘だろ。ローズに似て別嬪べっぴんだな」
 自分の両親を知っている。兄のいっていた使者で間違いはなかった。
「こんなに大きくなって。お前ひとりか」
 そう聞かれたかと思うと、彼女のそばにカノイが立っている。二人とも仕事柄、動きは早い。
「カエサルの息子か。どことなく父親の面影があるぞ。いや、懐かしい。お前たち、良く無事だったな」
 彼はアベル=クロスフォードと名乗った。ノアーサの父ノルディックと、カノイの父カエサルとは、子供の頃からの腐れ縁だと話してくれた。更に、彼は騎士団に所属している息子二人も一緒に来ていて、紹介される。
「ノルマンの妹だね。僕はノルマンとは同期だったんだ」
 翆の瞳に直毛で薄い茶髪の青年が、ノアーサに話しかけてきた。彼はアベルの長男でアバロンと名乗った。カノイの父、カエサルの最後も戦地で看取ったみとと話してくれた。
「アルフレッドだ。よろしくな」
 気さくに語りかけてきて人懐っこい彼の次男は去年、騎士養成学舎アカデミーを卒業して騎士団に入ったという。翆の瞳に、茶髪でも少し赤身を帯びた髪の色。表情からしてやんちゃな性格なのであろう。カノイの肩を叩いて、挨拶してきた。
「積もる話もあるが、とりあえず今日のうちにここを出よう。荷物をまとめてくれ」
 アベルにそう言われ、ノアーサとカノイは洞窟に置いてある僅かなわず荷物と防具と武器を纏うまと
 荷物の中には衣類と兄から託された『二の棺にのひつぎ』と呼ばれる箱を持った。これを父に届けなければならない。十年ぶりの故郷と父との再会が待っている。そして、自分たちを育てた主君との対面も。
「この日をどれだけ、待ったか知れないけど、一番に逢いたかった人は、もういないのか」
カノイがノアーサの体を、自分の胸に抱き寄せ語りかけた。
逢えなくても、思い出を語ってくれる人は沢山いると思うわ」
 ノアーサがカノイの胸にそっと身を預ける。

 その後ろ姿を遠目にアベルが目撃する。カエサルとローズの若い頃と重なって、二人を見てしまうのは年を重ねたせいか。
 いづれにしても、今は亡き親友は、次の世へと命を繋ぎ、こうして子供たちを残してくれた。その事が嬉しく思えた。
 

 ※

 王都へ向かう最中、カノイとノアーサは三年前の両親の死や、ノアーサの兄夫婦が、二人のいる村に来た理由などを、アバロンから聞かされた。
 カノイにとって、最後まで両親が自分の事を思い、母のミランダをしたって亡くなったという真実を聞けた事は嬉しかった。
 「カエサル団長は初陣の僕たちをめてくれてね、団長のつるぎはノルマンに変わって僕が受け取ったんだ。本当に好い人だったよ」
 場所は王都の途中にある小さな町の兵舎へいしゃ
 騎士たちの中には領主となり町や村を守っている人も多い。そういった騎士が討伐とうばつ遠征えんせいなどで、滞在し利用出来るようにと作られた宿のような場所である。
 更に、アバロンはノアーサの兄、ノルマンの事も話してくれた。
  アンが母親ローズのお気に入りの看護師で、側で手伝わせていたこと。カノイの両親も二人を最後に祝福していた事など。
「約束したんだ。ノルマンが『三年したら君達を一緒に連れて戻って来る。その時は仲良くしてやってくれ』って」
 その話を聞いてノアーサが兄夫婦の消息を訪ねる。
 アバロンは調査から、村が火災の後、大雨で土砂崩どしゃくずれを起こし、全壊ぜんかいだった事を告げた。
「恐らく、生存確率は低いと思う。今は行方不明で報告書は提出するけど」   
 ノアーサは涙目になりながら、うつむく。兄夫婦の行方は結局解らないままのようだ。
 並んで座っていた彼女の背中にカノイが手を回して悲しむ彼女を抱き寄せた。ノアーサが当然のように彼の胸に寄り添う。
「君たちは、恋人?」
 アバロンが何気に訪ねる。ノルディック総長とカエサル団長の子供たち。修学前しゅうがくまえに親元を離れて国に預けられ、特別な教育を、十年間受けたと聞かされてはいた。
「同志かな。この十年、共に切磋琢磨せっさたくましてきた仲。厳しく過酷かこくな訓練と多量の知識を会得するために互いに頑張ってきたから。お互いに強いきずなが出来ていると思う。まあ、『恋人』も否定はしないけど」
 カノイは二人の仲をはっきりと答えた。
「とりあえず君達の仲は解ったよ。君達は暗殺者アサシンとしての腕も凄いね」
 アバロンの言葉に二人は一瞬、背筋が凍った。村を出る時に刺客に狙われて、何十人か暗殺している。村を調査したならその近辺も検証され、死体も発見されている筈だ。
 「まあ、その事は父がこれから任務として尋問するだろうけど」
 アバロンは二人が不安にならないように付け加えた。
 「質問を幾つかされるだろうけど、黙秘もできる。それに君達はまだ成人前だから、重い罪には問われない。何より正当防衛せいとうぼうえいだろ」
 そう言うと、アバロンはアベルに報告すべく部屋を出ていった。
 その後、アベルが来る。二人は彼から来る質問に真実を語った。
 あの日、隣国りんこくタルハタが深夜に攻めて来たと聞かされ、兄から二人は逃げるように言われ、それに従ったこと。
 その逃げる途中で刺客に襲われ、二人で倒したという真実を語った。
「他に何か気になる事とかは?」
 アベルが二人に質問する。
「そういえば、最後に尋問した男性はタルハタ語で、舌を噛みきって自害じがいしてしまったけど、誰に頼まれたのかを教えてはくれませんでした」
 カノイが最後の刺客の事を打ち明ける。
 二人はその最後の刺客数人を滝の茂みに埋葬した事も語った。
「話を聞けば、正当防衛せいとうぼうえいだな」

