上 下
22 / 42
新しい仲間と甘くてしょっぱい感情

照りも食には大事なんですよ

しおりを挟む
 流石に、貰っておきながら「はい、さようなら」と客人を帰すのは、人道としてはいかがなものなので、客間から中座した私がやってきましたのはいつもの厨房。

「お嬢様? まだ夕食までには時間がありますよ」

 と、苦笑混じりに対応してくれた厨房長のジョシュアさん。私、そんなに腹ペコな子じゃありませんよ。……いや、まあ、食べるの大好きですけどね。

「違いますよ。ギリアス公爵様がこちらをくださったのです」

 私はミゼアに目線で促すと、彼女はその細腕が折れそうな程。重量感のある箱を軽々と調理台に乗せた。中には人の腕くらいの太さがある、臙脂のサツマイモが沢山詰まっていた。それにしても、ミゼアって意外と力持ち……げふんごふん。
 女性にそんな事を思ってはいても、口にしてはいけまえんよ。これ大事。

「これはまた……沢山ありますねぇ」
「でしょ。だから、お礼にこのサツマイモを使ったお菓子を作って、お土産に持って行ってもらおうかな、って」
「おや。お嬢様の新作ですか?」
「……まあ、ね」

 感嘆するジョシュアさんに、私は曖昧に返事する。だって、私が考案したものじゃないから、大きな声で「自作です」とは口に出来ないのです。

「まずは、これを洗ってから蒸してもらってもいいかしら?」

 箱の中から傷もなく艶やかな物を数本取り出し、ジョシュアさんに渡す。彼は快く頷いてから、助手の方達に指示を出していった。

「次に乳脂を欲しいのだけど……」
「こちらをどうぞ」
「あ、カイン君。ありがとう」

 スっと私の前に差し出してくれたのは、最近厨房に入ったカインという少年。お父様が元々下町で食堂をされてたらしいのだけど、病気で亡くなったそうで、お父様の友人であったジョシュアさんを頼って、こちらで働くことになったんだって。
 ちなみに、空間系魔法が使えるっていうのは、このカイン君の事。
 少しぶっきらぼうな子なんだけど、結構柔和な顔つきをしてる為か、うちのメイドさん達にも人気があるようですよ。
 顔がいいって得だよね。うちの兄様にしても、なし崩しで婚約者になったクリスとその弟であるカールフェルド様も。
 自画自賛じゃないけど、私だってそれなりに可愛いと評判なんですよ。主にうちの両親と兄様、それからミゼアとかレイとかが賛辞する程度だけど。
 と、いうのも、まだ年齢的な理由もあって、公式な場所に出てないから。もう十歳にもなったし、色々お誘いがありそうで嫌だなぁ。

「……はぁ」
「アデイラお嬢様? これでは駄目でしたか?」

 お皿を眺めながらため息したからか、カイン君が不安そうな顔で覗き込んでくる。一応ね、これは私が厨房にいる間は身分差関係なく接してって言ってるから、カイン君もそうしてるだけで、普段はこんな態度取ったりしてないよ?

「ううん。丁度室温で柔らかくなってるし、本当にありがとう」
「でしたら、良かったです」

 カイン君はホッと胸をなでおろすような仕草をすると「僕は他の仕事があるので」と厨房の片隅にある水場へと向かって行った。入りたての彼の仕事は、主に野菜や皿洗いのほかに、先輩調理人たちのお手伝いも含まれてる。和食料理でいう追い廻しみたいな感じ。
 もともとお父様のお手伝いをしてるのもあって、とても気の利く子だってジョシュアさんも褒めてた。
 母ひとり子ひとりらしいので、うちで頑張ってお母さんを安心させて欲しいって思ってるんだ。

「お嬢様、芋の方が蒸しあがりましたが、どうしますか?」
「最初にお手本見せるから……」
「熱いから駄目ですよ、お嬢様」
「でも……」
「駄目ですよ、お嬢様」
「……」
「……」
「じゃ、じゃあ。ナイフで縦半分に切って、皮を破らないようにして中身をくり抜いてもらっても?」
「畏まりました」

 無言の圧力こわい……。仕方ないからジョシュアさんにお任せすることに。でも、プロがやったほうが見栄えもいいだろうから、結果オーライなんだけど。
 むむむ……自分でもやりたかったよぉ!

