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三章

魔術師

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お父様が倒れてから数日が経った。
献身的に看病すればいつかは治るだろうと思ったけれど、お父様が目覚めることはなかった。


「お父様……」


きっとすぐに回復すると思ったのに。
ベッドに横たわるお父様の顔は青白くて、今にも亡くなってしまいそうなほどに弱く見えた。


(どうすればいいのかしら……お医者様に診てもらっても原因は分からないままだし……)


もし、このまま一生目覚めなかったら――
そう考えるととても恐ろしくなった。


お父様のことは好きではないが、一度だって死を願ったことは無かった。
恐怖で涙が出そうになったそのとき、突然部屋の扉が勢いよく開けられた。


「――セシリア!!!」
「…………殿下?」


どうして彼がここにいるんだろう。
辛すぎて幻を見ているのかと思ったが、殿下は慌てた様子でこちらへやって来て私の肩に手を置いて身体を揺さぶった。
どうやら幻覚では無かったようだ。


「セシリア、大丈夫か!」
「殿下……どうしてここに……?」
「公爵が倒れたと聞いて……お前のことが心配になったんだ」
「殿下……」


思いがけない彼の優しさに、安堵の涙が溢れそうになった。
殿下は泣きべそをかいた私を慰めるように頭をそっと撫でた。


「安心しろ、このことは俺しか知らない。他の貴族はもちろん、陛下にもバレてはいないはずだ。陛下がお前に付けた王家の影をあらかじめ買収しておいたからな」
「ありがとうございます……」


フルール公爵家はお父様が当主であったからこそ成り立っていた家門だ。
そんなお父様が昏睡状態になっているだなんて知られたらどうなるか分からない。


「セシリア、何があったか話してくれるか?言いづらいことは言わなくてもいいから」
「はい、殿下……」


私は殿下に起きたことを全て包み隠さず話した。


「そうか、それは大変だったな」
「はい、原因が分からなくて……どうしてお父様が急に倒れてしまったのか……」
「それなんだがな……」


殿下はそこまで言うと、入って来た扉の方に視線をやった。


「おい、入って来てくれ」
「……?殿下……?」


殿下の声で一人の男性が部屋の中へと入って来た。


(誰かしら……?)


真っ黒なローブを身に着けた男の人。
黒い髪を腰のところまで垂らしている。


(この服……もしかして……!)


噂には聞いたことがあったが、こんなに近くで見たのは初めてだった。


「殿下、この方はもしかして……」
「ああ、魔術師だ。俺が連れて来た」
「……!」


やはり私の予想は間違っていなかった。


オルレリアン王国には魔術師というものが存在する。
――とは言っても、これは国民や貴族のほとんどが知らないことで知っているのは王家の人間や重鎮たちくらいだ。


(こうやってお会いするのは初めてだわ……いつもは魔塔に引きこもっていると聞いてたし……)


「この男の名前はダリウス。優秀な魔術師だ。彼が公爵を診てくれる」
「それは頼もしいですね……!」


そして、魔術師ダリウス様による診察が始まった。


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