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一章
こうして終わった一度目の人生
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王宮を歩いていると、殿下と愛妾となった男爵令嬢が密会しているところをよく見るようになった。
男爵令嬢と一緒にいるときの殿下は私といるときとは違って本当に楽しそうだった。
普段はあまり笑わない人なのに男爵令嬢の前ではよく笑っていた。
とてもじゃないが同一人物だとは思えなかった。
頬を染めながら見つめ合って話す二人。
誰から見ても相思相愛だった。
これじゃあまるで私が邪魔者のようだ。
愛し合う二人を引き裂く悪女。
今の私は周りから見ればそう見えるだろう。
王宮では貴族や侍女たちから心無い言葉を浴びせられることもあった。
男爵令嬢の方が殿下の伴侶として相応しいだとか、全てを持っているのに寵愛を得られなくて可哀相だとか。
そんなことを言われるたびに私の胸はズキズキと痛んだ。
殿下の傍にいたくて彼との結婚を決めたがお飾りの王妃というのは思った以上に辛いらしい。
そしてそれと同時に殿下が私と結婚した意味にようやく気が付いた。
王妃というのは普通、高位貴族の令嬢か他国の王族から選ばれる。
男爵家の令嬢が王妃になれるはずがないのだ。
彼女が王妃になるには身分も教養も足りないのだから。
そんなことは子供でも分かる。
だから私と結婚したのだろう。
殿下は自分が心から愛している男爵令嬢と結ばれるために、愛されないお飾りの妃として私を王妃に迎えたのだ――
(……………これなら、婚約破棄にするべきだったかな)
もし、殿下と結婚せずに婚約を破棄していたら――
今頃こんなに辛い思いをすることも無かっただろうか。
殿下の傍にいたいから結婚したのに何故か彼は私を避けているようだった。
私がここにいる意味などあるのか。
本当に殿下のことを想っているのならばあのとき婚約を破棄して彼を解放してあげるべきではなかったのか。
最近はそればかり考えていた。
しかし今さらこんなことを思ってももう遅い。そんなのは分かりきっていた。
公爵邸でも肩身の狭い思いをしていたが、ここは私にとってあそこ以上に辛い場所となっている。
「……………お母様」
私の頬を涙が伝う。
何故会ったこともない人の名前を呼んだのか自分でもよく分からない。
同じ境遇だったであろう母親に同情しているのだろうか。
何故かすごく母親に会いたくなった。
母の愛など受け取ったこともないのに。
(…………お母様は一体、どんな気持ちだったのですか)
その答えが返ってくることは永遠に無いだろう。
王宮に上がってから二度目の涙だった。
◇◆◇◆◇◆
それから数日後。
私はいつものように一人部屋でくつろいでいた。
王太子妃の仕事が終わり、一息ついていたところだった。
そんなとき、ある報せが入ってきた。
「え……嘘……そんな……」
侍女からそのことを聞いた私は言葉を失った。
「彼女は無事なの?」
「はい、王太子妃様。お怪我は無いそうです」
何と愛妾が何者かに襲撃されたというのだ。
幸い愛妾に怪我はなかったそうだが、愛する人の命を狙われた殿下の怒りは相当なものらしい。
(……)
自分は本当に性根の醜い女だなと思う。
愛妾が無事でよかったという気持ちよりも、愛妾が襲撃されたときの殿下の反応に胸を痛めているのだから。
殿下が自分を嫌う理由が何だか分かったような気がした。
こんなにも醜い女は愛されなくて当然だろう。
愛妾の襲撃事件があって今王宮は騒がしくなっている。
殿下の命令で騎士団が血眼になって犯人を捜しているようだ。
(……殿下の寵愛を得ることが目的の令嬢による仕業かしら?それとも王家に敵対する派閥の者?)
私は部屋で一人、脳内で犯人捜しをしていたがしばらくしてやめた。
きっと優秀な王家の騎士たちがすぐに襲撃犯を見つけるだろうと思ったからだ。
しかしこのときの私は、数日後にまさかあんな悲劇が起きるとは思ってもいなかったのだった――
事件からしばらくして王宮の使用人たちの中で、ある噂が広まっていた。
『例の襲撃事件は嫉妬に狂った王太子妃がやったに違いない』
これを聞いたときはさすがに耳を疑った。
私はもちろんそんなことをしていない。
証拠も何も無い、ただの噂だ。
それに――
使用人や貴族たちがこんな風に噂をしていたとしても、殿下はきっと私じゃないって信じてくれる。
たしかに殿下は私を嫌っている。
だけど私たちは幼い頃から婚約者として多くの時間を過ごしてきたのだ。
長い付き合いだからこそ殿下はきっと分かっているだろう。
私がそんなことをするような人ではないということを。
(……大丈夫よ、あの方はそんな噂を信じるような人ではないもの。証拠も無しに感情だけで動くような方ではないわ)
彼のことを誰よりも知っている私はきっと大丈夫だと、そう思っていた。
しかし、現実はどこまでも残酷だった。
「セシリア!!!ヘレイス男爵令嬢殺害未遂容疑でお前を捕縛する!!!」
騎士を引き連れて私の元へやって来た殿下が声高らかに叫んだ。
その姿を見た瞬間、私の心は見事なまでに破壊された。
(……あぁ、貴方も私がやったとそう思うのね)
殿下の隣にはヘレイス男爵令嬢もいる。
男爵令嬢は心配そうに私を見つめている。
何故、貴方がそんな目をするの?