 アベルの言葉に二人は安堵あんどする。好きで殺しをやったのではない。あの時は生き残るために互いに必死だった。
「よく話してくれた。君らは王国騎士団幹部の御子息。立場的にも殺人犯にはさせたくはない」
 アベルがそういって報告書に記している。その報告書を早めにまとめると、彼は十年前の事も話してくれた。
 あの日、父のノルディックは娘を国に預けるといった事に、母のローズは最後まで反対した。
 その時カノイの母、ミランダが、「ならば自分の息子も一緒に」と。ひとりより二人の方が心強いからと、カノイとノアーサを国に預けたことを話してくれた。
「お前たちはこの十年。よく頑張った。俺の息子だったら、とっくに根をあげて戻って来ただろうよ」
 そう言うとアベルは席を立ち、カノイとノアーサの肩を両手で叩いた。
「お前たちが、頑張った事で王国騎士団おうこくきしだん粛正しゅくせい領地りょうちを没収される事もなかった。残念だったのは三年前の内戦で、お前たちの親を失ってしまった事だ。だが、あいつらは大切なものを残してくれた。それが、お前たちだ」
 二人の頭を両手で撫でながら、アベルはいった。
 「カエサルに変わって、俺があいつの言いたかった事を言ってやろう。おかえり、頑張ったな。お前たち」
 その言葉にカノイとノアーサは少しだけ救われたような気がした。
 ずっと親元を離れ寂しい思いをしてきた。親との再会が叶わず、兄妹きょうだいも行方知れずの今、自分たちを迎えてくれる人がいる事が嬉しかった。
 
 ※
 
 途中、停泊しながら王都に到着したのは二日目の事であった。
 アスケニア国の王都『リモ』に十年ぶりの帰国。王都を出たのは七歳の時だったから、町の記憶は殆んどない。
 村で王都について学んだ事は、海岸に面した土地で、海外との貿易が盛んなこと。造船所ぞうせんじょが多く、市では海外からの珍しい舶来品はくらいひんや食材が並ぶと、教わっていた。
「すまんな。子供たちを迎えに行かせて」

