上 下
17 / 39

寂しい食卓

しおりを挟む
 台所の続きにあるスペースには白木のテーブルがあった。椅子は一脚。
 レイムが食事のときに使っている一人用。
 ノアがやってきた日。レイムは、そこへ暖炉のあるリビングから椅子を持って来てノアの席を作ってくれた。まだ数えるほどしかレイムと食事をしていないけれど、ノアはレイムと一緒に食卓を囲む時間が大好きだった。
 家で誰かと一緒にテーブルにつき食事をした経験があまりない。
 いつも一人で準備して一人で食べて一人で片付けていた。
 ただの居候なのに食事の時間に呼ばれた。当然のようにノアの食事があることに目を丸くした。誰かと同じ時間を過ごす。それが飛び上がるほど嬉しいと感じているなんてレイムは知らないだろう。
 レイムにとって当たり前でも、ノアにとっては一つ一つが新鮮だった。
 いつもの時間になっても、台所に立たなかったレイムは二階の自室にこもっているようだった。だから今日はノアが食事を用意した。
 川で釣って来た魚をベースにした簡単なスープ。ドライトマトにパプリカ粉、玉ねぎをじっくり煮た真っ赤な色をしたスープはノアがよく作る料理だった。それと朝レイムが焼いていたパンの残りを皿に並べた。気に入ってくれるといいなと思った。
 準備が終わると二階にいるレイムを呼んだ。まだ怒っているのだろう。ノアは一緒に食事をして、もう一度しっかり謝ろうと思った。
 しばらくして一階へ降りてきたレイムは無言だった。
 向かいあって食事を始めたが、ものの数分でレイムはスプーンを置いてしまう。

「食器は、そのままでいい。明日、私が片付けるから」
「あの、えっと……もしかして、まずかった。味付け変だった、かな」

 普段自分一人の食事しか作らないノアは、誰かに食事を作ったのが初めてだった。パンには手をつけていないが、スープは食べ終わっている。
 小さめのスープ皿なので一杯だけで腹が膨れるとは思えない。

「いや。腹が空いてないだけだ」

 そう言って席を立ったレイムは、どことなくふらふらしているように見えた。

「でも、スープ一杯だけじゃ……作り直す」
「いい」

 ノアは、立ち上がって背を向けているレイムの手を掴んだ。その掴んだ手が、びっくりするくらいに熱を持っていた。

「え、レイムさん!」
「なんだ」
「手、熱! あついよ!」
「だから、どうした」

 ノアを見下ろすレイムの少し潤んだ瞳。普段の稲妻のような鋭さがない。ぼんやりと遠くを見ている。

「さっきの薬もしかして」
「違う」
「嘘だ! あの薬、すごく冷たかったし、だから体調おかしくなったんだよね」
「関係ない」
「関係ある、よ。俺のせいで」
「うるさい。明日にしてくれ部屋に行く」

 煩わしそうに怒っている声も、どこか覇気がない。数時間前に薬棚の前で見たときは、顔色が悪かった。でも今は熱のせいか白い肌が赤く色づいている。
 それが食後で体が暖まり健康的になった色ならノアも心配しない。明らかに体調が悪く見える。レイムはノアをその場に残し、再び階段を上がってしまう。ノアがその場から動けずにいると、二階から扉の閉まる小さな音が聞こえた。

「レイムさん」

 体調が悪いのにノアが呼んだら来てくれた。ノアの作ったスープを飲んでくれた。熱が高いから、きっとスープの味なんて分からなかっただろう。
 言葉は冷たいし、弟子になる件は取り付く島がない。けどレイムは決してノアをいない人間みたいに扱ったりしなかった。獣人だと知った上でノアと関わってくれる。

 ――だから。
 一緒にいたい。少しでもレイムの役に立てる自分になりたい。

 こんな気持ちは初めてだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…

えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

Blue Bird ―初恋の人に再会したのに奔放な同級生が甘すぎるっ‼【完結】

remo
恋愛
「…溶けろよ」 甘く響くかすれた声と奔放な舌にどこまでも落とされた。 本宮 のい。新社会人1年目。 永遠に出来そうもない彼氏を夢見つつ、目の前の仕事に奮闘中。 なんだけど。 青井 奏。 高校時代の同級生に再会した。 と思う間もなく、 和泉 碧。 初恋の相手らしき人も現れた。 幸せの青い鳥は一体どこに。 【完結】 ありがとうございました‼︎

処理中です...