私から愛する人を奪っておいて。
(……だけど、困ったわね)
このまま生きていても私はどうせ処刑されるだけだろう。
それならいっそ……
私は捕らえようとしてくる近衛騎士たちを何とか躱し、近くにあったバルコニーへと向かう。
「何をッ……!?」
殿下が驚いた顔をしてそう言った。
私の初めて見る顔だった。
私はそのままバルコニーから身を投げる。
その瞬間、殿下が焦ったような顔でこちらに手を伸ばして叫んだ。
「やめろっ!!!」
私は殿下がそんなことを言う意味が分からなかった。
(どうして?どうしてそんな顔をするの?)
あなたは私を愛していないじゃない。
私がいなくなればあなたは愛する男爵令嬢と結ばれることができる。
だからもっと喜べばいいのに。
死の間際に私の頭を占めるのは大きな後悔だった。
――ああ、こんなことになるのであれば、あなたとなんか結婚しなければよかった。
あのとき修道院に入れられてもいいから婚約破棄を選択していれば、結末は違っただろうか。
もう少し幸せな未来を歩めただろうか。
今さら後悔したところで遅かった。
そして、このときの私は今まで誰にも話すことのなかったある想いを抱いていた。
(……一度でいいから、誰かに愛されたかった)
私の頬を一筋の涙が伝った。
しかし、この想いが誰かに届くことはもうない。
そのまま私の体は地面へ向かって落下していく。
(あぁ、私こんな風に死んでいくんだ……)
そう思ったそのとき、私の意識はプツリと途切れた。
完璧とまで言われたオルレリアン王国の公爵令嬢セシリア・フルールの人生は幕を閉じた。
享年十九、若すぎる死だった。
男爵令嬢と一緒にいるときの殿下は私といるときとは違って本当に楽しそうだった。
普段はあまり笑わない人なのに男爵令嬢の前ではよく笑っていた。
とてもじゃないが同一人物だとは思えなかった。
頬を染めながら見つめ合って話す二人。
誰から見ても相思相愛だった。
これじゃあまるで私が邪魔者のようだ。
愛し合う二人を引き裂く悪女。
今の私は周りから見ればそう見えるだろう。
王宮では貴族や侍女たちから心無い言葉を浴びせられることもあった。
男爵令嬢の方が殿下の伴侶として相応しいだとか、全てを持っているのに寵愛を得られなくて可哀相だとか。
そんなことを言われるたびに私の胸はズキズキと痛んだ。
殿下の傍にいたくて彼との結婚を決めたがお飾りの王妃というのは思った以上に辛いらしい。
そしてそれと同時に殿下が私と結婚した意味にようやく気が付いた。
王妃というのは普通、高位貴族の令嬢か他国の王族から選ばれる。
男爵家の令嬢が王妃になれるはずがないのだ。
彼女が王妃になるには身分も教養も足りないのだから。
そんなことは子供でも分かる。
だから私と結婚したのだろう。
殿下は自分が心から愛している男爵令嬢と結ばれるために、愛されないお飾りの妃として私を王妃に迎えたのだ――
(……………これなら、婚約破棄にするべきだったかな)
もし、殿下と結婚せずに婚約を破棄していたら――
今頃こんなに辛い思いをすることも無かっただろうか。
殿下の傍にいたいから結婚したのに何故か彼は私を避けているようだった。
私がここにいる意味などあるのか。
本当に殿下のことを想っているのならばあのとき婚約を破棄して彼を解放してあげるべきではなかったのか。
最近はそればかり考えていた。
しかし今さらこんなことを思ってももう遅い。そんなのは分かりきっていた。
公爵邸でも肩身の狭い思いをしていたが、ここは私にとってあそこ以上に辛い場所となっている。
「……………お母様」
私の頬を涙が伝う。
何故会ったこともない人の名前を呼んだのか自分でもよく分からない。
同じ境遇だったであろう母親に同情しているのだろうか。
何故かすごく母親に会いたくなった。
母の愛など受け取ったこともないのに。
(…………お母様は一体、どんな気持ちだったのですか)
その答えが返ってくることは永遠に無いだろう。
王宮に上がってから二度目の涙だった。
◇◆◇◆◇◆
それから数日後。
私はいつものように一人部屋でくつろいでいた。
王太子妃の仕事が終わり、一息ついていたところだった。
そんなとき、ある報せが入ってきた。
「え……嘘……そんな……」
侍女からそのことを聞いた私は言葉を失った。
「彼女は無事なの?」
「はい、王太子妃様。お怪我は無いそうです」
何と愛妾が何者かに襲撃されたというのだ。
幸い愛妾に怪我はなかったそうだが、愛する人の命を狙われた殿下の怒りは相当なものらしい。
(……)
自分は本当に性根の醜い女だなと思う。
愛妾が無事でよかったという気持ちよりも、愛妾が襲撃されたときの殿下の反応に胸を痛めているのだから。
殿下が自分を嫌う理由が何だか分かったような気がした。
こんなにも醜い女は愛されなくて当然だろう。
愛妾の襲撃事件があって今王宮は騒がしくなっている。
殿下の命令で騎士団が血眼になって犯人を捜しているようだ。
(……殿下の寵愛を得ることが目的の令嬢による仕業かしら?それとも王家に敵対する派閥の者?)