 王国騎士団の執務室でノアーサの父親であるノルディック=カイレオールがアベル相手に話している。
「俺でないと、お前の娘やカエサルの息子は解らなかったと思うな。娘のノアーサな、母親のローズにそっくりで美人だぞ。早く逢いにいってやれ」
 ノアーサの父親は黒髪に少しばかり白髪が混じり、茶色い瞳で、あまり感情を出さない人であった。
「まずは、報告を頼む」
 ノルディックは娘との再会よりも仕事を優先させたいようである。
「ノル。お前の娘とカエサルの息子な。できてるぞ」
 アベルがノアーサの父に報告したのは二人の事である。アベルはたまに冗談やユーモアを交えて話す癖がある。しかし、そういう上司もいなくては、団員は動かせない。ノルディックは幼馴染みの間柄、彼の性格には慣れている。
「私が知りたいのは、村の報告だ。それは本人たちから聞く事にする」
 こういう時にでも、ノルディックは眉ひとつ動かすことなく冷静に対応する。
「お前が聞き出すまでもなく、女たちの情報を期待した方が早い」
 アベルはこの部屋に妻のヘンリエッタが居ないのを見越して言った。
 アベルの妻であるヘンリエッタは騎士団でノルディックの秘書をしている。三人の子の母親でアベルと同行した息子、アバロンとアルフレッド。そして、カノイとノアーサと同い年の娘がいた。
「女房の奴、ローズに生き写しの娘と言ったら、好奇心で逢いに行ったよ。女性騎士団のリランも揃えば、女どもは聞き出すのが上手いし」
「それでは村の報告を聞かせて欲しい」
アバロンは彼の前に報告書を差し出す。そして、付け加えるように話を始めた。
「ノルマンとアン。あいつら、恐らく国外へ逃亡したな。あと村の住民も数十人程。たかで手紙を寄越したあと、たかは何処に飛んで行った?」
 アベルはおどけているように見えて観察力は鋭い。
 今の王になってから、貿易や国外への渡航が自由に行えなくなった。国外への出稼ぎや貿易ぼうえき規制きせいし、アスケニアは数年鎖国さこく状態となっていた。
 そんな国から逃亡する国民も多い。二人がいた村は山岳の国境区域。ノルマンは王国騎士団を退団あと、カノイとノアーサの村で国境警備こっきょうけいびの任務に付き、妻のアン、カノイとノアーサの四人で暮らしていた。
「あの子たちの『主君しゅくん』が何もいって来ないところを見ると、恐らくあの御方は何かを隠している」
「あいつらの『主君しゅくん』は必ず何かをやるな。近いうちに」
「なぁノル。あいつら頑張ったんだぞ。親に逢いたい一心で諦めず十年という歳月を乗り越えたんだ」
 アベルはカノイが、かつての親友であったカエサルとミランダの忘れ形見として生きていてくれた事が嬉しいとノルディックに話した。
「俺も年をとったか。命ってのはこうやって引き継いで行くのかと思うと何だか嬉しくてな」
 アベルは昔を懐かしむように語る。
「なあ、ミランダの遺言覚えているか」
アベルは思い出したように訪ねた。
あいつミランダは口癖のようにいってたからなぁ。二人一緒に行かせた時からもう、決まっていたようなものだが、現実となれば認めたくないのが親心だな」
 ノルディックはカノイの母、ミランダが生前にいっていた言葉を思い出す。
『ノアーサちゃんを私の娘にする』
 娘のノアーサを自分の息子、カノイと結婚させる事が彼女の希望だった。
「まずは、逢いに行ってやれ。待たせてある」
 アベルに背中を押されるようにノアーサの父は部屋を出る。娘との十年ぶりの再会。一番に逢わせてやりたかった妻、ローズがいないのは寂しいが、妻が一番に言いたかった言葉を二人に伝えよう。そう決心して彼は二人の元へと向かった。
 
