冷甘メイドの怪奇図書

要 九十九

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第一章「最初の一冊」

怪奇図書「管理番号:55」

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「鷹見警部、朝からお疲れ様です! 相変わらず、今日もお綺麗で……」
「そういうおべっかはいいから、さっさと案内しろ」
 よく聞くお世辞に、嫌気が差す。女が誰でも綺麗だ、可愛いだ、と言われて喜ぶ訳じゃない。それ以前に、何とも思ってない人間にそんな言葉を言われた所で、反応に困るだけだ。
「了解しました! こちらです」
 テープの下をくぐり、事件現場の中に入っていく。少し先に、ブルーシートの囲いが見えた。あそこか……。
「第一発見者は?」
「表で食堂を営む、鈴木一郎35歳です。早朝の仕込みを終えて、ゴミを裏に捨てに行く所で、被害者を発見。そこから、直ぐに通報したとの事」
「それは…………被害者含め、朝から災難だな」
 手袋をしながら、前に進む。足元には段ボールや、ゴミ箱が散乱している。被害者が逃げる時にでもぶつかったか? それにこの臭い。吐瀉物か? まぁ、場所を考えると、酔っぱらいが迷い込んで吐くには丁度いい場所だ。事件との直接的な関係はないかもな。
「監視カメラや、ここに至るまでの状況は?」
「表通りで、被害者が映っていたのは確認できましたが、この付近には監視カメラは設置されてないようです。ここに至るまでの状況ですが、周りの物の散乱具合からおそらく、被害者は犯人に追い掛けられ、この裏路地に逃げて、そこで殺された……が妥当かと」
「なるほどな。まずは被害者を直接確認するか……」
 ブルーシートの囲いの中に入る。そこには被害者の遺体に、シートが被され、横たわっていた。その横に片膝を立ててしゃがみ込み、被害者を確認する。
「これはひでぇな」
「……うっ!」
 わたしを案内してきた二和が、遺体を見て外に駆け出す。遠くから聞こえるうめき声を聞いた感じ、あいつ吐いてるな。
「二和さんさっきも外で吐いてたんですよ」
 囲いの中に、二和と入れ替わりで、鑑識の人間が入ってくる。外で感じた吐瀉物の臭いはアイツか。後で直接注意しないと。
「それは……。部下が、迷惑かけて申し訳ない」
「一応、何もない事が確認済みの、関係のない場所で吐いてるだけみたいなので、気にしなくていいですよ。それに……」
「それに?」
「正直、ああなるのも理解出来ます。長年、鑑識やってきましたけど、これだけ酷い遺体は久しぶりに見ますし……」
「確かにそうですね」
 足元の遺体を確認する。無線でどういった状態かは事前に聞いていたが、実際に見ると想像以上だ。
 顔が刃物でズタズタに傷つけられている。一心不乱に何度も何度も、数えきれないぐらい、怒りに任せて切りつけたようなあとがある。髪や、服装、体型で、被害者が女性だと判断出来るが、顔だけではその判別がつかない程に、酷い状況だった。
 見ると、首には絞め付けた後もある。かなり力を込めたのか、首もとには左の手形のアザがハッキリと残っている。手形のサイズからして女性の物か?
 これだけを見ると、被害者を地面に押し倒して、左手で首を絞め付け、押さえ込んだ状態で、右手に持った刃物で何度も顔を切り付けた……んだがな。
 そして、最後は被害者の腹だ。こちらは顔と違い、縦に綺麗に裂かれており、腹の中身が取り出されたような痕跡がある。顔の傷や、首のアザだけでも十二分に痛ましいが、この行為が、犯行の異常性をより際立たせていた。
 怒りのままに行った犯行にも見えるが、単に殺すだけじゃ飽き足らず、ここまでの事をしているとなると……。
 これは被害者に対して、強い恨みを持っている? それとも何か別の目的が? それにこの違和感は何だ? 顔や首を動と表現すると、腹は静というか……。余りにも、対照的過ぎる。
「被害者の持ち物も向こうに纏めておいたから、が来るまでに、さっさと確認しちゃって下さい」
「ありがとうございます」
 遺体から離れ、所持品を確認する。持ち物はカバンと、後はその中に入っていたいくつかの物だけだった。
 財布や化粧品、スマホ、鍵や定期入れ、ティッシュやハンカチなど、特に目に付く物はない。
「うん……?」
 それらと一緒に並べられた財布の中身が気になった。キャッシュカードや、クレジットカード、クーポン券や保険証のありふれた物や、美容クリニックや産婦人科の診察券などの、プライベートな物。その中に紛れていた一枚の名刺が目に留まる。
 名刺には、名前と住所、電話番号などがシンプルに書かれているが、それ以外の記載がない。本来なら自分の勤務先や、身分、何をしているかなど、自らがどんな人間かアピールする物だが、これは余りに簡素過ぎる。

