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一章

両親の真実

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「今日は来てくださり、本当にありがとうございました。たくさんお話出来て嬉しかったですわ」
「こちらこそ、美味しいお菓子まで用意してくださってありがとうございました」
「また来てやってもいい」


しばらくしてマリアンヌ様とラルフ様とのお茶会が終わり、二人が侯爵邸へ帰る時間となった。


「またご招待させていただきますわ」
「まぁ、とっても嬉しいです!」


それから私はマリアンヌ様とラルフ様を帰りの馬車まで送り届け、見送った。
マリアンヌ様が一足先に馬車に乗り込んだ後、しばらくじっと黙りこんでいたラルフ様が帰り際に私に話しかけた。


「セシリア嬢」
「……?どうかなさったのですか?」


私と向き合ったラルフ様の顔は、珍しく真剣だった。
彼は真摯な瞳で私を見つめて口を開いた。


「僕は読心術を持っているわけじゃないから君がどんなものを抱えているかは分からない。だけど、これだけは伝えたい。――自分から行動しないと何も変わらない」
「ラルフ様……」


もしかしたらラルフ様は、お茶会の席で私と関わっているうちに私の心の闇に気付いたのかもしれない。
ミリアと同じくらい鋭い人だ。


「どうして、私が悩んでるって分かったんですか?」
「そういうのは目を見ればすぐに分かる」
「そんなに分かりやすかったですか?」
「ああ」


それだけ言うと、ラルフ様もマリアンヌ様に続いて帰りの馬車に乗り込んだ。
私はそんな二人を邸の前で見送った。


「……」


そして二人が去った後、じっと考え込んだ。


(自分から行動しないと何も変わらない、か…………たしかにその通りね)


まさかまだ会って間もないラルフ様に勘付かれてしまうとは。
しかし、ラルフ様の言うことは的を得ていた。


「……変わらないと。自分から動かないと」


そしてその言葉に突き動かされたかのように、私はあることを決断した。







***




公爵邸の中へ戻った私は、使用人たちの姿を探した。
彼らは邸のいたるところにいるため、すぐに見つけることが出来た。


「ねぇ、少し聞きたいことがあるのだけれど……」
「何でも聞いてください、お嬢様!」
「お母様のことについて聞きたいの」


その言葉に、使用人全員が見事に固まった。


「お、奥様についてですか……?」
「どうして急に……」


見るからにオロオロしている。
しかしこんなところで退くつもりはない。


「あなたたちは何か知っているのでしょう?知っていることを全て私に教えてほしいの」
「……」


使用人たちは困ったような顔をした。
話していいのか、話すべきなのかを本気で悩んでいるらしい。


(やっぱりそう簡単には口を開いてくれないかしら……)


