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皇太子アルフレッド編
さらなる地獄へ
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「私は貴方を恨んでいます、陛下」
「だろうな」
憎しみの込められた私の目を見ても皇帝はそれほど驚きはしなかった。もしかしたら私がずっと皇帝を恨んでいることに気付いていたのかもしれない。
――母を捨てた父親を。
たとえこの男が無様に死んでいったところで私の怒りが収まることは無いだろう。それほどに私は目の前にいるこの男を憎悪していた。実母を蔑ろにして死なせたことも、シャーロットにした仕打ちも全て到底許せることでは無かった。
(コイツは父でも何でもない)
私は今、父との縁を完全に切り捨てた。もう微塵の慈悲も必要ない。
「陛下、母上の死因をご存知ですか?」
「いや・・・」
「・・・」
皇帝は自身の妻である母の死因すら知らなかったようだ。もう本当に、呆れてものも言えない。それほどまでに愛妾に溺れていたのか。
憎々しい男の死の間際の弱った姿を見れば少しは溜まっていたこの憎悪が無くなるかと思いきや、巨大になっただけだった。
「母上の死因は毒殺です」
「なッ、何だと・・・!?」
「そしてその犯人は貴方の愛妾キャサリンです」
「・・・」
それを聞いた皇帝の顔がみるみるうちに青くなっていった。もしかして、皇帝はキャサリンの醜い本性を知らなかったのだろうか、それとも知っていながら傍に置いていたのだろうか。それは本人にしか分からないが、妻を毒殺したのが愛妾キャサリンだったというのは皇帝にとってかなり衝撃的なことのようだった。
「ゴホッ・・・ゴホッ・・・!」
そのとき、皇帝が激しく咳き込み、口から血を噴き出した。それを見た私は皇帝の死期が近いことを悟った。
(ああ、もうすぐ死ぬな)
驚くことに、それを見た私が感じたのはそれだけだった。血の繋がった父親が死ぬことに対する悲しみも、母の復讐を遂げたことに対する喜びも大して感じられなかった。この感情を一言に表すのならば、無関心。父親が死ぬことに対して何とも思っていないのだろう。自分でも薄情な息子だなと思う。
「フ、フレア・・・」
「それは貴方が呼んでいい名前ではありません、陛下」
「アルフレッド・・・」
皇帝が何故今になって母の名前を呼んだのか、私はこみ上げてくる不快感を抑えることが出来なかった。もしかすると今になって後悔しているのかもしれない。
(・・・遅すぎる)
気付くのが遅すぎる。一体何年かかっているんだ、と私はそう思った。
「陛下、もうすぐ貴方の命の灯火は消えるでしょう」
「ああ・・・」
自分でもそのことが分かっていたのか、皇帝は表情一つ変えずに頷いた。
私は、そんな皇帝にそっと顔を近付けた。
「陛下、最後に一つだけ良いことを教えてあげましょう」
「・・・何だ?」
怪訝な顔でこちらを見つめる皇帝。そんな父親の姿を見て私の口角は自然と上がった。
「――貴方に毒を盛ったのは私なんですよ」
「・・・・・・・・・・・何?」
それを聞いた皇帝の目が驚愕に見開かれた。
(・・・その顔が見たかったんだ)
明らかに動揺している皇帝の顔を見て私は満足げな笑みを浮かべた。
「陛下はいつからか、体調をよく崩されるようになりましたよね」
「あ、ああ・・・」
「それ、私の仕業です」
「何だと・・・・・?」
信じられない、と言ったかのような顔だ。無理もない。私は今までずっと父に従順な息子を演じ続けてきたのだから。
「貴方の食べる料理にずっと毒を盛り続けてたんです、私が」
「な、何故・・・!」
皇帝は怒りを露わにした。信じていたのに、裏切られた、というような目で私を見ている。しかし、今の私の心には全く響かなかった。先に裏切ったのは皇帝の方だったから。
「どうですか?実の息子に毒を盛られ続けていた気分は」
「お、お前・・・!」
「あ、言っておきますけどその毒キャサリンが母上に盛ったのと同じ物です」
「・・・!」
それを聞いた皇帝はまるで全てを諦めたかのように生気の無い表情をした。
「母の復讐・・・か」
「・・・」
私は答えなかった。代わりに、絶対に変わることのない事実を告げた。
「貴方が死ぬまでここには誰一人として入れません。もちろんキャサリンとプリシラもです。貴方は絶望の中誰にも看取られずに死んでいってください、それがお似合いですから」
「・・・」
「そして、次の皇帝になるのは私です。これも父上が私を皇太子にしてくれたおかげですね」
「・・・」
「あ、もう一つ父上にとって良いことを教えてあげます」
「今度は何だ・・・」
