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転生先は自作小説の世界でした
妄想が現実になってしまったのですが
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急に闇が晴れたかのような眩しさを目蓋の裏に感じ、促されるまま目を開く。
「……え?」
両目一杯に飛び込んできたのは、見慣れた真っ白で無機質な天井ではなく、絵画のようなゴブラン織の大きなタペストリー。しかもかなり天井よりも低い。
これは夢か? と、自分の頬をつねってみるものの、これまた違和感を感じる。
流れるように手を見えるように目の上に掲げた私は、あまりに小さく華奢な白い紅葉の葉を目の当たりにし瞠目したまま飛び起きた。
「……なんじゃこりゃぁ……っ!」
そう叫んだ声もかつての聞き慣れた自声ではなく、繊細な硝子を思わせる可憐なものだったのだ。
私は現状が飲み込めず手をブルブルさせて震える。
確か昨日は、多感な年毎から二十五歳になる現在まで入退院を繰り返してた病院の消灯時間を過ぎてるにも拘わらず、スマホをポチポチしながら趣味である創作活動にいそしんでいた。実は小説なるものを書いていたのである。
まあ、小説なんてカッコイイ事言ってるけど、ただの妄想垂れ流し的なお粗末なものだったんだけどね。
最近はその一人で楽しんでいた作品を、ネット小説投稿サイトにアップするようになった。内容が流行りの異世界転生もので、しかも一日中ベッドに拘束されていて暇なのもあって更新も早いおかげか、異様なブクマ数とコメントに慄いたのは、まだ記憶に新しい。
あれよあれよと言う間にランキング上位に来た日は、興奮しすぎて熱で臥せってしまったり。
読んでくれる人がいて、反応を返してくれる事が嬉しくて、きっと無理をしてしまったのだろう。実際、寝不足で何度か看護師さんから叱られた事もあるし。
「……きっと、私、死んだ……んだ」
それで自分の作品のようにどこかで生まれ変わったのだろう。
そう気付いた途端、なんとも言いがたい気持ちになっていた。
「もっと続き書きたかったな……」
あれだけの反応があったのだ。きっと続きを楽しみにしていた人もきるだろう。
そんなネットの中の希薄な相手に対し、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
更に言えば、まだ物語は序盤だった。個人的にも先を発表したかった。自分の妄想を沢山の人に読んで貰いたかった。
「……だけど、もうできない……」
ささやかに呟かれた声は濡れていた。
そっと目蓋を閉じると頬に熱いものが伝う。
ああ……私は泣いているのか。
それは、私が作品が書けないことに。
それは、私が私でなくなったことに。
それは、私が病気から解放されたことに。
それは、私が死んだ事実に。
悲しみやら喜びやら絶望やら不安やら安堵がごちゃ混ぜになって、溢れる嗚咽を枕にぎゅっと顔ごと押しつけ、私は叫ぶように泣いた。
人というのは、永遠に泣き続けることは不可能らしい。
しばらくするとあーとか、うーとか呻いてる割には涙は出なくなっていた。
なんというか情緒の欠片もない。
大部分の涙を枕が吸い取ってくれたけど、目の周りと鼻がガサガサするし、泣きすぎて喉も渇いてきたため、私はノロリと起き上がることにした。
「顔洗おう……」
ガラガラになった声でため息を漏らしたその時。
「お嬢様、おはようございます。お目覚めでしょうか?」
カチャリと扉が開くと共に洗練された女性の声音が問いかけてきたのである。
正直、反応に困ったのは言うまでもない。
お嬢様だと? 誰が? って、私か!
あんなゴブラン織りのタペストリーがベッドに掲げられてるようなところなのだ。庶民じゃないのは、うっすらと気づいていた。だがいかんせん、情報が少なすぎる。それよりも、一番大事な部分が抜け落ちてパニックになる。
私は、いったい、誰に転生したの……?
そう! これが一番大事なのよ!
まだ赤ちゃんとかなら、無垢な笑顔をしていれば、勝手に向こうが名前を呼んでくれるから、そこまで困った事にはならないはず。でも、明らかに言語発達してるし、さっき見た手の感じでは大人ではないけど、ある程度の分別のつく年齢に達してると思われる。
そんな私が「私の名前って何?」なんて訊こうものなら、周りの人たちは奇異の目を向けてくるに違いない。
ああ……、どうしよう。
頭を掻きむしりたい衝動に駆られながら、必死で向こうから情報をもらえるか思考を巡らせる。
「まだ寝ていらっしゃいますか? お嬢様」
だーかーらー、お嬢様じゃなく名前で呼んでよ!
