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一章
エリザベス王妃
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(どうしよう……まさか王妃陛下に会うだなんて……)
私はこのとき、庭園に来たことを酷く後悔した。
私はエリザベス王妃陛下があまり得意ではない。
前世での私は王妃陛下に嫌われていたから。
殿下と同じように、何故嫌われているのかは分からない。
(王妃陛下は殿下と違って初めて会った頃からずっと冷たかった……)
前世では王妃陛下に優しくされたことは一度もなかった。
義理の母親ではあったが他人同然だった。
(今回は、出来ればあまり関わりたくはないな……)
考え事をしていると王妃陛下から声がかかる。
「――フルール公爵家の娘は王妃である私に挨拶も出来ないのかしら?」
「あ、も、申し訳ありません……」
私はすぐに謝罪し、カーテシーをしようとしたが王妃陛下がそれを遮った。
「まあいいわ。ところで貴方、グレイフォードに無礼を働いたそうね?貴方は筆頭公爵家の令嬢かもしれないけれどグレイフォードは王族なのよ。立場を弁えなさい。身分の違いも分からないようでは王妃は務まらないわ」
「……」
王妃陛下はいつもこうだった。
私に対して厳しく、褒められたことは一度も無い。
殿下と結婚する前の妃教育でも何度も王妃陛下に泣かされた記憶がある。
悪い人ではないことはたしかなのだが、私はどうもそんな王妃陛下が苦手だった。
しかし、今回ばかりは王妃陛下が正しかった。
私が殿下に無礼を働いたのは事実だったから。
そう思った私は、すぐに陛下に対して謝罪した。
「はい……申し訳ございませんでした……肝に銘じ……」
私が返事をしかけたそのとき、背後から誰かが走ってくるような足音がした。
「母上!!!」
突如聞こえた大声に、私と王妃陛下は二人揃って声のした方に目を向けた。
(で、殿下ッ!?どうしてここに!?)
驚くことに、背後から現れたのは殿下だった。
「殿下……!」
「グレイフォード……!」
突然の殿下の登場に、私だけではなく王妃陛下も驚いていた。
殿下はそのままこちらへと歩いてきて私の前に立った。
(…………え?)
私は殿下のその行動に戸惑いを隠せなかった。
これではまるで王妃陛下から私を守っているようではないか。
私の視界に殿下の背中が入り込んだ。
体は小さいが、その背中はとても逞しいもののように見えた。
「母上、セシリア嬢の件については全て私が悪いのです」
「……!」
殿下の口からはたしかに私を庇う言葉が出てきていた。
彼の発言がとてもじゃないが信じられない。
「グレイフォード、セシリア嬢は……」
殿下のその言葉に王妃陛下は納得がいかないといったように言い返そうとする。
しかし殿下がそれを遮った。
「母上、先に私がセシリア嬢に無体を働いてしまったのです」
(殿下がまた私を庇った……!?)
私は目の前の状況に理解が追い付かなかった。
こんなのは前世でも経験したことがなかったからだ。
「あら……そうだったの……?」
王妃陛下は困惑した表情を浮かべて私を見る。
「え……えっと……」
言葉に詰まる私の代わりに答えたのは殿下だった。
「はい、私がセシリア嬢に失礼なことを言ってしまったのです。ですので叱るなら私を」
「そう、だったのね……」
王妃陛下は少しだけ黙り込んだ後に私を見て、言葉を続ける。
「――セシリア嬢」
「!」
名前を呼ばれてビクリとした。
また何かキツイことを言われるのではないか。
体が強張った。
だが次に、王妃陛下が口にした言葉は信じられないものだった。
「――事情も聞かずに一方的に叱ったりして悪かったわね」
「え…………」
本日二度目の衝撃である。
殿下が私を庇い、王妃陛下が私に謝罪した。
(…………前世と違いすぎるわ)
王妃陛下は元々隣国の王女で気位が高く、誰かに謝罪出来るような性格ではないはずだ。
それなのに、嫌っている私に謝罪をするだなんて。
「セシリア嬢、フルール公爵が君を探している」
殿下が振り返ってそう言った。
「あ……はい……」
「――行こう。失礼します、母上」
そう言うと殿下は私の腕を引っ張り、すぐに王妃陛下の前から立ち去った。
「殿下……」
王宮の廊下で前を歩く殿下に私は声をかける。
殿下は振り返ることなく、返事をした。
「何だ……?」
「何故、助けてくださったのですか……?」
殿下は先ほどからずっと私の方を見ない。
ただ真っ直ぐに前を向いて歩いている。
「勘違いするな。あれはただの俺の気まぐれだ」
殿下はぶっきらぼうにそれだけ言った。
相変わらず冷たい人だ。
いつも私のことを一人にするし、態度だって酷い。
だけど――
「ありがとうございます……殿下……」
そのとき殿下はようやく立ち止まり、私の方を見た。
振り返った彼は少しだけ驚いたような顔をしていた。
「……………ああ」
それだけ言うと殿下はまた前を向いて歩きだす。
私もそれについて歩いた。
