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二章

閑話 公爵令嬢が死んだ後⑦―国王アルベルト編―

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「そんな……冗談だろう……?」


この日、私は生きる意味を失った。


信じられない、いや、信じたくなかった。
どうか私の聞き間違いであってほしかった。


「陛下……セシリア王太子妃が自ら命を絶ってしまったそうです……」
「……!」


聞き間違いでも何でもなかった。
理解が全く追い付かない。


(セシリアが……死んだ……?)


報告に来た騎士が出て行った後、私は部屋で一人耳をつんざくような叫び声を上げた。
セシリアが亡くなったというその事実だけでも頭がおかしくなりそうだった。
いや、既におかしくなっているか。




――セシリア・フルール


フルール公爵家の一人娘であり、憎きオスカーと……私の愛するリーナが産んだ子供だった。
最初こそ、私はその存在を疎み、憎く思っていた。


リーナが他の男と子供を作ったというだけでも耐えられなかったから。
元はと言えば彼女は私のものだった。
それをオスカーが奪ったのだ。


私はオスカーを心の底から憎んでいる。
そしてあの男を選んだリーナもまた恨めしい。
当然、生まれた子供も憎悪の対象だった。


しかし、まだ幼い子供の顔を見てそんな憎しみは瞬く間に消えていった。


(何だこれは……リーナの生き写しではないか……)


二人の娘――セシリアはリーナにそっくりだった。
波打つ金髪も、宝石のように輝く緑眼も、全てが同じで。
まるで子供の頃のリーナを見ているようだった。


「……」


――欲しい。
そんな欲望を抱くまで、そう時間はかからなかった。


それからの私はリーナを失ったことで心の中にぽっかり空いた穴を埋めるかのようにセシリアに夢中になった。
どうすればあの子を手に入れられるか。


そうして思い付いたのがセシリアを自身の息子――王太子グレイフォードの婚約者にすることだった。
そうすればセシリアは自然と王宮に入ることになる。


(これでいい……作戦はきっとうまくいく……)


私は表面は義父として、セシリアに優しく接した。
都合が良かったのは王妃と王太子がセシリアをあまり良く思っていなかったこと。


愛する人が蔑ろにされているなど、普通の思考を持っている人間ならば憤慨するはずだ。
しかし、私は違う。


(ああ……セシリアには私しかいないんだな……)


そうだ、彼女に優しくするのは自分だけでいい。
他には何もいらない。
ただ私だけがいればいいのだ。


それなのに――





「……」


罪を問われたセシリアは失意のまま命を絶った。
私はもう何日も眠れていない。


こうなったのも全てグレイフォードのせいだ。
アイツがセシリアを追い詰めるから。
だからアイツは勘当して平民に……しようとしたが、王妃がそれを阻止した。


結局グレイフォードは臣籍降下という軽い処罰で終わった。


しかし、今はそんなことどうだっていい。
この憎しみを一体誰に向ければいいのか。


リーナを失い、セシリアまで私の手から離れていった。
――あぁ、お前たちは母娘揃って私から逃げるんだな。


既に気が狂っていた私の憎悪は行き場を失って徘徊した後、リーナ、そしてセシリアの二人へと向かった。
もうまともな判断など出来なくなっていた。


(私はお前たち二人が憎くてたまらない……)


今はもう、あの二人に復讐しないと気が済まなかった。
気付けば、私の体は自然と動いていた。


「リーナ……セシリア……」


――今、私もそっちへ行く。
短剣を手に取った私は、それを自身の首に向かって思い切り突き刺した。


すぐに視界が血で真っ赤に染まった。


(リーナ……セシリア……地獄でまた会おう……)








――その日、私は自室で首に短剣を刺して自ら命を絶った。







―――――――――――――――――――――


閑話を少しだけ更新して三章に入りたいと思います!

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