完全に綺麗な声のお姉さんに対し八つ当たりである。そういやお姉さんの名前もわからないや。
ああ、でも本当どうしよう……。
本当の事を話して教えてもらう? いやいやいや、そんな事したら、確実に頭の病気扱いされるじゃないか!
だからといって、寝る前の状況が分からない事には、記憶喪失という某ネット小説で読んだ設定も使えないし。ほんと、どうすればいいのやら。
「お嬢様?」
ああでもない、こうでもない、と思考の迷路を彷徨っている内に、衣擦れの音と共に眩い光を背に、ひとりの女性のシルエットが佇んでいた。
「あ……」
終わった。これ以上言葉を発せば確実に頭おかしい人直行だ。口をヘラリと歪め、空虚な笑みを浮かべると、
「お嬢様! どうしたのですか、そのお声は!」
飛びつかんばかりの勢いで、その女性は私の頬を手で挟み顔を覗き込んできた。……って、そこかよ。
「昨日は夏の終わりで夜は冷えましたからね。もしかしてお風邪でしょうか」
おでこやら首やら手首やらをペタペタと触りながら、心配そうに眉を歪めて尋ねてくるけど、下手を打ちそうでコクコクと頷く事しかできない私。
そんな中でもどこかに糸口はないかと、お姉さんをしっかりと観察する事にした。
高い位置に頬骨があって、全体的にシャープな輪郭をしていて、キリリとした双眸と柳眉が知的な印象を漂わせる。顔は正直に言って美人の部類。きっちりとうなじ辺りでひとつに纏められた榛色の髪も余計にそう思わせる。しかも襟と袖が白で切り替えのある濃紺のワンピースと真っ白なロングエプロンで包まれた肢体は下賎な言い方をすればボンキュッボン! 豊満なお胸は「なにこれうらやまけしからん」状態で、思わずパフパフしてくなる……が変態、ダメ、ゼッタイ。色々アウトだよ!
それにしても美人だなー。外見は冷たい印象を感じるけど、鴇浅葱《ときあさぎ》色の赤みがかった茶色の瞳が、温かい雰囲気を滲ませる。
「レイ! 急いでお医者様を呼んでちょうだい」
誰か他にもいるのだろうか。うらやまけしからんお姉さんは自分の後ろに声を張る。
「わかったわ。途中で厨房に寄って風邪でも食べやすいものにメニューを替えてもらう」
少し高めだけど、落ち着いた感のある声が聞こえたけど、すぐに扉の開閉する音と一緒に気配が消えていた。
結局質問をする間を与えられず、私は再びベッドの人になっていた。
その間も甲斐甲斐しく世話をしてくれる、うらやまけしからんバストのお姉さんと、さっき声だけ聞いたもうひとりのうらやまけしからんお胸様が、あっちに行ったり、こっちに来たりしている。
レイ、と呼ばれた女性は、言わずもがなスタイル抜群。こちらは蜂蜜色の髪と露草色の鮮やかな瞳をした美女。二人共お揃いの服装だし、私を「お嬢様」と呼ぶから察するに、この家のメイドなんだろう。
他の人には会ったことないから分からなけど、なんなの、この美人率の高さ。前の私は平凡中の平凡顔だったから、妙にへこむのですが。
それにしても、さっきの『レイ』って名前、どこかで聞いたことがあるような……。
「ミゼア、お医者様がいらしたわ。こちらにお通ししてもいいかしら」
「ありがとう。……お嬢様、お医者様がいらっしゃいましたが、寝室にお通ししてもよろしいでしょうか?」
どこで聞いたんだろう、って首を傾げていると、次にでた『ミゼア』の名に、私の体は雷に打たれたように凍りつく。
なんで忘れてたんだろう。だって、『レイ』も『ミゼア』も私が生み出したモブなのに……!
