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一章

愛されない公爵令嬢

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――セシリア・フルール


オルレリアン王国の筆頭公爵家であるフルール公爵家の一人娘であり、王太子殿下の婚約者である。


ゆるくウェーブのかかった金髪に大きな翡翠色の瞳。
洗練された所作に、社交界の華と謳われるほどの美貌を持ち合わせていた。
高位貴族の令嬢であるにもかかわらず傲慢なところも無く、誰にでも平等に接する優しい心の持ち主でもある。


まさに淑女の鑑であった。
そんな彼女に誰もが羨望の眼差しを向ける。


「見て!セシリア様よ」
「いつ見てもお美しいですわ」
「私もあのような方になりたいわ」


貴族の令嬢たちは誰もがセシリアに憧れた。


全てを持っている完璧な令嬢。
欠けているところなど一つも無い。
それが世間のセシリアに対する印象だった。


しかし、当の本人セシリアはとても幸せとは言えない境遇だった。







セシリアはフルール公爵家当主のオスカーと公爵夫人リーナの間に生まれた。
とは言ってもセシリアには母親のリーナの記憶はない。
リーナはセシリアを産んですぐに亡くなったのだから。


唯一の家族である父オスカーは多忙な方だ。
朝早くに家を出て、そのまま帰ってこない日も多い。


実際、セシリアは五つになるまで父に会ったことがなかった。


父と初めて話したのはセシリアが九つの頃で、グレイフォード王太子殿下の婚約者としてセシリアが選ばれたということを父に告げられたときだった。
そのときの父は無表情で、それだけ告げるとまた仕事へと戻った。


そのとき、セシリアは全てを悟った。


父は自分を愛していない、そしてこれからも愛されることはないだろうということを。


彼女は愛に飢えていた。
誰でもいいから愛されたかった。
そして次第に婚約者である王太子にそれを求めるようになった。


セシリアは王太子に愛されたくてマナーや王太子妃としての教育をひたすら頑張った。


だが王太子がセシリアを見ることはなかった。


最初に顔合わせをした頃は王太子はセシリアに優しい笑みを向けてくれた。
初めて優しくしてくれた相手。
愛に飢えていたセシリアは一目で恋に落ちてしまったのだ。


セシリアはもっと頑張らなければいけないと思い、寝る間も惜しんで勉強した。
それを何年も続けているうちにセシリアは才女とまで呼ばれるようになった。


それでも王太子はセシリアを見てはくれなかった。
最初のように優しい笑みを向けてくれることも無く、セシリアを視界に入れることすらしなくなった。


それどころか王太子はセシリアではない別の令嬢を寵愛するようになる。


セシリアは悲しみに暮れた。


王太子が愛した令嬢はマナーもなっていない男爵家の令嬢だった。
セシリアはそれを聞いて今まで自分がやってきたことは何だったんだろうかと思った。


マナー、王太子妃教育。
あれだけ頑張ったのに結局は何の意味も無かったのだ。
セシリアはこのとき、もう全てがどうでもよくなった。


しかしそれでも彼女は王太子を愛していた。
王太子から愛されていなくても別にかまわなかった。
ただただ王太子の傍にいたかった。


そうして、セシリアは愛されていないと分かっていながらも王太子と結婚した。


これが地獄のような生活の始まりだと知らずに――


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