「とりあえず、これぐらいか……」
 今、知っている情報で、気になる物は他に見当たらなかった。長居しても、担当の刑事と鉢合わせして揉めるだけだ。さっさと退散しよう。
 ブルーシートの囲いから出ると、二和が丁度戻ってきていた。
「チキン、事件現場を汚すんじゃねぇよ」
「すみません。我慢でき……誰がチキンですか!?」
鳥井二和とりいにわ、名前と苗字を入れ替えてニワトリだろ?」
「いや、だろ? じゃないですよ。それなら、ニワトリでいいじゃないですか! チキンだと別の意味になっちゃいますよ!」
「フライドチキン好きなんだがなぁ……」
「そんなしみじみ言われても」
 二人で、二和が乗ってきた捜査車両にまで向かう。
「でも、珍しいですね」
「何が?」
「いや、鷹見警部が、担当でもない事件に出張って来るなんて。いつもは下された命令に粛々と対応している感じだったので……」
「こういう時の為に、普段は大人しくしてんだよ。で、例の件は?」
「はい。こちらです」
 二和が車内にあったノートPCを見せてくる。そこに映っていたのは、とある事件の資料だった。
 これも最近起きた殺人事件。重要なのは、その殺害方法だ。犯人は左手一本で、被害者の首を絞めて、体を持ち上げたまま、空いた右手で持った刃物で、何度も顔を切り付けていた。
「直接確認したが、やっぱり似てるな」
「はい。ですが、今回は腹部が………………」
 口を押さえて、固まる二和。
「おい? 頼むから、ここで吐くなよ?」
「すみません……思い出したら気分が……。とりあえず、今回の遺体の検死が済めば詳しく分かるかと」
「まだ見つかってない凶器の型や、殺害方法が前回と同じなら、確定かもな」
「連続殺人ですか?」
「あぁ。だがな、本当に問題なのは……」
 ノートPCを操作して、過去の遺体の写真を見る。首もとのアザのサイズを確認すると、やはり女性の手ぐらいの大きさだった。
 事件の担当刑事は、女性が左手一本で人を持ち上げたまま、余った右手に持った包丁で顔を切り付けた、という検死結果は信用せず、複数犯や大柄の男性に目星を付け、捜査しているらしい。
 だが、そんな風に思うのも仕方ない事だ。実際、大柄の男性だとしても、こんな殺し方はかなり厳しいだろう。
 地面に押し倒して、被害者に馬乗りになり、左手で首を押さえ付け、右手の包丁で顔を切り付けた。それならまだ納得出来るが、暴れる生きた人間を左手だけで持ち上げたまま、右手に持った包丁で執拗に切り付け続けるなんて、普通の人間には不可能だ。
 まぁ、犯人が…………だが。
 わたしは既に、こういった事件に遭遇した事があった。忘れもしないその事件は、現在も未解決のままだ。
 もし、この事件が、それと関係する物であれば、これを解決する事で、過去の事件に繋がる糸口を見付けられるかも知れない。
「おいおい、これは!」
「どうされました?」
 ノートPCでスクロールしながら見ていた、過去の資料の画像が目に留まる。
 その資料は、過去の被害者の持ち物一覧を映した画像だったが、今回の被害者と同じく、財布の中身に気になる物が2つあった。
 1つは診察券。もう1つは…………。






 二和は一度署に帰らせ、わたしはある場所まで来ていた。名刺に書かれていた番号に、掛けてみたが電話は通じなかった。
 それならと、直接ここまで来たのだが、付近の住民に聞いた所、このは、ここら一帯でも有名な建物らしい。
 スマホを確認する。8月3日の11時。今日は朝から何も食べてない。そろそろ、何かを入れな…………。



 ――――バタンと、いつもより強く、最後まで読み終わる前の怪奇図書を閉じた。

「何だ、これ?」
 もう一度、怪奇図書を開き、読めていなかったページをパラパラと捲る。そして、ある箇所を見て、確信する。俺は、急いでスマホを取り出して、時間を確認した。
 間違いない。気付けば、からだは脱兎の如く動き出していた。怪奇図書が隠されていた部屋から、玄関まで一気に向かう。
「……なっ! 南様、何故を!?」
 途中、俺の持つ怪奇図書を見て、驚いた表情をするカミラさんとすれ違うが、今はそれ所じゃない。
 玄関の扉に手を掛け、玄関から飛び出す。
「……開けてはダメです!! 南ぼっちゃま!!」
 緊張で、心臓がバクバクと鳴っているのは気のせいではないだろう。自分の目で、確認出来る距離まで急ぐ。
 開けた扉の先、門扉の前には、が立っている。



 俺の見付けた怪奇図書の最後には、こう書かれていた。

 呼び鈴は何処かと探しているわたしの前に、が、とても驚いた顔で現れた………………と。

タイトル:来客
年代番号:V
管理番号:55
管理ジャンル:?
危険度:赤
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