 ジョシュアさんはじめ、他の厨房で働くみなさんも一緒に、せっせとくり抜いた中身をボウルに入れていく。あっという間にボウルはいっぱいになり、私は急いでまだ熱さの残る金色の塊を丁寧に裏ごししていく。
 こうすることによって、サツマイモの繊維が取り除けるし、口当たりも滑らかになっていいのだ。
 レイとミゼアもお手伝いしてくれたおかげで、完全に冷めきる前に作業が終了した。

「次に、砂糖と生クリームと室温で柔らかくしたバターを投入して、均等になるように混ぜる、と」

 木べらから伝わるねっとりとした重さに腕が痛くなる。だからといって手を休めてしまうと、ばらつきが出て食感が悪くなる。

「んうー! 腕いたいー!」

 今日は一斉に同じ事をしてるせいで、誰かに頼むのもできないんだよね。

「お嬢様。自分の分が終わったので代わりますよ」

 んぎぎ、と歯を食いしばりながら混ぜていると、隣から不意に手が現れ、ボウルが姿を消す。ジンジンと筋肉が痛む中、そちらに視線を上げると、そこにはカイン君がボウルを持って微笑んでいる。

「え……でも」
「僕は先輩たちより子供ですが男ですし、昔からお手伝いでやってましたので」

 彼はそう言いながら、素早くしかも均一になるよう木べらを動かしている。おお……これがプロの技。

「カインくん、お願いしちゃうね」
「お任せください」

 彼は笑みに目を細めながらも、捏ねる腕は止まることはなかった。
 これは調理ができて嬉しいのかしらね。だったら止めるのは野暮ってものでしょ。

 他を見回してみると、多少の差はあるものの程なくボウルの中身が完成する様子が分かったので、さっきくり抜かれた皮を並べていく。こうすればみんなも手に取りやすいしね。

「じゃあ、混ざったものは、この皮に詰めていってくれる? それと、ジョシュアは卵黄に少しの水を足したのを用意してもらってもいい?」
「卵黄に水……ですか。一体何に利用されるので?」
「うふふ。仕上げが大きく変わっちゃう魔法の水なの。あと一緒に刷毛もお願い」

 ジョシュアは「はあ……」と意味が理解できてないよう。それでも私が指示を了承したのか、器用に卵の殻を使って卵黄と卵白を綺麗に分けたのち、卵黄の半分程度の水を注いで、均等に攪拌したのを刷毛と一緒に私へ渡してくれた。

「こちらでよろしいですか?」
「ええ、上出来よ。では、皮に詰め終えたのを、天板に並べて」

 そう私が言うと、それぞれが天板に並べていく。臙脂の皮に黄金の身が映えて、このまま焼いても美味しいのだけど、今回は人にお渡しするからね。ちょっと一手間かけちゃうますよ。

 ジョシュアから受け取ったボウルに刷毛をぺちゃりと浸し、金色の身にそっと刷く。周囲は私が何か謎の行動をしてるから不思議そうに視線を注いでる。
 この世界では、照りを加えるという手間を知らない。
 パイでもタルトでも素地のまま提供される。
 一般家庭で供されるのなら、それはそれで素朴で味わいがあっていいのだけど、元の世界では普通にてりってりのを見てるから、ちょっと地味に見えちゃうんだよね。
 だからこれを機に広まってくれたらいいなぁ。

 みんなの視線を一身に浴びながら、全ての芋に卵水を塗り終える。

「ジョシュア、これを少し焦げ目がつく程度まででいいから、焼いてもらってもいいかしら」

 満足そうに笑みを零す私の言葉に、まだ怪訝そうに眉をひそめながらも、ジョシュアは請け負ってくれた。
 そして待つこと数分。オーブンの扉が開いた途端、甘く濃厚なバターと芋の焦げる仄かな匂いが厨房全体に広がる。

「おお……これは」

 呻くような驚きに満ちたジョシュアの声が香ばしい匂いに混じる。うん、きっとビックリすると思ってた。
 思わず小さくガッツポーズしつつ、ジョシュアの隣に立ち、彼の顔を窺う。

「どう? 全然違うでしょ」
「ええ……焼く前はどうして無駄な手間を、って思ったものですが、これは……」

 静かに興奮してるジョシュアが、天板のひとつを調理台に乗せる。色の濃くなった臙脂の皮と金色の身のコントラストが美しい。そして、それ以上に目を引くのは黄金の輝きを増す艶やかな照り。

「美味しそうでしょ。これ、パイ生地にも応用できるから、次からやってみて」
「そうですね。あの手間がこれほどの変化に繋がるのでしたら、次回から是非取り入れてみます」

 さりげなく前の知識を広めるのが成功し、私は思わず口元を笑みに歪めたのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

異世界ビール園づくりを駄女神と!

kaede7
ファンタジー
ビール醸造マイスターの称号を得、帰国中のシズクは、不可解な飛行機事故で命を落とす。目覚めるとそこは天界。事故の責任を深謝する女神の姿があった。 ところが、シズクの記憶を読むと女神は豹変。シズクは拘束され、女神が治める酒の国へと強制転移させられてしまう。 強引な女神に呆れつつも、大好きな「お酒」を冠する異世界に胸をときめかせるシズク。しかし、彼の国の酒造文化は、女神の愚行によって、遥か昔に滅亡していた。 素材も、設備も何も無い。マイナスからのスタート。 それでもシズクは夢を追い、異世界ビールの復刻を決意する―― ※カクヨムにて、SSを公開中です。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

処理中です...