「……」
前を向いているため私から殿下の顔は見えない。
(……………変な殿下)
私はこのとき、庭園に来たことを酷く後悔した。
私はエリザベス王妃陛下があまり得意ではない。
前世での私は王妃陛下に嫌われていたから。
殿下と同じように、何故嫌われているのかは分からない。
(王妃陛下は殿下と違って初めて会った頃からずっと冷たかった……)
前世では王妃陛下に優しくされたことは一度もなかった。
義理の母親ではあったが他人同然だった。
(今回は、出来ればあまり関わりたくはないな……)
考え事をしていると王妃陛下から声がかかる。
「――フルール公爵家の娘は王妃である私に挨拶も出来ないのかしら?」
「あ、も、申し訳ありません……」
私はすぐに謝罪し、カーテシーをしようとしたが王妃陛下がそれを遮った。
「まあいいわ。ところで貴方、グレイフォードに無礼を働いたそうね?貴方は筆頭公爵家の令嬢かもしれないけれどグレイフォードは王族なのよ。立場を弁えなさい。身分の違いも分からないようでは王妃は務まらないわ」
「……」
王妃陛下はいつもこうだった。
私に対して厳しく、褒められたことは一度も無い。
殿下と結婚する前の妃教育でも何度も王妃陛下に泣かされた記憶がある。
悪い人ではないことはたしかなのだが、私はどうもそんな王妃陛下が苦手だった。
しかし、今回ばかりは王妃陛下が正しかった。
私が殿下に無礼を働いたのは事実だったから。
そう思った私は、すぐに陛下に対して謝罪した。
「はい……申し訳ございませんでした……肝に銘じ……」
私が返事をしかけたそのとき、背後から誰かが走ってくるような足音がした。
「母上!!!」
突如聞こえた大声に、私と王妃陛下は二人揃って声のした方に目を向けた。
(で、殿下ッ!?どうしてここに!?)
驚くことに、背後から現れたのは殿下だった。
「殿下……!」
「グレイフォード……!」
突然の殿下の登場に、私だけではなく王妃陛下も驚いていた。
殿下はそのままこちらへと歩いてきて私の前に立った。
(…………え?)
私は殿下のその行動に戸惑いを隠せなかった。
これではまるで王妃陛下から私を守っているようではないか。
私の視界に殿下の背中が入り込んだ。
体は小さいが、その背中はとても逞しいもののように見えた。
「母上、セシリア嬢の件については全て私が悪いのです」
「……!」
殿下の口からはたしかに私を庇う言葉が出てきていた。
彼の発言がとてもじゃないが信じられない。
「グレイフォード、セシリア嬢は……」
殿下のその言葉に王妃陛下は納得がいかないといったように言い返そうとする。
しかし殿下がそれを遮った。
「母上、先に私がセシリア嬢に無体を働いてしまったのです」
(殿下がまた私を庇った……!?)
私は目の前の状況に理解が追い付かなかった。
こんなのは前世でも経験したことがなかったからだ。
「あら……そうだったの……?」
王妃陛下は困惑した表情を浮かべて私を見る。
「え……えっと……」
言葉に詰まる私の代わりに答えたのは殿下だった。
「はい、私がセシリア嬢に失礼なことを言ってしまったのです。ですので叱るなら私を」
「そう、だったのね……」
王妃陛下は少しだけ黙り込んだ後に私を見て、言葉を続ける。
「――セシリア嬢」
「!」
名前を呼ばれてビクリとした。
また何かキツイことを言われるのではないか。
体が強張った。
だが次に、王妃陛下が口にした言葉は信じられないものだった。
「――事情も聞かずに一方的に叱ったりして悪かったわね」
「え…………」
本日二度目の衝撃である。
殿下が私を庇い、王妃陛下が私に謝罪した。
(…………前世と違いすぎるわ)
王妃陛下は元々隣国の王女で気位が高く、誰かに謝罪出来るような性格ではないはずだ。
それなのに、嫌っている私に謝罪をするだなんて。
「セシリア嬢、フルール公爵が君を探している」
殿下が振り返ってそう言った。
「あ……はい……」
「――行こう。失礼します、母上」
そう言うと殿下は私の腕を引っ張り、すぐに王妃陛下の前から立ち去った。
「殿下……」
王宮の廊下で前を歩く殿下に私は声をかける。
殿下は振り返ることなく、返事をした。
「何だ……?」
「何故、助けてくださったのですか……?」
殿下は先ほどからずっと私の方を見ない。
ただ真っ直ぐに前を向いて歩いている。
「勘違いするな。あれはただの俺の気まぐれだ」
殿下はぶっきらぼうにそれだけ言った。
相変わらず冷たい人だ。
いつも私のことを一人にするし、態度だって酷い。
だけど――
「ありがとうございます……殿下……」
そのとき殿下はようやく立ち止まり、私の方を見た。
振り返った彼は少しだけ驚いたような顔をしていた。
「……………ああ」
それだけ言うと殿下はまた前を向いて歩きだす。
私もそれについて歩いた。
「……」
前を向いているため私から殿下の顔は見えない。
(……………変な殿下)
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