そう思って口を開きかけたそのとき、奥からある人物が現れた。


「――私から説明致しましょう、お嬢様」
「……!」


こちらへと歩いて来たのは、お父様の最側近とまで言われている公爵邸の老執事だった。


「話してくれるの?」
「はい、お嬢様には全てを知る権利がありますから」


それを聞いた一人の使用人が割って入った。


「で、ですが……!」
「静かにしなさい。責任は全て私が取るから」
「……」


そこでようやく使用人たちは黙り込んだ。
執事の言葉に納得したようだ。


「……私の部屋へ行きましょう。あそこならお父様が突然帰って来ても大事にはならないでしょうから」
「はい、お嬢様」


私はその場にいた使用人たち全員を自室へと入れた。


それから私は一人ソファに座り、その周りを使用人たちが囲むようにして立った。
少しして老執事が話し始める。


「お嬢様が聞きたいのは旦那様と奥様についてということでよろしいでしょうか?」
「ええ。全て包み隠さず教えてほしいわ」
「分かりました」


老執事は覚悟を決めたかのように口を開いた。


「旦那様と奥様の出会いは……王宮でした」


当時フルール公爵家嫡男だったオスカーは、現国王陛下であり当時王太子だったアルベルトの遊び相手としてよく王宮へ訪れていた。


そこで王太子の婚約者候補として王宮に来ていた公爵令嬢リーナと出会ったのだ。
美しく心優しいリーナにオスカーはすぐに虜になった。


それからオスカーはリーナに猛アタックを開始した。
花やプレゼントを贈り、何度も彼女の生家である公爵邸を訪れては親交を深めていった。


オスカーの猛アタックにリーナの心が動かされるのにそう時間は掛からなかった。


オスカーは当時、令嬢たちの間で絶大な人気を誇っていた。
見目麗しく公爵家の嫡男という地位に加え、文武両道で非常に優秀な男だったからだ。


やがてオスカーはリーナにプロポーズをし、了承の返事を得ることに成功する。


そこからのオスカーの行動は早かった。
すぐに父に伝えに行き、オスカーとリーナは婚約を結んだ。


国王陛下はリーナが王太子の婚約者候補だったことで二人の婚約を渋っていたが、オスカーの父である当時のフルール公爵が国王陛下の旧友だったこともあり結局は認めた。
王妃陛下はリーナを実の娘のように可愛がっておりそのリーナがオスカーを望むならばと許可した。


「それからの旦那様は奥様を婚約者としてそれはそれは大切にされていました。奥様に近寄ろうとする令息を全て牽制したり……懐かしい話です」
「……」


私は空いた口が塞がらなかった。
執事から聞いた話が衝撃的すぎたからだ。


しかも周りにいる使用人たちも全く驚く素振りを見せていない。
みんな知っていたというのか。
私はとてもじゃないが信じられないというのに。
だって、私が知るお父様は……


「お嬢様が驚くのも無理はありません。今までの旦那様からは想像つかない話でしょうから」
「……お父様は、お母様を愛していたの?」
「はい。旦那様と奥様は恋愛結婚で、とても仲の良い夫婦だったのですよ」


そんな……


私はずっとお父様とお母様は政略結婚だと思っていた。
そうでなければお母様の娘である私を長年に渡って放置するはずがない。


「だけど……お父様は私を……」
「……お嬢様」


思わず俯いた私を見て、使用人たちが悲し気な表情を浮かべる。


「……何故、旦那様がああなってしまわれたのかは私たちにもよく分からないのです」
「……え?」
「奥様がお嬢様をお産みになった日、旦那様は急な仕事が入り、公爵邸にはいませんでした。一度は帰ったのですが再び王宮へ向かったようで……王宮から帰ってきた旦那様はまるで別人のようでした。妻子を気にも留めず、奥様についても「そんな女は知らない」の一点張りで」


信じられない。
そんなことが現実世界で本当にありえるのか。
それではまるで、お父様が何らかの魔法にかけられたようではないか。


「奥様のご懐妊を誰よりも喜んでおられたのは旦那様なのに……」


一人の使用人が呟いた。
その言葉を皮切りに、使用人たちが口々に言った。


「その日からでしたよね。公爵邸で奥様の話がタブーになったのって。奥様の話をすると旦那様の機嫌が悪くなるから」
「ええ、どうしてそうなったのかは私たちにも……」
「本当に突然のことだったから……」
「……」


衝撃の事実、とはこのことを言うのだろう。
お父様がお母様を愛していただなんて。


(でもそれならどうして急にお母様への愛は無くなったんだろう……)


「お嬢様、長い間隠していて申し訳ありませんでした」


そこで老執事が頭を下げ、使用人たちもそれに続いた。


「いいのよ。教えてくれてありがとう」


私はそんな彼らにニッコリ微笑んでみせる。
それを見た一人の使用人が私に対して言った。


「お嬢様、私たち使用人は奥様に恩がある者ばかりです。私たちは奥様が残していったセシリアお嬢様に人生を捧げるつもりでここにいるのです」
「私もです!」
「もちろん俺も!」


口々にそう言い始めた彼らを見て、私は少し感動してしまった。


「……ありがとう、みんな」


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