同時に私はあれだけ自分が何者か悩んでいた疑問をあっさり理解する。
私の名は、アデイラ・マリカ・ドゥーガン。
死の間際まで書いていた自作小説『恋繚乱~華人は運命に溺れる』に出てくる悪役令嬢の名前だったのだ。
「……え?」
両目一杯に飛び込んできたのは、見慣れた真っ白で無機質な天井ではなく、絵画のようなゴブラン織の大きなタペストリー。しかもかなり天井よりも低い。
これは夢か? と、自分の頬をつねってみるものの、これまた違和感を感じる。
流れるように手を見えるように目の上に掲げた私は、あまりに小さく華奢な白い紅葉の葉を目の当たりにし瞠目したまま飛び起きた。
「……なんじゃこりゃぁ……っ!」
そう叫んだ声もかつての聞き慣れた自声ではなく、繊細な硝子を思わせる可憐なものだったのだ。
私は現状が飲み込めず手をブルブルさせて震える。
確か昨日は、多感な年毎から二十五歳になる現在まで入退院を繰り返してた病院の消灯時間を過ぎてるにも拘わらず、スマホをポチポチしながら趣味である創作活動にいそしんでいた。実は小説なるものを書いていたのである。
まあ、小説なんてカッコイイ事言ってるけど、ただの妄想垂れ流し的なお粗末なものだったんだけどね。
最近はその一人で楽しんでいた作品を、ネット小説投稿サイトにアップするようになった。内容が流行りの異世界転生もので、しかも一日中ベッドに拘束されていて暇なのもあって更新も早いおかげか、異様なブクマ数とコメントに慄いたのは、まだ記憶に新しい。
あれよあれよと言う間にランキング上位に来た日は、興奮しすぎて熱で臥せってしまったり。
読んでくれる人がいて、反応を返してくれる事が嬉しくて、きっと無理をしてしまったのだろう。実際、寝不足で何度か看護師さんから叱られた事もあるし。
「……きっと、私、死んだ……んだ」
それで自分の作品のようにどこかで生まれ変わったのだろう。
そう気付いた途端、なんとも言いがたい気持ちになっていた。
「もっと続き書きたかったな……」
あれだけの反応があったのだ。きっと続きを楽しみにしていた人もきるだろう。
そんなネットの中の希薄な相手に対し、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
更に言えば、まだ物語は序盤だった。個人的にも先を発表したかった。自分の妄想を沢山の人に読んで貰いたかった。
「……だけど、もうできない……」
ささやかに呟かれた声は濡れていた。
そっと目蓋を閉じると頬に熱いものが伝う。
ああ……私は泣いているのか。
それは、私が作品が書けないことに。
それは、私が私でなくなったことに。
それは、私が病気から解放されたことに。
それは、私が死んだ事実に。
悲しみやら喜びやら絶望やら不安やら安堵がごちゃ混ぜになって、溢れる嗚咽を枕にぎゅっと顔ごと押しつけ、私は叫ぶように泣いた。
人というのは、永遠に泣き続けることは不可能らしい。
しばらくするとあーとか、うーとか呻いてる割には涙は出なくなっていた。
なんというか情緒の欠片もない。
大部分の涙を枕が吸い取ってくれたけど、目の周りと鼻がガサガサするし、泣きすぎて喉も渇いてきたため、私はノロリと起き上がることにした。
「顔洗おう……」
ガラガラになった声でため息を漏らしたその時。
「お嬢様、おはようございます。お目覚めでしょうか?」
カチャリと扉が開くと共に洗練された女性の声音が問いかけてきたのである。
正直、反応に困ったのは言うまでもない。
お嬢様だと? 誰が? って、私か!
あんなゴブラン織りのタペストリーがベッドに掲げられてるようなところなのだ。庶民じゃないのは、うっすらと気づいていた。だがいかんせん、情報が少なすぎる。それよりも、一番大事な部分が抜け落ちてパニックになる。
私は、いったい、誰に転生したの……?
そう! これが一番大事なのよ!
まだ赤ちゃんとかなら、無垢な笑顔をしていれば、勝手に向こうが名前を呼んでくれるから、そこまで困った事にはならないはず。でも、明らかに言語発達してるし、さっき見た手の感じでは大人ではないけど、ある程度の分別のつく年齢に達してると思われる。
そんな私が「私の名前って何?」なんて訊こうものなら、周りの人たちは奇異の目を向けてくるに違いない。
ああ……、どうしよう。
頭を掻きむしりたい衝動に駆られながら、必死で向こうから情報をもらえるか思考を巡らせる。
「まだ寝ていらっしゃいますか? お嬢様」
だーかーらー、お嬢様じゃなく名前で呼んでよ!
