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14 大切な人

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「王妃様、こちらのドレスはいかがですか?」
「そうね……私に似合うかしら」
「もちろんです!王妃様はお綺麗ですから、何だってお似合いになられますよ!」


舞踏会まであと数日。
私は専属の侍女と共に当日着るドレスを選んでいた。


「貴方、随分と張り切っているのね」
「あ……申し訳ございません……大切な日だとお伺いしているので」
「大切な日……確かにその通りだわ」


少なくとも、私にとってはとても重要な日だった。
この舞踏会で私の迎える結末が変わると言っても過言ではない。


(一回目と二回目では悪評が立ってしまったから気を付けないと……)


そう思いながら、私は慎重にドレス選びをしていた。
数多くあるドレスの中には、前世で私が選んで失敗したものも含まれている。
それだけは絶対に避けなければならない。


(クロエの着てくるドレスは分かっているもの。なら選ぶのはそう難しいことではないわ)


クロエは二度の生において同じドレスを着用している。
色もデザインもハッキリと記憶しているため、選びやすい。


(今度は絶対に失敗したりしないわ)


側妃に嫉妬する醜い女というのも、夫に愛されない惨めな王妃というのも御免だ。
自分の地位は自分で守ってみせる。


「……」
「……?」


じっとこちらを見ている視線を感じて振り向くと、部屋にいる侍女が私を凝視していることに気が付いた。


「何かしら?」
「あ、いえ……」


目が合うと、彼女は気まずそうに目を逸らした。


(……何かしら?)


そういえば、この侍女からは度々何とも言えない視線を感じる。
私に言いたいことでもあるのだろうか。


「……何か言いたいことがあるなら言ってちょうだい」
「あ、そ、その……」


侍女はモジモジしながらしばらく悩んだ後、私を見つめてハッキリと言った。


「私ごときが出過ぎたことを申しますが……――王妃様にはもっと幸せになっていただきたいと思っておりました」
「え……」


その言葉を聞いた瞬間、何かがこみ上げてくるのを感じた。
今までで一度も味わったことの無い、生まれて初めての気持ちだ。


幸せになってほしいだなんて家族にすら言われたことの無い言葉だった。
幼い頃に母親を亡くし、父親はいつだって私に無関心だった。
義母と腹違いの妹からは生まれてこれなければ良かったなどと罵声を浴びせられた。


――私の幸せを願っている人なんて、誰一人いなかった。


(どうしてこんなにも、胸に響くんだろう……)


緊張した面持ちでこちらを見ている彼女の顔をじっと見つめた。


「……………あ、貴方は……」


そこで私はようやく気が付いた。
私の傍にずっとついていたこの侍女が、私にとっての特別な存在であったということを。







一度目の人生において、王宮に私の味方はいなかった。
騎士たちに捕縛されたとき、聞こえてきたのはどれも罪を犯した私を罵倒する声だった。


『君には失望したよ、リーシャ。地下牢の中で反省するといい』
『王妃様……!どうしてこのようなことを……!』


涙ぐむクロエの腰を抱き、私を激しく非難するエルフレッド。
愛する人に向けられた憎悪の眼差しは、私を絶望の底へと叩き落とした。


『あんなに愛らしい側妃様に嫌がらせを繰り返すだなんて何て醜い女なのかしら!』
『アンタなんて地獄に落ちればいいわ!』
『そうよ、早く死刑にしなさいよ!』


侍女や侍従を始めとした使用人たちも私に軽蔑の眼差しを向けた。
あの断罪の場に誰一人として私を擁護する者はいなかった。


しかし、そんな中で果敢にも声を上げたのが彼女だった。


『――待ってください!王妃様は王宮でとても辛い日々を過ごされたのです!毎日のように涙を流し、自傷行為を繰り返すところを私は何度も目撃しました!どうかご慈悲を!』


結局その声が聞き入れられることは無かったけれど、彼女のその勇気ある行動だけでもとても嬉しかったのを覚えている。
私を庇ったのはもしかすると彼女が初めてだったかもしれない。


そのことを思い出して、思わず目から涙が零れた。


「お、王妃様!?どうかなさったのですか!?」
「いいえ……何でもないわ……ただ、貴方に感謝の気持ちを伝えたいの」
「わ、私にですか……?」


彼女は突然の出来事に困惑しているようで、オドオドしている。


(私ったら、どうしてこんなに大切な存在を忘れていたのかしら)


エルフレッドに夢中で、自分の傍にいてくれる大切な人のことを全く見ていなかったのだ。


「貴方、名前は?」
「リリアーナと申します、王妃様……」
「リリアーナ……」


彼女の名前を聞いた私は、その姿をじっくりと目に焼き付けると同時に、あることを心に誓った。


(今世では私を一人の人間として扱ってくれる……そんな人たちを大切にしていこう)





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