「――地獄でキャサリンとプリシラに会える日もそう遠くは無いでしょう」
「・・・」
それだけ言って私は父の部屋を出た。
「だろうな」
憎しみの込められた私の目を見ても皇帝はそれほど驚きはしなかった。もしかしたら私がずっと皇帝を恨んでいることに気付いていたのかもしれない。
――母を捨てた父親を。
たとえこの男が無様に死んでいったところで私の怒りが収まることは無いだろう。それほどに私は目の前にいるこの男を憎悪していた。実母を蔑ろにして死なせたことも、シャーロットにした仕打ちも全て到底許せることでは無かった。
(コイツは父でも何でもない)
私は今、父との縁を完全に切り捨てた。もう微塵の慈悲も必要ない。
「陛下、母上の死因をご存知ですか?」
「いや・・・」
「・・・」
皇帝は自身の妻である母の死因すら知らなかったようだ。もう本当に、呆れてものも言えない。それほどまでに愛妾に溺れていたのか。
憎々しい男の死の間際の弱った姿を見れば少しは溜まっていたこの憎悪が無くなるかと思いきや、巨大になっただけだった。
「母上の死因は毒殺です」
「なッ、何だと・・・!?」
「そしてその犯人は貴方の愛妾キャサリンです」
「・・・」
それを聞いた皇帝の顔がみるみるうちに青くなっていった。もしかして、皇帝はキャサリンの醜い本性を知らなかったのだろうか、それとも知っていながら傍に置いていたのだろうか。それは本人にしか分からないが、妻を毒殺したのが愛妾キャサリンだったというのは皇帝にとってかなり衝撃的なことのようだった。
「ゴホッ・・・ゴホッ・・・!」
そのとき、皇帝が激しく咳き込み、口から血を噴き出した。それを見た私は皇帝の死期が近いことを悟った。
(ああ、もうすぐ死ぬな)
驚くことに、それを見た私が感じたのはそれだけだった。血の繋がった父親が死ぬことに対する悲しみも、母の復讐を遂げたことに対する喜びも大して感じられなかった。この感情を一言に表すのならば、無関心。父親が死ぬことに対して何とも思っていないのだろう。自分でも薄情な息子だなと思う。
「フ、フレア・・・」
「それは貴方が呼んでいい名前ではありません、陛下」
「アルフレッド・・・」
皇帝が何故今になって母の名前を呼んだのか、私はこみ上げてくる不快感を抑えることが出来なかった。もしかすると今になって後悔しているのかもしれない。
(・・・遅すぎる)
気付くのが遅すぎる。一体何年かかっているんだ、と私はそう思った。
「陛下、もうすぐ貴方の命の灯火は消えるでしょう」
「ああ・・・」
自分でもそのことが分かっていたのか、皇帝は表情一つ変えずに頷いた。
私は、そんな皇帝にそっと顔を近付けた。
「陛下、最後に一つだけ良いことを教えてあげましょう」
「・・・何だ?」
怪訝な顔でこちらを見つめる皇帝。そんな父親の姿を見て私の口角は自然と上がった。
「――貴方に毒を盛ったのは私なんですよ」
「・・・・・・・・・・・何?」
それを聞いた皇帝の目が驚愕に見開かれた。
(・・・その顔が見たかったんだ)
明らかに動揺している皇帝の顔を見て私は満足げな笑みを浮かべた。
「陛下はいつからか、体調をよく崩されるようになりましたよね」
「あ、ああ・・・」
「それ、私の仕業です」
「何だと・・・・・?」
信じられない、と言ったかのような顔だ。無理もない。私は今までずっと父に従順な息子を演じ続けてきたのだから。
「貴方の食べる料理にずっと毒を盛り続けてたんです、私が」
「な、何故・・・!」
皇帝は怒りを露わにした。信じていたのに、裏切られた、というような目で私を見ている。しかし、今の私の心には全く響かなかった。先に裏切ったのは皇帝の方だったから。
「どうですか?実の息子に毒を盛られ続けていた気分は」
「お、お前・・・!」
「あ、言っておきますけどその毒キャサリンが母上に盛ったのと同じ物です」
「・・・!」
それを聞いた皇帝はまるで全てを諦めたかのように生気の無い表情をした。
「母の復讐・・・か」
「・・・」
私は答えなかった。代わりに、絶対に変わることのない事実を告げた。
「貴方が死ぬまでここには誰一人として入れません。もちろんキャサリンとプリシラもです。貴方は絶望の中誰にも看取られずに死んでいってください、それがお似合いですから」
「・・・」
「そして、次の皇帝になるのは私です。これも父上が私を皇太子にしてくれたおかげですね」
「・・・」
「あ、もう一つ父上にとって良いことを教えてあげます」
「今度は何だ・・・」
「――地獄でキャサリンとプリシラに会える日もそう遠くは無いでしょう」
「・・・」
それだけ言って私は父の部屋を出た。
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