完全に綺麗な声のお姉さんに対し八つ当たりである。そういやお姉さんの名前もわからないや。
ああ、でも本当どうしよう……。
本当の事を話して教えてもらう? いやいやいや、そんな事したら、確実に頭の病気扱いされるじゃないか!
だからといって、寝る前の状況が分からない事には、記憶喪失という某ネット小説で読んだ設定も使えないし。ほんと、どうすればいいのやら。
「お嬢様?」
ああでもない、こうでもない、と思考の迷路を彷徨っている内に、衣擦れの音と共に眩い光を背に、ひとりの女性のシルエットが佇んでいた。
「あ……」
終わった。これ以上言葉を発せば確実に頭おかしい人直行だ。口をヘラリと歪め、空虚な笑みを浮かべると、
「お嬢様! どうしたのですか、そのお声は!」
飛びつかんばかりの勢いで、その女性は私の頬を手で挟み顔を覗き込んできた。……って、そこかよ。
「昨日は夏の終わりで夜は冷えましたからね。もしかしてお風邪でしょうか」
おでこやら首やら手首やらをペタペタと触りながら、心配そうに眉を歪めて尋ねてくるけど、下手を打ちそうでコクコクと頷く事しかできない私。
そんな中でもどこかに糸口はないかと、お姉さんをしっかりと観察する事にした。
高い位置に頬骨があって、全体的にシャープな輪郭をしていて、キリリとした双眸と柳眉が知的な印象を漂わせる。顔は正直に言って美人の部類。きっちりとうなじ辺りでひとつに纏められた榛色の髪も余計にそう思わせる。しかも襟と袖が白で切り替えのある濃紺のワンピースと真っ白なロングエプロンで包まれた肢体は下賎な言い方をすればボンキュッボン! 豊満なお胸は「なにこれうらやまけしからん」状態で、思わずパフパフしてくなる……が変態、ダメ、ゼッタイ。色々アウトだよ!
それにしても美人だなー。外見は冷たい印象を感じるけど、鴇浅葱《ときあさぎ》色の赤みがかった茶色の瞳が、温かい雰囲気を滲ませる。
「レイ! 急いでお医者様を呼んでちょうだい」
誰か他にもいるのだろうか。うらやまけしからんお姉さんは自分の後ろに声を張る。
「わかったわ。途中で厨房に寄って風邪でも食べやすいものにメニューを替えてもらう」
少し高めだけど、落ち着いた感のある声が聞こえたけど、すぐに扉の開閉する音と一緒に気配が消えていた。
結局質問をする間を与えられず、私は再びベッドの人になっていた。
その間も甲斐甲斐しく世話をしてくれる、うらやまけしからんバストのお姉さんと、さっき声だけ聞いたもうひとりのうらやまけしからんお胸様が、あっちに行ったり、こっちに来たりしている。
レイ、と呼ばれた女性は、言わずもがなスタイル抜群。こちらは蜂蜜色の髪と露草色の鮮やかな瞳をした美女。二人共お揃いの服装だし、私を「お嬢様」と呼ぶから察するに、この家のメイドなんだろう。
他の人には会ったことないから分からなけど、なんなの、この美人率の高さ。前の私は平凡中の平凡顔だったから、妙にへこむのですが。
それにしても、さっきの『レイ』って名前、どこかで聞いたことがあるような……。
「ミゼア、お医者様がいらしたわ。こちらにお通ししてもいいかしら」
「ありがとう。……お嬢様、お医者様がいらっしゃいましたが、寝室にお通ししてもよろしいでしょうか?」
どこで聞いたんだろう、って首を傾げていると、次にでた『ミゼア』の名に、私の体は雷に打たれたように凍りつく。
なんで忘れてたんだろう。だって、『レイ』も『ミゼア』も私が生み出したモブなのに……!
同時に私はあれだけ自分が何者か悩んでいた疑問をあっさり理解する。
私の名は、アデイラ・マリカ・ドゥーガン。
死の間際まで書いていた自作小説『恋繚乱~華人は運命に溺れる』に出てくる悪役令嬢の名前だったのだ。
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