上 下
3 / 37

3 蘇る記憶

しおりを挟む
「綺麗……」


公爵家の今の状況とは似つかわしくないほど、公爵邸の庭園は美しい場所だった。
前公爵夫人……アーノルドの母親が花好きで手入れをしていたらしい。


アーノルドの母親は優しく穏やかな方で、幼い頃から私にとても良くしてくださった。
キャロラインのことで何も言えない私の代わりに彼に苦言を呈したり、最後まで助けられてばかりだった。
そんな夫人は少し前に流行り病にかかり、今は別邸で療養しているが。


「そういえば……」


アーノルドがキャロラインと密会を重ねていた場所も庭園だった。
初めて仲睦まじくする彼ら二人を見た、あの日のことが今でも忘れられなかった。


始まりは同じ学園に通う女生徒からの密告だった。
アーノルドがとある男爵令嬢と二人きりで会っているところを目撃したのだと。
そんなはずはないと、最初は彼を信じていた。


しかし女生徒に言われた場所を張り込んでいると、あっさりとその現場を見ることが出来た。
人気の無い学園の庭で、アーノルドがキャロラインを強く抱き締めていた。
私には一度たりとも向けたことの無い優しい笑みで。


『アーノルド様……愛してます……』
『ああ……私も愛してる……こんなに誰かを好きになったのは初めてだ……』


片方に婚約者がいる身でありながらも平然と愛を囁き合っていた二人。
アーノルドはきっと私との婚約を破棄するつもりでいたのだろう。


しかし結局、キャロラインが選んだのは別の男だった。
彼女が王太子からのプロポーズを受け入れたという話が広まったとき、彼は酷く落胆し、抜け殻のようになっていた。
顔から一切の表情が消え、勉学にも全く身が入らなくなるほど彼女に本気だったようだ。


それがどれだけ私を傷付けていたかなんて、彼は知りもしないだろう。


(私、アーノルドのこと結構好きだったのかしら……)


――分からない。
当時の感情がもう思い出せなかった。
優しく微笑んで話を聞いてくれた彼の顔も、舞踏会で壁の花になっていた私を助けてくれた彼の姿も何もかもよく思い出せない。


そのときにようやく気が付いた。
アーノルドがキャロラインと深い仲になっていたことは学園では周知の事実だったのだ。
ただ、誰も私を気遣って言おうとしなかっただけで。


キャロラインとの仲を諫めようとすればするほど、彼の心は私から離れていった。
それでもいつかはきっとあの頃に戻ってくれることを信じて待ち続けていた。
そんな期待は初夜にあっさりと裏切られてしまったけれど。


「あ……」


歩きながら、涙が零れ落ちた。
既に彼に対する未練は無いと、そう思っていたのに。
まだ残っていたのか。


初めて出会った頃、この人となら良き夫婦になれると信じて疑わなかった。
父と母のように互いを尊重し、信頼出来るパートナーになれると本気でそう思っていた。
何故アーノルドはこうも変わってしまったのか。


いくら考えても答えは出なかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam
恋愛
 婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。 既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……  愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……  そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……    これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。 ※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定 それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

婚約者は王女殿下のほうがお好きなようなので、私はお手紙を書くことにしました。

豆狸
恋愛
「リュドミーラ嬢、お前との婚約解消するってよ」 なろう様でも公開中です。

愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。 結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。 レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。 こんな人のどこが良かったのかしら??? 家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――

処理中です...