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一章

マリア・ヘレイス男爵令嬢

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しばらくして、パーティーは後少しで終わりを迎えようとしていた。


殿下は私から少し離れたところで貴族たちと話をしている。
そのため、今私の近くには誰もいない。


そして、令嬢たちの視線は殿下に釘付けである。
まぁそれはいつものことなので別に気にしていないが。


(ふぅ……長かったわ……)


何か起こったらどうしようかと思ったが、無事に終えることが出来そうで安心した。
殿下と男爵令嬢の件に関しては正直物凄く気になるが、今は様子見ということでいいだろう。
現状お互いに興味を抱いている様子は無かったが、もしかしたらこの先関わっていくうちに惹かれるようになるかもしれない。
それがいつになるかは分からないが、そうなったら黙って身を引けばいいだろう。


今のところはとりあえずそう結論付けた。


(何だか今日は疲れたわ……帰ったらすぐに寝ましょう……)


色々なことがあって私の体にはかなり疲れが溜まっていた。
今すぐにでもベッドにダイブしたい。


そんなことを考えていたそのとき、突然背後から声がした。


「あの……フルール公爵令嬢様ですよね?」


私はその声で振り返った。


「はい……そうですが…………………ッ!?」


その先にいた人物を見て私は思わず固まってしまった。
何故ならそこにいたのは――


「マリア・ヘレイス男爵令嬢……」


前世で殿下と結ばれた男爵令嬢だったからだ。
私が呟くと男爵令嬢はパァッと顔を輝かせた。


「私の名前、ご存知だったのですかッ!?」


何故だか男爵令嬢は物凄く嬉しそうな顔をしていた。
しかし私はというと、唐突な彼女の行動に内心ずっと困惑していた。


(何故……?何故私に話しかけてくるの……?)


殿下に話しかけるならまだしも何故私なのか。
男爵令嬢とはマリアンヌ様のお茶会で何回か会ったことがある程度だ。
こんな風に二人きりで話すのは初めてである。


私は戸惑いながらも何とか平静を装って男爵令嬢に話しかけた。


「え、えぇ……そうね……それより、ヘレイス男爵令嬢は何故こちらに?貴族令嬢は皆殿下の周りにいるけれど」


私のその言葉に男爵令嬢が軽く笑って言った。


「私、ああいうのは少し苦手で。王太子殿下にも別に興味はないですし……」
「………え」


男爵令嬢が放った言葉に私は耳を疑った。


(興味ないですって!?!?!?)


男爵令嬢がこんなにもハッキリと言うとは思わなかった。
貴族令嬢であれば、普通は誰もが王子という存在に憧れるものだ。
それに加え、殿下は顔も良い。
しかし男爵令嬢は殿下を視界に入れることすらしない。


(……少しくらい気になっててもいいでしょうに)


そういえば殿下も似たようなことを言っていたのを思い出した。
どうやら私が危惧してた通り、本当にお互いに興味が無いようだ。


(あなたたち、本当に前世で真実の愛によって結ばれた二人なの?)


とてもじゃないがそうは見えなかった。
私は王宮で殿下と男爵令嬢が二人で話しているところを何度か見たことがあった。
そのときの殿下はとても楽しそうだったのを覚えている。


一方、男爵令嬢も頬を染めながら話していて誰から見ても相思相愛なのだということがよく伝わってきた。
それなのに……


(……いや、もしかしたら何か企んでいるかもしれない)


私は男爵令嬢の真意を確かめるため、思いきった質問をしてみる。


「何故です?もしあそこで殿下に気に入られれば王となった殿下の側妃になれるかもしれないのですよ?」


私は小説に出てくる悪役令嬢のように意地悪な笑みを浮かべてそう言った。
しかし男爵令嬢は怯えるどころか私のその言葉を聞いてクスクスと笑い出した。


「私なんて、側妃にすらなれない身分ですよ。お父様もお母様も王家との縁を欲しがっているわけではありませんから。それに殿下にはフルール公爵令嬢様がいらっしゃるじゃないですか」
「……」


それを聞いた私は思った。


(…………マリア・ヘレイス男爵令嬢は、こんなにもまともな方だったかしら?)


私が知っている男爵令嬢は貴族の令嬢だとは思えないほどマナーも礼儀もなっていない人だった。
王宮の廊下を普通に走るし、立場を弁えずに誰にでも声をかけるような人間だったのをよく覚えている。


男爵令嬢はキラキラした目で私を見つめて、口を開いた。


「あの、よろしければ……」


(……何かしら?)


一体何を言うつもりなのだろうかと身構えた。


「セ、セシリア様とお呼びしてもよろしいですかッ!?」


(……!?さっきから何なのよ、この子は――!)


「え、えぇ……別にいいですけれど……」


私は男爵令嬢の圧に負けてつい名前呼びを許可してしまった。


(しまった、必要以上に仲良くするつもりはなかったのに!)


言った後に後悔してももう遅かった。


「ありがとうございますッ!嬉しいですッ!」


よほど嬉しかったのか、男爵令嬢は大はしゃぎしていた。


「それで、あの……セシリア様……」


男爵令嬢が何かを言いかけたそのとき――


「おい」
「殿下……」


会話に割って入ったのは殿下だった。
男爵令嬢は会話を遮られたのが不満だったのか殿下を恨めしそうな顔で見ていた。


「そろそろパーティーが終わる。馬車まで送ろう」


殿下が私に手を差し伸べる。
男爵令嬢には悪いけれど、助かった。


「それではヘレイス男爵令嬢、失礼いたします」
「あっ……セシリア様ッ……」


男爵令嬢はまだ何か言いたそうだったが私は振り返らなかった。
何を考えているのか分からないからあまり関わらない方がいいだろう。


このときの私はそう考えていた。
しかし、そう簡単にはいかなかった。


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