私は部屋で一人、脳内で犯人捜しをしていたがしばらくしてやめた。
きっと優秀な王家の騎士たちがすぐに襲撃犯を見つけるだろうと思ったからだ。
しかしこのときの私は、数日後にまさかあんな悲劇が起きるとは思ってもいなかったのだった――
事件からしばらくして王宮の使用人たちの中で、ある噂が広まっていた。
『例の襲撃事件は嫉妬に狂った王太子妃がやったに違いない』
これを聞いたときはさすがに耳を疑った。
私はもちろんそんなことをしていない。
証拠も何も無い、ただの噂だ。
それに――
使用人や貴族たちがこんな風に噂をしていたとしても、殿下はきっと私じゃないって信じてくれる。
たしかに殿下は私を嫌っている。
だけど私たちは幼い頃から婚約者として多くの時間を過ごしてきたのだ。
長い付き合いだからこそ殿下はきっと分かっているだろう。
私がそんなことをするような人ではないということを。
(……大丈夫よ、あの方はそんな噂を信じるような人ではないもの。証拠も無しに感情だけで動くような方ではないわ)
彼のことを誰よりも知っている私はきっと大丈夫だと、そう思っていた。
しかし、現実はどこまでも残酷だった。
「セシリア!!!ヘレイス男爵令嬢殺害未遂容疑でお前を捕縛する!!!」
騎士を引き連れて私の元へやって来た殿下が声高らかに叫んだ。
その姿を見た瞬間、私の心は見事なまでに破壊された。
(……あぁ、貴方も私がやったとそう思うのね)
殿下の隣にはヘレイス男爵令嬢もいる。
男爵令嬢は心配そうに私を見つめている。
何故、貴方がそんな目をするの?
私から愛する人を奪っておいて。
(……だけど、困ったわね)
このまま生きていても私はどうせ処刑されるだけだろう。
それならいっそ……
私は捕らえようとしてくる近衛騎士たちを何とか躱し、近くにあったバルコニーへと向かう。
「何をッ……!?」
殿下が驚いた顔をしてそう言った。
私の初めて見る顔だった。
私はそのままバルコニーから身を投げる。
その瞬間、殿下が焦ったような顔でこちらに手を伸ばして叫んだ。
「やめろっ!!!」
私は殿下がそんなことを言う意味が分からなかった。
(どうして?どうしてそんな顔をするの?)
あなたは私を愛していないじゃない。
私がいなくなればあなたは愛する男爵令嬢と結ばれることができる。
だからもっと喜べばいいのに。
死の間際に私の頭を占めるのは大きな後悔だった。
――ああ、こんなことになるのであれば、あなたとなんか結婚しなければよかった。
あのとき修道院に入れられてもいいから婚約破棄を選択していれば、結末は違っただろうか。
もう少し幸せな未来を歩めただろうか。
今さら後悔したところで遅かった。
そして、このときの私は今まで誰にも話すことのなかったある想いを抱いていた。
(……一度でいいから、誰かに愛されたかった)
私の頬を一筋の涙が伝った。
しかし、この想いが誰かに届くことはもうない。
そのまま私の体は地面へ向かって落下していく。
(あぁ、私こんな風に死んでいくんだ……)
そう思ったそのとき、私の意識はプツリと途切れた。
完璧とまで言われたオルレリアン王国の公爵令嬢セシリア・フルールの人生は幕を閉じた。
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