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一章

第一王子の誕生日パーティー②

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扉の前まで来ると殿下は立ち止まって私を振り返った。


「……」


そして、私に手を差し伸べた。


「行くぞ」


彼は私を見てそれだけ言った。


(前世の私はこれに対してドキドキしっぱなしだったのよね……)


今ではもうだいぶ慣れたが、男の人に触れるのはまだ少しだけドキドキする。
私はそう思いながらも殿下の手に自分の手を重ねて横に立った。


(前世で触れたものよりもだいぶ小さいわね……)


殿下はまだまだ成長途中である。
私が一番不安なのは彼が成長しきったとき、前世の辛い記憶がフラッシュバックしてしまわないかだ。
もしそうなったら王太子殿下に無礼を働いてしまうかもしれない。


「おい、もうすぐ俺たちの番だぞ」


突然頭上から殿下の声がした。


「あ……」


驚いて彼の方を見ると私を訝しげにじっと見つめていた。
どうやら考えて込んでいるうちに、私たちが入場する番になったようだ。


「申し訳ありません、殿下。少しボーッとしておりました」


私がそう言うと殿下は無言で前を向いた。


それから少しして私たちが入場する番になった。


「グレイフォード・オルレリアン王太子殿下とセシリア・フルール公爵令嬢です!!!」


その声と共に私たちは会場へと足を踏み入れた。
会場には既にたくさんの貴族がいて私たちを見て口々に言った。


「キャー!!!王太子殿下よ!!!」
「なんて美しいのかしら!あんな方と結ばれたらそれはそれは幸せでしょうね」


殿下を見て黄色い歓声を上げているのは主に貴族令嬢だ。
私も彼女たちのことは知っている。
前世でよく殿下に言い寄っていた令嬢たちだ。


(……殿下の婚約者の座なんて譲れるものなら譲ってあげたいわ)


本当なら今すぐにでも彼女たちに譲ってあげたい。
しかし、もしそんなことをしたら彼女たちはどうなってしまうだろうか。
殿下が男爵令嬢を寵愛する未来を知っているのは私だけだ。
いくら恋敵だったとはいえ、何の罪も犯していない彼女たちが辛い目に遭うのは見過ごせなかった。


(…………やっぱり男爵令嬢に譲ってあげるのが一番いいわよね)


最初からそうすれば良かったのだ。
大体最愛の人を愛妾などという地位に就けるから正妃が不幸になってしまうのではないか。
それなら最初から周囲の反対を押し切って無理矢理正妃にしてしまえばいい。
そうすれば誰も不幸にはならないのだから。


「隣にいるフルール公爵令嬢も相変わらず麗しいわ!本当にリーナ様にそっくり!」
「あの方が婚約者では勝ち目はないわね……」


貴族令嬢の中からは私を褒め称える声も聞こえた。


チラッと隣を見ると殿下は穏やかな笑みを浮かべていた。
いつもの冷たい表情が嘘のようだ。


(外では完璧な王子様なのよね……)


殿下は私以外の人間に対してはわりと物腰が柔らかいのである。
貴族令嬢に対して私のように冷たく接することもない。


(だけど本性があれじゃあねぇ……)


私は心の中で殿下を笑ってやった。


「――お前、さっきから何か変なこと考えてないか?」
「!」


突然隣を歩いていた殿下に話しかけられた。
私は驚いて彼の方を見た。


その顔は相変わらず穏やかだった。
不思議と今の殿下に対してなら何でも言えるような気がした。


「外では完璧な王子様なんだなって思っただけです」


私は思ったことをハッキリと殿下に伝えた。
それを聞いた彼はフッと笑みを深める。


「キャーーーーーーー!!!」


その顔を見た周りの令嬢が絶叫した。


(び、びっくりした……)


私は不覚にもその声にビクリとしてしまった。
たしかに殿下は人前で今のように笑ったことなどない。
これが前世なら多分私も令嬢たちと同じ反応をしているだろう。


殿下はそんな私に笑みを深めたまま言葉を続けた。


「正直な奴だな。だが考えてもみろ。品行方正な王子様、なんていつでもやってられるか」
「た、たしかに……!」


私は殿下のその言葉に妙に納得してしまった。


私も「淑女の鏡」と言われていたが、それは私の偽りの姿であり、日常生活でもそれをやるとなるとかなり疲れる。
だからこそ殿下の言葉が物凄く理解出来た。


「ふふ、私たち似た者同士ですね」


私は軽く笑いながらそう言った。
その言葉に殿下は眉をひそめて私から顔を背けた。


(あら?嫌いな女に似ていると言われたのが不快だったかしら?)


私はそう思いながらも殿下に合わせて歩いた。










それからしばらくして会場では、第一王子にお祝いの言葉を述べるための長蛇の列ができていた。


「……」


私はその列を見てハァとため息をついた。


(長い……)


気が遠くなりそうだった。
何故ならこのパーティーは貴族たちのアピールの場でもあるからだ。


特に殿下と歳の近い娘がいる貴族はこれでもかというほど娘を推してくる。
貴族たちが望んでいるのはただ一つ。
その娘が殿下に気に入られ、国王となった殿下の側妃として王宮に上がり王子を産むことである。
もしその王子が国王となったら当主は次期国王の祖父として絶大な権力を持つことが出来るからだ。


おそらく婚約者である私と殿下の仲が悪いという噂も広まっていてチャンスだと思っているのだろう。
実際今も一人の貴族が娘をごり押ししているが殿下は興味の無さそうな顔をしていた。


「殿下、私の娘はとっても美しいでしょう?殿下の側妃に相応しいかと思います!」
「そうですか。考えておきますね」


私はそんな殿下を見て思った。


(……普段は品行方正な王子様なのだけれど、このときだけは物凄い塩対応なのよね)


貴族は明らかに興味の無さそうな殿下の返答にぐぬぬ……と悔しそうな顔をして去って行った。


(殿下の寵愛を得るのはかなり難しそうだわ)


私はそれからもずっと殿下の隣にいた。


婚約者の決まっていない娘のいる貴族たちは相変わらず殿下に側妃の話を持ち掛け、息子のいる貴族は側近にしてはどうかと口にした。
どうやら欲深い貴族たちは殿下を出世の道具としか思っていないようだ。


私はそれに嫌悪感を抱いた。


(貴族らしいといえば貴族らしいけれど……)


しかし、当の本人である殿下は貴族たちのそれを軽くあしらっていた。
そこらへんは流石だなと思う。


殿下がそうしてくれたおかげで長かった列も少しずつ短くなっていき、あと少しというときだった。


(次の貴族は……)


「――あぁ、ヘレイス男爵」


(――ッ!?)


私は殿下のその言葉を聞いてビクッとなった。


(ヘレイス男爵って……あのマリア・ヘレイスの……?)


私がそう思いながらも視線をやると、そこにはヘレイス男爵と美しく着飾ったマリア・ヘレイスがいたのだった。


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