 ※
 
 その頃、カノイとノアーサは騎士団の女性たちに質問攻めにされている。

 急に訪れた自分の親世代の女性二人。一人は肩まで伸ばした褐色の髪に碧眼へきがんの女性。アバロンとアルフレッドの母親だといっていた彼女にいきなりノアーサは抱きつかれた。
「ローズが戻ってきたみたい。おかえり」
  そう言われて、彼女は動揺する。生前の母を知る女性であることは間違いない。
  一方で、露骨に質問してくる女性が一人。女性騎士団の団長でリランと名乗った。
 黒髪で男性のように髪を短くして、蒼眼。逞しい感じの美女。ミランダ亡き後、女性騎士団団長を勤めている。
  彼女は三年前のマドリアの内戦時、四人目の子供を産んだばかりで、参戦していない。
「あなたたち、もうエッチした?」
「リラン。貴方、その質問は露骨すぎるわ」 
 ヘンリエッタに言われたが、彼女は回りくどい追及は苦手のようだ。 
「ミランダ団長の遺言通りなら、二人は婚約者よね。年頃の男女が山籠り、何もないほうが可笑しいわよ」
 二人が救助が来るまで滝の近くの小屋で待っていたという情報は既にれている。
 王都に着く間に、アルフレッドから王国騎士団は家族のような関係と聞かされていた。
 初対面で、こんなにも人懐っこくされる事に二人は慣れていない。
 苦笑いしながら二人は黙秘を続ける。
「母さんめろよ。初対面でいきなり抱きしめたり、質問攻めにされたら、誰だって驚くだろう」
そんな二人を庇ってかばアルフレッドが割り込んできた。
 そんな折、ノアーサの父、ノルディックが二人の元を訪れた。家族水入らずの再会を邪魔してはならないと、アルフレッド、リラン、ヘンリエッタの三人はその場を出て行くが、壁越しに耳を凝らしているのは解る。
 ノルディックは十年ぶりの娘の姿に驚く。たまにノルマンから届く文で知らされてはいたが、母親と生き写しかと思うくらいに似ている。体も少女から娘に成長していた。
「お父さん。ただいま戻りました」
 声まで母親に似ている。まさに妻の忘れ形見とはこの事だ。
 ノルディックはノアーサについでカノイの姿にも驚く。親友カエサルの若き頃の面影がある。命は繋がっている。親友のカエサルが戻って来たように懐かしさが込み上げて来て、思わず二人を同時に抱きしめていた。
「おかえり。お前たち、よく戻って来た」
 それ以上の言葉が浮かばない。只、嬉しいの一言でしかなかった。
「お父さん」
 ノアーサの声にノルディックは二人を離した。
「すまない。この日をずっと心待ちにしていたのに、いざとなると言葉が見つからないものだな」
 三人は部屋のソファーに座り、暫く話をする。積もる話は沢山ある。何より、この場所にカノイの両親であるカエサルとミランダがいない事をノルディックは申し訳ないといっていた。
「両親の死に目にも逢えず、葬儀そうぎ、死後の後処理すべて任せて申し訳ありませんでした。両親の事は感謝致します」
 カノイはノルディックに謝罪し感謝の言葉を述べた。礼儀正しい若者ではある。
「君の父とは子供の頃からの付き合いだ。何かあったら互いに助け合うと決めていたからな。その事なら心配はいらない」
 カエサルの息子として見れば、良き若者ではあるが、娘との仲を思えば不安になるのが親というものだ。
 ノルディックは、ノアーサとの仲をカノイに聞いてみた。
「共に、支えあって、腕も知識も磨きました。彼女がいなかったら、僕は十年という歳月を耐えられなかったと思います」
そう言うと、カノイはノアーサを見た。彼女は頷く。彼女は横に座る彼の手を強く握った。本当の事を話そうという合図である。
「僕たちは契りちぎを交わしてます。ノルマンも僕たちの仲を認めてます」
ノアーサは父の前にノルマンから託された『二の棺にのひつぎ』と呼ばれる小箱を差し出した。
 「お父さん。兄さんから預かったの。中には手紙が入ってた。お父さん宛のね」
 ノアーサは、自分たち宛の手紙は先に読んだ事を話した。
 手紙の内容は、三年前の内戦で亡くなった親の最後が記されていたと告げる。
 「遺言ゆいごんに関係なく、僕はノアーサを愛してます。来月に僕は先に成人します。結婚するにはまだ経済的に無理です。でも、交際は認めて貰えますか?」
 カノイはノルディックと向かい合って真剣に訴えた。
 「カエサルの若い頃ににているなぁ。やはり親子か」
 ノルディックは怒りというよりも親友との面影が重なって、笑いが込み上げてくる。
 「ミランダの遺言通りになったぞ。アベル。ヘンリエッタ。聞いているんだろ出てこい」
 ノルディックは嬉しいのか、部屋の外で耳を棲まして聞いている人物に声をかけた。
 部屋の扉が開いて、アベル夫婦と息子のアルフレッド。女性騎士団のリランが入ってくる。
「『おめでとう』を言うべきなのか」
 アベルが訪ねた。
「この場にカエサルがいたら、『責任はとる』とかいって、ミランダは喜んだだろうな」
 ノルディックは今は亡きカノイの父、カエサルならこうしたであろうと話す。
 「お前たちはまず、育ててくれた主君に恩を返さねばならない。その事を忘れるな」
 「はい。恩に報いるように二人で努力してゆきます」
 ノルディックは二人の仲を認めるしかないようだ。
   これから二人は国の混乱に巻き込まれてゆくことであろう。その混乱を乗り越えるためには一人より二人の絆が必要となる。
 親としてこの二人にしてやれることは見守る事しか出来ない。
 
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